ミッドウェーの「運命の5分間」の後先き・・・スマート、ステディ & サイレント・ネイビィ について考える。(その1)

’20年9月公開の米中出資映画「ミッドウェイ "Midway" (2019)」に触発されて起筆
なお当CEOはCGによる航空映画は好きではないので未見、TV放映待ち

(次回のその1の1)と合わせて校正と校閲を実施します。

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英国王立海軍(Royal Navy)を範とする大日本帝国海軍はやたらと英語の隠語や標語が多い。海軍将校として海軍兵学校で教育されるシーマンシップの基本は SmartSteadySilent3S 精神であった・・・

ようだが、ロイヤル・ネイビーは海賊から発展したシステムである。だからとは言わぬが、言葉にも表裏がある。
Smart【気が利く⇔こずるい】、Steady【堅実な⇔一貫している(融通が利かない)】、Silent 【口数が少ない⇔言及をしない】・・・

と、英語ではたった一つの言葉で表される人間の行動や気質すなわち人格の表裏が日本語では全く別の言葉と概念で表現される。

日本語の語彙は豊かと言えるがその一方では、欧米(あるいは中国を含む)言語の客観性の概念を鍛える訓練もしくは知育においてはあまり適さない言語体系ともいえる。

この間(はざま)でミッドウェイ航空戦は行われた。

当キネマ航空CEOは、 キネマ・エアラインズ V.I.P.ラウンジの機内誌「B-25 ミッチェル 二人の軍人の間に存在する爆撃機」でミッドウェー航空戦の顛末を含めて大日本帝国海軍のモットーである「3S 精神による海軍」の盲点を考察している。

さて今回は、この記事で省略した最大の謎である利根四号偵察機の発信文、発信位置、発信時間と南雲機動部隊の海図台上に現れた客観性の齟齬について数回にわたり考えてゆく。

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まず今回の参考資料は『記録ミッドウェー海戦 澤地久枝 1986 文芸春秋』のから『空母赤城の「機動部隊戦闘詳報」「二、経過概要(抜粋)」の全文』から齟齬の始まりとなる電文の抽出引用から始める。なお、時系列表示の補助のため「 〇四 〇六 〇八 一〇・・・二二」の遇数時台と「〇〇」時台に網掛を付与しておく。

〇四二八 γ(航空機の記号の代用)4(識別記号)|トネ(所属艦名) 司令長官(四角旗記号で表示)|KdB(機動部隊の略号) 無(無線 通信手段を記号他で表示)  (以下信文)タナ三、敵ラシキモノ一〇隻見ユ「ミッドウェー」ヨリノ方位一〇度二四〇浬針路一五〇度速力二〇以上

(通し読み) (東京時間)04:28 (発)利根4号機より(宛)機動部隊司令長官へ無電 (本文)発信番号3番、敵と思われる10隻を発見「ミッドウェー島」からの方位10度距離240海里の地点を進路150度速力20ノットで航行中。
(末尾の「以上」は「~を超える」か「(以上で)通信終り」なのか、はっきりしないが他の信文には出てこないので多分後者の通常では省略される語句)

信文のうち方位と距離で示す敵位置(太字部)に留意。戦後になって米軍の航跡記録と突き合せた現実の敵位置は約一〇〇浬ほど近くにいた。次回以降に後述するが、この報告位置は利根4号機に指示されていた索敵線とは北に大きく外れていた

これに対する機動部隊の対応は以下のように続く。

〇四四七 司令長官|KdB γ4|トネ 無 タナ一、艦種確メ接触セヨ
〇四五八 γ4|トネ 司令長官|KdB 無 タナ五、〇四五五敵進路八〇度速度二〇節(〇四五八)
〇五〇〇 司令長官|KdB γ4|トネ 無 艦種知ラセ(〇五〇〇)
〇五〇九 γ4|トネ 司令長官|KdB 無 敵ノ兵力ハCx5 dx5ナリ (注)C 巡洋艦 d 駆逐艦
〇五一一 γ4|トネ 司令長官|KdB 無 敵ノ兵力ハ巡洋艦五隻駆逐艦五隻ナリ(〇五〇九)
〇五二〇 γ4|トネ 司令長官|KdB 無 敵ハ其ノ後方ニ空母ラシキモノ一隻伴フ
〇五三〇 γ4|トネ 司令長官|KdB 無 タナ八、更ニ敵巡洋艦ラシキモノ二隻見ユ「ミッドウェイ」ヨリノ方位八度二五〇浬敵針一五〇度速度二〇節(〇五三〇)
〇五三四 γ4|トネ 司令長官|KdB 無 タナ九、我今ヨリ皈途ニ就ク 
   〇五四五 司令官|8S 筑摩艦長 (司令長官|KdB) 無線 タナ二、零式水偵ヲ発進 γ4|トネ ノ発見セル敵ニ接触セシメヨ (注)8Sは第八戦隊
〇五四五 γ4|トネ 赤城 無 更ニ敵巡洋艦ラシキモノ二隻見ユ「ミッドウェー」ヨリノ方位八度二五〇浬敵針一五〇度敵速二〇節
〇五四八 γ4|トネ 赤城 無 我今ヨリ皈途ニ就ク
〇五五〇 γ4|トネ 司令長官|KdB 無 更ニ敵巡洋艦ラシキモノ二隻見ユ「ミッドウェー」ヨリノ方位八度二二〇浬敵針一五〇度速力二〇節
〇五五〇 γ4|トネ 司令長官|KdB 無 我今ヨリ皈途ニ就ク(〇五四〇)
〇五五四 司令長官 γ4|トネ 無 方位測定用電波輻射セヨ
〇五五五 司令官|8S γ4|トネ 無 皈投待テ 
〇五五五 γ4|トネ 〇六〇一 指|KdB 無線 令達報告敵攻撃機十機貴方ニ向フ(〇五五五) 
〇五五五 司令官|8S γ4|トネ 無 タナ二、筑摩γ四来ル迄接触セヨ長波ヲ輻射セヨ
   〇五五五 筑摩艦長 (〇六二〇)司令官|8S 光 〇六三〇発進ノ予定
   〇五五五 筑摩艦長 〇六五三 司令官|8S 光 タナ五、五号機発艦(〇六三五)
   〇六〇〇 司令官|8S 筑摩 光 零式水偵発進 γ4|トネ ノ発見セル敵ニ接触セシメヨ
〇六〇五 司令官|8S γ4|トネ 無 筑摩γ 来ル迄接触セヨ長波輻射セヨ
〇六〇五 γ4|トネ  司令長官|KdB - 右攻撃機一〇見ユ貴方ニ向フ(〇五五五) (注)通信手段の - は記載なし、利根の中継か 
〇六〇七 利根 γ4|トネ - 筑摩 γ 来ル迄接触セヨ長波輻射セヨ(〇五五五)
   〇六二四 司令長官|1AF 司令長官|GF - (〇五〇〇)敵航空母艦一巡洋艦五駆逐艦五「ミッドウェー」ノ一〇度二四〇浬ニ認メ此レニ向フ(〇六〇〇) 
〇六二九・五 γ4|トネ 利根 無 我燃料不足接触ヲ止メ皈投ス
   〇六三〇 司令長官|KdB 司令長官|GF - 〇五〇〇敵航空母艦一巡洋艦五駆逐艦五「ミッドウェー」ノ一〇度二四〇浬ニ認メ此レニ向フ
〇六三〇 γ4|トネ (〇六四〇)司令官|8S 無線 タナ一〇 我燃料不足接触ヲ止メ皈途ニ就ク
〇六三五 司令官|8S γ4|トネ 無 〇七〇〇マデ待テ
〇六三七 γ4|トネ 司令官|8S 無 燃料不足接触ヲ止メ皈投ス(〇六三七)
〇六三八 筑摩 司令官|8S 光 (〇六三八 γ 発艦)- 筑摩五号機敵艦隊ニ接触ノタメ射出発艦(利根γ4ト交代)
〇六三八 γ4|トネ トネ 無 我レ出来ズ
〇六三九 司令官|8S γ4|トネ - 「〇七〇〇マデ待テ」(〇六三〇)
〇六四一 γ4|トネ トネ 無 我レ出来ズ
〇六五八 司令官|8S γ|8S 無 〇六三〇我レ出発点ヨリノ方位一七三度八六浬針路北ヨリ速力二四節
〇七〇〇 蒼龍偵察機 〇七一五 司令長官|KdB タナ一、敵ヲ見ズ我レ「ミッドウェー」島ヨリノ方位二〇度距離二九〇浬(〇七〇〇)
〇七〇〇 司令長官|1AF  (〇八〇〇)司令長官|GF,2F,6F 司令官|2Sd(その他) タナ三三七五、〇三三〇AF空襲 〇四一五以後敵陸上機多数来襲我ニ被害ナシ 〇四二八敵空母一隻巡洋艦七駆逐艦五地点トシリ一二四二ニ発見針路南西速力二〇節 我今ヨリ之ヲ撃滅シタル後AFヲ反復攻撃セントス 〇七〇〇當隊ノ位置地点 針路三〇度速力二四節 (注)トシリ一二四二 は 暗号表の位置コード  

以上、後年、文学的にと言うよりも大衆娯楽小説的な表現の「運命の五分間」の直前までの一連の航空偵察情報関連の記載文を抽出して読み進んだ。

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次に利根四号機が敵に接触する前から交わされていた機動部隊内(主に発光信号)と連合艦隊司令長官宛の主力艦隊との無線交信記録の経緯を振り返っておく。

なお、前日から続くミッドウェー島からの偵察機の接触動向、艦隊護衛の対潜哨戒機の射出と回収、上空待機戦闘機の発着艦、攻撃隊隊の離帰艦などに関連する記録については必要のない限り省略した。また、陸地攻撃隊の爆撃前後に始まるミッドウェー基地航空隊との空対空、空対海の交戦についても必要部のみを抽出した。

また、既述の利根四号機と機動部隊とのやり取りを二文字下げで(時刻)敵機発見から艦船攻撃を決断するまでの信文を挿入した。

〇一三〇 「ミッドウェー」攻撃隊発進
〇二二〇 司令長官|KdB KdB 信 敵情ニ変化ナケレバ第二次攻撃ハ第四編制(指揮官加賀飛行隊長)ヲ以テ本日実施ノ予定 (注)ここでの第二次攻撃は敵空母攻撃準備の指示
〇三四九 γ4|筑〔γ5〕司令長官|KdB タナ一、付近ノ天候不良ノタメ我引換ス地点基点(ミッドウェーヨリノ方位一一度)三五〇浬(〇三三五) 
〇四〇〇 γ|飛 KdB 無 タナ一 第二次攻撃ノヨウアリ (注)陸地攻撃隊飛行隊長機から機動部隊へ発信   
  0407 ミッドウェー基地航空隊攻撃を開始 (注)英数字の時刻は攻撃開始時刻、米国側の戦闘記録より
〇四〇七 赤城右高角砲射撃開始
  0410 ミッドウェー基地航空隊の雷撃機隊および雷撃機隊の各個攻撃を開始(第一派) 
〇四一二
 赤城敵 γ ノ魚雷発射ヲ認ム(応戦記録略)敵 γ ノ機銃掃射ヲ受ケ(損害一部略)両舷送信用空中線切断左舷使用不能
〇四一五 司令長官|1AF - - 第二次攻撃隊本日実施 待機攻撃機爆装ニ換ヘ (注)第二次攻撃はここで陸地攻撃の爆装に変更して再命令された
   (〇四二八 γ4|トネ 司令長官|KdB 無 タナ三、敵ラシキモノ一〇隻見ユ「ミッドウェー」ヨリノ方位一〇度二四〇浬針路一五〇度速力二〇以上 (注) 利根四号機より敵艦船発見の第一報
〇四四五 司令長官|KdB KdB - 敵艦隊攻撃準備攻撃機雷装其の儘 (注)爆装命令から30分後に「雷装はそのまま」と命令を変更、爆装に変換済なら再雷装を含んだ命令
〇四四七 司令長官|KdB γ4|トネ 無 タナ一、艦種確メ接触セヨ
  0455 敵基地航空隊の爆撃機隊および雷撃機隊攻撃開始(第二波)
〇四五五 ミッドウェー蒼龍に爆弾投下(段数九-一〇)命中せず
   (〇四五八 γ4|トネ 司令長官|KdB 無 タナ五、〇四五五敵進路八〇度速度二〇節(〇四五八))
〇五〇〇 司令長官|KdB γ4|トネ 無 艦種知ラセ(〇五〇〇)
〇五〇六 筑摩敵 γ 左二五度艦隊上空ニ来襲 (艦載機-本艦ノ認メシ最初ノ艦載機ナリ) 主砲高角砲機銃砲撃始ム
   (〇五〇九 γ4|トネ 司令長官|KdB 無 敵ノ兵力ハCx5 dx5ナリ)
  0510 ミッドウェー基地航空隊の艦上爆撃機隊攻撃開始 (第三派)  
   (〇五一一 γ4|トネ 司令長官|KdB 無 敵ノ兵力ハ巡洋艦五隻駆逐艦五隻ナリ(〇五〇九)) 
  0514 基地航空隊の水平爆撃機隊攻撃開始(第三派)
   (〇五二〇 γ4|トネ 司令長官|KdB 無 敵ハ其ノ後方ニ空母ラシキモノ一隻伴フ  (注) 利根四号機より敵空母発見の報告。KdB司令部は「ラシキ」にこだわる
〇五三〇 司令長官|KdB KdB - 艦爆隊二次攻撃準備二五〇瓩爆弾揚弾 (注)発光信号と思われる
   (〇五三〇 γ4|トネ 司令長官|KdB 無 タナ八、更ニ敵巡洋艦ラシキモノ二隻見ユ「ミッドウェイ」ヨリノ方位八度二五〇浬敵針一五〇度速度二〇節(〇五三〇))
〇五三七 赤城第三戦速 収容開始 (注)直後に陸地攻撃隊の収容中止と再開があるが敵攻撃は一旦終息。
〇五三九 筑摩左九〇度敵機二機遠ザカル (注)約1時間30分の三派に分かれた攻撃への対空戦闘と回避行動が終息 
〇五四五 司令官|8S 筑摩艦長 (司令長官|KdB) 無線 タナ二、零式水偵ヲ発進 γ4|トネ ノ発見セル敵ニ接触セシメヨ
   (〇五四五 γ4|トネ 赤城 無 更ニ敵巡洋艦ラシキモノ二隻見ユ「ミッドウェー」ヨリノ方位八度二五〇浬敵針一五〇度敵速二〇節)
   (〇五四八 γ4|トネ 赤城 無 我今ヨリ皈途ニ就ク)
   (〇五五〇 γ4|トネ 司令長官|KdB 無 更ニ敵巡洋艦ラシキモノ二隻見ユ「ミッドウェー」ヨリノ方位八度二二〇浬敵針一五〇度速力二〇節)
   (〇五五〇 γ4|トネ 司令長官|KdB 無 我今ヨリ皈途ニ就ク(〇五四〇))
〇五五四 司令長官 γ4|トネ 無 方位測定用電波輻射セヨ
〇五五五 司令官|8S γ4|トネ 無 皈投待テ 
   (〇五五五 γ4|トネ 〇六〇一 指|KdB 無 令達報告敵攻撃機十機貴方ニ向フ(〇五五五))
〇五五五 司令官|8S γ4|トネ 無 タナ二、筑摩 γ 四 来ル迄接触セヨ長波ヲ輻射セヨ
〇五五五 司令長官|KdB (〇六一三)KdB 光 タナ一〇、収容終ラバ一旦北ニ向ヘ敵機動部隊ヲ捕捉撃滅セントス
〇五五五 司令長官|KdB 〇六三〇 司令長官|GF(2F) 無 タナ三三六 午前五時敵空母一巡洋艦五駆逐艦五ヲAF十度二四〇浬ニ認メコレニ向フ (注)同時刻先発信の実施予定時刻(〇六一三)を 〇六三〇 と訂正し敵情報を補足して主力部隊へ報告。 
〇五五九 fb全機収容 (注) fbは艦上爆撃機
〇六〇五 司令長官|KdB 各 光 揚〔容〕収 終レバ一旦キタニ向フ敵機動部隊ヲ補足殲滅セントス
〇六二四 司令長官|1AF 司令長官|GF - (〇五〇〇)敵航空母艦一巡洋艦五駆逐艦五「ミッドウェー」ノ一〇度二四〇浬ニ認メ此レニ向フ(〇六〇〇) (注)〇六〇〇 にあった司令長官|KdBの 発信を 〇六二四 に司令長官|1AF が 代行して転送か。
〇六一八 攻撃隊容収終了 (注)収容には41分掛っている
〇六一八 右五二度高角二度三十五粁敵十六機右ヘ進行スルヲ認ム(筑摩) (注)敵艦載機接近、約40分間の平穏終わる
  0625 ホーネット雷撃隊15機攻撃開始 (注)英数字の時刻は敵艦載機の攻撃開始時刻、米国側の戦闘記録より
〇六三〇 司令長官|KdB 司令長官|GF - 〇五〇〇敵航空母艦一巡洋艦五駆逐艦五「ミッドウェー」ノ一〇度二四〇浬ニ認メ此レニ向フ (注)〇六二四 と同文。発信者役職をKdBから1AFに変更か。どちらも同じ南雲中将だけど
〇六三八 筑摩 司令官|8S 光 (〇六三八 γ 発艦) 同時刻の重要事項欄の記載、筑摩五号機敵艦隊ニ接触ノタメ射出発艦(利根 γ4 と交代) (注)本来なら γ5|筑、γ4|トネ と記述されるはずだがこの辺りから航空機の記号記述に統一性がなくなる。
  0645 エンタープライズ雷撃隊14機攻撃開始
   (〇七〇〇 蒼龍偵察機 〇七一五 司令長官|KdB - タナ一、敵ヲ見ズ我レ「ミッドウェー」島ヨリノ方位二〇度距離二九〇浬(〇七〇〇))
〇七〇〇 司令長官|1AF  (〇八〇〇)司令長官|GF 2F 6F 司令官|2Sd(その他) - タナ三三七五、〇三三〇AF空襲 〇四一五以後敵陸上機多数来襲我ニ被害ナシ 〇四二八 敵空母一隻巡洋艦七駆逐艦五地点トシリ一二四二ニ発見針路南西速力二〇節 我今ヨリ之ヲ撃滅シタル後AFヲ反復攻撃セントス(以下略) (注)ここで航空索敵行動を時系列で抽出した末尾に重なる。

 

以下は公式の戦闘詳報に記録はなく基礎文献である「ミッドウェー」からの引用による補足挿入である。

  0715 ヨークタウン雷撃隊13機戦闘機隊6機攻撃開始
〇七二〇 「午前七時二十分、赤城司令部から、/「第二次攻撃隊、準備出来次第発艦せよ」/との信号命令が下達された。/(中略)/あと五分で攻撃隊全機の発進は了るのである/噫、運命のこの五分間!」 ()「 」内の / は改行を示す。
  0722 エンタープライズ急降下爆撃隊33機攻撃開始

彼我が同じ時計で戦ったかどうかは知らぬが残されていた運命は2分間だった。

-------------- ロング インターミッション 長い休憩 --------------

漢字漢数字アルファベット混じりの文語体の記録は読みにくいが独特のリズムがある。この際慣れていただくしかない。

戦闘詳報では司令長官、司令官、艦長などは四角、三角、吹流しなどの旗記号、無線は電波を輻射するアンテナの模式記号で表されるがPCのフォントにはないのでそのまま漢字で表示、航空機は翼を広げた形を γ(ガンマ)で代用する。また発光信号は 光 に、手旗信号などは 信 に短縮して使われた。

部隊記号や地点地名にはアルファベットも使用される。例えば、AFはミッドウェーのことだが1AFとなると第一航空艦隊となる。以下に主要なアルファベット記号を上げて置く。

GF 連合艦隊。本来は大日本帝国海軍艦艇の配属組織体系に示される編制であるが、ここでは後方にいた主力部隊旗艦の大和に座乘する連合艦隊司令長官を指すと考えて良い。
KdB 機動部隊。 1AF8S、第三戦隊第二小隊(戦艦2 複葉二座偵察兼観測機各3機運用)、第十戦隊(軽巡1、3駆逐隊からなる駆逐艦11隻)で編制。
1AF 第一航空艦隊。機動部隊司令官が座乘している第一航空戦隊の空母赤城と加賀、第二航空戦隊の空母飛龍、蒼龍からなる。
8S 第八戦隊。重巡洋艦 利根、筑摩。主砲4基を前部に配置し後部に最大6機の三座水上偵察機の運用機能を集中した航空巡洋艦。
2F 第二艦隊。ミッドウェイ攻略部隊本体。戦艦2、重巡4、軽巡1、駆逐艦8、空母1
6F 第六艦隊。ミッドウェイ戦域には存在していないようだ。
2Sd 第二水雷戦隊。 別動のミッドウェイ攻略部隊護衛隊。軽巡1、駆逐艦10隻と輸送船15、他16隻からなる船団

読み解きで最もややこしいのは発信時間を含めて出てくる時間の解釈である。例えば発信時より早い時間が信文の中にある場合は「何時現在」の内容を送信と考えられる。

さらに発信時刻と受信時刻が同時と言うことはまずない。

暗号で送信される文章はモールス符号を使い短縮記号と既定の用語や語順で発信されており、暗号文作成と送信、聞き取り筆記と解読時間が必要である。詳報の中でも同じ暗号からと思われる「ミッドウェイ」、「ミッドウェー」、「基点」あるいは「速度」、「速力」、「敵速」、など統一されていない場合もある。

因みにアルファベットとイロハのトン(短点)ツー(長点)と無音(文字間隔)の構成要素は同じであるが、英文に比べると日本語は基本文字数が多いため5点で構成する文字があり同じ意味の文章を平文で発信する場合イロハのほうが長く(一定時間の文字数は少なく)なる場合が多い。

また発信元(水上機)と受信先(司令部)の所属する組織が異なる場合には発信元の組織(巡洋艦)が受信と解読をして受信先(司令部)に転送する時間が必要となる。

具体的には、ミッドウェー空襲を第一任務とする機動部隊司令部の通信機能は空母赤城の通信施設を共用する。

特に空母の長距離通信アンテナは戦艦や巡洋艦の艦橋より低い飛行甲板の横に立てられており、戦闘行動中には攻撃隊の発艦と収容時以外にも防空戦闘機を担当する艦の飛行甲板は給弾・給油のために開けて置くので通信アンテナは横に倒していた。

加えて赤城は基地航空隊雷撃機の機銃掃射を受けて早い時期に両舷の送信用空中線を切断されており特に左舷は使用不能になっていた。

多くの場合、中継は水上偵察機を運用する戦艦や巡洋艦が担当し隊内通信は発光信号や手旗信号など目視通信で行われる。

交戦時の避退行動で隊列が分散すると光信号などの通信に支障をきたし転送迄の空費時間がかかるなど、やむを得ない場合は微弱電波の隊内無線(受信機の性能次第で敵に傍受されることもある)が使われた。後者の場合に使われるのは解読文か暗号文の転送なのかは分らない。

こうした中継電文の場合、通信記録の受信先欄あるいは信文に記載される時間が発信時間より遅い時間の場合や発信時間や発信元が異なる同一信文が同一宛先に発信をされている場合などがある。

次に宛先欄や信文の中に発信時間より先の時刻の記載がある場合は信文内容を実行開始する予定時刻もしくは計画時刻と考えられる。

さらにこうした文書の分析には大きな壁がある。例えば、〇七〇〇の(発)第一航空戦隊司令長官から(宛)(〇八〇〇 )連合艦隊司令長官(その他)の本文は「タナ三三七五、・・・」から始まっている。すなわち南雲機動部隊司令長官の司令部から3,375通が発信されていることになるががこの詳報に全信文を記載しているわけではない。

その一方、1時間5分前の〇五五五に同じ発信元から連合艦隊司令長官に宛てた信文では「タナ三三六 ・・・」が使われている。上三桁目がー番増えて四桁めに「五」を加えた何らかの理由があるのかもしれないがいずれにしても多くの情報が上伸されているようだ。

機動部隊が呉軍港を出撃してからの通し番号とも考えられるが、機動部隊の進撃航程では無線封鎖を行っており、ほとんどはミッドウェイ島への攻撃隊が発艦後に行った交信として良いと考えられる。

機動部隊から連合艦隊(主力部隊)に宛てた〇七〇〇信文内の〇四二八 にはまだ、敵空母は出現していないなど矛盾点はいくつかある。

いずれにせよこの戦闘詳報は赤城の艦上で作成された原本ではなく(退艦時紛失)、後から関係者によってまとめられたようだ。

そこからは編纂者による矛盾(もしくは意図)が入っている可能性も考えられる。次回からは数多あるノンフィクションや聞書きのなかで信頼のできそうな文献に頼ることになる。

また、後方で主力部隊を勤める旗艦大和などは航空機を含む機動部隊間の無線交信に加えて解読はできないまでも敵の交信を傍受できる設備と人員を備えていた。

したがい、作戦に参加している主力部隊は少なくとも機動部隊内の交信を除いた無線は傍受していたはずであるが連合艦隊旗艦から機動部隊への指示は健在する空母飛龍一隻となった後の敵空母とミッドウェー島に対する二正面総力戦を指示する作戦命令と飛龍被弾後の事実上の作戦中止命令であった。

なお、抽出した機動部隊の時間帯はミッドウェー島からの陸上機に始まる攻撃の間断をついて防空戦闘機の離発艦と第一次(陸地)攻撃隊の容収を終えているが交戦状態は続いている。

公式記録の戦闘詳報からGF司令部やKdB司令部の長官や幕僚の心理状態や結果としての戦闘指導を決めつけるのは難しいが、歴史上最初の海洋航空戦となった珊瑚海海戦の結果からも明確になったように海洋航空戦は平面上の決戦などではなくどちらに転げ落ちるか分からない稜線上で突つき合う戦闘である。その敗戦を偵察機にミスがなければ勝てたはずの日本だった、と考えることほど空しいことはない。

次回から今にも連なるかもしれない文言上に現れた 3S を読み解いて行く。

映画でも描かれる(はずの)「B-25 ミッチェル 二人の軍人の間に存在する爆撃機」を読んでおいてくださるほど理解しやすくなるはず・・・デッス!

2020年8月13日 (木)

キネマ航空CEO 「おもてなし」の挽歌で景気づけの「エア・ボン踊リ」に挑戦する

2020.08.19 公開校正と校閲を終了とします。キネマ航空CEO

ホスト国の新型コロナは収まらず一年延期としたものの、憲章に則り参加するもの拒まずの五輪のスピリットは危うくなり中止の影も忍び寄る。

中止はアスリートの無念とIOCのTV中継権の皮算用が失効するこれまた無念との引換になる。さらには既に貰い得のフィクサーやエイジェントが収益のキックバック予定分をよこせと暗躍を始めるかもしれないが、税金をはらってチケットまで買った国民も、投資をつぎ込んだ企業もインタナショナル・クラスターにされなくて良かった、と覚悟しておくしかないだろう。少なくとも前回の中止に比べれば・・・

変態を繰り返し予防薬も治療薬もないまま実行して最悪の事態に陥って、白を黒だと言いつのる国のまねをしても、黒を白(これらは禁止用語かね?)と言い張っても世界に押し通すだけの思いこみも粘りも、つまり国力はないだろうからね。仮に一年遅れておればCOVID20となりTOKYO VIRUSと呼ばれてもみずから反論できたかどうか。

話は変わるが、世論調査で「おもてなし」の夫君の環境大臣が、国民が期待する次期総理候補のナンバー・ワンだ、と報道されていたこともある。

まあ、取り上げた記者も記者だともいえるが、大臣は日本船籍で日本企業が運航するタンカーが世界の宝石と言われるモーリシャスの海岸で原油流出事故を起こし環境破壊が現実となってもなんの有効なコメントも出していないようだ。(8/13出稿時現在)

その点では、対中国への牽制や環境問題のプレゼンスの誇示を狙う旧宗主国はオン・ザ・コロナでも反応は早い。

確かに帳簿上は経済産業省や国土交通省の所管かもしれない。しかし海洋国家として環境を守るなら、オイル吸収剤や囲い込みフェンスなどかき集めて海上自衛隊の新明和US‐2飛行艇でパラメディックを下ろしてでも積めるだけ詰め込んで、できれば編隊でパラメディックを含めた要員も現地へ飛ばし、現場に着水して荷下ろしをする発案や調整はできるだろう。

場合によっては要員と追加物資を乗せて現地へ向かう輸送艦と海上で会合して中継輸送もやれる訓練にもなる。人員がそろったところで川崎C-2輸送機で資材をパラシュートで降ろしパラメディックが回収するなどなど、そうした海洋を含めた遠隔地汚染に即応できる機動態勢を各官庁と一緒に予算折衝するぐらいは今からでもおやんなさいと言いたくなる。

もちろん防衛省、経産省ばかりではなく国交省、財務省、外務省、厚生労働省、内閣官房e.t.c.の調整は必要だろう。一番面倒なのは武器を持たない輸送機でも自衛隊と言うだけで目の敵にするリベラル野党だろうが、むしろ首相になるには、実施できなくても論議を尽くして歴史の中で野党の失策に持ち込む雄弁こそが必須だね。

とかく自滅傾向のある日本のリベラル相手ではそのチャンスがいっぱいあるようだ。たとえば、自衛隊を出すまでもない、直ちに化石燃料と原子力発電をやめて、直ちにサステナブル・エナジーに変換すればすべて済む話だ、とかのすり替え論法に誘い込む…とかね。

今の時代、環境省は世界を相手の国益を調整する機関としての存在をアピールをする役所でもある。また所管大臣の背負うべき責任でもある。

まあ、野党ではなく身内が相手なのかもしれないが、指示もくれない首相の下で指示待ちを決め込んで叩かれる失点を減らし、首相指名のチャンスを待ってもすんなり回ってくるはずも無いのにね。それでも日本の有権者は優しい。しかし国際的には「金を払うだけの日本」と、将来の失点につながった歴史は今作られてゆく。

 

さて、残暑の盛りに当オフィスへ訪問いただいた皆様への特別なご招待は
「おもてなし」の挽歌で景気づけの「エア・ボン踊リ」

当オフィスの訪問者数なら三密炎上することもないだろーから
ごゆっくりとお楽しみください

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トーキョー・「ゴリン」ピック音頭 2020 (仮)

     あァー あの日 リオでの約束の、 あそれ 約束の
     オリンピックは おもてなし あ、それそれ オモテナシ

     あァー さあれ、されども 物事にゃーああ
     表があって、裏がある、 あそれ それそれ うらおもて
      地球の上に朝が来りゃ、その裏側は夜になる ) ワカッテルヨ!

     あれ あれ これ これ のり越えて、
     ついに2000と20年 残りは六月(むつき)となったれば、

     さても 新種の花が咲き、
      華があってもゴジラじゃないシン、ぁッ シン シン シン シン 
     新型ァー、シン・コーローナァー

     アー、「ピック」は延期で うらもなし
           ( ァそれッ おもてなければ あー ウラガナシ
                        
     アアー、咲いて結んだ花の実は ボーダー越えて狂い咲き

     ア、それ、「ピック」は中止(仮)で、うらがなし

               どどんかッ どどんかッ

     さあれ、されども 世の中に、 ドン ドン

     あってはならない うらおもて

     そあれ そーあれ、そあれ そーあれ そーあれ、そーあれ

     あってはならない ウラオモテ

     あイヤ、 イヤ イヤ

     あってもないのが うらおもて、ハイうらおもて ハイハイ

     世の中は―あぁ~あぁ

     あってもないのが ウラオモテ!

     そうだ そうだろ そうだよね どどんかッ どどんかッ

     うらと おもてと、 オモテと ウラ

     あっても なくても 裏がなし

     あー うら悲し

     あァあ ああ ああァ ウラガナシ! どどんかッ どんどん

               (お疲れ様ァ~)


一応、五七、七五調なので民謡と昭和歌謡のリズムをテキトーに組み合わせれば歌えるはずだけど、言葉と論旨の整合性や妥当性の判断はそれぞれの感性にお任せすることになる。

ちなみに、心悲しい、と書いて【うらがなしい】と読みます。

「そーだ!うら】 で悲しむから維新も革命も起きないんだッ」「日本人は起こせないんだーッ!情けない!」と両翼端から叩かれ指弾されそうですね。

「…で、維新と革命はどう違うの?」

 …! 「急にそんなこと訊(き)かれても・・・」 引用 from 梅沢富美男(プレバト)

人間は、ヒトの頭の中に自分の主義しか存在しないことを理解しようとしない。かつての歴史の中に全員を満足させる民主主義など存在したことはない。あっても神話かおとぎ話かアニメか漫画の中だけに過ぎない。

しかし「民主主義」は幻想に過ぎなくても、共有する「民主制度」は存在する。

右と左の翼に煽られる真ん中の胴体は、「このショーモナイ民主制度でも、受け継ぎ、少しは良くするために、やることをやり、やれることをやる」
と答えるしかないね。
 パクリ by 当CEO

不幸なことに、この胴体は今は消えゆく747並みに詰まっていてどっちに飛ぶのかさえわからない。とかく初期の問題を起こしがちな、より(の二乗で)小型の新型機MSJのフリートに乗り換えるか、生きながらえることに必死の機長代理と2世紀前のAI頼みの機長群が陰で操縦するもっと大きいAじゃなくC380にボーディング・ブリッジを架けて(に賭けて?)みるのか、そう言う時代になるようだ。前者にゃ気乗りはしないし、後者には乗る気がないがね。

 

2020年7月30日 (木)

キネマ航空CEO 「哲学カフェ」 に顔を出し、「メメントモリ」 と「旧知」 を思う

―――――「哲学カフェ」―――――

「本日のお勧め」として日替わりの豆とローストでドリップをする珈琲を飲み、備え付けの新聞や月刊誌に目を通したり、纏まった読書に没頭したり、纏まりのつかぬブログを書いたり、オーナーとの雑談を交わす茶房がある。

そのオーナーから、月に一度夕べから始まるオープンテーマの「哲学カフェ」の場を提供し始めていると聞いて顔を出す。

哲学「にも」なのか、「には」なのか、色々の接頭形容句が付けられる。今回で3回目と言うことで「起業」哲学に進むらしい。

大企業にもサイドビジネス(副業)が許される時代では安定した企業に就職しても、否(いな)、なおさらに二重に雇われて行う副業ではなく創業による自己実現のための副業を奨める「哲学」講座のようだ。

いつの時代にもある履き違えた厚さが違う二足の草鞋の平衡の取り方かな、とも思うが、当CEOの一回り年下の主宰者や二回り下の参加者が「ああだこうだ」と話すのを聞くのも面白いので、もう一、二度参加して見るつもりでいる。

とは言え、「起業と言う精神活動の不足する社会」が日本の将来への不安の一要素であることは間違いないし、また「志のある個人の不安を支えようとしない社会風土」の中での一歩を表しているとも言える。

最も「その社会風土」のロングテールの中にいる当CEOは、起業投資のお誘いに巻き込まれないように念のため当CEOの興味は「実学」ではなく「形而上学」としての「哲学」にあると先に逃げを打っておくことにする。

ただ場所を提供しているオーナーの想う「哲学カフェ」のイメージとは少し違うようで、講座の終わりの座談では「メメント・モリ」の言葉がオーナーから発せられたが参加者の興味を引かなかったようだ。
ラテン語の“Memento mori”であり、キリスト教の中では「死を想え」あるいは「死を憶いだせ」の意である。

―――――「旧知の訃報」―――――

そして、帰宅して日付の変わる頃、日々チェックする北の中山間地に住む知人のブログで、そこから西に山一つ越えたダム湖となった川を見下ろす中山間地の中腹でブルーベリー農園を営む知人の訃報に接した。

余命宣告されていた彼はその余命を1ヶ月残して逝ってしまった。

彼とは今年の3月の一日、ブログの主に誘われて彼の農園にある甘夏みかんと八朔の収穫に出向いた折、誘い主が到着する前に当CEOの病歴について取り止めのない話を交わした。

当CEOは7年程前、細胞癌であるリンパ癌の手術を受けている。担当医から術式説明の後に「再発の確率は最悪95%から良ければ5%」と説明された。その時は平均すれば50%で普通の生活での生存率と変わらないな、と覚悟めいた思いが掠めていた。

手術は成功し術式での緩解を確認する5年間の3マンス・チェックを経て6マンス・チェック、1イヤー・チェックとなる過程で「その覚悟」は次第に薄れてくるのを自覚する。

そして、リンパ癌の宿命である臓器癌として再発が発見された時点では延命処置しかない。その時に「同じ覚悟」ができるかどうかは、分からない・・・

などを話し終わるころに到着した誘い主と一緒に摘み残されていた、枝にたわわの柑橘の玉を収穫し、過分の分け前をいただき、別れたままである。

―――――「葉隠」―――――

さて、「メメントモリ」、日本語では肥前佐賀藩鍋島家(鍋島本家)の家臣山本常朝(1659-1719)が1710頃から16年にかけて口述でのこした「葉隠聞書」の一節「常住死身【じょうじゅうしにみ】」にもどこかで通じるであろう。

戦国時代最後の大戦(おおいくさ)、大阪夏の陣(1615)から45年後、天草の乱(1637)から23年後に生まれた常朝が52歳から足掛け7年を掛けて聞書きに残した常朝の言う反語もしくは隠喩で示された「生」の意義は日々重ねる主君に対する御奉公の心構えではあった。

また常朝43歳の1701年には天領の肥前長崎で出島警備を行う肥前佐賀藩の深堀鍋島家が長崎会所の役人との間でやられたらやり返す一年をかけた血なまぐさい 深堀事件 も起こっている。

今ももて囃される「忠臣蔵」のネタ元で知られる赤穂事件の江戸城中における刃傷と即日切腹も1701年、浪士の討入りと、徒党を組んでの押込みを評定しながらも斬首ではなく切腹とする幕府の処断は1703年であった。いずれも元禄時代であり戦国の気風が残りまた太平の世の兆しが見え隠れする時代でもあった。

因みに常朝【つねとも】は、心構えの通りに生きていても「追腹法度」でその時を得ず42歳(1700年)で出家し常朝【じょうちょう】として仏門に入り当時では長寿の還暦を越えた天寿を全うしている。ここまでの「常朝」は主君の没後の42歳を境に読み替えてくださいね。

追腹法度は佐賀藩では1661年に常朝の主君鍋島光茂により諸藩、幕府に先駆けて発布されている。先行したのは佐賀藩独特の藩体制にもよるようだ。人道のためではなく「主従関係」を「主君と家臣」から「主家と家臣」へと変えるという「情理」から「条理」へご奉公の定義の転換であります。ただ人間の心では主従関係に限らず「情」と「条」の「理」が混然一体となっている「道理」がある。

ややこしい「理」よりも「道」が大好きな日本人の場合、「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」の注釈の一文で、後に明治維新により下級武士から成り上がった「士族」の二代目三代目辺りから「武士道とは死ぬことなり」と決めつけられれば、かつては圧倒的大多数の人口を占めていた農工商の職分からいきなり「平民」へと一括りにされて、すべからく「武士」として、「道」として、の「美学」の甕に漬けられて染めあげられるべし、となる。

取りあえずの「理」であるルールの下で勝敗を伴う競技の選手に付けられ、多彩な媒体により拡散される「サムライ・ジャパン(侍ジャパン、さむらいJAPAN、等々)」や「サムライ・ブルー」などは見る者にとっても「常住死身」を知ってかどうか、先の流れの中に入るのだろう。
同様に「なでしこジャパン」も「大和撫子」の流れを引きずり「常住死身」を支える清楚な、あるいは凛とした「貞女の鑑【かがみ】」を想起させるのかもしれない。「大和撫子【やまとなでしこ】」は河原撫子【カワラナデシコ】の異称だが日本女性の美称でもある。千々に裂けた五枚の花弁は色も含めて妖しさも感じられるけどね。

とは言え、西城八十作詞「侍ニッポン」(1931)の元の歌詞は七聯あり幻の七番で終わる。
 二度とせまいぞ 武士(さむらい)稼業 
 泣いて涙で 人を斬る
 恋と意気地の 骸(むくろ)の上に
 降るは昔の 江戸の雪
(「せまいぞ」は「する」の文語体の命令形「せよ」の否定の意思表示「するんじゃないぞ」)
念のため、骸は主人公に斬られた武士ではない。主人公の武士であります。

(閑話休題)

―――――「いくつもの死、いくつかの死」―――――

そして、旧知の彼の死の後にも、残された日本では不慮の死、理不尽な死が続き、その前に表面化していた多くの裁判やゴシップが追いかけ消えてゆく。

当CEOも「メメントモリ」と聞くと「生きねば」よりも、自死や尊厳死がそれなりの言葉の重みを持つ歳となっている。

記憶にある「自死」に言及した言葉では鶴見俊輔の一文がある。鶴見俊輔はリベラリストというよりプラグマチストあるいはニヒリストのようでもある。

また、キリスト教徒であった厳しい母の影響と反発、成人後の仏教への興味、加えて第二次大戦による留学時の戦時交換船での帰国、南方への従軍(軍属)の経験者でもある。
したがい、何を基準にするかはさて置き、左右両側から、中でも左からの毀誉褒貶も多い思想家である。

 「おとうさん、自殺をしてもいいのか?」
と幼い息子にそう問われた鶴見俊輔は、
 「してもいい、二つのときにだ」・・・
 「戦争にひきだされて敵を殺せと命令された場合、敵を殺したくなかったら、自殺したらいい」・・・
 「もう一つは、君は男だからいうんだけれども、もし強姦をして、証拠隠滅のためにその女を殺してしまおうという衝動が起こったら、その前に首をくくって死んだらいい」・・・
  と答えている。(段落や括弧の変更は当CEOの独断による)

この会話は日中戦争でも太平洋戦争でもなく、その知見はあったとしても現行憲法下の朝鮮戦争あるいはベトナム戦争の時代であった。

一方、「尊厳死」は日本の文化の中では「自刃」「切腹」「介錯」と言う儀式をも含めて日本人固有の永遠のテーゼでもあるようだ。(長い閑話休題)

―――――ご冥福を―――――

ヒトと動物の死はどう違うのだろう。ヒトはヒトを弔う心を持っている。(例外を除きと付け加えなければならないのが悔しいが)

その一方で、あるべく生きた動物は死期を悟ると自らその集団を離れて消えてゆく本能があるとも言われている。

いや、屍(しかばね)の周りにその仲間が集まり弔っているのを見かける、と記録するナチュラリストもいる。

ただ、人の感性で動物の行動を記録することは誤りであることが多いと言うサイエンティストの目では、ありえない屍の周りを取り囲む仲間は、動かぬ身体と冷えてゆく体温という不意の死に戸惑っているだけとも思える。

その残されたモノへの戸惑いがヒトの本能に組み込まれてゆく生命の掟の芽生えかもしれない。

そろそろ亡くなった知人の思い出に戻ろう。

三つ歳上の彼と別れた日、相身互いの「ご老体」と呼びかけると「ご老体はやめてくれ」と返されたが「御老公とも呼べないよ」と言うと、苦笑していた彼の笑顔を思い出す。

いま、彼の残したブログを読み返すと日々の生業(なりわい)の間に奥様との旅行、子、孫たちとの触れ合い、級友や同期の友との再会、そして毎年の彼岸の墓参などの日常も溢れている。

ひとり中山間地に起居しブルー・ベリー育成の生業と地域振興の活動を重ねてきた彼はご家族の元で人間、ヒトとして旅立ったのだろう・・・ご冥福を祈る。

彼の活動の一端と後姿は当CEOのブログでも偲べる。ぜひ ご訪問 ください。

2020年6月 7日 (日)

キネマ航空CEO 「マスクに萌える」の巻

 元もと、在宅勤務の当CEOではありますが、一国の#2から他国に向かって「民度が違う」と説明される「同調圧力」が前提の「自粛」の「要請」ではどう考えても「自粛」じゃないので「二律背反の整合性論理」の展開であっても、さらにストレスはたまります。

 とは言え、不要不急じゃない必要火急の外出もありご多聞にもれず布製手製の高価なマスクをいくつかを持たされています。

 そのマスクがこれです。

Photo_20200607203101  「えっ !?、キネマ航空CEOは、ついに強度のストレスで妄想の暴走を始めたー」ですって ??

 とんでもない。あなたのストレスで分泌された脳内物質があなたの潜在意識にそんなことを想像させているのですよ。

 「お気を付けくださいませ」

 当CEOは#1が率先して着用モデルを務める未だ届かぬ更に高価な配給マスクに似た耳掛けマスクのゴム紐が苦手なのです。

 つけ始めてしばらくすると耳の裏側の付け根が痛くてたまらなくなります。#1は「耳が痛い」という言葉を知らないのでしょうね。

 歳とともに厚くなった面の皮でも、当CEOの耳の後ろは例外で若かりし頃のままの繊細な皮膚感覚が保たれているようです。

 上の画像は、付いていた耳掛けのゴムひもを外してスニーカーの平紐を下から上に通した状態です。

 使用法は下側のU字の紐を頭からかぶり首に回します。

 次に上の紐を持ってマスク本体を顎から鼻の頭を包む位置に移動させて紐を耳たぶの上の溝を通して後頭部で蝶結びにします。

Photo_20200607210301 使用する紐の長さは90cmを採用しました。しかし、右の画像のようにマスク本体の端の寸法と折り曲げた鼻先までの寸法にはそれぞれ長い短いがあります。

 上の黒色では 6x11.5 cm、下の黄色では 8x9 cm でした。結果として当CEOでは黄色のマスクの紐はかろうじて後ろで結べました。

 新しく平紐を求めるならもうひとサイズ長いほうが良いかもしれません。

 この方法でマスクを外す場合、上の紐を適当なところでほどき結びにして本体を折りたたみ首に掛けたままでマスク本体を一回捻っておくとマスクが開くこともなく、置忘れに気を使わないで済みます。

 当CEOはこのほかにも除菌マスクを試作しております。

Photo_20200607215701 一見、成型マスク風でありますがギャザーと金属またはプラスチックで鼻の周りを整えられる使い捨てマスク二枚をスティプラーで袋状にして除菌効果のある金属の網を入れています。

 紐マスクを含めて今回の画像はすべてクリックすると 800x800px に拡大できます。

 除菌マスクの紐マスク化はスティプラーを使って工夫できます。

 

 

Photo_20200607215801 構成は袋状にしたマスクと枠の付いた「銅」の金網です。

 網目の細かい茶こしを探したのですが見当たらずシンクのドレーンに使われる直径 8 12cm のストレーナーで代用します。

 なお、スティープラーは下側三か所、上側は両端二か所、両脇は各々中央を一か所で十分です。

 スティープラーの針を折り曲げた側を頬に触れないように上下左右を確認して作業します。

 

Photo_20200607215901 ストレーナーは根気よく自分の顔に合わせて曲げて行きます。

 画像手前が鼻部、奥が顎、左右が頬です。

 これをマスク本体に差し込んで位置を決めれば完成です。

 使用時には水をスプレーで吹きかけておけば銅イオンがマスク本体に滲出してきます。

 銅の抗菌性能や銅化合物の金属アレルギー性状については、こちらの一般社団法人日本銅センターの中のサイト「銅について知る」を参照ください。

なお、舐める人はいないと思いますが当ブログに沿った実験は自己責任( 厚生労働省食品安全情報の記事へジャンプします )で実施となります。

 ステマじゃないので細かいことは抜きにして、(金属アレルギーは除いて)人体に無害な銀イオンと白金ナノコロイドを使った消毒液もしくは除菌液を水の代わりに吹きかける方法もあります。長期間続ければ銀白金メッキができるかもね、んなァ分きャアないか。

Nikolun_20200607230201Mechanism   

 新型コロナに効くかどうかは保証の限りではないが普通のマスクでも次亜塩素酸やアルコールを吹きかけるよりは良さそうだ。

2020年3月 6日 (金)

キネマ航空CEO 徒然なる儘に擬俳句(はいくもどき)を捻ってみる

離着陸時のエレベーターの逆転の記事を「其の儘」にしておいて何が「徒然」だと言われそうだが、たまに浮かぶ俳句もどきを自己中?、もとい!自己注でやってみた。

---------------------------------起

令和二年 咳(せき)に怯える 国の春
   怎麼生!「国とは?」  説破!「右も左も、上も下も、すべて含めて、前も後ろも見えず、みんなが何処かで共有する時間」

(しわぶき)に マスク一瞥 町の春
   「気になるならマスクしてまで出てくるな、と言いたいがお互い事情もある」

街中や 嚔(くさめ)も憚(はばか)る 杉の春
   「こうなりゃ、嚔(くしゃみ)も我慢するのだ !!」

すべて季重なり、中七字余りもある。

当CEO は五七五の正統芭蕉俳句も嫌いではないがむしろ江戸川柳の方に引かれている。それは、さて置き。

昨今、芭蕉隠密説が現実味を帯びてきているようだ。つまり、隠密として俳聖芭蕉の顔と冷徹な観察眼のスパイが共生していたことになる。

探るべき世情は口の端に上る川柳や書き留められた落首などから収集できる。なかには破礼句もあっただろう。芭蕉も目を通していたと考えられる。では後世に俳聖となる顔はなぜ必要だったのか?

世の中を動かす、あるいは危機感を持つエスタブリッシュメントである豪農、商人、武士などと忌憚なく交わえる人物像を演じるには当時これ以上の地位(ステータス)はなかったであろう。

芭蕉は世俗の一切を「侘び寂び」の中に潜ませることを選んだ。それは一人ではできない。そのための其角と考えたほうが真実に近いだろう。

三何某喜(みなにぼうき)が「其角裏芭蕉」の脚本を書くかもしれない。もちろん、やがて悲しきコメディ*脚注 になる。

---------------------------------承

"You only live twice" は日本語タイトルでは「007は二度死ぬ」となっている。「生きることは死ぬことだ」と日本人らしい邦題ではある。先のリンクの注記では作者のイアン・フレミングは「芭蕉にならって」生きる、と解釈としているようだ。

もう一つ、彼のプロファイルからの解釈もできる。フレミングは第二次大戦時には対ナチ包囲国だった在モスクワ通信社の局長で赴任しインテリジェンスの中核として活動した。終戦の年に帰国して8年後に作家生活に入っている。

見方によれば、帰国と同時に彼はSFでいう「パラレルワールド」の中で作家とスパイの二つの人生を生きていたのではないか。現役時代の彼はジェームス・ボンドのような工作員ではなくMのようなデスクワークだったので日々の生活は変わっていなかったかもしれない。

英国には同じような経歴の作家がいる。彼の一世代後のジョン・ル・カレ(筆名)は在西ドイツ公館の外交官としてMI6のパートを務めていた。その彼、ル・カレは着任と同時期にスパイものの第一作を發表している。

カレがMI6の訓練を終了し西ドイツへ赴任する直前に同じセクションにいた二重スパイにより東ドイツにいた約40名のエージェントが一気に逮捕、殺害されたスパイ組織の壊滅を経験している。

フレミングは荒唐無稽なスパイ合戦で現実を茶化しているエンターテイメントに対し、カレの陰鬱な作風はエンターテイメントとしての評価は低いようだが組織の中にいる個人にとっては、結果のわからぬ計画を立案し工作員を選んで潜入させて苦汁を味わはなければならないスマイリーには麻薬的な魅力があるともいえる。

更に彼らの先輩には「人間の絆」、「月と六ペンス」などのサマーセット・モームがいる。第一次大戦中には劇作家のままMI6に所属してスイスで諜報活動を行い、1917年のロシア革命さなかに行われて失敗した重要な作戦の現地工作のパートを務めていた。

モームには神経を研ぎ澄ましながらもスパイの退屈な日常と直接間接に係わった人間の観察をシニカルに描いた"Ashenden"(1928)「秘密諜報部員」がある。

キリがないがフレミングと同時代のグレアム・グリーンも上げておく。彼は22歳でカソリックに改宗し27歳で共産党に入党。両者(主義であって国ではないようだ)の共通性に生涯シンパシーを持っていたとされるが戦時中にはMI6に所属していた。二重スパイだった上司のキム・フィルビーと折り合いが悪く1943年に辞職。反米的な作品も書きアメリカから入国拒否をされている。スパイ小説の映画化ではないが当キネマ航空900便で「ことの終わり」を取り上げている。

ノーベル賞は貰えないが良質の大衆文学となりえる作品の作家業に求められる人間観察力言語の解釈と表現の能力は諜報活動に非常に馴染みのいい組み合わせの資質となる。まあ、それは英国人だけの特性と言われるかもしれない。

---------------------------------転

「同じ島国においておや」、とまでは言わないが、英国でも吟遊詩人bard)が同等の活動をしていたのではないか。同様の生業(なりわい)は大陸文化圏にも存在する。

芭蕉がその両面を生きて旅していた、としても不思議はない。そして芭蕉の功罪の「」は完全に隠密の生活を文字通り隠しきって「俳聖」となったこと、その「」はそのために本来の川柳や破礼句で大衆の持つ「五七五」そして「七七」の付け句によるエネルギーの発露を切り捨てたこと。具体的には第二次大戦後の高度成長期に入ると「季語と定形」、「ワビとサビ」を切り札(トランプ)に変えた「五七五」として受け継がれることにある。

ちなみに戦前というより日中戦争の最中、1940年には治安維持法による京大俳句事件または新興俳句事件と呼ばれる弾圧があった。戦後創刊の「天狼」の初期1948-53年には事件にかかわった西東三鬼が編集長につき「実在の真実への観入」(三鬼)など社会性を取り込む運動もあったがやがて消えていった。水脈は今も存在するのだろうが知られてはいないようだ。

---------------------------------結(なのだ)

"twice"は「二度」ではあるが時間差で過ごす二度の人生ではない、並行した「二倍」の時間なのだ。
人に見せないがたまにはチラ見せする時間でもあるのだ。

では"only"は?。 お前「だけ」、なのか?「たった」の二倍、なのか?それとも、人生をSMAP日本人が大好きな"only one"「たった一つ」に固執して、あるいは統合して、それともいっぽうを消して、死ぬ過程のことなのか?それは、"you live" あなたの「生き方」次第なのだ。

毒のある老人の俳句や川柳を読むのは毒ばっかりの散文よりずっと楽しいのだ。もちろん作るのも。

そう言ゃ第三句は自己注の追記が必要だった。

街中や 嚔(くさめ)も憚(はばか)る 杉の春
   「こうなりゃ、嚔(くしゃみ)も我慢するのだ !! 
   だけどやって見ると傍からは嘔吐を堪(こら)えて悶えているとしか見えないのだ。
   堂々とやるのだ! 『フェーックショイ!!!』
ついでに『じゅるるー』と啜るのだ

それから温暖化かどうか知らないが季跨り季重なりは認めるべき時代になっているな。そして・・・

* おもしろうて やがて悲しき 鵜舟かな
 隠密説の芭蕉の句として味わうのはいかがだろう。

2020年2月28日 (金)

キネマ航空CEO からのご連絡とお詫び

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キネマ航空CEOからのご連絡


最近のブラウザによってはアップデートにより [このサイトは危険です] とアラートが出る場合があるようですが、これは単(ひと)えに Shockwave-Adobe Flash player によるアナログの24時間時計を表示させているためであります。
当キネマ航空オフィスのドメインにおいても https:// への移行を勧奨しておりますがこれに移行すると時計の表示ができなくなります。
Flash Player と言えばインターネットの黎明期よりマルチメディアの対応ソフトとして長く親しんでおりました。
当オフィスでは主要なブラウザーから表示が消え去る日まで http:// のまま継続していく所存であります。
なにとぞ変わらぬご訪問をお願いいたします。

 

キネマ航空CEOからの記事遅延のお詫び


2020年に入り初期のジェット・ライナーに発生した離着陸時の事故について愚考を進めており、すでに離陸編については公表し、着陸編を2020年2月中に掲載する予定でしたが「離着陸の極低速飛行では上昇には下げ舵、下降には上げ舵と通常の操舵とは逆の操縦法になる」ことの説明が解りづらいとのご指摘があり、別の説明を試みておりますが原稿が遅延しており、お詫びいたします。

加えて昨今のコロナウィルスの関連で「爆発感染 - レベル5 “PANDEMIC” (2007) 」を見直したりでオフィス不在にしておりました。

本作は、空飛ぶ者の翳 鳥と飛行機についての三題 の一つ 「鳥媒ウィルス ORNITHOPHILOUS VIRUS」 のなかで紹介をしております。

・・・オーストラリアの海岸の海鳥の屍体から始まり、その海岸にいたサーファーが帰国する 747 の機内に移る。
平行してその海岸では仲間のサーファーや愛犬の屍体が発見されオーストラリアの防疫機関が活動を始めて到着地のロス・アンジェルス空港にある疾病対策予防センター(CDC: Center for Disease Control and Prevrntion)の出張所に連絡される。
米国では生物化学テロ対策のために大きな空港にはこのような連邦政府機関の出先を設けて権限を持たせているようです。
その他、対象となった航空機の機長や管制管には緊急医療手順 (Emargency Medical Protocol) や厳重管理滑走路 (Secure runway) などのマニュアルがあらかじめ用意されており空港ターミナル・ビルから離れた駐機場に誘導して隔離検疫を行なうようだ。

乗客、乗員全員がバスで移送されて市内の緊急対応施設に隔離させられるのだが従順な日本人と違ってその前や後に脱走を試みて市中に感染を広げる乗客が出たり、空港を管轄するロス市長とカリフォルニア州知事のメディア上の協力関係の演出とその裏で行なわれる側近間の張り合いがからみ・・・

以下、当キネマ航空の V.I.P. ROOM にあるブックシェルフ(上記のリンク)に続きます。ぜひお訪ねください。


当オフィスは『お気に入り』などのサイド・ペインを除いた実質横幅が1,000ピクセル以上の画面とブラウザの
「表示文字サイズ(中)」あるいは「標準のサイズ」を基準に公開しております。
お客様のご健康を鑑みスマートフォンなどの小型デバイスでのご来訪をお勧めいたしません。

また、当オフィスで確認したところ、各ブラウザ上のRSSによる表示、ウィンドウズ10のブラウザとなったエッジでの「読み取りビュー」やスマート・フォンでは、重要な文章や画像が表示されない 場合もあるようです。

まことに勝手な当オフィスの都合でございますが、お客様各位のご来訪は上記に相当するPCディスプレイからのご来訪を希望いたしております。

なお、文字サイズではお使いのブラウザの画面拡大機能で125%前後を指定していただければ、
ページ・レイアウトをくずすことなく 「表示文字サイズ(大)」 相当に拡大いたします。
あわせて当オフィスの運行する
キネマ・エアラインズ にご搭乗の際も同様のご配慮を頂ければ幸いです。

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2020年1月30日 (木)

キネマ航空CEO 2020 新年のご挨拶

明けまして、
遅れましての
、御目出たふ御座ひます

一月(げつ、以下同音)往(い)ぬる、二月逃(に)げる、三月去(さ)る、
と申します
逃げるのは雉(きじ)でしょうか?
去年(こぞ)も今年(ことし)もこの箴言の通りに
あたふたと過ぎてゆくようでございます
そして明年(あくるとし)は・・・と
ふっと心の隅をよぎって、
人はこの季節を
生きるのかもしれません

皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます

さて、キネマ航空CEO オフィスの出稿は遅れましたが例によって公開校正校閲中です。 本年もよろしくご指導を賜りますようお願いいたします。
また、増便の遅れが続いておりますけれども、KINEMA AIRLINES の13のフライトやキネマ空港シアターなどの各施設でお待ちしております。
                                        キネマ航空CEO

 


 

2020/02/28 キネマ航空CEOオフィスの公式連絡 の通り以下の「翼はクリーンなだけじゃダメなのか!なんとか離陸を」は分かりづらいとのご指摘があり後日刷新改定いたします。

このため記事のタイトルを「マックとミー、レガシー・ビジネス始めるってよ」の巻 (3 の 3.3)「翼はクリーンなだけじゃダメなのか!なんとか離陸を」から「キネマ航空CEO 2020 新年のご挨拶」に変更いたします。

なお、改定までこのままで掲示いたします。ご迷惑をかけ申し訳ありません。
                                        キネマ航空CEO

訂正 2020/02/01 - 02/02 - 02/05 - 02/09
/01 文中で翼面積S2 と記述しておりましたが S が正しく、関連した個所を訂正いたしました。 なお、単位はそのままの [m2] で訂正の必要はありません。
/02 フラップ使用時の V2 を補正する係数 Kv の説明に誤りがありました。「大きい方が」→「小さい方が」に訂正します。
重大な校正ミスであり、誠に申し訳ありませんでした。
/05 物理単位系と工学単位系の変換時の加速度 α の扱い方の説明の解りづらさが我ながら気懸りだったので書き直しました。
/09 言い回しや段落、誤字を直して脱稿とします。 ご迷惑をおかけしました。
                                         キネマ航空CEO

本題に入る前に
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昇降舵で機体の上昇や下降ができる、わけではない。 飛行機の舵、昇降舵、方向舵、補助翼の三舵、は重心を中心にして機首を上下あるいは左右に向きを変えさせ、また左右に傾けさせる、という姿勢の変化を起こさせるだけであります。
理想的な大気の中の操縦でも、三舵とエンジン出力との協調がないと速度の変化を伴い横滑りや高度の喪失ばかりでなく、失速など少なくとも人間が乗る場合は不自然な加速度の変化を感じることになります。

さて、上昇するには昇降舵により機体の姿勢が変化し迎え角が変わり、揚力係数が増加するのだけど、継続して上昇できるのはあくまでエンジンの出力と主翼の揚力の大小の関係であります。 すなわち(対気)速度が最も重要なファクターですから機体を水平にしたままでも上下に移動することもできます。

ちなみに 当キネマ航空の V.I.P.ラウンジ のブックシェルフの蔵書、 ギャビン・ライアル  の 本番台本 "Shooting Script" で主人公が操縦するターボプロップ双発の旅客機 デハビランド・ダブ DH.104 を執拗に追尾してくる単発双胴のジェット戦闘機 デハビランド・バンパイア DH.100 を素手で墜落させる場面があります。 今回の記事を参考にして両機の速度と迎え角を想像してみてください。(閑話休題)

長ーいお仕置き・・・もとい!前置き
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第一世代の、というより先陣を切った デ・ハビランド DH.106 コメット の就航直後に発生した離着陸時の事故を前回の翼型の一般論から振り返ってみる趣向です。 その前に離着陸の局面を見ておきます・・・まず、離陸から。

図中のアルファベットやギリシャ文字による記号は、気圧その他の気象条件、滑走路の長さや摩擦係数など飛行場の条件、重量を含む航空機の性能、等々の数値、さらには運航上の規定、から導かれる所定の速度や角度を示しており、細かいことは抜きにした意味を付記してあります。

To_path-caption

まず、離陸は三つの位相に分類できる。それぞれの位相にある速度 V は翼の揚力の制御にかかわる値であります。 離陸とはいかに V を速くさせるかに尽きます。 以下の計算式は物理単位で進めます。

したがい、機体重量は W [Kgf]ではなく質量の m [kg] を使います。 同時に空気では比重量 γ [ Kgf/m3 ] ではなく密度 ρ [ kg/m3 ] が使われます。

まず、操縦士が計器で認識するのは揚力の式を変形した速度 V であります。
 V = √[{ 2 /( ρ ・ CL・(m/S )] ・・・(a

ちなみに (m/S ) は翼面質量 [kg/m2]であります。この式中で、制御できるのは機体姿勢を変えて変化させる迎え角 α で決まる揚力係数 CL です。

もう一つの制御方法は機体の質量を質点として離陸距離 R とその時の速度 V2 の関係を計算する式の中で表されます。
  R = (1/2)・(m/TN )V22 ・・・(b) (本式の誘導と展開は末尾に掲載しています)

ここで使われている推力と抗力の単位は物理単位の [N] です。
正味推力 TN を構成するのは、エンジン推力 TE と全抗力 DF で、その差の TN = TE - DN となります。 
さらに、全抗力 DN は、揚力によって誘導される誘導抗力 DI と摩擦抗力を含む形状抗力 DP との和で DN = DI + DP となる。

操縦士がコントロールするのは、積極的にはエンジン推力 TE と操縦の結果で決まる機体の姿勢や速度に付随して決まる全抵抗 DN です。  

飛行機が加速するためには TE > DN なのだが、離陸時の TE は離昇推力で一定です。 離着陸の低速時の全抗力 DN は誘導抗力 DI が占めているが速度が増すほど小さくなり、形状抗力 DP が大きくなる。

離陸段階では速度が増せば DI は小さくなり TN は大きくなる。 さらに速度が速くなると DI と DP とが等しくなり巡航とよばれる速度域以上では全抗力 DN のほとんどを形状抗力 DP が占めている。

すなわち、全抗力の DN は速度 V の関数であり、誘導抗力 DI が V二乗に反比例し、形状抗力 DP が V二乗に比例しています。 誘導抗力 DI の計算式については、以下の記事をご参照ください。
キネマ航空CEO 固定翼機のオスプレイはどうよ?について考える(その3)

誘導効力の計算式では速度 0 で無限大となるが現実では揚力がないのでそうはならない。

滑走を始めたばかりの極低速では揚力自体が小さいので誘導抗力も小さくなるのだが、車輪に代わって揚力が離陸重量の分担を始める Vr を超えて完全に翼で浮揚する VTO 辺りから始まる現実の最大誘導抗力に時間制限のある最大離昇推力で打ち勝ち、さらに加速していくことになる。

・・・と言ったところで、閑話の開題、です
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B727vstrident_e2

図はほぼ同時期に開発が進められた ボーイング727ホーカーシドレー・トライデント E2 の正面図であります。 727 は著しい前のめりとなっています。 なお、図の縮尺は(ほぼ)等しい。

727 は、高空で得られるジェットエンジンの特性を短距離飛行でも発揮させるため主翼には急上昇、急降下に加えて急減速を行えるデバイスを備えていた。

トリプル・スロッテッド・フラップにフルスパンの前縁スラット、さらに主翼上面に展開するスピードブレーキ、地上で突き出すグラウンド・スポイラー等々、全部同時に広げるとダーティそのものとなる。 ガンダム・マニアには堪(こた)えられないのかもしれないけどね。

前回の復習をすると、スロットは基本翼型の零揚力角を変えずに揚力傾斜をそのまま延長し、最大揚力係数を増やし失速角を大きくする。

フラップは、零揚力角が後退し、揚力傾斜をそのまま延長して最大揚力係数を増やすが失速角は基本翼型のそれより小さくなる。

特にダブル/トリプルスロッテッド・フラップは曲線状のガードレールにそって伸展して翼弦長矢高を大きく変えて揚力を増加させると同時に翼面積を増加させるのでアスペクト比が減って誘導抗力が増加する。

定性的に矢高のある翼型では矢高が大きいほど揚力係数 CL がゼロになる零揚力角は後退してすなわち負の角度(−α)の絶対値が大きくなっていることは前回のフラップの効果の概念図で示している。

クリーンな状態の翼型で決定された機体軸翼弦線で決まる取付角の関係から、矢高が大きくなるスロッテッド・フラップでは相対的に迎え角 α が大きくなる(迎え角の増加・・・前回の図参照)。

しかし、僅かながらも前下方に張り出す前縁スラットの効果で翼弦線の角度が多少緩和されて、フラップによる迎え角機軸との関係の崩れが調整できる。

離陸時のフラップの展開は全開ではなく半開以下であります。 前下方にスライドする前縁スラットと組み合わせて零揚力角の移動は軽減されるが機軸を水平にした滑走時の迎え角は基準翼型で単純フラップを同じ角度に下ろした状態の迎え角より大きい。

そこで、地上では機体全体を構造的に前傾させて迎え角を減らして滑走(すなわち加速)することができる。 したがって、機体を浮揚できる速度まで加速する間は揚力に関連する誘導抗力を抑えることができる。

すなわち、速度が遅い区間で加速するには、零揚力角で地上滑走をすることに利点がある。

第二世代以降の車輪を下したジェット旅客機の側面図を見ると前かがみとなっているのはこの為である。

もう一つの理由は駐機中の主翼の揚力中心は主輪より前にあり、台風やハリケーンなどで地表と平行に吹く強風をまともに受けて主輪を支点に機体が浮き上がり、スリップや場合によっては転倒を防止するためでもある。 特にリヤマウントのテールヘビー機においては・・・。(閑話休題)

ここからが本題
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さて、離陸も、着陸も、制限のある長さの中で浮揚しているだけの低速飛行域のために最大揚力係数 CL maxすなわち失速角度 αST 付近の迎え角 α を制御する操縦士のスキルにかかっています。

離陸時の操縦士はエンジン出力 TE を離陸出力にセットし、フラップを、(あればスラットも)離陸位置に(もちろん全車輪も)下ろした状態で機体の姿勢を変化させて揚力 CL と全抗力 DN を制御します。

手順は滑走路に侵入するとセンターラインに機軸を合わせてブレーキをセットしてフラップを離陸角度まで展開し、パワーレバーを離陸出力 TE TO  にセットし、全エンジンが安定したところでブレーキをリリースして「離陸滑走」に入る。

ここからは想像力で補ってくださいね
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ここから、迎え角 α 揚力係数 CL それに揚抗比 CL/CD の関係を参照しながら離陸過程で必要な迎え角 α の制御を行う操縦を考えてみます。

残念ながら今回は、特定の翼型でフラップやスラットを開いた状態の性能曲線図を見つけられなかった。 このため、先に要約したフラップ および スラット の概念図で 補っていただくとして、以降の説明には便宜上、 先回の 揚抗比を拡大した図 で横軸と縦軸の数字に( )を付与し、概念的な値として使い展開して行きます。

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離陸滑走」では機体全体を浮揚させられないまでも機体の姿勢を制御できる速度であるローテーション速度 Vr に達する迄の加速では翼型性能図には表れていない誘導抗力 DI を抑えるために直接の原因である揚力係数 CL を小さく抑えておく。 具体的には零揚力角(-4度)を選べば良い。

ほぼ同年代に設計された ボーイング 727(米)のような前屈みは ホーカーシドレー トライデント(英)にはなかった。 これより以前の設計であるコメット DH.106 にもなかったはず・・・(WEBでお確かめ下さい)

まず、速やかに離陸決定速度(言い換えれば離陸断念限界速度) V1 に到達させる。 いまさら言うまでもないけど速度 V は対気速度であります。

このためには誘導抵抗を少しでも減らして加速するために揚力が 0 となる零揚力角度 α0 ( -4 度)を維持し、ローテーション速度 Vr に達すると操縦桿を引き、迎え角 α を増やしながら、まず首輪を浮かせ(ここまでが滑走距離)て首輪が路面が接触することで生じていたタイヤの変形によるころがり抵抗を無くし、車輪の回転を加速するためのエネルギーを機体の加速に回すことができる。

さらに迎え角 α を増やせば揚抗比 CL/CD  は大きく改善されてゆく。 機体を浮かせて主輪にかかる重量を減らしながらタイヤのころがり抵抗を小さくする。

空力的には最大揚抗比 CL/CDmax  を得る迎え角 α(2 度)前後を維持しながら抗力を抑え、速度とともに機首を上げようとする揚力には操縦桿を押して主輪が地面つかず離れずの姿勢を保って速度を増すことで最大の加速度を得る。

速度が増えれば揚力も増えて誘導抵抗が加わるが飛び立つためには仕方がない。 そのいっぽう速度の増加によりエンジンの推進効率は向上している。 エンジンにはそれに見合う推力がある(はずだ!)。

空中加速」では 機体を完全に浮かせる揚力が得られる離陸速度 VTO に達っして最大揚力係数  CLmax が得られる迎え角(23度)まで機首を上げる。 スラットやフラップは離陸位置まで下げているので機軸の傾斜は実際の迎え角より小さく機体の形状抵抗も少なくなっている。

速度を増すと自然に高度が上がり運動エネルギーを失うことになる。
したがい、水平飛行を続けてさらに加速するためには昇降舵を下げ舵に取って地面効果で公称の揚力係数 CL より大きな揚力が得られる状態の高さを維持して仮想障害物高度 Zob を通過する安全離陸速度 V2 より速い速度を得て地面効果から離れて高度を上げるための運動エネルギーを蓄える。 この時機体の重心の進行方向と機軸の向きは一致していない。

低速時の全抵抗の主要因となる誘導抗力は更なる揚力の増加により「滑走加速」時より増加しているが、主輪の回転を加速するエネルギーは不要になっている。 また機速の増加によってエンジンの推進効率も増加する。(ジェットエンジンの効率の回で解析)

離陸上昇」では、操縦桿を引いて昇降舵を上げ舵にとり「空中加速」で蓄えた運動エネルギーを使って上昇に移り、 V = 0 の停止位置からの離陸距離 R となる仮想障害物高度 Zob を安全離陸速度 V2 で通過して全離陸過程を終える ここまでを離陸と定義する。

念のため、 Rmax に相当する Zob の限界水平位置は空港の設計時に設定された滑走路長とその方位で決められる。 現実の離陸機は Rmax の設計値の手前で Zob に達して離陸となるあくまで仮想の高度であります。 

とは言え、現行機より重い大型機の開発では利用できる空港が限られてくる。 したがい、より高性能の高揚力装置高出力エンジンが必要になってくる。 英国とアメリカが航空の時代の覇権を賭けてしのぎを削る トライデント E2 と ボーイング 727 の開発過程で少し出遅れていたアメリカが先手をとった時代でありました。

このあと、車輪を格納し続いてフラップを一段上げる。 露出していた車輪の抵抗がなくなり、フラップによる空力抵抗の増加分も少なくなるが、同時に揚力係数 CL  も小さくなるので再び水平飛行で加速して得た速度で操縦桿を引きフラップを収納してポジティブ・クライム(規定上昇率での飛行)で巡航高度まで上昇する。

 ターボ・エンジンの効率 の回で検討したように機速の増加によってエンジンの推進効率はさらに向上している。この辺りまでくればエンジンも定格出力に戻されている。

ただ、水平飛行で加速して運動エネルギーを蓄える操縦法は、エンジンの推力が十分に大きければ、やらなくても済む。 もちろん V1 を超えてエンジンの一つが停止したり、何らかの理由で出力が落ちた状態で離陸をする場合のスキルとして必要になるはずではある。

(今ではコンピュータがやる仕事だが「コメット」の時代は人間がやっていた)

--------------------またまた閑話開題--------------------

一般的な双発リージョナル・ジェットライナーのカテゴリーに規定された離陸時の規定値

  強度類別 T類(タービン機)ジェット機 A 
  安全離陸速度
(正常時)
  V2>1.20 S1 S1:離陸形態でのパワーオフ失速速度
(緊急時)
  離陸形態で脚上げ、一発停止、地面効果なしの状態で
  V2>1.10V MC
  VMC最小操縦速度(離陸形態で一発停止、他発離陸出力で直進できる最小速度)
(テイクオフ速度)
  VTO = 1.20 ~ 1.15 S1 

以上から式(a)でパワーオフ失速速度 S1 を計算でき、離陸速度 V2 も分かる・・・はずである。 ただ翼型の性能はもちろんだがフラップを下ろした翼面積 S も定かではない。 ただ、翼型性能は、公表された画像、映像、雑誌、書籍などを収集して航空工学の知識を集合すれば・・・つまりインテリジェンス(情報分析)である精度まで推測でき、あるいはエスピオナージュ(スパイ工作)では細部も入手できるが、実践は航空雑誌にお任せするとして当CEO オフィスでは物理と工学の境目の留めます。(昔の航空雑誌は多彩な技術的な講座を連載していたなぁ)

-------------------------(閑話休題-ここから結論)-------------------------

以上の過程を初歩的な物理計算で考えてみるのだが、一般的に入手できる航空機の諸元は工学単位なので慣れるまでややこしい。
まず最初に上げた速度の問題から・・・。

式(a)の中の物理単位で翼面質量( m/S )[ kg/m2 ] を工学単位に直すには力や重量に対して g = 9.8 [ m/s2 ] を介すれば翼面荷重W.L. / Wing Load)になる。 同じ記号の小文字のエムで質量だのメートルだのと意味が違うのは当CEO のせいじゃありません。 そう言えば α は迎え角と加速度だったな。
 W.L. =(m g)/S = W/S [ Kgf/m2 ]

もう一つ機種固有の翼型変数要素として高揚力装置による揚力係数 CLFL や翼面積 SFL の増加により失速速度 VST の低下がある。 その係数として、基準翼型のとの比をつかって、
 Kv =   √ [{  1 /(SFL /S)}・{1/(CLFL /CL )}]  
   = √ 
(S /SFL )・(CL/CLFL 
ただし、揚力係数 CLX の比は、機体の傾斜角と離昇角度を同じとしたそれぞれの迎え角 α を使った値となる。

フラップ下げ時(添字 FL )と基準翼型の翼面積揚力係数の比が分れば、あるいは類推できればフラップ下げ時の速度 VFL は基準翼型時の失速速度 VST に対して、 次のようになる。
 VFL = Kv・VST

W.L.Kv は、小さい方が、VFL  を低くできる。したがい、正常時の安全離陸速度は、次式となる。
 V2 = 1.2・ Kv・VST

Kv を得るためにフラップやスラット、そしてそれらが作動するレールやリンクの構造が主翼下面に突出してしまい、現在の翼がクリーンじゃなくなる工学的な要素であります。 まあ何らかの空力的な効果があると主張する出っ張りなのかも知れないけど。

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では、離陸速度 V2 が低ければ離陸距離 R が短いか?といえばそうともいえない。そこで式(b)から加速度を考えてみると。 

式中の物理単位(m / TN )[ kg/N ] は質量と推力の比として工学単位では推力重量比(Thrust-to-Weight RatioTWR という指標の逆数に相当する。

物理単位の指標では(TN / m )[ N / kg ] すなわち推力質量比(Thrust-to-Mass RatioTMR として TWR との関係式を立てると 、

質量の m [kg] は、重力 W [Kgf] = m g [kg m/s2 = N ] となる。

正味推力 TN の物理単位[N=kg・m/s2]は、質量 1kg に 1 m/s2 加速度を与える力の単位であり、 TN = m・α と分解できる。
α [m/s2] = TN /m は、ここでは機体質量 m [kg] にかかる加速度となる。

物理単位のTN [N] は、工学単位では TNF = TNg [Kgf] となり、工学単位系の力 TNF [kgf] が重量 W [kgf] の機体に働く。 g は重力加速度と同じ値の単位変換係数で 9.8 N = 1 Kgf 。 したがい、

TMR = TN / m = (TNF/ g )/( W / g )= α = TNF / W  
TMR
 TWR と等しい加速度 α であります。 

よって、離陸距離を推力重量比 TWR で表記すると 
 R = (1/2)( 1 / TWR ) V22 = (1/2)( 1 / α ) V22  

離陸距離 R は機種のカテゴリーの規定値である離陸機の翼面荷重 W/S の関数である安全離陸速度 V2 が決まれば離陸重量に関係なく加速度 α のみで決まる。

なお、正味推力 TN [Kgf] は、エンジン推力 TE [Kgf] と全抗力 DN [Kgf] の差なので、 
 TN = TE - DN = TE ( 1 - DN / TE )

カタログからエンジン推力の諸元表の中に離陸推力が得られる場合もあるが具体的な機体の全抗力の値はまず入手はできない。 (一般的な数値なら専門書から求めることもできる)

なお、離陸推力定格推力に対する比(130%など)で表される場合もある。 ここから旅客機の離陸時の正味推力 TN 定格推力 TE に置き換えて推力重量比TWR を用いて滑走距離 R を計算しても「中(あた)らずと雖(いえど)も遠からず」と考えられる。 

例では、TN ≒ TE(1.3 - DN / TE かつ DN / TE = 0.3 だけど DN はこんなに大きくはないから 1.3 は適当な値に替えてね。
離陸推力は滑走路上で加速するために使われる以上に重力加速度に逆らって上昇するために使われる。
今回は仮想障害物高度までの上昇分は無視したけど・・・ね。(閑話休題)

ニュートン力学では単位系を共有する力と質量(または重量)の比である加速度 α は発生させる引力が働くどのような空間であっても同じ値を示す。 したがい、質量 m に重力加速度 g が働く(例えば)地表では加速度の表示に G を使って α G と表す場合がある。 

地表の 1 G は g = 9.8 m/ s2 であり 0 G は地球の中心に向かって引っ張る重力と(車輪や翼が受け持つ)反力とが釣り合って上下方向には静止している状態を表している。

真上に向かって、1 G+ の加速度を与えれば、ゆるゆるとスペースシャトルのリフトオフの開始であります。 将来に人類が月に居住する時が来ると α Gmoon ( 1 ムーンG ≒ g / 6 ) と呼ぶ・・・のかどうかは知らないが。(閑話休題)

この計算方法で得られる加速度は コメットの初期型の Mk.I では 0.19G 、最終型の Mk.IV c0.33G だった。
ちなみに、シュド・カラベルI 型0.219G 、最終型の 12 型0.227G でした。

いずれも、重力に対しては直角方向の加速度です。 正味推力 TN と全抗力 DN の関係では TN > DN なら加速度、TN < DN なら減速度が発生し、TE = DN では一定速で動いているか静止をしている状態です。

ついでに、クリーンな状態の翼面荷重 [kgf/m2] は コメットの初期型の Mk.I では 254.4 、最終型の Mk.IV c373.0 だった。
シュド・カラベルI 型で(296.5)、最終型の 12 型395.4 でした。(  )内の翼面積は推定値。

なお、重力加速度以外に乗客に負荷される加速度 α G は身体的な限界があり 0.5G 辺りが上限のようだ。 次回の「翼はクリーンなだけじゃダメなのか!なんとしても着陸を!!」で検討してみたい・・・できれば、だけど。

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DH.106 コメット I の初期に発生した離陸時の事故は、推力重量比が小さく滑走距離が長くなり、まだ加速を継続する区間で(操縦桿を押して運動エネルギーを蓄える加速域で)逆に操縦桿を引いてしまって運動エネルギー位置のエネルギーに変えてしまい大気速度を失ったと結論されている。

では操縦桿を押し続けておれば離陸できたのか・・・と問われれば、結果としてどれだけの離昇角度 γ が得られたのか、空港外の障害物となる リアル Zob を越えることはできたのか、にかかっている。 結局、ヒューマン・ファクターだけとも言い切れない問題は残る。

コメットの主翼の前縁形状の変更と失速速度を改善する前縁スラットを設ける構造的な改設計、加えて運用基準の細分化や操縦マニュアルなどのヒューマン・ファクターの見直しが行われた。

DH.106 コメットの事故原因と対策はは Wikipediaの  離着陸時の事故 を参照していただきひとまず離陸の回は終わります。

翼面荷重に比べると推力重量比が意外と小さい シュド・カラベル についてはもう少し調べてから追記します。

-----------------式(b)の誘導-----------------------------

航空機を質点として物理単位を使って数式化すると次のようになる。  ここでは、MKS(物理)単位系で統一します。
式(1)は航空機にかかる推進力 :(力の単位 N:ニュートン [kg・m/s2] )
 TN [N] 機体を加速した正味推進力で、エンジンによる有効推進力 TE [N] と 機体にかかる抵抗 DN [N] との差分
 TN = TE - DN ・・・(1
式(2)は、式(1)の推進力で航空機に与えられる運動エネルギー :( エネルギーの単位 J:ジュール [kg・m2/s2] )
 K [ J ] 推進力によって機体が蓄えた運動エネルギーで、m [kg] 機体の質量。 V [m/s] 閾値を通過する機体の速度
 K = (1/2)mV2 ・・・(2
つぎに、式(3)は離陸するため機体が必要とした仕事:( 仕事の単位 J:ジュール [kg・m2/s2] )
W [ J ] 離陸するために機体が必要とした仕事。T[ N ] は機体に働いた推進力  と機体(がと言っても質点だけど・・・)の静止位置から閾値を設定した位置まで移動した距離 R [m] 
 W = TN ・ R ・・・(3
したがい、式(2)と 式(3)より、
 K = (1/2)mV2 = TN ・ R ・・・(4
注)ジェットエンジンの効率で説明したように運動エネルギーも仕事も同じ単位のジュール [ J ] = [kg・m2/s2] = [kg・m/s2 ]・[m] = [ N・m ] であります。
くどいようですがここでの運動エネルギーは機体の質量(m)が指定された速度に達するために必要とした運動エネルギーであってエンジンで発生したジェットやプロペラで発生した運動エネルギーではありません。

さて、機体の質量 m の運動は、ほぼ水平と割り切り、加速区間の平均加速度 α [m/s2 ] として重力加速度と直角の方向(水平)の値とします。 したがい、式(1)は次式(5)と等価であります。
 TN = α・m ・・・(5

たとえば、離陸滑走時 α = 9.8 = 1(G) で加速している乗員乗客は前下方 45°に 1.41G の加速度を受けているが下向きの加速度は実感せずに前向きの力として(シートの背あてに押し付けられる) 1G を感じている。 
機首が上がり加速上昇を続ける間は下向きの 1G との差分で生じた上向きの力(シート座面に押し付けられる)も感じることになります。  地球上の多分すべての生物が感じていない下向きの 1 G による力は車輪からの反力や翼の揚力、そして両者の差が支えていますが、ここでは、鉛直方向の加速度の影響は水平方向の直線運動として無視することにします。

式(4)と(5)より滑走距離 R は、機体の質量 m は消えて
(式の上で、です。 V の中にはしっかりと残っています)
R = (1/2) (1/α) V2 ・・・(6
離着陸距離は、式(6)中の αV を算出できれば解くことができる。

参考までに、詳しい航空力学の参考書には車輪の転がり抵抗やブレーキの制動抵抗を含んだもっと複雑な計算式が記載されているが、末尾に「離着陸距離には車輪が滑走路面に接地したり離れていたりの区間があり操縦操作の影響が大きく(特に着陸では)実験値の散布が大きく精度の高い推定は困難である」、他の書籍では式中の係数を含めて「平均値もしくは中央値と考えるべき値」と補足されている。 参考資料 飛行機設計論 山名正夫 中口博 (養賢堂) pp309-312 他
ということで、式(6)は大まかな推算には使えるアマチュアならではの楽しみの式であります。

さて、その変数は
R  運航時に要求される機体重量や離陸/着陸速度に対する指標。
α 機体に加わる加速度。 α は、式(1)より離陸時は TE - DF > 0 で α > 0 、着陸時は TE - DN < 0 で α < 0 で減速度(負の加速度)であります。
V 対気速度。 揚力や効力に関係する航空機で最も重要な定義の速度であります。

 

2019年12月24日 (火)

「マックとミー、レガシー・ビジネス始めるってよ」の巻 (3 の 3.2)「翼はクリーンなだけじゃダメなのか!」

ジェットライナーの先陣を受け持った デ・ハビランド DH.106 コメット は就航直後の離着陸時にいくつかの事故を起こしている。
デハビランドには DH.88 コメット もある。 扱いにくい機体のようだけど、キネマ航空 009 便 の「グレート・エアレース」に赤と黒の 2 機登場します。 DH.98 モスキート の叔母さんに当るのかな 。

例によって公開校正と校閲中です
お気づきの点のご連絡をお待ちしております
キネマ航空CEO 拝
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副題に「翼はクリーンなだけじゃダメなのか!」とぶち上げてみても、当CEO にはまず翼型の復習が必要です。 まず翼は、以下の用語であらわされ・・・

Airfoil-w-aoa05

翼型翼上面翼下面に内接する円の直径(翼厚)とその中心の軌跡である矢高線(キャンバー・ライン)の関係で決まる。 その横軸基準座標となるのが翼弦線翼弦長である。 矢高線翼弦長に直角な翼厚の断面寸法の中央を結んだ線で意義する場合もある。 微妙な違いだが後者のほうがデジタル思考には馴染みやすい。

縦軸座標で示される翼厚矢高の位置は翼弦長を 100% とした前縁からのパーセンテージで表される。 例えば、層流翼型最大翼厚位置は通常翼型の 25–30% に対して 40-50% の位置にある・・・など。 また、矢高翼厚の縦軸方向の寸法も翼弦長に対するパーセンテージで表される。 なお、最大翼厚位置最大矢高位置は必ずしも一致しない。

パーセンテージで表記されると最大矢高最大翼厚の位置と翼厚が分れば大体の翼型性能は推定できる。 N.A.C.A.あるいはNASA翼型の命名はこの方式で分類されている・・・ただし超々音速翼型については各自で調べてください。

翼弦長は、前縁を構成する中心のある円弧上の一点と、点である後縁との間の長さ、である(らしい)。 しかし、前縁半径の中心と翼弦線の関係が判然としない。 

翼弦長の定義を、点である「後縁」と「後縁」 を中心とした円弧と「前縁」となる円弧の接点を結んだ直線、(要するに翼型の最大長さ)だとすると矢高線の一部は翼弦線と重なり参考書の図面とは異なることになる。 おそらく翼弦線前縁半径の中心位置とには矢高線前縁へ滑らかに結ぶオフセットがあるのだろうがこんなことに拘ずらわっていても仕方がないのだろうなー。

とにもかくにも、矢高線が完全に翼弦線に重なる(直線になる)と翼面は上下対称となり対称翼型と呼ばれる。 特徴は迎角(以下 α )が 0° では揚力係数(以下 CL )も 0 となり迎角が増えると CL は直線的に増える。 α 軸に対するこの勾配を揚力勾配と呼び、失速角 αst と呼ぶある角度で頭打ちとなり、最大揚力係数 CL max を示し、さらに α を増すと CL は低下していく。

ちなみに迎角 α は翼の進行方向と翼弦線のなす角度であって機体との関係を示すものではありません。 図中の(取付角)は下方のフラップの図と関連します。

4412この関係は左の性能図のように、矢高のある翼型にも引き継がれる。 翼型性能は、矢高が大きくても揚力勾配は変わらないが、大きいほど α = 0° の CL が大きくなり CL max も大きくなる。同時に CL max 時の迎角 αst は小さくなる。
)例示した翼型 NSCA 4414 はコメットに使用された規格ではありません。

なお、翼厚比(= 最大翼厚/翼弦長)の増加でも同様の傾向があるがここでは踏み込まない。

その一方で、引き換えに抵抗係数 CD は増加する。 CL = 0 の迎角(零揚力角と呼ぶ。グラフでは -3.8°)あたりで最低値を示す逆放物線状を示すが失速角 αst 付近で直線状に急激な増加を示しています。

しかしこの、性能曲線図の縦軸(無次元数)で示す CDCL の数値は一桁違っており直感的な認識は難しいので縦軸のスケールを統一して書き直したのが下図であります。(今回の論旨には関係のない h/c につきましては当キネマエアラインズの運営する ミュージアム にてご参照ください)

H_per_c

グラフで突出しているのは、揚力 L [N] と抗力 D [N] の比 である 揚抗比 L/D Ratio [-]であります。 したがい、
   Lift to Drag Ratio = L / DCL / CD  (グラフでは CL/CDi
つまり、翼は 1 の抗力に逆らう力で最大で 21 倍強の揚力を出せることを表しています。 逆らう力は、エンジンの推力と引力による機体の重量、すなわち重力であります。

このグラフでは最大揚抗比( L/D max )を得る迎角(以下、AOA : Angle Of Attack )は 2 ° 弱であります。 ついでに L/D max のときの CL は 0.1 程度です。
一方で CL max の場合は、AOA は 22° 強、 CL は 1.65 です。この角度と係数の差を覚えておいてください ね!

航空機の運航でもっとも飛行時間の割合が大きい水平巡行時の迎角は胴体、エンジン、尾翼などを引っくるめた機体の抗力が最小となる姿勢の基準線に対して最大揚抗比を得る角度( AOA ) が理論上では最適の主翼の取付角となります。

・・・あくまで理論上で、でありますので、工学上の理屈で違う場合もあります。 それは後ほどですが次回となります。

なお、実際の AOA は操縦による機体の人為的姿勢に加えて、自然風による上昇や下降の気流などの外乱でも変化します。

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さて、翼を持つ飛行機の宿命は、地上の停止状態から加速し浮揚し決められた高度を通過(ここまでが離陸行程)し、つづいて、上昇-巡航-下降 と通常の飛行と呼べる航程を経て、決められた降下角度に乗って減速し決められた高度を通過(ここから着陸行程)しながら、滑走路上で浮揚、接地、制動をして停止状態、に戻る、その中で「浮揚する」という二回の空中を低速で漂う時間から逃げられないことにあります。

飛行機が「飛行機」に変身するのは、まさに離陸時は「浮揚」した瞬間、着陸時は接地した瞬間の速度が境い目であります。

その時の機速は CL max を使い失速速度 Vst として揚力の式を変形して求めることができる。
Vst = { (2/ρg)・(W/S)/( CL max ) }1/2
     ρ 空気密度 [Kg / m3] g は重力加速度 [m / s2 ] W/S は翼面荷重 [Kgf/m2 ]
ちなみに、g は重さにおける質量(物理)と重量(工学)の単位変換常数(9.8)。
      ρg とすると物理単位[Kg / m3]から工学単位 [Kgf / m3] へ、
      W/g では工学単位[Kgf]から物理単位 [kg] へ、の変換となる。

空気密度 ρ は気温・湿度・気圧、ひいては高度で変化する。
重力加速度 g は場所により厳密には異なるが常数として扱う。
翼面荷重W/S は離陸荷重時と着陸荷重時では燃料が燃焼し排出されて後者が軽くなる。

つまり、人間が手を出せる「翼を持つ飛行機を速やかに飛行機たらしめる」方法の一つは最大揚力係数 CL max をいかに大きくするかであります。 もう一つは失速速度 Vst を越えるまで速やかに加速する強力なエンジンの性能ですが、これは後ほど・・・ 

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翼型の形状で最大揚力係数 CL max を大きくするには矢高(キャンバー)を大きくすれば良いことは先に述べた。 それをメカニズムで実現する一番単純な方法として矢高線の途中で機械的に折り曲げるシンプル・フラップがある。 

Airfoil-w-aoa5-flap45

揚力の基準となる迎角はフラップ下げ翼弦線となるが、機体に対する見做し取付角が大きく取れるので機体が水平でも翼にとっては大きな迎角となり、ひいては大きな揚力係数を得ることができる。

すなわち、より低速で浮揚することができる。 厳密にいえば、翼弦長が短くなり翼面積 S が小さくなる。 この対策は第二世代以降のクリーンじゃない翼となって対策が行われる。
Flap-effect_b

左のグラフは、フラップの下げ角による揚力係数の変化を模式的に表している。

揚力に付随する抵抗係数も示すべきだが具体的に比較表記できるような情報はなかった。

とはいえ、揚力が増えれば抵抗も増えることは想像できる。 揚抗比は小さくなりピークは左によることになる。

とにかく CL max が大きくなれば、浮揚速度となる Vst を遅くできる。 増えた CD はエンジンの離昇出力で賄うことになる。 

単純なフラップを採用していた コメット DH.106 の離陸時の事故の遠因はエンジンの出力不足にもあった。 したがい、抵抗係数を少しでも小さくするためフラップの下げ角を小さくすることになる。

いっぽう、着陸時には下げ角を最大にした大きな抵抗係数と揚力係数を利用してより低い Vst を享受でき、しかも機体を滑走路に平行にして浮揚できることになる。

しかし、災いもあるようで地面効果と相まってなかなか接地できないという人為的な事故もあったようだ。 

これも第二世代ではスポイラーというあまりクリーンじゃないメカニズムが採用される。 当CEO はスポイラーよりお尻が左右に開くエアブレーキのほうが好きなんだけどねー。 アメリカで乗った フォッカー フェローシップ は下降時には脚を下さずに開いていたようだったけど。

後縁側のフラップで揚力勾配を変えずに CL max を増やし零揚力角 α0 をマイナス側に移動させ失速角 αst を小さくする手段を手に入れた。

そして、 α0 も 変えずに CL max を増やすには、ということでは(前縁)スラットがあった。

Slat-effect-rev1

スラットは、前縁を少し前下方にずらして、翼の下面で塞き止められた高圧を上翼面側に逃がす流路を開ける機構であります。 

高圧側から低圧側に狭い通路を通って流れるので高速で流れる翼上面の流速より早く、粘性で翼面に引きずられて相対的に速度の遅い上翼面の境界層に運動エネルギーを補充することで剥離を抑えて、失速角 αst を増して CL max を増加させる。

右のグラフのように、基本となった翼型の α0 も揚力勾配を変えずに CL max を増加させるのだが、図にはないけれど副作用として CD も増加する。

スラット自体は第二次大戦前には知られていた。 有名なところでは STOL 性能が要求される前線の偵察もしくは指揮連絡用途の フィーゼラー Fi 156 シュトルヒ(初飛行 1936)がある・・・と、書くと 日本国際航空工業 三式指揮連絡機 キ ‐ 76(同 1941)を挙げとかないと納まらない人もいるようだ。 

いずれも主脚の可動ストロークの長いテール・ドラッガーで主翼のほぼ全長にわたる固定式の前縁スラットを備えていた。

前縁スラットの機能を活かすには翼の迎角を大きくすることになる。したがい、機体の姿勢も上向きになり滑走路の視認性など不都合が生じる。

一般的には、前縁スラットは後縁フラップと併用してフラップ下げ時の見做し取付角を小さくすることで機体の姿勢の上向き角を小さく CL max をさらに増す手法ともいえます。

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以上、第一世代のジェットライナーが採用していた高揚力装置の概要を調べてみた。 

これらから、低速時の離着陸で頻発した デハビランド DH.106 コメット のアクシデントやインシデントなど問題を読み解いてみる予定だけど長くなったので一度インターミッション(休憩)に入らせていただきます。 

再開までの間は、当CEO オフィスが運航する キネマ・エアラインズ でお楽しみください。 

なお、前縁スラットの機能を後縁にあるフラップに応用するとシンプル・フラップに対してスロッテッド・フラップとなり性能は向上します。 コメットの後縁フラップはどちらだったんだろう。調べることは多いなー。

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翼型性能の補足 (重要な閑話休題)

現実の揚力勾配はアスペクト比、翼の平面形状、胴体との干渉などで傾斜が緩やかになり、揚抗比や CL max は風洞実験で作成された性能図より低下します。

当CEO は、「飛行機を知るには平面図、特に下面図を見るのが正しい見方で側面図で『カッコいい』は邪道だ」、言われた記憶があります。 邪道こそ「マニア」のような気もするのですが。

2019年11月13日 (水)

「マックとミー、レガシー・ビジネス始めるってよ」の巻 (3 の 3.1)

「マックとミー、レガシー・ビジネス始めるってよ」の巻(3 の 3)の 第五回 に相当します
例によって数回の連載になりそうです

第一回から第四回までは こちら です

-----------------------------第五回--------------------------------

まず、胴体後部の左右にパイロンを介して双発のジェットエンジンを装備するフランスのシュド・カラベル SE 201 の妹たちの話に分け入って行くと、彼女たちは二つのカテゴリーに分かれる。

一つは乗客が数十人から100席前後の小型ジェット・ライナーと呼ばれるクラスであり、もう一つは乗客が数人ないし十数人のビジネス・ジェットと呼ばれるクラスとなる。

まずは前者、
すなわち既存の(名のある)航空機製造会社が手掛けた商用機から振り返る。

なお、対象は双発に限らず全てのエンジンが後部に集中している機体とします。
したがって、尾部に第2エンジンを備えた 3 発機ではありますが、
老舗の ダグラス DC-10、から始まる MD-11
対抗する新興 ロッキード L-1011
胴体前方の左右に各1発の三発機で可変後退翼の、
アニメ・マニア受けしそうな爆撃機 マーチン XB-51
等は、対象から外します。
除外理由は飛行体としてのレイアウト上の差なのですがいずれ別稿で・・・
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胴体後部にエンジンを集中搭載したジェット旅客機
Jetliner with Tail Mounted Engines

 注記 出所「ジェット旅客機 エアライン イカロスMOOK」 2006.10 pp80 - 81
     年.月 は(色分けした)各機種の運航開始年と最終デリバリー年を示す
     ソ連・中国の機種は英語版Wikipediaの運航開始年と生産終了年で示す
     括弧内は( )エンジン総数 [ ] は通算生産機数(主にWikpediaから)

年 代 フランス イギリス アメリカ オランダ ソビエト/
中国
1958.6 カラベル (2)        
1962 カラベル [279]        
1964.2     727 (3)    
1964.3   トライデント (3)      
1964.4   VC-10 (4)      
1965.4   BAC1-11 (2)      
1965.12     DC-9 (2)    
1967.9         Il-62 (4)
1967   VC-10 [64]      
1968.9         Yak-40 (3)
1968.11       F-28 (2)  
1970.9         Tu-134 (2)
1972.2         Tu-154 (3)
1974.3         Il-62M (4)
1976   トライデント [117]      
1976   BAC1-11 [244]      
1976   ルーマニア
ROMBAC

1-11 (2)
     
1980.10     MD-80 (2)    
1980.12         Yak-42 (3)
1981         Yak-40 [1,011]
1983     727 [1,832]    
1987       F-28 [241]
 
1988.3       F-100 (2)
 
1989         Tu-134 [852]
1993   ROMBAC
1-11 [11?]
     
1995.3       F-70 (2)  
1995.4     MD-90 (2)    
1995         Il-62 /M
[94/193]
1997       F-100 [283]  
1998       F-70 [47]  
1999.10     717 (2)    
2000     DC9-MD90
[2,283]
   
2003         Yak-42 [185]
2006     717 [156]    
2013         Tu154 [1,026]
2015.11         中国
ARJ21 (2)
As off 2019         ARJ21[19/135]

   (年表の『年代』は10年単位での色分けしている)

 ROMBAC 1-11 はルーマニア製の BAC 1-11
 ARJ21中国商用飛機公司が製造するノックダウン生産の経験がある MD-80 系の改設計機種。 ウクライナのアントノフの協力による主翼の刷新、アビオニクス関連では欧米諸社の支援などによる。
 MD-8090 等はマクダネル・ダグラス社での DC-9 系の呼称。
 717ボーイング傘下での MD-95 の呼称

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長女となるシュド・アビアシオンカラベルは就航から製造終了までを短期間に終えたがアメリカを含む諸外国に食い込み、中短距離ジェットライナーがビジネスになることを証明した。 

フランスで次に計画されたのはリア・マウントではなく申し訳程度のパイロンにエンジン・ポッドを主翼にぶら下げて先行していたボーイング 737 よりはわずかに大型でパイロンの存在がわかる マルセル・ダッソーメルキュールであった。

試作と生産の合計12機がフランスの国内航空会社のみで運用されただけで結果的には失敗機に入るのだが、後に 737 の唯一のライバルとなっているフランスが主導したエアバス A-320 の原型ともいえる。

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イギリスはテール・マウンテッド・エンジン・シスターズのステージ・ショウとなった。 上の表では機名の通称と就航年を示したが以下ではメーカー名を添えて(開発開始 - 初飛行)年を示します。

3 発 の トライデント (1958 - 1962.1 )は、デ・ハビランド DH.121 として計画されたが 1962 年に ホーカー・シドレー に吸収されて HS.121 として初飛行した。

開発時点ではユーザーとなる航空会社より同じコンセプトのボーイング 727 (1956 - 1963.2 )との共同開発も提案されたが自国エンジンのこだわりから成立しなかったようだ。 正面図で見ると胴体の断面構造とそれにつながる翼根の構造は 727 に分がありそうだ。

4 発 の ビッカース VC-10 (1957 - 1962.7)はソビエトが(諜報組織によって非合法な手段で入手した資料をもとに) イリューシン Il - 62 (1962 - 1963.1)をほぼ 1 年(足らず)のタイムラグで追従し従姉妹より長生きだった。

この当時、英国ではマルクス主義のシンパは高等教育を受けた知識層にも浸透していたため、重要な情報の漏洩が続き、軟派の I. フレミング(の 007 こと J.ボンド)や、現在にも続く硬派の J. ル・カレ(の G.スマイリーe.t.c)などスパイ小説の傑作を生む背景となった時代でありました。
VC-10 にも Il 62 にも関係ないが、ル・カレは「寒い国から帰ってきたスパイ(1963)」が有名。 映画では「寒い国から帰ったスパイ(1965)、「寒い国」は東ドイツだけど西側の飛行機しか出てこなかったような記憶が・・(閑話休題)

いずれにせよ、4 発エンジンの配置では、アメリカが進める揚力で主翼の強度部材に生じる曲げモーメントや回転モーメントに対し、主翼にぶら下げる分散配置でエンジンの重量をバランスウェイトにすることで軽減して、主桁のたわみ構造など構造重量の軽量化に寄与するコンセプトがデファクト・スタンダードとなる。

その前に、後部4発の配置は、この時代から始まる燃費の向上や騒音など環境性能との引き換えにエンジン外径の増加を招く高バイパス比化がなされていくターボファン・ジェットの装着には決定的に不利なレイアウトだった。

さて、・・・

発 の BAC 1-11(1956 - 1963)は、あまり聞いたことのない ハンチング・エアクラフトH-107 として計画されたのだが、同様の計画を進めていたビッカース社と他の2社(ブリストルイングリッシュ・エレクトリック)とともに合併し、1960年に BACブリティッシュ・エアクラフト・コーポレーション)となり型式名は BAC 1 と新会社名を名乗ることになる。 なお、 - 11イレブン)がくっ付いたのは名門ビッカースの開発していた同様の機体が VC-11 だったから、かなぁ??

ハンチング・エアクラフトHunting Aircraft)は、戦前から練習機など小型機を手掛けていたメーカーだった パーシバル・エアクラフト が源流。 1954年に燃料油脂事業のハンチング・グループに入り、ハンチング - パーシバル・エアクラフトを経て1957年に パーシバル の名は消えた。 1960年には BAC に吸収されて、ハンチング ‐ パーシバル 時代のジェット練習機 ジェット・プロヴォスト T-1T-5 にまで発展させている。

戦前のパーシバル・プロクター(1939)は、当キネマ航空 フライト 003 で上映中の「マッケンジー脱出作戦」に登場している。 ちなみに、パーシバル 時代の機名には初期はカモメの仲間から、プロクターあたりから教職者や聖職者の役職名を用いている。(閑話休題)

さて、この BAC 1-11バック・ワン・イレブン)は英国製の商用機としてはまあ成功したと言っていいのだが、試作機の試験期間にディープ・ストールと呼ばれるT字尾翼機特有の墜落事故を起こすことになる。

イギリス編はここで終わるのだが年表で見るように1960年代に就航させた3機種は1970年代には開発費を十分に回収することなく生産を終えている。

もちろん機体の運航は続いているが1977年には航空機産業の国営化にともない BACスコティッシュ・アビエーション ホーカー・シドレー・グループ とあわせて BAe (ブリティッシュ・エアロスペース)に統合された。

なお、BAC の時代にフランスのアエロスパシャルとの国家間共同開発によるコンコルド(フランス名では コンコード)を完成させている。

BAe は国営企業として銃器、弾薬、軍用車両会社に加えて自動車のローバー・グループなどを傘下に収めたが民生部門は順次分離や売却を進めて1999年には、航空・宇宙・海洋、国防、情報・セキュリティに特化した BAE システムズとなった。 

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さて、オランダもテールが左右に展開するエア・ブレーキのフォッカー F-28 の系譜が踏ん張ったが、中距離ジェットライナーでは 727 と DC-9 でアメリカが覇者となり、やがては大型機を真似たのだが主翼の下に中途半端にくっ付けた双発の 737 が取って代わって肥大化して行く。

ソビエトは、独自性を注ぎ込んだとしても、はじめは英国、次には米国のコピー、中身を伴わない物まね、と言われようが、閉鎖された東側経済の中では西側に対抗できていた。

そして中国はソビエトの技術協力もしくはコピーのコピーによる勉強の時代だったといったところだろう。 このあたりの経緯は省略する。 

その中で特記できるのはソビエトの Yak-40 である。

このころのイギリスは多彩な計画機を模索しており、その中の情報をこっそりいただいた可能性も考えられるが、乗客数30人程度の高速性能はほどほどにして扱いやすい直線翼と冗長性を兼ねた運航の安定性で採用した3発テールマウントに加えて APU (補助動力装置)やエアステアカラベル 727にも見られた備え付けのタラップ)を備えたコンセプトはノーマンズランドであるタイガやツンドラの中に点在する極寒地の地方空港を結ぶインフラとして考えうる機能をきちんと備えていたといえる。

本機は、当キネマ航空 フライト 006 で上映中の「 747 エア・ターゲット」に登場している。 ただ、同じ後部 3 発のダッソー・ファルコン 50 のスタンドインで、ですけどね・・・(キネマ航空のコマーシャルでした)

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カラベルが目指した、ミッドレンジ(中距離)・ジェットライナーからリージョナル(地域的)・ジェットへ、つまり汎用から目的限定への可能性を示唆したのは Yak-40 であったと言える・・・まあ、一部の航空マニアや専門家からは否定されるかもしれないけれど・・・

日本の航空機フリークは零戦を持ち出すまでもなく自国の技術を神聖化する傾向が強いが、技術の「要」は、使えたかどうか(の過去)、ではなく、使えるかどうか(の未来)、であるだろう。

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以上の年表は第一世代のジェットライナーの一角を構成する一形態の機種をまとめています。 一つの世代の航空機は、ほぼ20年周期でその世代の盛衰を経て、ある企業は消滅し、ある企業は次世代機種の進空とそれに準じた既存機種の更新で生きながらえるようです。 

英国で見ると 1960 年代に製造が始まり 1970 年代で航空機産業自体が合従連衡のなかで民生用途の製造業種としての一生を終えている。 そして産業自体が国有化という手法で集約されることになる。

以降の英国で開発製造されたジェットライナーは低騒音と STOL 性能に特化した(都市空港向け)高翼4発(1973年 ホーカー・シドレー 時代に計画された HS.146 がベース)の BAe 146 (1978 - 1981 -2001 には BAE の時代となっており アブロ RJ として生産終了 )のみであります。こちらは、20 年間で 387 [221/166]機を市場に送り出した。

アブロ社が復活したわけではなく暖簾としての名跡利用でした。 あの アブロ 683 ランカスター698 バルカン などで英国人にとっては勝利した戦争記憶に残るメーカーでした

きしくも英国が航空機産業をあげてジェットライナーによる空への覇権を目指す挑戦とその限界を露呈した時代を、日本はコンベンショナルな低翼のターボプロップ双発の YS-11 で共にしていたことになる。

YS-11 の初飛行は 1962年、生産終了は 1973年、ほぼ半分の10年間で終わった生産機数は 182機でした。 上の年表に入れ込んでみてね。

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需要が見込めるから開発されるリージョナルジェットとは言え、
技術史を語るには、

本来ならば、大洋を超える大型ジェットライナーの覇権争い、
さらには
国有化から外れた中小の航空機メーカーや国策支援を取り付けたライバル企業など
各国の思惑によるターボプロップ機の開発競争に続いて目論む
ジェットライナーへの参入へも視線を配るべきだが

天邪鬼の当CEO は、

次回は「翼はクリーンじゃダメなのか!」と題して英米の技術競争のなかに
分け入ってみよう。

 

2019年8月19日 (月)

キネマ航空CEO 「民主主義 ?? 社会主義って !? 」 について「日本、理 ことわり の書」から考える、の巻

Photo_20190817202101市街地の北辺から北へ車で一時間の中山間地に居られる畏友と呼ぶべき篤学の士が奥様と共に読書と日々の糧となる作物の育成と収穫に加えて今は下山してくる野生動物との攻防と珍しい客の観察に悠々ではなかろうが自適の明け暮れを過ごしておられる。

当CEO は、士からは読後の書籍を貸していただいている。 当CEO も、これはと思う本をお貸ししており、士からはブログの鋭敏な書評で応えて頂いている。 この面では当CEO はかなりの借り越しをしている。

そこで、中古CD(より書籍のほうが安い)ショップで昭和歌謡曲の CD と一緒に求めた左掲の本(鳥影社 2009.4 刊)を、士に紹介することにしたのだが、実はこの本の書評はアマゾンに掲載された一本しか目につかなかった。

したがって中古価格はべらぼうに安い。 二冊購入して、士と、もう一人の知人に差し上げた。 

もう一人の知人からは未だ聞いていないが、士からはブログにWEB上では第二号となる書評を掲載して頂いている。 

士は、世俗の分野とは言え著者個人を秘匿して脳科学や脳内物質を哲学や倫理への展開をすることでは人間の人格は等しく同じであるというリベラルが持つべき基本的人権の定義を科学的に再構築を意図することにも通じる違和感を指摘されていると思えます。

当CEO も、指摘には異論はないが脳科学が社会科学にそれなりの力を持つ時代の入り口にあるのではないか、と後日、山間の士に送った文章に 追記を含む 校閲 と 誤字や改行を含む 校正 を施してWEB 上の第三号となるべく掲載することにしました。

なお、本稿は当CEO の書評というより独断独善的解釈による社会科学への応用例であります。 ご興味をいただければ、寸鉄人を指す士の書評と饒舌に過ぎる当CEO のブログで、洛陽の紙価が高まる前に、紹介写真の帯もご参考に原本をお手にお取りください。

イザヤ・ベンダサンが山本七平氏であったように、いずれ著者姓名(筆名可)で展開されることを期待して・・・

立秋12日目 キネマ航空CEO 拝

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「日本、理ことわりの書」の読後感

市井の隠居です。

本書は、今現在では高邁な哲学や倫理の評価対象になる本ではありません。 このところ認知度を高めてきた脳科学を援用して日本人の性行を分かりやすく展開して、いかに日本でビジネスを成功させるか、のハウツー本です。 もちろん日本人が参考にしてもなんら差支えはない。

以下は本書を参考にした老生(個人)の時代の心情リベラルの盲点であります。

貴兄に消化不良を起させたのは、世俗を語るために脳科学を持ち出し脳内物質の分泌による人間の行動原理を 「居心地が良いかどうか」、から始めたことにあるのでは・・・と拝察します。

旧来、人間の存在は「知情理」、「真善美」を共通項に語られていたところに、個人の「情」の上位に脳内物質を展開して貴兄の指摘する世俗に拡張している違和感だ、とも思われます。

あらゆる文明の中では脳内物質(否定する自由も当然あります)を瞑想や荒行で制御する修行、酒や煙や薬物による開放を求める人間の本能が根底にある。 さらに言えば、肉体、心、さらに上位とされる精神において苦痛も居心地がよいこと、もある。

その中を生きていく人間はその本能の中で「知情理」、「真善美」を学ぶ、あるいは身に着ける。 これらを探求する意欲により個人の中に人格が形成されていく。

意欲が普通に行われておれば「習慣」、意識して自ら行えば「自己啓発」、他人を介せば「カウンセリング」、意図的な悪意を持って行われておれば「洗脳」。

探求意欲の中に悪意が潜むかどうかは本人次第、家族、近隣、国といった社会次第、さらには国々の集合体である世界さらには自然、地球、宇宙、あるいはそれらをひっくるめて身近の指導者や評価者のそれこそ人格次第の面はある。

「身近な彼ら」の中には電(信)線(いまでは光(回)線もある)、加えて無線で送られる文字だけではなく二次元で作られた平面画像と疑似空間が、さらに音響と音声で相手に合わせた変幻自在の人格を持ち始めてもいる。

世俗はそれぞれの「知情理」「真善美」を抱えた個人の集合体となる。 したがい、脳内物質が抱え込む人格は個人の数だけある。 世俗はその多様性集合体である。

集合体には秩序が必要であり現代には二つの秩序がある。 経済秩序としての資本主義(Capitalism)と共産主義(Communism)。 しかし、個々の人間を対象にすると、自由主義(Liberalism)と矯導主義 (脚注1) (Guidism ? は多分違うと思う)、と言い変えるほうがよさそうだ。

自由主義は、その歴史的変遷による振れは大きいが一応の富の再配分は行われる社会を前提とする。 それが社会主義だ、といわれても後述するようにそう簡単ではない。 

なお、矯導主義には大日本帝国も含まれておりマルキシズムに限定するつもりはない。 ただ、色濃く出ているとはいえる。 心情リベラルは自由主義とこの間をふらふらと居心地を求めてさまよっている。

自由主義を自任する国を概観するとアメリカ合衆国ほど大きくなると世俗(居心地)の均質性がないと成立できなくなり、大韓民国クラスでは均質性で成立ができている。

日本の元々アメリカ嫌いのリベラルの多くは今の韓国こそ「民主主義」が最も進んだ国と評価しているようである。

矯導主義は持続性、均質性を保つおそらく唯一検証された統治法と思われる。中華人民共和国と朝鮮民主主義人民共和国。 特に後者は民主主義と名乗っているせいか、かつては日本のリベラルにとっての「地上の楽園」理想卿でもあった。

そして、前者は憲法に則り矯導主義的資本主義で自由主義的資本主義の打破打倒を目指している。 ちなみに日本の矯導主義は戦前では右翼サイドが、戦後は左翼サイドがアメリカを相手に夢想(それこそ下部組織はアドレナリン、上部組織はエンドルフィンの全開を)していた。

さて、その国家主席は毛語録を反面教師に主席名で示す理論もしくは思想で国民に共産幻想を再生拡大して皇帝を目指している間に、次の主席を目指す党中央執行委員会の委員諸氏は、あまたある中国皇帝国家史よりむしろ世界国家を目指すにはエドワード・キボンの「ローマ帝国盛衰史」をひっそりいやこっそり、ひょっとすれば塩野七生の「ローマ人の物語」も読み込んで 元老院「対」皇帝 の攻防をひも解き、大衆の中に蒔いた共産党宣言がカソリックの経典に迫れるものか、を研究しているだろう。

気になるのは一大帝国を作り上げたアメリカの任期付き皇帝は「ローマ帝国盛衰史」など読んでもいないらしい。(あまり人のことは言えないけど)

翻って日本はと問われれば自由主義的矯導主義かつ資本主義といえる。 ただ、同系の国と比べれば両面において反対できる居心地の良さはまだ少しはあるようだ。

その中で日本人が最も誤解あるいは錯覚している外来訳語は「民主主義」である。 たぶん明治時代の茅原崋山と言われるデモクラシー【Democracy】の訳語「民本主義」の転用が語源であろう。

ただし、原語の字づらからも「-主義」【-ism,-イズム】の範疇には入っていない。 チャーチルが言うように「民主制度」が正しい訳と考えられる。

したがい、自由主義でも矯導主義でも、資本主義でも共産主義でも、選挙制度という民主制度(Democratic System)として採用することができるし国名にも使える。

もちろん後年の政治学用語として民主主義【Democratism】(デモクラティズム)もあるが政治家を含む日本人がそれを意識しているとは思えない。

資本主義と共産主義、自由主義と矯導主義。 世俗の中では「真善美」はともかく「知情理」では異なるはずの【資本主義】と【共産主義】の境界は土地の所有や生産手段の帰属先程度と曖昧になり、【自由主義】と【矯導主義】の境目は、いつの時代にもある、それぞれの「居心地の良さ」の差に過ぎないようになった。 世俗は【主義】の差による国力の優劣のなかにある。

消えて行く世代にとっては「近代」「現代」と続き、(「戦争で」、ではないことを切に願い、そして祈る)次の時代、となって改めて命名されるであろう「その時代末」生きた日本の心情的リベラルの世俗とは何だったのか。

それを「正気の時代」とすれば戦争の直後であったこと、それも戦争から遠く離れて長く、良く持った時代だったこと。 その中で心情リベラリズムの志向は「理想的」矯導主義であり、その「理想」も、「いろいろ」の自由主義、だったことではなかろうか。

人間的側面を【矯導主義】とした【共産主義】と同義語とされる【社会主義】(Socialism)についての考察に踏み込んでみる。

知名度の元はといえば、コミューンの連邦国家形成上の主義を最終的に一党独裁の共産党がいずれ明確な身分制度となる共産主義(者)(Communist)を名乗らず、そのまま乗っ取って潰え去ったソビエト社会主義共和国連邦(英名 Union of Soviet Socialist Republics)だったと想像される。 

当然の秩序維持なのか必要悪なのかはさておき、必然的に【自由主義】にも【矯導主義】が顔をだす。

【社会主義】は二つの主義の間で【矯導主義】の度合を薄めて見せたい、居心地よく響かせたい、という【共産主義】思想の志向の認知から始まったのではなかろうか。 

逆に見れば【自由主義】のほうからの世俗の格差調整政策をとる度合もしくは間合をはかる工夫の言葉にもなる。 たとえばそれぞれのお国柄の北欧社会主義などがある。

それやこれやで、いろんな面で利用でき、だいたいの【社会主義】は接頭形容句を伴う。 【国家(的)-】【民族(的)-】などは歴史を揺るがす思想となり現在ではそれぞれ別の【-イズム】になっている。(自分で調べてね)

中には自称ではないだろうが、ユートピアン- (utopian-)【空想的-、理想的-】なんてのもあった。 (一応は共産主義に先行する先駆者的敬称あるいは尊称でもあります)

これに対してマルクスやエンゲルスは、近代科学の黎明期に【共産主義】を【科学的社会主義 (scientific socialism)】と創称した。 一世紀半を経過した今では「-主義」の出自の象徴とした【科学】自体も慣性あるいは惰性で革命的に動き出している、と予言の妄想を拡張している人も国もあるかもしれない。

何しろ、「科学」がもたらす(した)【自由主義】と【矯導主義】は、それぞれの中で、ばかりか双方から IT、AI を駆使した【監視社会主義】だ、いや【安全社会主義】だ、と【-社会主義】の接頭形容句論争や糾弾競争が始まるのだろうからね。 いわばオーエル「1984」の居心地論争が数十年遅れて始まることになる、いや経験することになる。

ただ、アメリカをダシに(つまり中国には言及しない)批判をする日本の純性リベラルの居心地は、【矯導主義的社会主義】により【矯導主義的資本主義】が【自由主義的資本主義】に勝利することで真の【科学的共産主義】革命の最終段階である【理想的共産主義】への過程、に過ぎない程度のようにも思えてくる。 実に居心地良いじゃんか、と。

一方では、主義や主張のパラレルワールドに存在する「科学」も「世俗」も大きさのない質点に過ぎず、「居心地のよさ」の集合力のせめぎあいで現実の時間を遡行できない【ニュートン力学】に沿って後退することもなく、右や左へ、いや、上へ下へと突き動かされているようでもある。 

しかし、その先の科学は破滅的結果へも導ける【アインシュタインの相対性理論】からの予測となるのだが・・・

まさかとは思うが、純粋リベラルの中にはどんな文明にも見られる「終末論による再生説」で、文明の破滅後の少人数のコミューンの共存という【ネオ・(新)ユートピアン社会主義】を夢見ているのかもしれない。

ディストピアン・ユートピアン!なんて居心地、良さそうな、悪そうな、アニメになりそうな・・・日本人が好きそうな。

【社会主義】と呼ばれる範疇には名前を消して存在する主義【-イズム】 もあるが、今となっては日本で「社会」や、前述の「民主」などを名乗ってみるけど未来を描けぬ政党が何となく冴えないのは何となくわかる気がする。

 

その一方で【自由民主】と続けると実態はともかく言葉の力はあるようだ。 【自民】と詰めると、まったく意味のない記号となるはずだが、繰り返されると日本語としての言霊となるのだろう。 

八文字を二文字に詰めた「令和」もそうかもね。 「い」は前の母音に引っ張られるのだけど、「れいわ」か「れーわ」か。 どちらが定着するのだろう。 「平成」には二つも「い」があったけど「へーせー」しか記憶に残ってないな。 

さて、「しずけさやいわにしみいるせみのこえ」…

【ジィー、ミィーン】と染み込む「岩」は、有権者さらにはその予備軍を含めた選挙民の隠喩(メタファー)になるのだが、その居心地はいいのか、わるいのか。

それにしても、古文の引用はむつかしい。 「しず(づ)かさや」 か 「しず(づ)けさや」 か。 当CEO は後者で 「づ」 のほうが心地よいのだが原文は「閑さや」である。

ついでに 「いわに」 は 「岩に」 ではなく 「巌に」 であります。 【いわお】とも読むが、何とはなく、もう苔むしちゃっているようだな。(閑話休題)

 

【自由】と【民主】そのどちらもが国際社会に組み込まれてゆく日本が必要として移入した概念の言葉である。 【自由】は主義であり【民主】は制度であることを再度繰り返しておきたい。

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ハウツー本を越えて本書から読めることは、これまでの、そしてこれからの個人の「居心地の良さ」とはなにか、のようです。

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注1) 【矯導主義】 当CEO の合成造語です。 同音で意味も似ているようだが差がある【嚮導主義】のほうが正しいのかも知れない。(念のため、違いは自分で調べてね)

ちなみに、大陸の漢字圏では【矯導所】や【矯導隊】など(思想)刑務所、矯正執行(暗殺実行)部隊と言った意味で使われることが多いようだ。 日本では行政用語として【矯導院】現在の少年院などがある。

英語に翻訳すると【Guidism】となって、おそらくキリスト教の一派となってしまうだろう。 多様性文化の下では【民主主義】と同様に適切な 日 - 英 の訳語ではないようだ。

【嚮導主義】を英語にすると【Guidanceism】となるが、【嚮導艦】【嚮導機】などでは命令にしたがう全体を先頭で率いる意となる。 

日本語では類語の【先達(せんだつ、せんだち)】があり、巡礼や修行、学問などで目的を持った集団の先頭あるいは最上位に立つ人をさすので多少は穏やか・・・かな。

【教導主義】となるのだろうが、すでに宗教で使われており【きょう】の境い目はあやふやである。

でも社会科学的には漢字圏なら精一杯に振っておいたほうが正しいと思える。

完 2019.08.19

追記 2019.09.27

少なくとも日本では一般的にならない、したがい明確な日本語になっていない、世俗的な、つまり人間的な主義(-ism)としてアナーキズム(Narchism)とリバタニアニズム(Libertarianism)がある。 それぞれ左と右の、共産主義と資本主義に付随する概念の極遠とされる。

しかし、脳内物質に支えられた人間の考えることの極限ではお互い重なりあうようで、その差異は現在の世相世俗の中での対立に過ぎないようだ。 

世相に完全な自由主義もなければ矯導主義もない。 結局のところ極限は概念のままであり、脳内物質で、群れ、争(あら)そう本能のある人間が極限の主義の実態にたどり着くには完全な矯導主義か終末論の中にしかなさそうである。

この記事で哲学に興味をもつ読者はいないだろうが考える幅は広いほうが良いと思われるので追記しておきます。

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