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2011年3月30日 (水)

キネマ航空CEOの憂鬱な提言(2)

新聞や放送による報道の内容も定められた筋書きで書かれているようです。この内容がそのまま被災者の方々に送られているのかなと思うと腹立たしい記事も見受けられます。

CEOの憂鬱は続きますが

東日本大津波地震は、かつてのように外に向けての転嫁ができない日本人自身の責任によりおこなったエネルギー政策の代償としての放射能汚染で遺伝子としての時間と空間を未来にはぐくむべき国家の責任と正義が国内外に問われることとなりました。

原子力発電反対論者が「それ見たことか」と思っているとは思いませんが、過去に聞いたその反対論も断片的なものであり、まとまった記録として残されているとも思えません。

これを機会として反対論者の方々や組織がおこなった単独の発言ではなく対話として行なわれた、自治体、官庁、政府、企業に行なった活動と議事録など相手の責任者名を明確にした記録を編纂していただきたいと考えます。

さらに重要なことは記録の廃棄や抹殺が行なわれる危険が大きい公官庁と企業については原子力安全保安委員会において直ちに政府に対して刑事責任をともなう命令をだせる政令を出す答申をして頂きたい。

設置推進に用いられ一般に公開配布したパンフレット類の整理とその内容の出典、それにかかわった部門の責任者の氏名役職を特定すること。

同時に設計の仕様書を作るまでの議事録、それに基づいた建設工程の記録、運営上の危機管理のマニュアル作成と訓練の記録などでその議事内容と結論とその反対意見について個人名とともに整備すること。

ただ当CEOはこれらのことができる、どのような法体系が政府にあるのかについては全く理解していません。

当キネマ航空の「管制塔ツアー」や「アーカイブス(書庫閲覧)」の中に断片的に書きましたが、統計をもとにした社会システムは避けがたい脆弱性を抱えています。

この社会システムは人間の自律収拾性とかけ離れた工業システムで成立しています。この二つを両立させるには日本人の美徳と並ぶことのできる新しい概念を移入して育てる必要があります。

その一つに

社会にかかわるシステムの脆弱性を修正するためには「個人に対する刑事罰の陰で対策して収束」する現行の法律ではなく「個人の責任として刑事罰上の免責」することで「社会に対する対策に貢献させる」

というあまり日本人にはなじまない社会システムを作るために裁判員精度と同様に国民が責任を分担する社会にかかわって行く方向に進む時代となったように考えられます。

そのためにも個人にかかわる記録が重要な時代になって意味を持ちます。

(こう書くとお前は原発推進論者かと問われるでしょうが安全な原発は必要論者です。)

例えはあまり適切ではありませんがチャップリンの映画「殺人狂時代」で広く知られることになる「一人の殺害は犯罪者を生み、百万の殺害は英雄を生む。数が神聖化する」という箴言があります。

今回の建設計画からはじまる政策や設計それに運用法の意志決定システム上の失敗をピラミッドの上にいる、あるいはいた、責任者や参加した有識者たちにとっての津波を決して英雄にしてはならないと考えます。

放射能汚染により人が亡くなったわけでもなく屈曲した表現ですが「予想外」とか「想定外」とか「未曾有」などの形容詞の持つことばの軽さに満ちた報道の中にある発言にいらだつ心中はご理解をいただけるかと思います。

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