過去の記事のアップデートについて

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キネマ航空CEOからのお願い


 

当オフィスでは時事的な技術記事のアップデートを心がけています
アップデートの告知情報は行った記事のできるだけ上の部分に赤字で記入しています
しかしながら、遡(さかのぼ)っての修正や加筆ができていない記事も多くあります

同じ「カテゴリー」の系統的な読込みをお願いいたします


 

では、ごゆるりとお楽しみください


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2020年6月 7日 (日)

キネマ航空CEO 「マスクに萌える」の巻

 元もと、在宅勤務の当CEOではありますが、一国の#2から他国に向かって「民度が違う」と説明される「同調圧力」が前提の「自粛」の「要請」ではどう考えても「自粛」じゃないので「二律背反の整合性論理」の展開であっても、さらにストレスはたまります。

 とは言え、不要不急じゃない必要火急の外出もありご多聞にもれず布製手製の高価なマスクをいくつかを持たされています。

 そのマスクがこれです。

Photo_20200607203101  「えっ !?、キネマ航空CEOは、ついに強度のストレスで妄想の暴走を始めたー」ですって ??

 とんでもない。あなたのストレスで分泌された脳内物質があなたの潜在意識にそんなことを想像させているのですよ。

 「お気を付けくださいませ」

 当CEOは#1が率先して着用モデルを務める未だ届かぬ更に高価な配給マスクに似た耳掛けマスクのゴム紐が苦手なのです。

 つけ始めてしばらくすると耳の裏側の付け根が痛くてたまらなくなります。#1は「耳が痛い」という言葉を知らないのでしょうね。

 歳とともに厚くなった面の皮でも、当CEOの耳の後ろは例外で若かりし頃のままの繊細な皮膚感覚が保たれているようです。

 上の画像は、付いていた耳掛けのゴムひもを外してスニーカーの平紐を下から上に通した状態です。

 使用法は下側のU字の紐を頭からかぶり首に回します。

 次に上の紐を持ってマスク本体を顎から鼻の頭を包む位置に移動させて紐を耳たぶの上の溝を通して後頭部で蝶結びにします。

Photo_20200607210301 使用する紐の長さは90cmを採用しました。しかし、右の画像のようにマスク本体の端の寸法と折り曲げた鼻先までの寸法にはそれぞれ長い短いがあります。

 上の黒色では 6x11.5 cm、下の黄色では 8x9 cm でした。結果として当CEOでは黄色のマスクの紐はかろうじて後ろで結べました。

 新しく平紐を求めるならもうひとサイズ長いほうが良いかもしれません。

 この方法でマスクを外す場合、上の紐を適当なところでほどき結びにして本体を折りたたみ首に掛けたままでマスク本体を一回捻っておくとマスクが開くこともなく、置忘れに気を使わないで済みます。

 当CEOはこのほかにも除菌マスクを試作しております。

Photo_20200607215701 一見、成型マスク風でありますがギャザーと金属またはプラスチックで鼻の周りを整えられる使い捨てマスク二枚をスティプラーで袋状にして除菌効果のある金属の網を入れています。

 紐マスクを含めて今回の画像はすべてクリックすると 800x800px に拡大できます。

 除菌マスクの紐マスク化はスティプラーを使って工夫できます。

 

 

Photo_20200607215801 構成は袋状にしたマスクと枠の付いた「銅」の金網です。

 網目の細かい茶こしを探したのですが見当たらずシンクのドレーンに使われる直径 8 12cm のストレーナーで代用します。

 なお、スティープラーは下側三か所、上側は両端二か所、両脇は各々中央を一か所で十分です。

 スティープラーの針を折り曲げた側を頬に触れないように上下左右を確認して作業します。

 

Photo_20200607215901 ストレーナーは根気よく自分の顔に合わせて曲げて行きます。

 画像手前が鼻部、奥が顎、左右が頬です。

 これをマスク本体に差し込んで位置を決めれば完成です。

 使用時には水をスプレーで吹きかけておけば銅イオンがマスク本体に滲出してきます。

 銅の抗菌性能や銅化合物の金属アレルギー性状については、こちらの一般社団法人日本銅センターの中のサイト「銅について知る」を参照ください。

なお、舐める人はいないと思いますが当ブログに沿った実験は自己責任(own risk)で実施となります。

 ステマじゃないので細かいことは抜きにして、(金属アレルギーは除いて)人体に無害な銀イオンと白金ナノコロイドを使った消毒液もしくは除菌液を水の代わりに吹きかける方法もあります。長期間続ければ銀白金メッキができるかもね、んなァ分きャアないか。

Nikolun_20200607230201Mechanism   

 新型コロナに効くかどうかは保証の限りではないが普通のマスクでも次亜塩素酸やアルコールを吹きかけるよりは良さそうだ。

2020年3月 6日 (金)

キネマ航空CEO 徒然なる儘に擬俳句(はいくもどき)を捻ってみる

離着陸時のエレベーターの逆転の記事を「其の儘」にしておいて何が「徒然」だと言われそうだが、たまに浮かぶ俳句もどきを自己中?、もとい!自己注でやってみた。

---------------------------------起

令和二年 咳(せき)に怯える 国の春
   怎麼生!「国とは?」  説破!「右も左も、上も下も、すべて含めて、前も後ろも見えず、みんなが何処かで共有する時間」

(しわぶき)に マスク一瞥 町の春
   「気になるならマスクしてまで出てくるな、と言いたいがお互い事情もある」

街中や 嚔(くさめ)も憚(はばか)る 杉の春
   「こうなりゃ、嚔(くしゃみ)も我慢するのだ !!」

すべて季重なり、中七字余りもある。

当CEO は五七五の正統芭蕉俳句も嫌いではないがむしろ江戸川柳の方に引かれている。それは、さて置き。

昨今、芭蕉隠密説が現実味を帯びてきているようだ。つまり、隠密として俳聖芭蕉の顔と冷徹な観察眼のスパイが共生していたことになる。

探るべき世情は口の端に上る川柳や書き留められた落首などから収集できる。なかには破礼句もあっただろう。芭蕉も目を通していたと考えられる。では後世に俳聖となる顔はなぜ必要だったのか?

世の中を動かす、あるいは危機感を持つエスタブリッシュメントである豪農、商人、武士などと忌憚なく交わえる人物像を演じるには当時これ以上の地位(ステータス)はなかったであろう。

芭蕉は世俗の一切を「侘び寂び」の中に潜ませることを選んだ。それは一人ではできない。そのための其角と考えたほうが真実に近いだろう。

三何某喜(みなにぼうき)が「其角裏芭蕉」の脚本を書くかもしれない。もちろん、やがて悲しきコメディ*脚注 になる。

---------------------------------承

"You only live twice" は日本語タイトルでは「007は二度死ぬ」となっている。「生きることは死ぬことだ」と日本人らしい邦題ではある。先のリンクの注記では作者のイアン・フレミングは「芭蕉にならって」生きる、と解釈としているようだ。

もう一つ、彼のプロファイルからの解釈もできる。フレミングは第二次大戦時には対ナチ包囲国だった在モスクワ通信社の局長で赴任しインテリジェンスの中核として活動した。終戦の年に帰国して8年後に作家生活に入っている。

見方によれば、帰国と同時に彼はSFでいう「パラレルワールド」の中で作家とスパイの二つの人生を生きていたのではないか。現役時代の彼はジェームス・ボンドのような工作員ではなくMのようなデスクワークだったので日々の生活は変わっていなかったかもしれない。

英国には同じような経歴の作家がいる。彼の一世代後のジョン・ル・カレ(筆名)は在西ドイツ公館の外交官としてMI6のパートを務めていた。その彼、ル・カレは着任と同時期にスパイものの第一作を發表している。

カレがMI6の訓練を終了し西ドイツへ赴任する直前に同じセクションにいた二重スパイにより東ドイツにいた約40名のエージェントが一気に逮捕、殺害されたスパイ組織の壊滅を経験している。

フレミングは荒唐無稽なスパイ合戦で現実を茶化しているエンターテイメントに対し、カレの陰鬱な作風はエンターテイメントとしての評価は低いようだが組織の中にいる個人にとっては、結果のわからぬ計画を立案し工作員を選んで潜入させて苦汁を味わはなければならないスマイリーには麻薬的な魅力があるともいえる。

更に彼らの先輩には「人間の絆」、「月と六ペンス」などのサマーセット・モームがいる。第一次大戦中には劇作家のままMI6に所属してスイスで諜報活動を行い、1917年のロシア革命さなかに行われて失敗した重要な作戦の現地工作のパートを務めていた。

モームには神経を研ぎ澄ましながらもスパイの退屈な日常と直接間接に係わった人間の観察をシニカルに描いた"Ashenden"(1928)「秘密諜報部員」がある。

キリがないがフレミングと同時代のグレアム・グリーンも上げておく。彼は22歳でカソリックに改宗し27歳で共産党に入党。両者(主義であって国ではないようだ)の共通性に生涯シンパシーを持っていたとされるが戦時中にはMI6に所属していた。二重スパイだった上司のキム・フィルビーと折り合いが悪く1943年に辞職。反米的な作品も書きアメリカから入国拒否をされている。スパイ小説の映画化ではないが当キネマ航空900便で「ことの終わり」を取り上げている。

ノーベル賞は貰えないが良質の大衆文学となりえる作品の作家業に求められる人間観察力言語の解釈と表現の能力は諜報活動に非常に馴染みのいい組み合わせの資質となる。まあ、それは英国人だけの特性と言われるかもしれない。

---------------------------------転

「同じ島国においておや」、とまでは言わないが、英国でも吟遊詩人bard)が同等の活動をしていたのではないか。同様の生業(なりわい)は大陸文化圏にも存在する。

芭蕉がその両面を生きて旅していた、としても不思議はない。そして芭蕉の功罪の「」は完全に隠密の生活を文字通り隠しきって「俳聖」となったこと、その「」はそのために本来の川柳や破礼句で大衆の持つ「五七五」そして「七七」の付け句によるエネルギーの発露を切り捨てたこと。具体的には第二次大戦後の高度成長期に入ると「季語と定形」、「ワビとサビ」を切り札(トランプ)に変えた「五七五」として受け継がれることにある。

ちなみに戦前というより日中戦争の最中、1940年には治安維持法による京大俳句事件または新興俳句事件と呼ばれる弾圧があった。戦後創刊の「天狼」の初期1948-53年には事件にかかわった西東三鬼が編集長につき「実在の真実への観入」(三鬼)など社会性を取り込む運動もあったがやがて消えていった。水脈は今も存在するのだろうが知られてはいないようだ。

---------------------------------結(なのだ)

"twice"は「二度」ではあるが時間差で過ごす二度の人生ではない、並行した「二倍」の時間なのだ。
人に見せないがたまにはチラ見せする時間でもあるのだ。

では"only"は?。 お前「だけ」、なのか?「たった」の二倍、なのか?それとも、人生をSMAP日本人が大好きな"only one"「たった一つ」に固執して、あるいは統合して、それともいっぽうを消して、死ぬ過程のことなのか?それは、"you live" あなたの「生き方」次第なのだ。

毒のある老人の俳句や川柳を読むのは毒ばっかりの散文よりずっと楽しいのだ。もちろん作るのも。

そう言ゃ第三句は自己注の追記が必要だった。

街中や 嚔(くさめ)も憚(はばか)る 杉の春
   「こうなりゃ、嚔(くしゃみ)も我慢するのだ !! 
   だけどやって見ると傍からは嘔吐を堪(こら)えて悶えているとしか見えないのだ。
   堂々とやるのだ! 『フェーックショイ!!!』
ついでに『じゅるるー』と啜るのだ

それから温暖化かどうか知らないが季跨り季重なりは認めるべき時代になっているな。そして・・・

* おもしろうて やがて悲しき 鵜舟かな
 隠密説の芭蕉の句として味わうのはいかがだろう。

2020年2月28日 (金)

キネマ航空CEO からのご連絡とお詫び

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キネマ航空CEOからのご連絡


最近のブラウザによってはアップデートにより [このサイトは危険です] とアラートが出る場合があるようですが、これは単(ひと)えに Shockwave-Adobe Flash player によるアナログの24時間時計を表示させているためであります。
当キネマ航空オフィスのドメインにおいても https:// への移行を勧奨しておりますがこれに移行すると時計の表示ができなくなります。
Flash Player と言えばインターネットの黎明期よりマルチメディアの対応ソフトとして長く親しんでおりました。
当オフィスでは主要なブラウザーから表示が消え去る日まで http:// のまま継続していく所存であります。
なにとぞ変わらぬご訪問をお願いいたします。

 

キネマ航空CEOからの記事遅延のお詫び


2020年に入り初期のジェット・ライナーに発生した離着陸時の事故について愚考を進めており、すでに離陸編については公表し、着陸編を2020年2月中に掲載する予定でしたが「離着陸の極低速飛行では上昇には下げ舵、下降には上げ舵と通常の操舵とは逆の操縦法になる」ことの説明が解りづらいとのご指摘があり、別の説明を試みておりますが原稿が遅延しており、お詫びいたします。

加えて昨今のコロナウィルスの関連で「爆発感染 - レベル5 “PANDEMIC” (2007) 」を見直したりでオフィス不在にしておりました。

本作は、空飛ぶ者の翳 鳥と飛行機についての三題 の一つ 「鳥媒ウィルス ORNITHOPHILOUS VIRUS」 のなかで紹介をしております。

・・・オーストラリアの海岸の海鳥の屍体から始まり、その海岸にいたサーファーが帰国する 747 の機内に移る。
平行してその海岸では仲間のサーファーや愛犬の屍体が発見されオーストラリアの防疫機関が活動を始めて到着地のロス・アンジェルス空港にある疾病対策予防センター(CDC: Center for Disease Control and Prevrntion)の出張所に連絡される。
米国では生物化学テロ対策のために大きな空港にはこのような連邦政府機関の出先を設けて権限を持たせているようです。
その他、対象となった航空機の機長や管制管には緊急医療手順 (Emargency Medical Protocol) や厳重管理滑走路 (Secure runway) などのマニュアルがあらかじめ用意されており空港ターミナル・ビルから離れた駐機場に誘導して隔離検疫を行なうようだ。

乗客、乗員全員がバスで移送されて市内の緊急対応施設に隔離させられるのだが従順な日本人と違ってその前や後に脱走を試みて市中に感染を広げる乗客が出たり、空港を管轄するロス市長とカリフォルニア州知事のメディア上の協力関係の演出とその裏で行なわれる側近間の張り合いがからみ・・・

以下、当キネマ航空の V.I.P. ROOM にあるブックシェルフ(上記のリンク)に続きます。ぜひお訪ねください。


当オフィスは『お気に入り』などのサイド・ペインを除いた実質横幅が1,000ピクセル以上の画面とブラウザの
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なお、文字サイズではお使いのブラウザの画面拡大機能で125%前後を指定していただければ、
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キネマ・エアラインズ にご搭乗の際も同様のご配慮を頂ければ幸いです。

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2020年1月30日 (木)

キネマ航空CEO 2020 新年のご挨拶

明けまして、
遅れましての
、御目出たふ御座ひます

一月(げつ、以下同音)往(い)ぬる、二月逃(に)げる、三月去(さ)る、
と申します
逃げるのは雉(きじ)でしょうか?
去年(こぞ)も今年(ことし)もこの箴言の通りに
あたふたと過ぎてゆくようでございます
そして明年(あくるとし)は・・・と
ふっと心の隅をよぎって、
人はこの季節を
生きるのかもしれません

皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます

さて、キネマ航空CEO オフィスの出稿は遅れましたが例によって公開校正校閲中です。 本年もよろしくご指導を賜りますようお願いいたします。
また、増便の遅れが続いておりますけれども、KINEMA AIRLINES の13のフライトやキネマ空港シアターなどの各施設でお待ちしております。
                                        キネマ航空CEO

 


 

2020/02/28 キネマ航空CEOオフィスの公式連絡 の通り以下の「翼はクリーンなだけじゃダメなのか!なんとか離陸を」は分かりづらいとのご指摘があり後日刷新改定いたします。

このため記事のタイトルを「マックとミー、レガシー・ビジネス始めるってよ」の巻 (3 の 3.3)「翼はクリーンなだけじゃダメなのか!なんとか離陸を」から「キネマ航空CEO 2020 新年のご挨拶」に変更いたします。

なお、改定までこのままで掲示いたします。ご迷惑をかけ申し訳ありません。
                                        キネマ航空CEO

訂正 2020/02/01 - 02/02 - 02/05 - 02/09
/01 文中で翼面積S2 と記述しておりましたが S が正しく、関連した個所を訂正いたしました。 なお、単位はそのままの [m2] で訂正の必要はありません。
/02 フラップ使用時の V2 を補正する係数 Kv の説明に誤りがありました。「大きい方が」→「小さい方が」に訂正します。
重大な校正ミスであり、誠に申し訳ありませんでした。
/05 物理単位系と工学単位系の変換時の加速度 α の扱い方の説明の解りづらさが我ながら気懸りだったので書き直しました。
/09 言い回しや段落、誤字を直して脱稿とします。 ご迷惑をおかけしました。
                                         キネマ航空CEO

本題に入る前に
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昇降舵で機体の上昇や下降ができる、わけではない。 飛行機の舵、昇降舵、方向舵、補助翼の三舵、は重心を中心にして機首を上下あるいは左右に向きを変えさせ、また左右に傾けさせる、という姿勢の変化を起こさせるだけであります。
理想的な大気の中の操縦でも、三舵とエンジン出力との協調がないと速度の変化を伴い横滑りや高度の喪失ばかりでなく、失速など少なくとも人間が乗る場合は不自然な加速度の変化を感じることになります。

さて、上昇するには昇降舵により機体の姿勢が変化し迎え角が変わり、揚力係数が増加するのだけど、継続して上昇できるのはあくまでエンジンの出力と主翼の揚力の大小の関係であります。 すなわち(対気)速度が最も重要なファクターですから機体を水平にしたままでも上下に移動することもできます。

ちなみに 当キネマ航空の V.I.P.ラウンジ のブックシェルフの蔵書、 ギャビン・ライアル  の 本番台本 "Shooting Script" で主人公が操縦するターボプロップ双発の旅客機 デハビランド・ダブ DH.104 を執拗に追尾してくる単発双胴のジェット戦闘機 デハビランド・バンパイア DH.100 を素手で墜落させる場面があります。 今回の記事を参考にして両機の速度と迎え角を想像してみてください。(閑話休題)

長ーいお仕置き・・・もとい!前置き
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第一世代の、というより先陣を切った デ・ハビランド DH.106 コメット の就航直後に発生した離着陸時の事故を前回の翼型の一般論から振り返ってみる趣向です。 その前に離着陸の局面を見ておきます・・・まず、離陸から。

図中のアルファベットやギリシャ文字による記号は、気圧その他の気象条件、滑走路の長さや摩擦係数など飛行場の条件、重量を含む航空機の性能、等々の数値、さらには運航上の規定、から導かれる所定の速度や角度を示しており、細かいことは抜きにした意味を付記してあります。

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まず、離陸は三つの位相に分類できる。それぞれの位相にある速度 V は翼の揚力の制御にかかわる値であります。 離陸とはいかに V を速くさせるかに尽きます。 以下の計算式は物理単位で進めます。

したがい、機体重量は W [Kgf]ではなく質量の m [kg] を使います。 同時に空気では比重量 γ [ Kgf/m3 ] ではなく密度 ρ [ kg/m3 ] が使われます。

まず、操縦士が計器で認識するのは揚力の式を変形した速度 V であります。
 V = √[{ 2 /( ρ ・ CL・(m/S )] ・・・(a

ちなみに (m/S ) は翼面質量 [kg/m2]であります。この式中で、制御できるのは機体姿勢を変えて変化させる迎え角 α で決まる揚力係数 CL です。

もう一つの制御方法は機体の質量を質点として離陸距離 R とその時の速度 V2 の関係を計算する式の中で表されます。
  R = (1/2)・(m/TN )V22 ・・・(b) (本式の誘導と展開は末尾に掲載しています)

ここで使われている推力と抗力の単位は物理単位の [N] です。
正味推力 TN を構成するのは、エンジン推力 TE と全抗力 DF で、その差の TN = TE - DN となります。 
さらに、全抗力 DN は、揚力によって誘導される誘導抗力 DI と摩擦抗力を含む形状抗力 DP との和で DN = DI + DP となる。

操縦士がコントロールするのは、積極的にはエンジン推力 TE と操縦の結果で決まる機体の姿勢や速度に付随して決まる全抵抗 DN です。  

飛行機が加速するためには TE > DN なのだが、離陸時の TE は離昇推力で一定です。 離着陸の低速時の全抗力 DN は誘導抗力 DI が占めているが速度が増すほど小さくなり、形状抗力 DP が大きくなる。

離陸段階では速度が増せば DI は小さくなり TN は大きくなる。 さらに速度が速くなると DI と DP とが等しくなり巡航とよばれる速度域以上では全抗力 DN のほとんどを形状抗力 DP が占めている。

すなわち、全抗力の DN は速度 V の関数であり、誘導抗力 DI が V二乗に反比例し、形状抗力 DP が V二乗に比例しています。 誘導抗力 DI の計算式については、以下の記事をご参照ください。
キネマ航空CEO 固定翼機のオスプレイはどうよ?について考える(その3)

誘導効力の計算式では速度 0 で無限大となるが現実では揚力がないのでそうはならない。

滑走を始めたばかりの極低速では揚力自体が小さいので誘導抗力も小さくなるのだが、車輪に代わって揚力が離陸重量の分担を始める Vr を超えて完全に翼で浮揚する VTO 辺りから始まる現実の最大誘導抗力に時間制限のある最大離昇推力で打ち勝ち、さらに加速していくことになる。

・・・と言ったところで、閑話の開題、です
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B727vstrident_e2

図はほぼ同時期に開発が進められた ボーイング727ホーカーシドレー・トライデント E2 の正面図であります。 727 は著しい前のめりとなっています。 なお、図の縮尺は(ほぼ)等しい。

727 は、高空で得られるジェットエンジンの特性を短距離飛行でも発揮させるため主翼には急上昇、急降下に加えて急減速を行えるデバイスを備えていた。

トリプル・スロッテッド・フラップにフルスパンの前縁スラット、さらに主翼上面に展開するスピードブレーキ、地上で突き出すグラウンド・スポイラー等々、全部同時に広げるとダーティそのものとなる。 ガンダム・マニアには堪(こた)えられないのかもしれないけどね。

前回の復習をすると、スロットは基本翼型の零揚力角を変えずに揚力傾斜をそのまま延長し、最大揚力係数を増やし失速角を大きくする。

フラップは、零揚力角が後退し、揚力傾斜をそのまま延長して最大揚力係数を増やすが失速角は基本翼型のそれより小さくなる。

特にダブル/トリプルスロッテッド・フラップは曲線状のガードレールにそって伸展して翼弦長矢高を大きく変えて揚力を増加させると同時に翼面積を増加させるのでアスペクト比が減って誘導抗力が増加する。

定性的に矢高のある翼型では矢高が大きいほど揚力係数 CL がゼロになる零揚力角は後退してすなわち負の角度(−α)の絶対値が大きくなっていることは前回のフラップの効果の概念図で示している。

クリーンな状態の翼型で決定された機体軸翼弦線で決まる取付角の関係から、矢高が大きくなるスロッテッド・フラップでは相対的に迎え角 α が大きくなる(迎え角の増加・・・前回の図参照)。

しかし、僅かながらも前下方に張り出す前縁スラットの効果で翼弦線の角度が多少緩和されて、フラップによる迎え角機軸との関係の崩れが調整できる。

離陸時のフラップの展開は全開ではなく半開以下であります。 前下方にスライドする前縁スラットと組み合わせて零揚力角の移動は軽減されるが機軸を水平にした滑走時の迎え角は基準翼型で単純フラップを同じ角度に下ろした状態の迎え角より大きい。

そこで、地上では機体全体を構造的に前傾させて迎え角を減らして滑走(すなわち加速)することができる。 したがって、機体を浮揚できる速度まで加速する間は揚力に関連する誘導抗力を抑えることができる。

すなわち、速度が遅い区間で加速するには、零揚力角で地上滑走をすることに利点がある。

第二世代以降の車輪を下したジェット旅客機の側面図を見ると前かがみとなっているのはこの為である。

もう一つの理由は駐機中の主翼の揚力中心は主輪より前にあり、台風やハリケーンなどで地表と平行に吹く強風をまともに受けて主輪を支点に機体が浮き上がり、スリップや場合によっては転倒を防止するためでもある。 特にリヤマウントのテールヘビー機においては・・・。(閑話休題)

ここからが本題
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さて、離陸も、着陸も、制限のある長さの中で浮揚しているだけの低速飛行域のために最大揚力係数 CL maxすなわち失速角度 αST 付近の迎え角 α を制御する操縦士のスキルにかかっています。

離陸時の操縦士はエンジン出力 TE を離陸出力にセットし、フラップを、(あればスラットも)離陸位置に(もちろん全車輪も)下ろした状態で機体の姿勢を変化させて揚力 CL と全抗力 DN を制御します。

手順は滑走路に侵入するとセンターラインに機軸を合わせてブレーキをセットしてフラップを離陸角度まで展開し、パワーレバーを離陸出力 TE TO  にセットし、全エンジンが安定したところでブレーキをリリースして「離陸滑走」に入る。

ここからは想像力で補ってくださいね
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ここから、迎え角 α 揚力係数 CL それに揚抗比 CL/CD の関係を参照しながら離陸過程で必要な迎え角 α の制御を行う操縦を考えてみます。

残念ながら今回は、特定の翼型でフラップやスラットを開いた状態の性能曲線図を見つけられなかった。 このため、先に要約したフラップ および スラット の概念図で 補っていただくとして、以降の説明には便宜上、 先回の 揚抗比を拡大した図 で横軸と縦軸の数字に( )を付与し、概念的な値として使い展開して行きます。

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離陸滑走」では機体全体を浮揚させられないまでも機体の姿勢を制御できる速度であるローテーション速度 Vr に達する迄の加速では翼型性能図には表れていない誘導抗力 DI を抑えるために直接の原因である揚力係数 CL を小さく抑えておく。 具体的には零揚力角(-4度)を選べば良い。

ほぼ同年代に設計された ボーイング 727(米)のような前屈みは ホーカーシドレー トライデント(英)にはなかった。 これより以前の設計であるコメット DH.106 にもなかったはず・・・(WEBでお確かめ下さい)

まず、速やかに離陸決定速度(言い換えれば離陸断念限界速度) V1 に到達させる。 いまさら言うまでもないけど速度 V は対気速度であります。

このためには誘導抵抗を少しでも減らして加速するために揚力が 0 となる零揚力角度 α0 ( -4 度)を維持し、ローテーション速度 Vr に達すると操縦桿を引き、迎え角 α を増やしながら、まず首輪を浮かせ(ここまでが滑走距離)て首輪が路面が接触することで生じていたタイヤの変形によるころがり抵抗を無くし、車輪の回転を加速するためのエネルギーを機体の加速に回すことができる。

さらに迎え角 α を増やせば揚抗比 CL/CD  は大きく改善されてゆく。 機体を浮かせて主輪にかかる重量を減らしながらタイヤのころがり抵抗を小さくする。

空力的には最大揚抗比 CL/CDmax  を得る迎え角 α(2 度)前後を維持しながら抗力を抑え、速度とともに機首を上げようとする揚力には操縦桿を押して主輪が地面つかず離れずの姿勢を保って速度を増すことで最大の加速度を得る。

速度が増えれば揚力も増えて誘導抵抗が加わるが飛び立つためには仕方がない。 そのいっぽう速度の増加によりエンジンの推進効率は向上している。 エンジンにはそれに見合う推力がある(はずだ!)。

空中加速」では 機体を完全に浮かせる揚力が得られる離陸速度 VTO に達っして最大揚力係数  CLmax が得られる迎え角(23度)まで機首を上げる。 スラットやフラップは離陸位置まで下げているので機軸の傾斜は実際の迎え角より小さく機体の形状抵抗も少なくなっている。

速度を増すと自然に高度が上がり運動エネルギーを失うことになる。
したがい、水平飛行を続けてさらに加速するためには昇降舵を下げ舵に取って地面効果で公称の揚力係数 CL より大きな揚力が得られる状態の高さを維持して仮想障害物高度 Zob を通過する安全離陸速度 V2 より速い速度を得て地面効果から離れて高度を上げるための運動エネルギーを蓄える。 この時機体の重心の進行方向と機軸の向きは一致していない。

低速時の全抵抗の主要因となる誘導抗力は更なる揚力の増加により「滑走加速」時より増加しているが、主輪の回転を加速するエネルギーは不要になっている。 また機速の増加によってエンジンの推進効率も増加する。(ジェットエンジンの効率の回で解析)

離陸上昇」では、操縦桿を引いて昇降舵を上げ舵にとり「空中加速」で蓄えた運動エネルギーを使って上昇に移り、 V = 0 の停止位置からの離陸距離 R となる仮想障害物高度 Zob を安全離陸速度 V2 で通過して全離陸過程を終える ここまでを離陸と定義する。

念のため、 Rmax に相当する Zob の限界水平位置は空港の設計時に設定された滑走路長とその方位で決められる。 現実の離陸機は Rmax の設計値の手前で Zob に達して離陸となるあくまで仮想の高度であります。 

とは言え、現行機より重い大型機の開発では利用できる空港が限られてくる。 したがい、より高性能の高揚力装置高出力エンジンが必要になってくる。 英国とアメリカが航空の時代の覇権を賭けてしのぎを削る トライデント E2 と ボーイング 727 の開発過程で少し出遅れていたアメリカが先手をとった時代でありました。

このあと、車輪を格納し続いてフラップを一段上げる。 露出していた車輪の抵抗がなくなり、フラップによる空力抵抗の増加分も少なくなるが、同時に揚力係数 CL  も小さくなるので再び水平飛行で加速して得た速度で操縦桿を引きフラップを収納してポジティブ・クライム(規定上昇率での飛行)で巡航高度まで上昇する。

 ターボ・エンジンの効率 の回で検討したように機速の増加によってエンジンの推進効率はさらに向上している。この辺りまでくればエンジンも定格出力に戻されている。

ただ、水平飛行で加速して運動エネルギーを蓄える操縦法は、エンジンの推力が十分に大きければ、やらなくても済む。 もちろん V1 を超えてエンジンの一つが停止したり、何らかの理由で出力が落ちた状態で離陸をする場合のスキルとして必要になるはずではある。

(今ではコンピュータがやる仕事だが「コメット」の時代は人間がやっていた)

--------------------またまた閑話開題--------------------

一般的な双発リージョナル・ジェットライナーのカテゴリーに規定された離陸時の規定値

  強度類別 T類(タービン機)ジェット機 A 
  安全離陸速度
(正常時)
  V2>1.20 S1 S1:離陸形態でのパワーオフ失速速度
(緊急時)
  離陸形態で脚上げ、一発停止、地面効果なしの状態で
  V2>1.10V MC
  VMC最小操縦速度(離陸形態で一発停止、他発離陸出力で直進できる最小速度)
(テイクオフ速度)
  VTO = 1.20 ~ 1.15 S1 

以上から式(a)でパワーオフ失速速度 S1 を計算でき、離陸速度 V2 も分かる・・・はずである。 ただ翼型の性能はもちろんだがフラップを下ろした翼面積 S も定かではない。 ただ、翼型性能は、公表された画像、映像、雑誌、書籍などを収集して航空工学の知識を集合すれば・・・つまりインテリジェンス(情報分析)である精度まで推測でき、あるいはエスピオナージュ(スパイ工作)では細部も入手できるが、実践は航空雑誌にお任せするとして当CEO オフィスでは物理と工学の境目の留めます。(昔の航空雑誌は多彩な技術的な講座を連載していたなぁ)

-------------------------(閑話休題-ここから結論)-------------------------

以上の過程を初歩的な物理計算で考えてみるのだが、一般的に入手できる航空機の諸元は工学単位なので慣れるまでややこしい。
まず最初に上げた速度の問題から・・・。

式(a)の中の物理単位で翼面質量( m/S )[ kg/m2 ] を工学単位に直すには力や重量に対して g = 9.8 [ m/s2 ] を介すれば翼面荷重W.L. / Wing Load)になる。 同じ記号の小文字のエムで質量だのメートルだのと意味が違うのは当CEO のせいじゃありません。 そう言えば α は迎え角と加速度だったな。
 W.L. =(m g)/S = W/S [ Kgf/m2 ]

もう一つ機種固有の翼型変数要素として高揚力装置による揚力係数 CLFL や翼面積 SFL の増加により失速速度 VST の低下がある。 その係数として、基準翼型のとの比をつかって、
 Kv =   √ [{  1 /(SFL /S)}・{1/(CLFL /CL )}]  
   = √ 
(S /SFL )・(CL/CLFL 
ただし、揚力係数 CLX の比は、機体の傾斜角と離昇角度を同じとしたそれぞれの迎え角 α を使った値となる。

フラップ下げ時(添字 FL )と基準翼型の翼面積揚力係数の比が分れば、あるいは類推できればフラップ下げ時の速度 VFL は基準翼型時の失速速度 VST に対して、 次のようになる。
 VFL = Kv・VST

W.L.Kv は、小さい方が、VFL  を低くできる。したがい、正常時の安全離陸速度は、次式となる。
 V2 = 1.2・ Kv・VST

Kv を得るためにフラップやスラット、そしてそれらが作動するレールやリンクの構造が主翼下面に突出してしまい、現在の翼がクリーンじゃなくなる工学的な要素であります。 まあ何らかの空力的な効果があると主張する出っ張りなのかも知れないけど。

-------------------------------------------

では、離陸速度 V2 が低ければ離陸距離 R が短いか?といえばそうともいえない。そこで式(b)から加速度を考えてみると。 

式中の物理単位(m / TN )[ kg/N ] は質量と推力の比として工学単位では推力重量比(Thrust-to-Weight RatioTWR という指標の逆数に相当する。

物理単位の指標では(TN / m )[ N / kg ] すなわち推力質量比(Thrust-to-Mass RatioTMR として TWR との関係式を立てると 、

質量の m [kg] は、重力 W [Kgf] = m g [kg m/s2 = N ] となる。

正味推力 TN の物理単位[N=kg・m/s2]は、質量 1kg に 1 m/s2 加速度を与える力の単位であり、 TN = m・α と分解できる。
α [m/s2] = TN /m は、ここでは機体質量 m [kg] にかかる加速度となる。

物理単位のTN [N] は、工学単位では TNF = TNg [Kgf] となり、工学単位系の力 TNF [kgf] が重量 W [kgf] の機体に働く。 g は重力加速度と同じ値の単位変換係数で 9.8 N = 1 Kgf 。 したがい、

TMR = TN / m = (TNF/ g )/( W / g )= α = TNF / W  
TMR
 TWR と等しい加速度 α であります。 

よって、離陸距離を推力重量比 TWR で表記すると 
 R = (1/2)( 1 / TWR ) V22 = (1/2)( 1 / α ) V22  

離陸距離 R は機種のカテゴリーの規定値である離陸機の翼面荷重 W/S の関数である安全離陸速度 V2 が決まれば離陸重量に関係なく加速度 α のみで決まる。

なお、正味推力 TN [Kgf] は、エンジン推力 TE [Kgf] と全抗力 DN [Kgf] の差なので、 
 TN = TE - DN = TE ( 1 - DN / TE )

カタログからエンジン推力の諸元表の中に離陸推力が得られる場合もあるが具体的な機体の全抗力の値はまず入手はできない。 (一般的な数値なら専門書から求めることもできる)

なお、離陸推力定格推力に対する比(130%など)で表される場合もある。 ここから旅客機の離陸時の正味推力 TN 定格推力 TE に置き換えて推力重量比TWR を用いて滑走距離 R を計算しても「中(あた)らずと雖(いえど)も遠からず」と考えられる。 

例では、TN ≒ TE(1.3 - DN / TE かつ DN / TE = 0.3 だけど DN はこんなに大きくはないから 1.3 は適当な値に替えてね。
離陸推力は滑走路上で加速するために使われる以上に重力加速度に逆らって上昇するために使われる。
今回は仮想障害物高度までの上昇分は無視したけど・・・ね。(閑話休題)

ニュートン力学では単位系を共有する力と質量(または重量)の比である加速度 α は発生させる引力が働くどのような空間であっても同じ値を示す。 したがい、質量 m に重力加速度 g が働く(例えば)地表では加速度の表示に G を使って α G と表す場合がある。 

地表の 1 G は g = 9.8 m/ s2 であり 0 G は地球の中心に向かって引っ張る重力と(車輪や翼が受け持つ)反力とが釣り合って上下方向には静止している状態を表している。

真上に向かって、1 G+ の加速度を与えれば、ゆるゆるとスペースシャトルのリフトオフの開始であります。 将来に人類が月に居住する時が来ると α Gmoon ( 1 ムーンG ≒ g / 6 ) と呼ぶ・・・のかどうかは知らないが。(閑話休題)

この計算方法で得られる加速度は コメットの初期型の Mk.I では 0.19G 、最終型の Mk.IV c0.33G だった。
ちなみに、シュド・カラベルI 型0.219G 、最終型の 12 型0.227G でした。

いずれも、重力に対しては直角方向の加速度です。 正味推力 TN と全抗力 DN の関係では TN > DN なら加速度、TN < DN なら減速度が発生し、TE = DN では一定速で動いているか静止をしている状態です。

ついでに、クリーンな状態の翼面荷重 [kgf/m2] は コメットの初期型の Mk.I では 254.4 、最終型の Mk.IV c373.0 だった。
シュド・カラベルI 型で(296.5)、最終型の 12 型395.4 でした。(  )内の翼面積は推定値。

なお、重力加速度以外に乗客に負荷される加速度 α G は身体的な限界があり 0.5G 辺りが上限のようだ。 次回の「翼はクリーンなだけじゃダメなのか!なんとしても着陸を!!」で検討してみたい・・・できれば、だけど。

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DH.106 コメット I の初期に発生した離陸時の事故は、推力重量比が小さく滑走距離が長くなり、まだ加速を継続する区間で(操縦桿を押して運動エネルギーを蓄える加速域で)逆に操縦桿を引いてしまって運動エネルギー位置のエネルギーに変えてしまい大気速度を失ったと結論されている。

では操縦桿を押し続けておれば離陸できたのか・・・と問われれば、結果としてどれだけの離昇角度 γ が得られたのか、空港外の障害物となる リアル Zob を越えることはできたのか、にかかっている。 結局、ヒューマン・ファクターだけとも言い切れない問題は残る。

コメットの主翼の前縁形状の変更と失速速度を改善する前縁スラットを設ける構造的な改設計、加えて運用基準の細分化や操縦マニュアルなどのヒューマン・ファクターの見直しが行われた。

DH.106 コメットの事故原因と対策はは Wikipediaの  離着陸時の事故 を参照していただきひとまず離陸の回は終わります。

翼面荷重に比べると推力重量比が意外と小さい シュド・カラベル についてはもう少し調べてから追記します。

-----------------式(b)の誘導-----------------------------

航空機を質点として物理単位を使って数式化すると次のようになる。  ここでは、MKS(物理)単位系で統一します。
式(1)は航空機にかかる推進力 :(力の単位 N:ニュートン [kg・m/s2] )
 TN [N] 機体を加速した正味推進力で、エンジンによる有効推進力 TE [N] と 機体にかかる抵抗 DN [N] との差分
 TN = TE - DN ・・・(1
式(2)は、式(1)の推進力で航空機に与えられる運動エネルギー :( エネルギーの単位 J:ジュール [kg・m2/s2] )
 K [ J ] 推進力によって機体が蓄えた運動エネルギーで、m [kg] 機体の質量。 V [m/s] 閾値を通過する機体の速度
 K = (1/2)mV2 ・・・(2
つぎに、式(3)は離陸するため機体が必要とした仕事:( 仕事の単位 J:ジュール [kg・m2/s2] )
W [ J ] 離陸するために機体が必要とした仕事。T[ N ] は機体に働いた推進力  と機体(がと言っても質点だけど・・・)の静止位置から閾値を設定した位置まで移動した距離 R [m] 
 W = TN ・ R ・・・(3
したがい、式(2)と 式(3)より、
 K = (1/2)mV2 = TN ・ R ・・・(4
注)ジェットエンジンの効率で説明したように運動エネルギーも仕事も同じ単位のジュール [ J ] = [kg・m2/s2] = [kg・m/s2 ]・[m] = [ N・m ] であります。
くどいようですがここでの運動エネルギーは機体の質量(m)が指定された速度に達するために必要とした運動エネルギーであってエンジンで発生したジェットやプロペラで発生した運動エネルギーではありません。

さて、機体の質量 m の運動は、ほぼ水平と割り切り、加速区間の平均加速度 α [m/s2 ] として重力加速度と直角の方向(水平)の値とします。 したがい、式(1)は次式(5)と等価であります。
 TN = α・m ・・・(5

たとえば、離陸滑走時 α = 9.8 = 1(G) で加速している乗員乗客は前下方 45°に 1.41G の加速度を受けているが下向きの加速度は実感せずに前向きの力として(シートの背あてに押し付けられる) 1G を感じている。 
機首が上がり加速上昇を続ける間は下向きの 1G との差分で生じた上向きの力(シート座面に押し付けられる)も感じることになります。  地球上の多分すべての生物が感じていない下向きの 1 G による力は車輪からの反力や翼の揚力、そして両者の差が支えていますが、ここでは、鉛直方向の加速度の影響は水平方向の直線運動として無視することにします。

式(4)と(5)より滑走距離 R は、機体の質量 m は消えて
(式の上で、です。 V の中にはしっかりと残っています)
R = (1/2) (1/α) V2 ・・・(6
離着陸距離は、式(6)中の αV を算出できれば解くことができる。

参考までに、詳しい航空力学の参考書には車輪の転がり抵抗やブレーキの制動抵抗を含んだもっと複雑な計算式が記載されているが、末尾に「離着陸距離には車輪が滑走路面に接地したり離れていたりの区間があり操縦操作の影響が大きく(特に着陸では)実験値の散布が大きく精度の高い推定は困難である」、他の書籍では式中の係数を含めて「平均値もしくは中央値と考えるべき値」と補足されている。 参考資料 飛行機設計論 山名正夫 中口博 (養賢堂) pp309-312 他
ということで、式(6)は大まかな推算には使えるアマチュアならではの楽しみの式であります。

さて、その変数は
R  運航時に要求される機体重量や離陸/着陸速度に対する指標。
α 機体に加わる加速度。 α は、式(1)より離陸時は TE - DF > 0 で α > 0 、着陸時は TE - DN < 0 で α < 0 で減速度(負の加速度)であります。
V 対気速度。 揚力や効力に関係する航空機で最も重要な定義の速度であります。

 

2019年12月24日 (火)

「マックとミー、レガシー・ビジネス始めるってよ」の巻 (3 の 3.2)「翼はクリーンなだけじゃダメなのか!」

ジェットライナーの先陣を受け持った デ・ハビランド DH.106 コメット は就航直後の離着陸時にいくつかの事故を起こしている。
デハビランドには DH.88 コメット もある。 扱いにくい機体のようだけど、キネマ航空 009 便 の「グレート・エアレース」に赤と黒の 2 機登場します。 DH.98 モスキート の叔母さんに当るのかな 。

例によって公開校正と校閲中です
お気づきの点のご連絡をお待ちしております
キネマ航空CEO 拝
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副題に「翼はクリーンなだけじゃダメなのか!」とぶち上げてみても、当CEO にはまず翼型の復習が必要です。 まず翼は、以下の用語であらわされ・・・

Airfoil-w-aoa05

翼型翼上面翼下面に内接する円の直径(翼厚)とその中心の軌跡である矢高線(キャンバー・ライン)の関係で決まる。 その横軸基準座標となるのが翼弦線翼弦長である。 矢高線翼弦長に直角な翼厚の断面寸法の中央を結んだ線で意義する場合もある。 微妙な違いだが後者のほうがデジタル思考には馴染みやすい。

縦軸座標で示される翼厚矢高の位置は翼弦長を 100% とした前縁からのパーセンテージで表される。 例えば、層流翼型最大翼厚位置は通常翼型の 25–30% に対して 40-50% の位置にある・・・など。 また、矢高翼厚の縦軸方向の寸法も翼弦長に対するパーセンテージで表される。 なお、最大翼厚位置最大矢高位置は必ずしも一致しない。

パーセンテージで表記されると最大矢高最大翼厚の位置と翼厚が分れば大体の翼型性能は推定できる。 N.A.C.A.あるいはNASA翼型の命名はこの方式で分類されている・・・ただし超々音速翼型については各自で調べてください。

翼弦長は、前縁を構成する中心のある円弧上の一点と、点である後縁との間の長さ、である(らしい)。 しかし、前縁半径の中心と翼弦線の関係が判然としない。 

翼弦長の定義を、点である「後縁」と「後縁」 を中心とした円弧と「前縁」となる円弧の接点を結んだ直線、(要するに翼型の最大長さ)だとすると矢高線の一部は翼弦線と重なり参考書の図面とは異なることになる。 おそらく翼弦線前縁半径の中心位置とには矢高線前縁へ滑らかに結ぶオフセットがあるのだろうがこんなことに拘ずらわっていても仕方がないのだろうなー。

とにもかくにも、矢高線が完全に翼弦線に重なる(直線になる)と翼面は上下対称となり対称翼型と呼ばれる。 特徴は迎角(以下 α )が 0° では揚力係数(以下 CL )も 0 となり迎角が増えると CL は直線的に増える。 α 軸に対するこの勾配を揚力勾配と呼び、失速角 αst と呼ぶある角度で頭打ちとなり、最大揚力係数 CL max を示し、さらに α を増すと CL は低下していく。

ちなみに迎角 α は翼の進行方向と翼弦線のなす角度であって機体との関係を示すものではありません。 図中の(取付角)は下方のフラップの図と関連します。

4412この関係は左の性能図のように、矢高のある翼型にも引き継がれる。 翼型性能は、矢高が大きくても揚力勾配は変わらないが、大きいほど α = 0° の CL が大きくなり CL max も大きくなる。同時に CL max 時の迎角 αst は小さくなる。
)例示した翼型 NSCA 4414 はコメットに使用された規格ではありません。

なお、翼厚比(= 最大翼厚/翼弦長)の増加でも同様の傾向があるがここでは踏み込まない。

その一方で、引き換えに抵抗係数 CD は増加する。 CL = 0 の迎角(零揚力角と呼ぶ。グラフでは -3.8°)あたりで最低値を示す逆放物線状を示すが失速角 αst 付近で直線状に急激な増加を示しています。

しかしこの、性能曲線図の縦軸(無次元数)で示す CDCL の数値は一桁違っており直感的な認識は難しいので縦軸のスケールを統一して書き直したのが下図であります。(今回の論旨には関係のない h/c につきましては当キネマエアラインズの運営する ミュージアム にてご参照ください)

H_per_c

グラフで突出しているのは、揚力 L [N] と抗力 D [N] の比 である 揚抗比 L/D Ratio [-]であります。 したがい、
   Lift to Drag Ratio = L / DCL / CD  (グラフでは CL/CDi
つまり、翼は 1 の抗力に逆らう力で最大で 21 倍強の揚力を出せることを表しています。 逆らう力は、エンジンの推力と引力による機体の重量、すなわち重力であります。

このグラフでは最大揚抗比( L/D max )を得る迎角(以下、AOA : Angle Of Attack )は 2 ° 弱であります。 ついでに L/D max のときの CL は 0.1 程度です。
一方で CL max の場合は、AOA は 22° 強、 CL は 1.65 です。この角度と係数の差を覚えておいてください ね!

航空機の運航でもっとも飛行時間の割合が大きい水平巡行時の迎角は胴体、エンジン、尾翼などを引っくるめた機体の抗力が最小となる姿勢の基準線に対して最大揚抗比を得る角度( AOA ) が理論上では最適の主翼の取付角となります。

・・・あくまで理論上で、でありますので、工学上の理屈で違う場合もあります。 それは後ほどですが次回となります。

なお、実際の AOA は操縦による機体の人為的姿勢に加えて、自然風による上昇や下降の気流などの外乱でも変化します。

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さて、翼を持つ飛行機の宿命は、地上の停止状態から加速し浮揚し決められた高度を通過(ここまでが離陸行程)し、つづいて、上昇-巡航-下降 と通常の飛行と呼べる航程を経て、決められた降下角度に乗って減速し決められた高度を通過(ここから着陸行程)しながら、滑走路上で浮揚、接地、制動をして停止状態、に戻る、その中で「浮揚する」という二回の空中を低速で漂う時間から逃げられないことにあります。

飛行機が「飛行機」に変身するのは、まさに離陸時は「浮揚」した瞬間、着陸時は接地した瞬間の速度が境い目であります。

その時の機速は CL max を使い失速速度 Vst として揚力の式を変形して求めることができる。
Vst = { (2/ρg)・(W/S)/( CL max ) }1/2
     ρ 空気密度 [Kg / m3] g は重力加速度 [m / s2 ] W/S は翼面荷重 [Kgf/m2 ]
ちなみに、g は重さにおける質量(物理)と重量(工学)の単位変換常数(9.8)。
      ρg とすると物理単位[Kg / m3]から工学単位 [Kgf / m3] へ、
      W/g では工学単位[Kgf]から物理単位 [kg] へ、の変換となる。

空気密度 ρ は気温・湿度・気圧、ひいては高度で変化する。
重力加速度 g は場所により厳密には異なるが常数として扱う。
翼面荷重W/S は離陸荷重時と着陸荷重時では燃料が燃焼し排出されて後者が軽くなる。

つまり、人間が手を出せる「翼を持つ飛行機を速やかに飛行機たらしめる」方法の一つは最大揚力係数 CL max をいかに大きくするかであります。 もう一つは失速速度 Vst を越えるまで速やかに加速する強力なエンジンの性能ですが、これは後ほど・・・ 

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翼型の形状で最大揚力係数 CL max を大きくするには矢高(キャンバー)を大きくすれば良いことは先に述べた。 それをメカニズムで実現する一番単純な方法として矢高線の途中で機械的に折り曲げるシンプル・フラップがある。 

Airfoil-w-aoa5-flap45

揚力の基準となる迎角はフラップ下げ翼弦線となるが、機体に対する見做し取付角が大きく取れるので機体が水平でも翼にとっては大きな迎角となり、ひいては大きな揚力係数を得ることができる。

すなわち、より低速で浮揚することができる。 厳密にいえば、翼弦長が短くなり翼面積 S が小さくなる。 この対策は第二世代以降のクリーンじゃない翼となって対策が行われる。
Flap-effect_b

左のグラフは、フラップの下げ角による揚力係数の変化を模式的に表している。

揚力に付随する抵抗係数も示すべきだが具体的に比較表記できるような情報はなかった。

とはいえ、揚力が増えれば抵抗も増えることは想像できる。 揚抗比は小さくなりピークは左によることになる。

とにかく CL max が大きくなれば、浮揚速度となる Vst を遅くできる。 増えた CD はエンジンの離昇出力で賄うことになる。 

単純なフラップを採用していた コメット DH.106 の離陸時の事故の遠因はエンジンの出力不足にもあった。 したがい、抵抗係数を少しでも小さくするためフラップの下げ角を小さくすることになる。

いっぽう、着陸時には下げ角を最大にした大きな抵抗係数と揚力係数を利用してより低い Vst を享受でき、しかも機体を滑走路に平行にして浮揚できることになる。

しかし、災いもあるようで地面効果と相まってなかなか接地できないという人為的な事故もあったようだ。 

これも第二世代ではスポイラーというあまりクリーンじゃないメカニズムが採用される。 当CEO はスポイラーよりお尻が左右に開くエアブレーキのほうが好きなんだけどねー。 アメリカで乗った フォッカー フェローシップ は下降時には脚を下さずに開いていたようだったけど。

後縁側のフラップで揚力勾配を変えずに CL max を増やし零揚力角 α0 をマイナス側に移動させ失速角 αst を小さくする手段を手に入れた。

そして、 α0 も 変えずに CL max を増やすには、ということでは(前縁)スラットがあった。

Slat-effect-rev1

スラットは、前縁を少し前下方にずらして、翼の下面で塞き止められた高圧を上翼面側に逃がす流路を開ける機構であります。 

高圧側から低圧側に狭い通路を通って流れるので高速で流れる翼上面の流速より早く、粘性で翼面に引きずられて相対的に速度の遅い上翼面の境界層に運動エネルギーを補充することで剥離を抑えて、失速角 αst を増して CL max を増加させる。

右のグラフのように、基本となった翼型の α0 も揚力勾配を変えずに CL max を増加させるのだが、図にはないけれど副作用として CD も増加する。

スラット自体は第二次大戦前には知られていた。 有名なところでは STOL 性能が要求される前線の偵察もしくは指揮連絡用途の フィーゼラー Fi 156 シュトルヒ(初飛行 1936)がある・・・と、書くと 日本国際航空工業 三式指揮連絡機 キ ‐ 76(同 1941)を挙げとかないと納まらない人もいるようだ。 

いずれも主脚の可動ストロークの長いテール・ドラッガーで主翼のほぼ全長にわたる固定式の前縁スラットを備えていた。

前縁スラットの機能を活かすには翼の迎角を大きくすることになる。したがい、機体の姿勢も上向きになり滑走路の視認性など不都合が生じる。

一般的には、前縁スラットは後縁フラップと併用してフラップ下げ時の見做し取付角を小さくすることで機体の姿勢の上向き角を小さく CL max をさらに増す手法ともいえます。

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以上、第一世代のジェットライナーが採用していた高揚力装置の概要を調べてみた。 

これらから、低速時の離着陸で頻発した デハビランド DH.106 コメット のアクシデントやインシデントなど問題を読み解いてみる予定だけど長くなったので一度インターミッション(休憩)に入らせていただきます。 

再開までの間は、当CEO オフィスが運航する キネマ・エアラインズ でお楽しみください。 

なお、前縁スラットの機能を後縁にあるフラップに応用するとシンプル・フラップに対してスロッテッド・フラップとなり性能は向上します。 コメットの後縁フラップはどちらだったんだろう。調べることは多いなー。

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翼型性能の補足 (重要な閑話休題)

現実の揚力勾配はアスペクト比、翼の平面形状、胴体との干渉などで傾斜が緩やかになり、揚抗比や CL max は風洞実験で作成された性能図より低下します。

当CEO は、「飛行機を知るには平面図、特に下面図を見るのが正しい見方で側面図で『カッコいい』は邪道だ」、言われた記憶があります。 邪道こそ「マニア」のような気もするのですが。

2019年11月13日 (水)

「マックとミー、レガシー・ビジネス始めるってよ」の巻 (3 の 3.1)

「マックとミー、レガシー・ビジネス始めるってよ」の巻(3 の 3)の 第五回 に相当します
例によって数回の連載になりそうです

第一回から第四回までは こちら です

-----------------------------第五回--------------------------------

まず、胴体後部の左右にパイロンを介して双発のジェットエンジンを装備するフランスのシュド・カラベル SE 201 の妹たちの話に分け入って行くと、彼女たちは二つのカテゴリーに分かれる。

一つは乗客が数十人から100席前後の小型ジェット・ライナーと呼ばれるクラスであり、もう一つは乗客が数人ないし十数人のビジネス・ジェットと呼ばれるクラスとなる。

まずは前者、
すなわち既存の(名のある)航空機製造会社が手掛けた商用機から振り返る。

なお、対象は双発に限らず全てのエンジンが後部に集中している機体とします。
したがって、尾部に第2エンジンを備えた 3 発機ではありますが、
老舗の ダグラス DC-10、から始まる MD-11
対抗する新興 ロッキード L-1011
胴体前方の左右に各1発の三発機で可変後退翼の、
アニメ・マニア受けしそうな爆撃機 マーチン XB-51
等は、対象から外します。
除外理由は飛行体としてのレイアウト上の差なのですがいずれ別稿で・・・
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胴体後部にエンジンを集中搭載したジェット旅客機
Jetliner with Tail Mounted Engines

 注記 出所「ジェット旅客機 エアライン イカロスMOOK」 2006.10 pp80 - 81
     年.月 は(色分けした)各機種の運航開始年と最終デリバリー年を示す
     ソ連・中国の機種は英語版Wikipediaの運航開始年と生産終了年で示す
     括弧内は( )エンジン総数 [ ] は通算生産機数(主にWikpediaから)

年 代 フランス イギリス アメリカ オランダ ソビエト/
中国
1958.6 カラベル (2)        
1962 カラベル [279]        
1964.2     727 (3)    
1964.3   トライデント (3)      
1964.4   VC-10 (4)      
1965.4   BAC1-11 (2)      
1965.12     DC-9 (2)    
1967.9         Il-62 (4)
1967   VC-10 [64]      
1968.9         Yak-40 (3)
1968.11       F-28 (2)  
1970.9         Tu-134 (2)
1972.2         Tu-154 (3)
1974.3         Il-62M (4)
1976   トライデント [117]      
1976   BAC1-11 [244]      
1976   ルーマニア
ROMBAC

1-11 (2)
     
1980.10     MD-80 (2)    
1980.12         Yak-42 (3)
1981         Yak-40 [1,011]
1983     727 [1,832]    
1987       F-28 [241]
 
1988.3       F-100 (2)
 
1989         Tu-134 [852]
1993   ROMBAC
1-11 [11?]
     
1995.3       F-70 (2)  
1995.4     MD-90 (2)    
1995         Il-62 /M
[94/193]
1997       F-100 [283]  
1998       F-70 [47]  
1999.10     717 (2)    
2000     DC9-MD90
[2,283]
   
2003         Yak-42 [185]
2006     717 [156]    
2013         Tu154 [1,026]
2015.11         中国
ARJ21 (2)
As off 2019         ARJ21[19/135]

   (年表の『年代』は10年単位での色分けしている)

 ROMBAC 1-11 はルーマニア製の BAC 1-11
 ARJ21中国商用飛機公司が製造するノックダウン生産の経験がある MD-80 系の改設計機種。 ウクライナのアントノフの協力による主翼の刷新、アビオニクス関連では欧米諸社の支援などによる。
 MD-8090 等はマクダネル・ダグラス社での DC-9 系の呼称。
 717ボーイング傘下での MD-95 の呼称

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長女となるシュド・アビアシオンカラベルは就航から製造終了までを短期間に終えたがアメリカを含む諸外国に食い込み、中短距離ジェットライナーがビジネスになることを証明した。 

フランスで次に計画されたのはリア・マウントではなく申し訳程度のパイロンにエンジン・ポッドを主翼にぶら下げて先行していたボーイング 737 よりはわずかに大型でパイロンの存在がわかる マルセル・ダッソーメルキュールであった。

試作と生産の合計12機がフランスの国内航空会社のみで運用されただけで結果的には失敗機に入るのだが、後に 737 の唯一のライバルとなっているフランスが主導したエアバス A-320 の原型ともいえる。

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イギリスはテール・マウンテッド・エンジン・シスターズのステージ・ショウとなった。 上の表では機名の通称と就航年を示したが以下ではメーカー名を添えて(開発開始 - 初飛行)年を示します。

3 発 の トライデント (1958 - 1962.1 )は、デ・ハビランド DH.121 として計画されたが 1962 年に ホーカー・シドレー に吸収されて HS.121 として初飛行した。

開発時点ではユーザーとなる航空会社より同じコンセプトのボーイング 727 (1956 - 1963.2 )との共同開発も提案されたが自国エンジンのこだわりから成立しなかったようだ。 正面図で見ると胴体の断面構造とそれにつながる翼根の構造は 727 に分がありそうだ。

4 発 の ビッカース VC-10 (1957 - 1962.7)はソビエトが(諜報組織によって非合法な手段で入手した資料をもとに) イリューシン Il - 62 (1962 - 1963.1)をほぼ 1 年(足らず)のタイムラグで追従し従姉妹より長生きだった。

この当時、英国ではマルクス主義のシンパは高等教育を受けた知識層にも浸透していたため、重要な情報の漏洩が続き、軟派の I. フレミング(の 007 こと J.ボンド)や、現在にも続く硬派の J. ル・カレ(の G.スマイリーe.t.c)などスパイ小説の傑作を生む背景となった時代でありました。
VC-10 にも Il 62 にも関係ないが、ル・カレは「寒い国から帰ってきたスパイ(1963)」が有名。 映画では「寒い国から帰ったスパイ(1965)、「寒い国」は東ドイツだけど西側の飛行機しか出てこなかったような記憶が・・(閑話休題)

いずれにせよ、4 発エンジンの配置では、アメリカが進める揚力で主翼の強度部材に生じる曲げモーメントや回転モーメントに対し、主翼にぶら下げる分散配置でエンジンの重量をバランスウェイトにすることで軽減して、主桁のたわみ構造など構造重量の軽量化に寄与するコンセプトがデファクト・スタンダードとなる。

その前に、後部4発の配置は、この時代から始まる燃費の向上や騒音など環境性能との引き換えにエンジン外径の増加を招く高バイパス比化がなされていくターボファン・ジェットの装着には決定的に不利なレイアウトだった。

さて、・・・

発 の BAC 1-11(1956 - 1963)は、あまり聞いたことのない ハンチング・エアクラフトH-107 として計画されたのだが、同様の計画を進めていたビッカース社と他の2社(ブリストルイングリッシュ・エレクトリック)とともに合併し、1960年に BACブリティッシュ・エアクラフト・コーポレーション)となり型式名は BAC 1 と新会社名を名乗ることになる。 なお、 - 11イレブン)がくっ付いたのは名門ビッカースの開発していた同様の機体が VC-11 だったから、かなぁ??

ハンチング・エアクラフトHunting Aircraft)は、戦前から練習機など小型機を手掛けていたメーカーだった パーシバル・エアクラフト が源流。 1954年に燃料油脂事業のハンチング・グループに入り、ハンチング - パーシバル・エアクラフトを経て1957年に パーシバル の名は消えた。 1960年には BAC に吸収されて、ハンチング ‐ パーシバル 時代のジェット練習機 ジェット・プロヴォスト T-1T-5 にまで発展させている。

戦前のパーシバル・プロクター(1939)は、当キネマ航空 フライト 003 で上映中の「マッケンジー脱出作戦」に登場している。 ちなみに、パーシバル 時代の機名には初期はカモメの仲間から、プロクターあたりから教職者や聖職者の役職名を用いている。(閑話休題)

さて、この BAC 1-11バック・ワン・イレブン)は英国製の商用機としてはまあ成功したと言っていいのだが、試作機の試験期間にディープ・ストールと呼ばれるT字尾翼機特有の墜落事故を起こすことになる。

イギリス編はここで終わるのだが年表で見るように1960年代に就航させた3機種は1970年代には開発費を十分に回収することなく生産を終えている。

もちろん機体の運航は続いているが1977年には航空機産業の国営化にともない BACスコティッシュ・アビエーション ホーカー・シドレー・グループ とあわせて BAe (ブリティッシュ・エアロスペース)に統合された。

なお、BAC の時代にフランスのアエロスパシャルとの国家間共同開発によるコンコルド(フランス名では コンコード)を完成させている。

BAe は国営企業として銃器、弾薬、軍用車両会社に加えて自動車のローバー・グループなどを傘下に収めたが民生部門は順次分離や売却を進めて1999年には、航空・宇宙・海洋、国防、情報・セキュリティに特化した BAE システムズとなった。 

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さて、オランダもテールが左右に展開するエア・ブレーキのフォッカー F-28 の系譜が踏ん張ったが、中距離ジェットライナーでは 727 と DC-9 でアメリカが覇者となり、やがては大型機を真似たのだが主翼の下に中途半端にくっ付けた双発の 737 が取って代わって肥大化して行く。

ソビエトは、独自性を注ぎ込んだとしても、はじめは英国、次には米国のコピー、中身を伴わない物まね、と言われようが、閉鎖された東側経済の中では西側に対抗できていた。

そして中国はソビエトの技術協力もしくはコピーのコピーによる勉強の時代だったといったところだろう。 このあたりの経緯は省略する。 

その中で特記できるのはソビエトの Yak-40 である。

このころのイギリスは多彩な計画機を模索しており、その中の情報をこっそりいただいた可能性も考えられるが、乗客数30人程度の高速性能はほどほどにして扱いやすい直線翼と冗長性を兼ねた運航の安定性で採用した3発テールマウントに加えて APU (補助動力装置)やエアステアカラベル 727にも見られた備え付けのタラップ)を備えたコンセプトはノーマンズランドであるタイガやツンドラの中に点在する極寒地の地方空港を結ぶインフラとして考えうる機能をきちんと備えていたといえる。

本機は、当キネマ航空 フライト 006 で上映中の「 747 エア・ターゲット」に登場している。 ただ、同じ後部 3 発のダッソー・ファルコン 50 のスタンドインで、ですけどね・・・(キネマ航空のコマーシャルでした)

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カラベルが目指した、ミッドレンジ(中距離)・ジェットライナーからリージョナル(地域的)・ジェットへ、つまり汎用から目的限定への可能性を示唆したのは Yak-40 であったと言える・・・まあ、一部の航空マニアや専門家からは否定されるかもしれないけれど・・・

日本の航空機フリークは零戦を持ち出すまでもなく自国の技術を神聖化する傾向が強いが、技術の「要」は、使えたかどうか(の過去)、ではなく、使えるかどうか(の未来)、であるだろう。

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以上の年表は第一世代のジェットライナーの一角を構成する一形態の機種をまとめています。 一つの世代の航空機は、ほぼ20年周期でその世代の盛衰を経て、ある企業は消滅し、ある企業は次世代機種の進空とそれに準じた既存機種の更新で生きながらえるようです。 

英国で見ると 1960 年代に製造が始まり 1970 年代で航空機産業自体が合従連衡のなかで民生用途の製造業種としての一生を終えている。 そして産業自体が国有化という手法で集約されることになる。

以降の英国で開発製造されたジェットライナーは低騒音と STOL 性能に特化した(都市空港向け)高翼4発(1973年 ホーカー・シドレー 時代に計画された HS.146 がベース)の BAe 146 (1978 - 1981 -2001 には BAE の時代となっており アブロ RJ として生産終了 )のみであります。こちらは、20 年間で 387 [221/166]機を市場に送り出した。

アブロ社が復活したわけではなく暖簾としての名跡利用でした。 あの アブロ 683 ランカスター698 バルカン などで英国人にとっては勝利した戦争記憶に残るメーカーでした

きしくも英国が航空機産業をあげてジェットライナーによる空への覇権を目指す挑戦とその限界を露呈した時代を、日本はコンベンショナルな低翼のターボプロップ双発の YS-11 で共にしていたことになる。

YS-11 の初飛行は 1962年、生産終了は 1973年、ほぼ半分の10年間で終わった生産機数は 182機でした。 上の年表に入れ込んでみてね。

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需要が見込めるから開発されるリージョナルジェットとは言え、
技術史を語るには、

本来ならば、大洋を超える大型ジェットライナーの覇権争い、
さらには
国有化から外れた中小の航空機メーカーや国策支援を取り付けたライバル企業など
各国の思惑によるターボプロップ機の開発競争に続いて目論む
ジェットライナーへの参入へも視線を配るべきだが

天邪鬼の当CEO は、

次回は「翼はクリーンじゃダメなのか!」と題して英米の技術競争のなかに
分け入ってみよう。

 

2019年8月19日 (月)

キネマ航空CEO 「民主主義 ?? 社会主義って !? 」 について「日本、理 ことわり の書」から考える、の巻

Photo_20190817202101市街地の北辺から北へ車で一時間の中山間地に居られる畏友と呼ぶべき篤学の士が奥様と共に読書と日々の糧となる作物の育成と収穫に加えて今は下山してくる野生動物との攻防と珍しい客の観察に悠々ではなかろうが自適の明け暮れを過ごしておられる。

当CEO は、士からは読後の書籍を貸していただいている。 当CEO も、これはと思う本をお貸ししており、士からはブログの鋭敏な書評で応えて頂いている。 この面では当CEO はかなりの借り越しをしている。

そこで、中古CD(より書籍のほうが安い)ショップで昭和歌謡曲の CD と一緒に求めた左掲の本(鳥影社 2009.4 刊)を、士に紹介することにしたのだが、実はこの本の書評はアマゾンに掲載された一本しか目につかなかった。

したがって中古価格はべらぼうに安い。 二冊購入して、士と、もう一人の知人に差し上げた。 

もう一人の知人からは未だ聞いていないが、士からはブログにWEB上では第二号となる書評を掲載して頂いている。 

士は、世俗の分野とは言え著者個人を秘匿して脳科学や脳内物質を哲学や倫理への展開をすることでは人間の人格は等しく同じであるというリベラルが持つべき基本的人権の定義を科学的に再構築を意図することにも通じる違和感を指摘されていると思えます。

当CEO も、指摘には異論はないが脳科学が社会科学にそれなりの力を持つ時代の入り口にあるのではないか、と後日、山間の士に送った文章に 追記を含む 校閲 と 誤字や改行を含む 校正 を施してWEB 上の第三号となるべく掲載することにしました。

なお、本稿は当CEO の書評というより独断独善的解釈による社会科学への応用例であります。 ご興味をいただければ、寸鉄人を指す士の書評と饒舌に過ぎる当CEO のブログで、洛陽の紙価が高まる前に、紹介写真の帯もご参考に原本をお手にお取りください。

イザヤ・ベンダサンが山本七平氏であったように、いずれ著者姓名(筆名可)で展開されることを期待して・・・

立秋12日目 キネマ航空CEO 拝

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「日本、理ことわりの書」の読後感

市井の隠居です。

本書は、今現在では高邁な哲学や倫理の評価対象になる本ではありません。 このところ認知度を高めてきた脳科学を援用して日本人の性行を分かりやすく展開して、いかに日本でビジネスを成功させるか、のハウツー本です。 もちろん日本人が参考にしてもなんら差支えはない。

以下は本書を参考にした老生(個人)の時代の心情リベラルの盲点であります。

貴兄に消化不良を起させたのは、世俗を語るために脳科学を持ち出し脳内物質の分泌による人間の行動原理を 「居心地が良いかどうか」、から始めたことにあるのでは・・・と拝察します。

旧来、人間の存在は「知情理」、「真善美」を共通項に語られていたところに、個人の「情」の上位に脳内物質を展開して貴兄の指摘する世俗に拡張している違和感だ、とも思われます。

あらゆる文明の中では脳内物質(否定する自由も当然あります)を瞑想や荒行で制御する修行、酒や煙や薬物による開放を求める人間の本能が根底にある。 さらに言えば、肉体、心、さらに上位とされる精神において苦痛も居心地がよいこと、もある。

その中を生きていく人間はその本能の中で「知情理」、「真善美」を学ぶ、あるいは身に着ける。 これらを探求する意欲により個人の中に人格が形成されていく。

意欲が普通に行われておれば「習慣」、意識して自ら行えば「自己啓発」、他人を介せば「カウンセリング」、意図的な悪意を持って行われておれば「洗脳」。

探求意欲の中に悪意が潜むかどうかは本人次第、家族、近隣、国といった社会次第、さらには国々の集合体である世界さらには自然、地球、宇宙、あるいはそれらをひっくるめて身近の指導者や評価者のそれこそ人格次第の面はある。

「身近な彼ら」の中には電(信)線(いまでは光(回)線もある)、加えて無線で送られる文字だけではなく二次元で作られた平面画像と疑似空間が、さらに音響と音声で相手に合わせた変幻自在の人格を持ち始めてもいる。

世俗はそれぞれの「知情理」「真善美」を抱えた個人の集合体となる。 したがい、脳内物質が抱え込む人格は個人の数だけある。 世俗はその多様性集合体である。

集合体には秩序が必要であり現代には二つの秩序がある。 経済秩序としての資本主義(Capitalism)と共産主義(Communism)。 しかし、個々の人間を対象にすると、自由主義(Liberalism)と矯導主義 (脚注1) (Guidism ? は多分違うと思う)、と言い変えるほうがよさそうだ。

自由主義は、その歴史的変遷による振れは大きいが一応の富の再配分は行われる社会を前提とする。 それが社会主義だ、といわれても後述するようにそう簡単ではない。 

なお、矯導主義には大日本帝国も含まれておりマルキシズムに限定するつもりはない。 ただ、色濃く出ているとはいえる。 心情リベラルは自由主義とこの間をふらふらと居心地を求めてさまよっている。

自由主義を自任する国を概観するとアメリカ合衆国ほど大きくなると世俗(居心地)の均質性がないと成立できなくなり、大韓民国クラスでは均質性で成立ができている。

日本の元々アメリカ嫌いのリベラルの多くは今の韓国こそ「民主主義」が最も進んだ国と評価しているようである。

矯導主義は持続性、均質性を保つおそらく唯一検証された統治法と思われる。中華人民共和国と朝鮮民主主義人民共和国。 特に後者は民主主義と名乗っているせいか、かつては日本のリベラルにとっての「地上の楽園」理想卿でもあった。

そして、前者は憲法に則り矯導主義的資本主義で自由主義的資本主義の打破打倒を目指している。 ちなみに日本の矯導主義は戦前では右翼サイドが、戦後は左翼サイドがアメリカを相手に夢想(それこそ下部組織はアドレナリン、上部組織はエンドルフィンの全開を)していた。

さて、その国家主席は毛語録を反面教師に主席名で示す理論もしくは思想で国民に共産幻想を再生拡大して皇帝を目指している間に、次の主席を目指す党中央執行委員会の委員諸氏は、あまたある中国皇帝国家史よりむしろ世界国家を目指すにはエドワード・キボンの「ローマ帝国盛衰史」をひっそりいやこっそり、ひょっとすれば塩野七生の「ローマ人の物語」も読み込んで 元老院「対」皇帝 の攻防をひも解き、大衆の中に蒔いた共産党宣言がカソリックの経典に迫れるものか、を研究しているだろう。

気になるのは一大帝国を作り上げたアメリカの任期付き皇帝は「ローマ帝国盛衰史」など読んでもいないらしい。(あまり人のことは言えないけど)

翻って日本はと問われれば自由主義的矯導主義かつ資本主義といえる。 ただ、同系の国と比べれば両面において反対できる居心地の良さはまだ少しはあるようだ。

その中で日本人が最も誤解あるいは錯覚している外来訳語は「民主主義」である。 たぶん明治時代の茅原崋山と言われるデモクラシー【Democracy】の訳語「民本主義」の転用が語源であろう。

ただし、原語の字づらからも「-主義」【-ism,-イズム】の範疇には入っていない。 チャーチルが言うように「民主制度」が正しい訳と考えられる。

したがい、自由主義でも矯導主義でも、資本主義でも共産主義でも、選挙制度という民主制度(Democratic System)として採用することができるし国名にも使える。

もちろん後年の政治学用語として民主主義【Democratism】(デモクラティズム)もあるが政治家を含む日本人がそれを意識しているとは思えない。

資本主義と共産主義、自由主義と矯導主義。 世俗の中では「真善美」はともかく「知情理」では異なるはずの【資本主義】と【共産主義】の境界は土地の所有や生産手段の帰属先程度と曖昧になり、【自由主義】と【矯導主義】の境目は、いつの時代にもある、それぞれの「居心地の良さ」の差に過ぎないようになった。 世俗は【主義】の差による国力の優劣のなかにある。

消えて行く世代にとっては「近代」「現代」と続き、(「戦争で」、ではないことを切に願い、そして祈る)次の時代、となって改めて命名されるであろう「その時代末」生きた日本の心情的リベラルの世俗とは何だったのか。

それを「正気の時代」とすれば戦争の直後であったこと、それも戦争から遠く離れて長く、良く持った時代だったこと。 その中で心情リベラリズムの志向は「理想的」矯導主義であり、その「理想」も、「いろいろ」の自由主義、だったことではなかろうか。

人間的側面を【矯導主義】とした【共産主義】と同義語とされる【社会主義】(Socialism)についての考察に踏み込んでみる。

知名度の元はといえば、コミューンの連邦国家形成上の主義を最終的に一党独裁の共産党がいずれ明確な身分制度となる共産主義(者)(Communist)を名乗らず、そのまま乗っ取って潰え去ったソビエト社会主義共和国連邦(英名 Union of Soviet Socialist Republics)だったと想像される。 

当然の秩序維持なのか必要悪なのかはさておき、必然的に【自由主義】にも【矯導主義】が顔をだす。

【社会主義】は二つの主義の間で【矯導主義】の度合を薄めて見せたい、居心地よく響かせたい、という【共産主義】思想の志向の認知から始まったのではなかろうか。 

逆に見れば【自由主義】のほうからの世俗の格差調整政策をとる度合もしくは間合をはかる工夫の言葉にもなる。 たとえばそれぞれのお国柄の北欧社会主義などがある。

それやこれやで、いろんな面で利用でき、だいたいの【社会主義】は接頭形容句を伴う。 【国家(的)-】【民族(的)-】などは歴史を揺るがす思想となり現在ではそれぞれ別の【-イズム】になっている。(自分で調べてね)

中には自称ではないだろうが、ユートピアン- (utopian-)【空想的-、理想的-】なんてのもあった。 (一応は共産主義に先行する先駆者的敬称あるいは尊称でもあります)

これに対してマルクスやエンゲルスは、近代科学の黎明期に【共産主義】を【科学的社会主義 (scientific socialism)】と創称した。 一世紀半を経過した今では「-主義」の出自の象徴とした【科学】自体も慣性あるいは惰性で革命的に動き出している、と予言の妄想を拡張している人も国もあるかもしれない。

何しろ、「科学」がもたらす(した)【自由主義】と【矯導主義】は、それぞれの中で、ばかりか双方から IT、AI を駆使した【監視社会主義】だ、いや【安全社会主義】だ、と【-社会主義】の接頭形容句論争や糾弾競争が始まるのだろうからね。 いわばオーエル「1984」の居心地論争が数十年遅れて始まることになる、いや経験することになる。

ただ、アメリカをダシに(つまり中国には言及しない)批判をする日本の純性リベラルの居心地は、【矯導主義的社会主義】により【矯導主義的資本主義】が【自由主義的資本主義】に勝利することで真の【科学的共産主義】革命の最終段階である【理想的共産主義】への過程、に過ぎない程度のようにも思えてくる。 実に居心地良いじゃんか、と。

一方では、主義や主張のパラレルワールドに存在する「科学」も「世俗」も大きさのない質点に過ぎず、「居心地のよさ」の集合力のせめぎあいで現実の時間を遡行できない【ニュートン力学】に沿って後退することもなく、右や左へ、いや、上へ下へと突き動かされているようでもある。 

しかし、その先の科学は破滅的結果へも導ける【アインシュタインの相対性理論】からの予測となるのだが・・・

まさかとは思うが、純粋リベラルの中にはどんな文明にも見られる「終末論による再生説」で、文明の破滅後の少人数のコミューンの共存という【ネオ・(新)ユートピアン社会主義】を夢見ているのかもしれない。

ディストピアン・ユートピアン!なんて居心地、良さそうな、悪そうな、アニメになりそうな・・・日本人が好きそうな。

【社会主義】と呼ばれる範疇には名前を消して存在する主義【-イズム】 もあるが、今となっては日本で「社会」や、前述の「民主」などを名乗ってみるけど未来を描けぬ政党が何となく冴えないのは何となくわかる気がする。

 

その一方で【自由民主】と続けると実態はともかく言葉の力はあるようだ。 【自民】と詰めると、まったく意味のない記号となるはずだが、繰り返されると日本語としての言霊となるのだろう。 

八文字を二文字に詰めた「令和」もそうかもね。 「い」は前の母音に引っ張られるのだけど、「れいわ」か「れーわ」か。 どちらが定着するのだろう。 「平成」には二つも「い」があったけど「へーせー」しか記憶に残ってないな。 

さて、「しずけさやいわにしみいるせみのこえ」…

【ジィー、ミィーン】と染み込む「岩」は、有権者さらにはその予備軍を含めた選挙民の隠喩(メタファー)になるのだが、その居心地はいいのか、わるいのか。

それにしても、古文の引用はむつかしい。 「しず(づ)かさや」 か 「しず(づ)けさや」 か。 当CEO は後者で 「づ」 のほうが心地よいのだが原文は「閑さや」である。

ついでに 「いわに」 は 「岩に」 ではなく 「巌に」 であります。 【いわお】とも読むが、何とはなく、もう苔むしちゃっているようだな。(閑話休題)

 

【自由】と【民主】そのどちらもが国際社会に組み込まれてゆく日本が必要として移入した概念の言葉である。 【自由】は主義であり【民主】は制度であることを再度繰り返しておきたい。

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ハウツー本を越えて本書から読めることは、これまでの、そしてこれからの個人の「居心地の良さ」とはなにか、のようです。

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注1) 【矯導主義】 当CEO の合成造語です。 同音で意味も似ているようだが差がある【嚮導主義】のほうが正しいのかも知れない。(念のため、違いは自分で調べてね)

ちなみに、大陸の漢字圏では【矯導所】や【矯導隊】など(思想)刑務所、矯正執行(暗殺実行)部隊と言った意味で使われることが多いようだ。 日本では行政用語として【矯導院】現在の少年院などがある。

英語に翻訳すると【Guidism】となって、おそらくキリスト教の一派となってしまうだろう。 多様性文化の下では【民主主義】と同様に適切な 日 - 英 の訳語ではないようだ。

【嚮導主義】を英語にすると【Guidanceism】となるが、【嚮導艦】【嚮導機】などでは命令にしたがう全体を先頭で率いる意となる。 

日本語では類語の【先達(せんだつ、せんだち)】があり、巡礼や修行、学問などで目的を持った集団の先頭あるいは最上位に立つ人をさすので多少は穏やか・・・かな。

【教導主義】となるのだろうが、すでに宗教で使われており【きょう】の境い目はあやふやである。

でも社会科学的には漢字圏なら精一杯に振っておいたほうが正しいと思える。

完 2019.08.19

追記 2019.09.27

少なくとも日本では一般的にならない、したがい明確な日本語になっていない、世俗的な、つまり人間的な主義(-ism)としてアナーキズム(Narchism)とリバタニアニズム(Libertarianism)がある。 それぞれ左と右の、共産主義と資本主義に付随する概念の極遠とされる。

しかし、脳内物質に支えられた人間の考えることの極限ではお互い重なりあうようで、その差異は現在の世相世俗の中での対立に過ぎないようだ。 

世相に完全な自由主義もなければ矯導主義もない。 結局のところ極限は概念のままであり、脳内物質で、群れ、争(あら)そう本能のある人間が極限の主義の実態にたどり着くには完全な矯導主義か終末論の中にしかなさそうである。

この記事で哲学に興味をもつ読者はいないだろうが考える幅は広いほうが良いと思われるので追記しておきます。

2019年8月 4日 (日)

「マックとミー、レガシー・ビジネス始めるってよ」の巻 (3 の 3)

(3 の 2)から続く。

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キネマ・エアラインズのお客様と当CEO オフィスにご来訪を頂いております皆様に、暑中のお見舞いとご健勝祈願のご挨拶をお送り申し上げます。

なお、合わせましてエアコンなしで営業中の当キネマ航空 CEO オフィスより、継続中の記事の分割掲載のご案内をお知らせ致します。

弊社CEO はこのところ、歳とともに生来の暑がりがひどくなり、おまけに怠け癖も再発して、従来のように一気呵成に書き上げる気力も失せたようであります。

このため少しずつでも書き継ぐように説得いたし、ようやく第一回分の出稿にこぎつけました。 ぜひ、ご継読を賜れますようお願い申し上げます。 

よって、追加出稿があり次第、下記に追記にてご案内いたします。 ご寛容の上、何卒宜しくお願い致します。 

                             2019/08/04 キネマ航空  広報担当 敬白


第一回 出稿 2019/08/04
第二回 出稿 2019/08/05
第三回 出稿 2019/09/30 
第四回 2019/10/13 Latest !!
第五回 以降は(3.1)と項を改めて継続します

「アー!しっかり仕事をしてくださいね! せめて予定ぐらいは・・・」
「うるさい !! CEO ファースト、社員は居らんからお客様 セカンドじゃ !!」
「政治家ども!有権者ファーストなら、裏金歓迎
大口献金セカンドぐらいはハッキリせい !!

-----------------------------第一回--------------------------------

先々回(3 の 1)で MRJ90 もとい、 M90 をふくむ三菱・スペースジェット M100 シリーズ が世界最小胴体径の商業機シリーズになったと書いたが次の指摘があった。

エンブラエル ERJ 145 シリーズ(乗員/乗客 2+1/37-50 胴体径 7'6"/2.29m 座席配列 1+2)は2003年に哈爾浜航空工業集団(当時)との合弁によるコンプリート・ノックダウンで中国に移管し2016年に生産を終了した模様。 

しかし、本国ブラジルでは派生機種のビジネスジェット エンブラエル レガシー 600 シリーズ、加えて輸出市場を含み10か国で運用中の軍用途としての ERJ シリーズの保守と受注体制を保持している。
すなわち、ボーイング傘下の位置付けは不明だが商業機としてのステータスは維持しているようだ。

詰まるところ、MSJ M100 シリーズ (乗員/乗客 2+2/69-88 胴体径 9'8.5"/2.96m 座席配列 2+2 )に相対する ERJ 145 シリーズ(胴体径 2.29m 座席配列 1+2)となる。

室内幅ではないがクラスの標準的な通路幅18”(0.457m)を差し引いた配分は 0.625m/席 対 0.611m/席 の比較ともなる(正確には、胴体外殻構造物寸法 = 胴体幅 - 室内幅、を含んでいる)
M100 シリーズは座席をヘリングボーン式に配置してシート幅に余裕を持たせるそうだ。

したがい、当CEOオフィス の記事は、座席配置 2 + 2 とした定義では、と書き換えなければならないようだ。

もちろん「大は小を兼ねる」とも「小よく大を制す」ともいえる。
新規開発の工業製品の宿命としてチーフ・エンジニアの見識とカスタマーの要求という時代の錯綜(ニーズとシーズのタイムラグ)の中で決まる商品価値でもある。 評価の確定している製品では企業運営のマネージメントの識見でもある。

いずれにせよ M100シリーズ についてもサポートサービスの契約を交わしている ボーイング(-ボンバルディア・グループ)は MAC の背後を押さえる航空ビジネス全般の比較論点が明確なカードをすでに押さえていると言える。

これに対して MHI-MAC チーム は座席配置 2 + 2 での最小胴体径商業機であった ボンバルディア CRJ シリーズ の事業を継承した。 この辺りから考えてみたい。

-----------------------------第ニ回--------------------------------

その前にリージョナル・ジェットの基本構造について考えておく。

一般的に三次元の相似形状の均質な物体は基準となる長さを倍尺で 2 倍すると面積は二乗で 4 倍、重量の指標となる体積は三乗で 8 倍となるので2 倍に拡大した航空機の翼面荷重は 2 倍となる。
すなわち、飛行機ファンにはお馴染みの二乗三乗則 である。

つまり翼面積をさらに 2 倍するか速度を 2 の平方根の 1,414 倍にしないと同じ滑走路長で離陸できない。 
翼面積を拡張すれば自重は増えその分エンジンの出力を上げればさらに増えるので離陸滑走距離と離陸速度のバランスで折り合わせることになる。

では、縮尺して長さを半分 1/2 倍にすると面積は 1/4 倍、質量は 1/8 倍したがい翼面荷重は 1/2 倍となる。

原型となるジェットライナーより出遅れた小型のリージョナル・ジェットは原型より有利になるかと言えば、そうはならない。

縮尺を 1/2 にして翼面荷重が 1/2 になっても、推力の元となるジェット・エンジンの空気取入口面積(レシプロエンジンならプロペラ回転面積)は 1/4 倍であり滑走距離は伸びるし最高速度も低下する。

小型になるほどエンジン本体とそれに関係する機体の構造部品は系統的に二乗三乗則 から外れて機体重量は相対的に重くなってゆく。

大型機では主に主翼の剛性を低下させる撓み翼とぶら下げたエンジンポットを揚力や空力回転モーメントのカウンターバランスウェイトにして構造重量の低減が行われて二乗三乗則 に近づけることができたが小型機ではそうそう うまくはゆかない。

リージョナルジェットでは主翼をできるだけクリーンにして性能を高めてそれを維持できる剛性を持つ主翼構造を採用することになる。
さらに言ってしまえばボーディング・ブリッジなどない(当時は大空港にもなかった)ドサ回りの地方空港巡りをする機体なので移動式のタラップなど使わず乗降できる機体内蔵タラップ(エアステア)も必須であった。

次回はこうした要件で開発されたリージョナル・ジェット前史を振り返ってみたい。

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どーせ、シュド・カラベルから始まるんでしょ。 でも、この調子で三回目もお願いしますよ。
いちいち五月蠅い ! じゃが外せんじゃろな。
それに予定は未定じゃない!不明のままじゃ !!
このクソ暑いさなかにエアコンのない CEO オフィスに来る客はいないじゃろが。

そりゃそうだけど、増便もしていない 本業 のほうは大丈夫ですかねー。
確かに心配じゃが雑用が多すぎるわい。
そう言や キネマ航空博物館 も展示を増やさないとな。

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「そうこうしている内に残暑お見舞いになっちゃったな」
「残暑 残暑 何残暑 酷残暑 なんちゃって !」

「昭和中期じゃあるまいし『なんざんしょ こくざんしょ』なんて誰も笑えませんよ」
「少しは涼しくなるかと思ったんじゃが、『昭和も遠くなりにけり』、かのぉ」

-----------------------------第三回--------------------------------

いわゆるリージョナル・ジェットの先駆けといわれるシュド SE 210 カラベルデ・ハビランド DH106 コメットの胴体部を基本にしていることはよく知られている。 そこで、両機種の年代記を一覧にしてみる。 まずコメット(二代目)の出自から・・・

年 . 月 デ・ハビランド DH106 コメット シュド SE 210 カラベル
1943.2 コメット(二代目)の名は戦時下のブラバゾン委員会が戦後の航空機産業に向けて策定したプラン4のジェット輸送機の中に概案  
1946.9 当初は郵便機として計画されたが旅客機に仕様変更  
1949.7 初飛行  
1951.1 BOACコメット Mk.1 就航 仏航空局の国産短中距離ジェット旅客機要求仕様を公開
1952.3   シュド・エストの双発リアマウント案 SNACASE X-210 を選定
1952.5   政府の開発援助を得てSE-210 となる SE は シュド・エスト から
1952.10 BOAC Mk. I #9 ローマ・チャンピーノ空港離陸時オーバーランにより全損 軽傷者 2 名  
1953.2   SE-210 試作機製造開始、まずは購入したコメット I の胴体からコックピットを分離するところから
1953.3 カナダ太平洋航空向け Mk. IA #2 のフェリー中にパキスタン・カラチ空港離陸時オーバーラン火災全損
BOACの運航要員 5名、D.H. のエンジニア 6名 全員死亡
 
1953.5 BOAC783 Mk. I #8 カルカッタ空港離陸時、落雷(未断定)により墜落、乗員乗客 43 名全員死亡  
1953.6   フランス UTA航空コメット Mk.IA 通算#19 ダカール空港でオーバーラン(機体損傷のみ)
1953.8   エール・フランスコメット Mk.I の運航開始
1954.1.10 BOAC781 Mk. I #3 イタリア西部の地中海上空で爆発
耐空証明取り消し
BOAC は全機の運航停止し本国へ廻航したが異常は発見できず燃料系電気系の強化と煙感知器追加と乗員訓練を実施
 
1954.3 耐空証明を再発行  
1954.4.8 SAA(南アフリカ航空)201 Mk. I #? イタリア西部の地中海上空で爆発
9 日、耐空証明の再取消し
BOAC からのリース機であった SAA201 の機体は深海にあるため BOAC781 の残骸を回収して原因追及

エール・フランスコメット Mk.1 の運航を停止、以降の再開はなかった

1954.4 チャーチル首相の指示による国を挙げた事故調査結果の検証となる水槽に沈めた実機の胴体に対する繰返し加圧実験などの設備建造を開始  
1954.5.29 水槽の完成  
1954.6.24 客室中央部外郭板の窓枠取付部の角から亀裂が発生し、短時間で胴体の断面形状を形成するフレーム(構造部材)に達するとフレームに沿って上下に伸展し胴体を輪切り状態にしてゆく疲労破壊の開始点を確認  
1954.8.28 回収された前部胴体の上部にあった自動方向探知機取付部に同様の亀裂があり疲労破壊の仮説は実証された  
1954.10 最終事故報告書に向けての審問を開始  
1955.2 機体設計上の欠陥による金属疲労と断定
破壊の進展の追求から設計、構造、材質、試験法など未知であった工学上の知見を得る
 
1955.5   シュド・エスト SE-210 初飛行
1957.3   シュド・エストシュド・ウエスト の合併で シュド・アビアシオン に社名を変更
1958.8   シュド・カラベル I (1.4m のストレッチ)就航
1958.9 最終型式となる コメット Mk.IV のデリバリー開始  
1959 ホーカー・シドレー による買収で
デ・ハビランド は消滅
 
1964 ホーカー・シドレー・コメット Mk.IV で生産終了  
1972   シュド・カラベル 12 で生産終了
生産機数 162 (内 Mk.IV74 279
運用終了 1982年まで民間で運用されていた
1967年より2011年まで英空軍が派生機種の対潜哨戒機 BAE ニムロッド を 運用
21世紀初頭 まで運用されたようだ

 カラベルはコメットの就航と同じ年に開発が始まり1972年に製造を終了したがその生産数は1.7倍であった。 

 おそらくシュド・エストの設計案に国外の胴体とエンジンの選定が含まれていたのだろう。 シュド・エストの細部設計はコメット Mk.I の路線就航の翌年となる設計案選定(1952.3)から始まり初飛行まで38か月(3年2か月)かかった。

 カラベルの機体がコメットをベースにして開発されたのは、英連邦以外で海外からの筆頭発注元だったエール・フランスのコックピット共通化への意向が強かったことと英国の見返り販売政策がかみ合ったこともあった。 

 また、要求仕様書にあった自国で開発したジェット・エンジンである スネクマ アターの出力と運用実績の不足から採用を見送り、ロールス・ロイス エイヴォン を採用するなど、工学に関係する機体やエンジンは輸入であろうと実績を優先させて採用する官民の国家プロジェクトの運営に注目したい。

 その代わり、それを統合する後部胴体マウントの双発エンジンのコンセプトは多くのフォローワーを生み莫大な特許収入を得ることになる。

 後部3発エンジンもここから生まれたと言ってもよいだろう。 さらに、多分、特許料は支払ったと思うが、何を考えたのか英国の ヴィッカース VC-10 それに続くソビエト連邦の イリューシン IL-62 などの四発胴体後部マウントでは、米国で台頭した技術を決定的に見誤ってしまっていた。 この辺りは次回に回すことにして・・・(閑話休題)

 さて、カラベルは、設計開始の翌年にインドでの コメットMk.I の原因不明の墜落。 さらにその翌年、地中海上空での連続空中爆発に対処を迫られることになる。 

 大がかりな実験を伴う英国の最終報告書はカラベルの初飛行の3か月前であったが、英仏間で原因の推定は共有されており、実験開始の段階での知見・・・すなわち、約1年前の、

「与圧による機体の膨張の繰り返しによる客室窓枠角部を取り付ける外板の開口部の角の丸みが小さいため応力集中係数が大きくなり、疲労破壊から始まる亀裂の連鎖が高空の室内外の気圧差によって胴体被殻の強度限界を越えて爆発した」というストーリィ(実機を使った実験の前提仮説)で改設計を始めていたと考えられる。

 そして、カラベル I の胴体を英国と同様の水槽に沈めて繰り返し加圧実験を実施している。

 具体的な対策には外観部品となる窓枠の角部の丸みを大きくして外殻を構成する外板の厚さを増す方法が取られた。 一連の事故と対策はWEB上にあるので閲覧できます。 

 カラベルの窓は角を丸めた三角形状の独特な窓を採用した。 少なくとも応力集中を起こす個所は一つ少ないという論理的結論なのか、いかにもフランスらしい美的感覚であります。

 コメットは角の丸みの大きい長方形で横長の窓を採用した。 中にはイギリスらしくラグビーボール状の窓もある。 これなら応力集中部は2個所となっている。 まあ競争しているわけでもないだろうが飛行機で見るお国柄は楽しい。

 それと同時に、顔のよく似た二つの機種はそれぞれの政府の指導と強固な意思のもとに計画されビジネスとは別に工学的な貢献を果たしたといえる。

 ひるがえって、一国だけの技術で航空機の機体とエンジンを創ることのできる国は数少ない時代の中で、ゼロ戦 にしか結び付けられない国民的幻想に支えられた、「我が日本の悲願の国産機を ! 」の政府機関の立案と構想、を民間に丸投げされたMRJミツビシ・リージョナル・ジェット)いや MSJミツビシ・スペース・ジェットが問われるのは、『ビジネスだけを目的とした』のか、になるのであろう。

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何とか第四回につなげたのう
次回はリージョナル・ジェットの先陣を担った CRJ に迫りたいが
それまでの歴史で前置きが長くなりそうじゃから第五回から独立させるかのう ? !

どうぞ、ご自由に ! でも、お客様ファーストの CEO でお願いしますよ !!

-----------------------------第四回--------------------------------

先行する英国のコメットとそれを追う仏国のカラベルの主要諸元の変化の追跡です。

機体名称 デ・ハビランド DH106 コメット シュド SE 210 カラベル
機体型式 Mk.I Mk.IVc I 12
生産機数 11 28 20 12
初飛行 1949 1959 1958 1970
乗員/乗客 4 /36 4/79 2-3/90 2-3/128-131
航続距離(km) 2,415 6,900 1,650 3,200
巡行速度
(km/h)
725 840 746 810
最大離陸重量
(kgf)
47,620 73,480 43,500 58,000
全長(m) 28 33.99 32.01 36.24
全翼幅(m) 35.05 35.05 34.30 34.30
翼面積(m2 187.2 197.0 146.7 146.7
アスペクト比 6.54 6.21 8.02 8.02
翼面荷重
(Kgf/m2
254.4 373.0 296.5 395.4
エンジン型式 ハルフォード H2
ゴウスト 50
RR エイボン
Mk.524
RR エイボン
Mk.522
P&W
JT8D-9
最大推力(kN) 22.2 46.7 46.75 64.50
搭載数 x4 x4 x2 x2
推力重量比 0.190 0.313 0.219 0.227

各々の機種には型式の変遷があり、表記は初号機と最終生産機の型式
その間にはより優れた性能を示す型式もあるが省略した

注 1) カラベル I の(翼面積)の値は推定。 
注 2) 推力重量比は物理単位 [kN ] 、工学単位 [kgf] を整合させるため次式を用いる。
    推力重量比 =(最大推力 kN x 搭載数)/(最大離陸重量 kgf x 0.0098)

翼について両機を比較するとアスペクト比に大きな差がある。 コメットの全翼長(ウイング・スパン)を変えずに翼弦長(コード・レングス)を長くして翼面積を拡大しているようだ。

翼面荷重については、初期と後期においては両機とも似たような変化をだどっている。胴体を伸ばして座席数、航続距離の維持または増加のための燃料槽の増設で最大離陸重量(MTOW)の増加を招き、離陸速度や巡行速度などの維持のためにはエンジンの推力増加も必要になる。

推力重量比(スラスト ウェイト レシオ Thrust Weight Ratio を短縮した TWR だが)当面「推重比」と呼ぶことにして、この値がエンジンと機体の適合性の指標になる。

この比は無次元であるが、基本となる推力(スラスト)の単位は物理単位で m kg の質量に α m/s2 の 加速度を乗じた数字で表した力 αm の単位[N (= kgm/s2)]であります。

いっぽうの機体の重量(ウエイト)は工学単位(と、言ってもお肉屋さんでキロ・グラムまたはグラム当たりでハウ・マッチ、と使われる単位と同じ)の、重量またはバネばかりを引っ張ったり押したりする「力」を示す単位[kgf]であります。

中でも、重量としての [kgf] を簡単に言えば、その物体の質量 m に地球上の重力加速度 g を乗じた値を重量計で測った値であり、無重力になれば 0 kgf になる単位でもあります。

地球上と言っても量る場所によって重力加速度は異なる。 肉の値段も変わる。 そこで、1kgf = 9.8N と換算の定義をしています。 面倒くさいですね。

つまり、 物理学単位の 1 N1 kg の質量に 1 m/s2 の加速度を与える力と定義されています。

「つまり」の二乗でとどのつまり、地表では 1 kg の質量に 9.8 m/s2= 1 Gの重力加速度がかかっており 9.8 N の力で手のひらを押し、これを 1 kgf (キログラム・フォースの略)と工学単位の力で呼ぶのだが、この力をお肉屋さんの秤で測れば、単に 1 kg の重さ、と呼ばれていることになる。 繰り返すと9.8ニュートン(N)= 1重量キログラム (kgf) であります。

中には丁寧に 1 kgw または 1 キログラム1 キログラム・ウェイトまたは 1 キログラム・じゅう)と呼び分けている理工学部出身のお肉屋さんもいる・・・のかなあ ?! 。 (”お久しぶりね”の閑話休題)

したがい、本題の kN 単位に換算して算出した「推重比」は「そのエンジンの総推力がその機体に与えた加速度と重力加速度との比」、通常X G と呼ばれる値を示している、といえます。

「とどのつまり」が煮詰まって、推重比1 G を超えれば機体を垂直に持ち上げることができ、ヘリコVTOL には必須の条件であります。 が、1 G 以下でも加速はでき、翼面積と速度の二乗の積に比例する揚力で飛び上がれる。 もちろん離陸速度に到達でき、かつそのための滑走路長があれば、の話であります。

以上を頭の隅っこに入れて欧州のジェット・ライナーの創成期の推重比から振り返ると一般的な離陸時の機体の加速度は 0.2 G 前後、コメット IV では 0.3 G を超えたようである。

なお、飛行機の加速度が大きければすべてよし!というわけではない、中にいるのは人間です。 人間は宇宙へ重力加速度から抜け出すために犬や猿で実験をしていました。 そういえば同じ脊椎動物なのに雉がいなかったのはどうしてだろう。  

では、この時代の終わりに台頭してきたアメリカの代表機種の基礎となるボーイング 707-120 と比較すると、翼幅 39.88 m、アスペクト比 7.1 より翼面積は 224.0 m2翼面荷重は 511.3 kgf/m2 と数値はやや大きいが、推重比は乾燥状態で 0.175 G 水噴射で 0.201 G だった。(ちなみに開発開始は 1952 年コメットのそれより 6 年後、初飛行は 1958.11 で、コメットより 9 年、カラベルより 3 年遅れていた)

推重比は四発機の コメット I と大差ないが航空ビジネスの基本仕様となる乗員/乗客は 3/179 名、最高速度 997 km/h、航続距離 7,480 kmと卓越していた。

ここでちょっとだけこだわれば、ただ一機だけ製作されて後年の世界の大型ジェットライナーのデファクト・スタンダードに成長する原型となった 367-80 通称  - 80ダッシュ エイティ)の設計開始も 1952 年、初飛行は 1954 年。 それぞれ、コメットの原型の初飛行の 3 年後、5 年後と出遅れていた。

この -80B- 52 とペアで行動する空中給油機 KC - 135 (運用開始 1957)になり、続けて輸送機 C 135 (物資輸送では地上作業や空中投下には不向きで短命だった)から電子戦や電子偵察用途の EC -135RC -135 (のちの民間旅客機から改造のテストベッド ? になった)などへ KC - 135 とともに一部が改装されました。

その一方で、少し時間をさかのぼれば、民間機の 377 ストラト・クルーザー で失敗していたボーイングは、軍用途として先行していた航続距離の長い核兵器搭載型戦略爆撃機 B - 47B -52 の経験と両爆撃機のビジネス利益を原資とする民間機の自社開発に向けての決断があった。 ちなみに、何度か出てきた1952 年B - 52 が初飛行をした年でもありました。

707 はエアライナー向けに胴体直径を - 80 より少し( 0.15 m)太くして(主翼基部にかけての翼弦長の変化が大きいなど細部の違いはいくつかある)開発を始めたのだが、並行して進められていた  - 80 より初飛行が遅れたのは軍と民の要求仕様の差とも、もともと仕様が分かれたのは軍用と民需を同じ製造ラインで組み立てることを空軍が嫌ったためとも、と言われている。

ただ、時系列で振り返れば 707 の開発にはコメットが残したレガシーに負うところもあった、といえる。

さて、この当時は、まだ燃料消費量がどうの、という時代ではありませんでした。 アメリカは長大な滑走路を持つ空港の展開を含めてジェットライナーのシステムを視野に入れていたとも、それを実行できる覇権を握っていたともいえる、航空の時代の幕開けでした。

詰まるところ、この時代はジェット・エンジンの黎明の時代でもありました。 ここで上げた民間機で機種で次の時代を担うターボファン・ジェットを採用していたのは カラベル 12ボーイング 707-120 でありました。

同じく軍用途では B-52 H から 1960 年にターボファンに改装され、バディのほうは KC-135 E として 1982 年から換装が始まります。

そうそう、フランス政府が自国で開発したジェット・エンジンの スネクマ・アター を断念したのは その推力が 2,722 Kgf だったことにあります。 双発時の推重比にすると 0.125 となります。 したがい、仏航空局のコンペには 5 発機の提案もあったそうな。

ちなみにアターの 3 発案では推重比は 0.187 となりますからコメット Mk. I と同等になりますが、信頼性の面で RR エイボン Mk. 522 双発の採用を決断しました。 意地を通して 3 発で開発を進めたらビジネス・ジェットのデファクト・スタンダードの栄誉を逃したことになったはずです。 フランスらしい合理性の追求と言えなくもないでしょうかね・・・

米国の空の覇権の独占に先んじようと先行していた英国のジェット爆撃機の開発は、当 キネマ航空 010 便 で上映中の「クイーン・コング "Queen Kong"(1976)」にて・・・

米英の旅客機の比較については 当 キネマエアラインズ 900便 で上映中の「予期せぬ出来事 "V.I.P.s"(1963)」のコラムをご参照ください。 また、ボーイング 707 につきましても 同 008便 の「ボーイング・ボーイング "Boeing Boeing"(1965)」にて上映中です。
ご搭乗をお待ちしています。 (キネマエアラインズ のコマーシャルでした)

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なお、フランスはコメットの胴体をそのまま使って角を丸めた三角形の窓枠に変えたのではありませんでした。

英国に胴体ごと無理やり買わされたのかどうかは不明だが、欲しいのはコクピットを収めた機種部であった。 コックピット後端の隔壁部で切り離し、変形した円錐台状の接続部を間に挟んで自前の胴体直径 2.97m (コメットは 3.12m )に滑らかにつなげていた。

カラベルは、のちの型式でこの接続部を使ってコックピットを拡張をしており、機首の形状は初期に比べてわずかに変わっている。

デ・ハビランドは先頭を切ってジェットライナーのコックピットを開発しコメットに取り入れた。 結果としては、計器視認性や操作性は満足できたけれど、飛行関連の計器盤を窓に近づけて前方視界を確保するため操縦席を絞られた機首に押し込めたので狭苦しく、のちにパイロットからのクレームが出ることになる。 また、これまでの計器盤の標準色であった艶消ブラックから艶消グレーに変更するなどの先進性も持ち込んでいた。

いっぽう、カラベルでは飛行関連の計器の配置を幾分変えているが、この当時はエンジン関係の計器はフライト・エンジニア席にあった。 フランスはこちらのノウハウを評価したのだろう。 もちろん艶消しグレーも採用していた。

さらに、ストレッチされたカラベルではコメットの場合と同様に垂直尾翼からつづくドーサルフィンとも言えない背の低い補強材が重心付近まで伸びているなど、どちらの主導かはわからぬが共通したコンセプトを共有している。

胴体直径は違っていても購入した胴体の基本構造はしっかりと参考にしているようだ。

カラベルは、後部胴体マウントのエンジン配置に伴いのちのダッソー・ファルコンにも続く水平尾翼と垂直尾翼の構成を十字型にしたこと、 その尾翼に後退翼(垂直尾翼は三角翼だったが)を採用したことがコメットとの大きな違いであった。

この時代は、エンジニアの発想を実現させる努力と工夫が相互に検証と補完がなされて後世に多くの遺産を残す、あるいは残せる時代であって、「真似した、された」からだけでは当を得た批評とは言えない。

しかし、事故との引き替えで安全を構築する時代など終わったはずの手法で開発されたエアバスのフライバイワイヤ、そのあとを追うボーイングに見られる 737 N(ext) G(eneration) から続く 737 Max などの暖簾商売のなかに人間の作為(プログラムに組み込まれたアルゴリズム)が危険を招く時代に、入っている、あるいは戻っている、とも思えてくる。

さて、次回は大陸を結ぶ大型ジェットライナーは誰かに任せて中小型の単距離ジェットライナーでリージョナルジェットの前史に迫りたい。

このあたりから鋭意執筆中です。
別稿の第五回に続きます。
ご期待ください!

2019年7月13日 (土)

「マックとミー、レガシー・ビジネス始めるってよ」の巻 (3 の 2)

公開 校閲 校正 中です。不明な点はご連絡ください。
公開 校閲 は 2019.07.15-20:00 に
終了しました。

(3 の 1)から続く

さて、下表は2019年3月に公表された CRJ シリーズ生産状況です。

Bombaldier-crjsiries-status-report-2019_
*印の引き渡し済機数のうち3機は2019会計年度(1 - 12)中に引渡し可能な機数

前回の買収資産のアナウンスの中に債権 1億8千万米ドルがあった。 この表にまとめた CRJ 900 の引渡し済み機数のうちの 3機は 2019会計年度内に引渡しを完遂することで支払われる契約金額とすれば、1機あたり 6,000万米ドルの売掛金になると思われる。

いっぽう、債務として 2億米ドルを継承した。 これを CRJ 900 の未納51機に対する解約金とすると 1機あたり 392万米ドルとなる。 1機当たりの対完成機単価比では 6.5%なのだがどんなもんだか。

ほかの可能性としては次年度支払いの税金とかレイオフした従業員に対する継続保証義務にかかわる費用などが考えられるがこれもどんなもんだか・・・要するに分からない。

なお、英語版Wikipedia では CRJ 900 1機当たり 4,650万米ドル(2017)となっている。  この時点ではバージョンアップ仕様の CRJ 900NexGenNex t Gen eration)に代わっていたはず。

Wikipedia の数字はベア・ユニット・プライスで、売上金とのおよそ 30%の差額はオプション追加や特注の塗装、艤装に掛かる費用なのかもしれない。 いっぽう、2017年の価格に対する 1機当たりの債務の割合は 8.43%となり先払い契約金と契約期間の金利を含めた違約金として(契約次第ではあるが契約金の前渡しは25%が一般的らしい。先方からの解約ならこの程度で)妥当なのかもしれない。 「・・・かもしれない」ばかりで・・・益々分からない。

物価変動に合わせて値上げを認める買い手もいないだろう。 貨幣単位の明確な英語版Wikipedia の値から 1機当たり売掛単価で換算するとレートは 0.775となりカナダドルの米ドル為替レートに近似している。 アナウンスされた買収金額と付随する債権、債務の単位は米ドルとなっているがカナダの財務諸表から引き写したカナダ・ドルの可能性もある。 こちらはまあ偶然だろう。

ちなみにスペースジェット M90 は2016年(MRJ90)時の価格で 4,730米ドルとなっている。

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MHI と MACCRJ シリーズと呼ばれる事故による全損機を含む 1,953機(*2019年度内に納入する3機を含む)と未納機 51機、計 2004機を継承する。

うち、 CRJ をベースに派生したチャレンジャー800/850 の 33機は、室内空間と内装の豪華さが求められる顧客の規模やステータスを示す(企業/個人用途)コーポレート/クルーザー・ジェット 仕様のようだ。

よくわからないのは、ボンバルディア(旧カナデア)にはジェットライナーCRJ シリーズ のベースとなった ビジネス/パーソナルジェットチャレンジャー シリーズ。 上級シリーズとして CRJ シリーズと同じ胴体断面の カンパニー/プライベート・ジェットグローバル・エクスプレス シリーズがある。 民生用のほかに軍用途に改装された機体も多い。

さらにチャレンジャー 300/350(初飛行 2001)と呼ぶ、別系統の新規開発機種で高速、長距離、低燃料消費を目指すビジネス・ジェットも量産化されている。

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さらに、最初の一滴であったチャレンジャー 600 の基本設計となるリアスター 600 を提案したのは リアジェット ファミリーゲイツ・ラバー社に売却したあとのリア社であった。

リア社そしてゲイツ・リア社の礎となった リアジェット ファミリーボンバルディア・エアロスペース傘下に入っており、現行モデルのリアジェット 70/75 の生産設備を伴う工場はアメリカ合衆国ウィチタにある。 同様に軍用途も多く日本でも採用されている。 なお、チャレンジャー の一部が製造されたこともある。

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一方では航空事業の売却処分も進んでいる。

 ・C シリーズエアバス に売却済(2019)、エアバス A220 と改名(2018)
  (CRJ シリーズスペースジェット、それに E-Jet E2 の下位シリーズより太い胴体で、
  P&Wピュアパワーエンジンを採用 )
 ・カナデアから継承した CL-415 飛行艇は製造権をバイキングエア に売却(2016)
 ・デハビランド・カナダから継承したターボプロップの Q シリーズ も同社に
  製造設備を含め売却(2019)

など航空機部門の事業解体と整理を進めている。

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軍用途の絡むチャレンジャーグローバル・エクスプレスリアジェット の3系統、加えてチャレンジャー 300 系統の小型機部門がどのように分割売却されるのか、継続されるのか、ウィチタ工場を含めて定かではない。

MHIグローバル・エクスプレス シリーズ では初期に機体の設計、製造の一部を分担したことがあった。 しかし、MRJ の事業化の発表の前月(2008.2)に製造契約を破棄した。

表向きはボーイング 787 の開発、製造に注力するためとされるがボンバルディアからの訴訟の背景とも考えられ、これも買収に伴う今後のレガシーの一部になるのかもしれない。

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話しは変わるが、

アビオニクスやコンピュータ支援による飛行を越えて、機体の空力設計やエンジン仕様に合わせて制御するコンピュータに組み込まれたプログラム・フライトという電子化はイノベーションというよりパラダイムの変換というほうが正しいようで、既存の機体を引きずる開発での対応は技術的にも難しいと思われボンバルディアの経営への圧迫もあるようだ。

上手く風に乗ったのはエンジンと機体の * 新規並行開発のホンダジェットであります。 注)* 新規並行開発 : 開発時期は重なっているけれど実質はエンジン先行の開発。

またボーイングは機体構造を一新して第三世代となる 737 Next Generation 世代(初飛行1997.2)の代表的な型式の -800 からターボファンエンジンのバイパス比を大幅に拡大した第4世代の -MAX 8 (同2016.1)への転換ではその陥穽に陥ったように思える

両世代の初飛行から就航までの期間は前者で 10か月、後者では 16か月を要しているが、それでも運航停止に陥っている。

ちなみに第一世代の 737 オリジナル と呼ばれる -100(初飛行 1967.4)と第二世代のクラシックと呼ばれる -300(同 1984.2)への転換でもバイパス比の増加が行われた。 就航までの期間は前者で 10か月、後者でも 10か月以内であった。

さて 、表に戻って CRJ のレガシーについて考えてみる。

以下、近日リリースの(3 / 3)につづく

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2019年7月 9日 (火)

「マックとミー、レガシー・ビジネス始めるってよ」の巻 (3 の 1)

公開 校閲 校正 中です。不明な点はご連絡ください。
校閲修正追加のお知らせ
CRJ の最初の一滴はゲイツ・リアジェット社が立てたリアスター 600 の構想を買い取った・・・は誤りで本文中に赤字で訂正をいたしました。 ご迷惑をおかけいたしました 

マックと言ってもハンバーガーではなく、PC でもなく、ダグラス でもない。 けれど、飛行機には関係がある、(M)ミツビシ・(A)エアクラフト・(C)コーポレーションであり、ミーはケイの(古いね!)バディ、じゃなくてMAC の親会社(M)ミツビシ・(H)ヘビー・(I)インダストリーズ・リミテッドの MHI であります。

2019年6月のパリ-ルブルジェ国際航空宇宙サロン(パリ航空ショー)では FAA の認証取得の途上にある MRJ90 の受注は得られなかったが MAC から次のアナウンスがあった。

営業機種(ブランド)名をミツビシ リージョナル ジェットMRJ)からミツビシ スペースジェットに変更する。

これにより納期を2020年を予定している MRJ90(乗客数 76-92)はミツビシ スペースジェット M90 、開発中の MRJ70(同 65-88)を ミツビシ スペースジェット M100 とする。

変更の理由は「リージョナル」の語感が【狭苦しい】客室を連想させるので「スペーシャス広々としている】」としている。(実機を【…ている】と思わせたいらしい・・・当CEO の見解)

M100 は アメリカのスコープ・クローズ協定くぐりのロングテールとなりそうな機種として2023年にデリバリーを始めるとしている。

なお M100 は胴体のストレッチ・ファミリーで M90 クラス以上もカバーする計画なので M100 でもつじつまはあっているようだ。

サロンでは M100 の室内のモックアップを公開しており北米の某航空会社から 15機の MoU(法的な拘束力のない覚書)を取り交わしたと公表した。(当ブログのビジネス・リストの変更は行いません)

また会期中の 6月25日に、カナダの輸送用機器のコングロマリットであるボンバルディアBBD)傘下のボンバルディア・エアロスペース社の小型航空機「CRJ」事業を買収する交渉を開始したと公表していた親会社の三菱重工業(MHI)が 同事業の買収合意を公表しました。

購入金額 5億5千万米ドル(キャッシュ)で事業に付随する約2億米ドルの債務と約1臆8千万米ドルの債権を継承する契約になる。
ちなみにMHIMAC の累積債務を解消する増資を引受て帳簿上の2019年3月期の決算を黒字に転換させている)

通信社の記事による買収目的は買い替え需要の顧客名簿と整備・保守・修理や改修のノウハウ、および MAC 対するボンバルディエから提訴された業務妨害訴訟の取り下げも含む、とされている。

と、いうことで、普通名詞となった「リージョナル ジェット」の先鞭をつけて30年にわたって牽引してきた CRJ シリーズはたぶん受注残を除き製造ビジネスはクローズされるようだ。

かくして、MRJ いやスペースジェット M シリーズは世界最小直径の胴体を持つエアライン向けジェットライナーとなったのでありました。 焦ったんだろうなー「リージョナル」から「スペース」だなんて。

でも形容詞の「スペーシャス」ならともかく「スペースジェット」と形容名詞にして続けたら、なんだか変だ。

航空機産業の社名の中に使われる「エアロスペース(航空宇宙)」の宇宙【スペース】で空気を燃やすターボファン・「ジェット」かい? まあ、「ジェット」の第一義は【噴流】であり宇宙でも使える! と、いうのだろうけど、下々では空席【スペース】あります「ジェット」・ライナーにならないか?
乗るほうはいいが航空会社は勘弁してほしいんじゃないかなー?

さすがパンピー乗客にやさしい殿様商売の「みつびし」だね。 山田さーん、座布団全部持ってって!

(それにしても認証型式などに使う短縮記号はどうするんだろう、 MS-M100 or MSJ-M100
マニアなら、『いやあ、「マイクロ(M)ソフト(S)」じゃなくて「MSJ」の「ミツビシ・スーパー・ジェット」ですよ! ほら、あの「ゼロ」の「ミツビシ」の』、となるのかもね)

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さて MAC が引き継ぐボンバルディアの CRJ 事業のレガシーはアメリカのリア・ジェット社が商標(リアジェット)を含めたビジネスをゲイツラバー社に売却したあとのリア社が立案した リアスター 600 の基本構想を買い取ったカナデア社で開発されたチャレンジャー 600 (初飛行1978)から始まります。
この後、カナデアゲイツ・リアジェットボンバルディアに買収され、カナデアは消えますが商標の威力でボンバルディア・リアジェットとなります。

ビジネス・ジェットとしてはタラップを併用するドア採用したオーソドックスな構成と構造で、胴体後部の双発ターボファンとT字尾翼でありましたが、ライバルより一回り太い胴体を採用した室内は高い天井の中央通路とその両側に豪華な1列の座席を配置できる乗員2名/客席数最大19名のビジネス/プライベート・ジェットでありました。

余談ながら、当キネマ・エアラインズの Flight 002 で上映中の「華麗なる賭け」と併映のリメイク「トーマス・クラウン・アフェア」にチャレンジャー 604 が登場します。 皆様のご搭乗をお待ちしています。(以上、当キネマ航空のコマーシャル)

この胴体の中に中央通路と頭上に荷物入れのある片側2列の4列座席を配置する小改造と胴体を延長(当然翼面積も拡大)をして操縦2名/客室2-1名の乗員と乗客50名の CRJ100 が1991年に初飛行した。 

なお、 CRJCanadair Regional Jet の頭文字でありました。 でも、この当時カナデアはすでにボンバルディアの傘下に入っていました。
ちなみにエンブラエルERJEmbraer Regional Jet からでした。  MRJ は手堅い命名だったんだね。

そして、ERJ は認証名などには残るが、初号機から、ファミリー名と機種名を E-JetE(基準座席数ベース) に変えた。 MRJ もとい! ミツビシ スペースジェット M シリーズのライバルとなるリニューアル・モデルは E-Jet E2 E-E2 となりブランドの歴史を手堅く直感的に展開している。 MAC に座布団一枚返してもいいかな。(閑話休題)

さて、下表は2019年3月に公表された CRJ シリーズの生産状況です。

近日リリースの(3 の 2)へ続く 

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