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2011年8月29日 (月)

キネマ航空CEO 政治家の引用について提言する。「強くなければ生きてゆけない?」

菅直人首相がやっとお辞めになる。お亡くなりになったわけでもないので多少は鞭打ってもいいかと、カン先生を市民政治家のモデルとして印象をまとめておくときがきたようだ。

国会の議事録を読めばいいのだがそこまですることはないだろう。確か小泉首相の時代、カン先生は、

「強くなくては生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない」

といった意味のフレーズをつかって質問をしていたのを国会中継で聞いた記憶がある。

このフレーズはアメリカの作家レイモンド・チャンドラーの小説「プレイバック」の中でヒーローのフィリップ・マーローの台詞として日本に入ってきた。

こうした対語は日本人の琴線にふれるようで、多くの作家が単語の訳をかえたり、助動詞の解釈を変えてエッセイや著作の中で使われて高倉健の映画に挿入され(いわゆるパクられて)、ついにはどこかのデパートのキャッチ・コピーとなって定着した。

カン先生のスピーチ・ライターは原典からではなくこうした大衆の口に膾炙したところから引用したのであろう。

さて国会の代表質問では福島瑞穂先生の口からも「やさしくなければ・・・云々」の引用を聞くことができた。お相手の総理大臣は安部晋三氏だったか鳩山由紀夫氏かそれとも別人か、もう忘れてしまったがこれを車の中で聞いたときはのけぞってしまった。

この言葉の背景は原典では、私立探偵のマーローが依頼されて監視していたヒロインとベットを伴にしたあとの(きぬぎぬの)別れで、女から

「あなたのようにしっかりした男がどうしてそんなにやさしくなれるの?」と聞かれて
「しっかりしていなかったら、生きてはいられない。やさしくなれなっかたなら、生きている資格がない」(清水俊二訳)と答えている。

ミズホ先生もさかのぼって出典には当たっておられないようだ。しかし、原典を知る身としては国会で女性の口からでてくるとどう解釈すべきか苦笑、失笑するばかりであった。

ミズホ先生も為政者にはなれない市民政治家として限界におられるようだ。そろそろ引き際のようだがお続けになるのなら、市井、巷間の耳ざわりのよい言葉ではなく、ぜひ古今東西の「為政者」の言葉を原典とする引用で名演説を聞かせてもらいたいものだ。

引用は政治家の演説の中でもっとも重要な言葉である。外国の演説では必ずといっていいほど使われるが日本人には原典を知ることで理解する素養がないため引用の出典は省かれることが多いようだ。

もっとも自国の例は別格のようで、疑問があるらしいがJ・F・ケネディ大統領の「上杉鷹山」やホンジュラスのマドゥロ大統領やオバマ大統領にかこつけた「米百表」は逸話はこのように引用されたとか、こう類推できるとか、マスコミや関係者から得意げに解説されているようだ。

しかしこれらは為政者の言葉や行動からの引用であることを忘れてはいけない。それをきちんと理解していたのは小泉純一郎氏だったようだ。

大衆娯楽の中の(往々にして使い捨ての)言葉を使いたいのは市民政治家としての本能なのかもしれない。上杉鷹山にせよ小林虎三郎にせよ、その施策の陰では泣いた人、辛酸をなめたひとがいたことは間違いなかろう。

それを忘れてならない。しかし市民政治家といえども、いやだからこそ政権をとった場合にはそれに具体的につながる言葉を口に出してはならない、つまりは無謬と無名に護られた官僚の言葉でしか語れぬ政治家のことらしい。

さて引用の傑作といえば、カン先生の女房役(官房長官 当時)の仙石由人先生のご発言、「柳腰外交」がある。しかし、「柳腰」の言葉そのものは中国の古典ではなく日本で創られたと思われる。少なくとも著名な漢詩や史記にはなさそうである。

ちなみに「柳眉(liǔméi) 」は「やなぎまゆ」と訓読みはしないし「柳眉倒竖」という中国語の成句がある。

「リュウヨウ外交」ではなく「やなぎごし外交」と重箱読みにするところことからも実態は原典となる古典文学や江戸文学からではなく暇つぶしに読んだ時代小説かどこかの料亭で聞いた小唄か都都逸あたりからの引用と合成ではなかろうか。

おまけに「女性の形容詞で相手に媚をうる軟弱、弱腰外交」と指弾されて「女性ほど強いものはない。柳はどんなに強風が吹いても、ゆらゆら揺れながらしなやかに対応している。『強腰』(訓読みでつよごし)だから良かった、という話ではない」と女性に絡めた注釈をしている。

「柳に風」と言いたかったのだろうが、ついつい強く記憶に印象づけられたほうが口をついて出てしまったことは同性としてご同情申し上げる。

当CEOも中国は上海タワーの案内嬢で九頭身から十頭身ありそうな長身の中国美人たちの風に揺れるような柳腰に見とれたことがある。センゴク先生には、もし中国古典からの引用とされるならば、ぜひ、郭震の「子夜春歌」の一読をおすすめしたい。注)

ただ「柳に風」も日本製のようで引用というより俗語、慣用句のたぐいであって、こちらを使っておれば揶揄をともなった追求をされることはなかったであろう。それを承知で「柳腰」を使って追及の論旨をゆらゆらとはぐらかしたとするとセンゴク先生はなかなかの論争の達人である。

しかし、「女性の柳腰のような柔軟な外交」では、いくら三百代言(薄謝で依頼者のために言葉の秘術を尽くす弁護士の尊称、のつもり)の三倍以上の名を名乗るセン(千)ゴク先生の口からであってもどうにもしまりがない。

ここは柳眉を逆立てた、センゴク先生シンパの議員の紅唇から、

「見てなさい!これからは柳腰外交よ!これからはアホな日本の男どもが引っかかってばかりではなく、こちらからどんどんハニー・トラップに引っ張り込んでやるわ」

というのであれば多少とも語源に近い意味があり迫力があったのだが。

一方では、政治家は将来に引用される言葉を含んだ名演説を行う責任がある。

ここはカン先生の分身のお言葉「『支持率(に)はマイナスはないんでしょ?』と申しました」を取り上げておこう。

これは日本外国特派員協会で語られたらしいが世間にも膾炙した。しかしマスコミによる外国での報道のフォローはおこなわれなかったようだ。

いかにも権力を持ったの市民政治家のビター・ハーフらしい「マクベス夫人など甘ちょろい」のお言葉である。「マイナスの支持率」とはなにか?

おそらくクーデターとか暗殺というものが突発することはない国となったことで支持率の定義をして「市民政治家が政権をとり、居座ることができる」という前例を作ろうとしていたのであろう。

この言葉が「ついに、支持率がマイナスになった」と、この国で引用されることがないように祈るのみである。現に世界にはそうした国がいくつもあるのだから。

そこでキネマ航空CEOからの提言、

新聞などの公器を自負するメディアは主だった政治家の国会や立会演説のなかに引用されたフレーズや言葉の出典とその意味に加えてその政治家の政策との関係を解釈、解説したり、新しく使われて将来引用されそうな名言となるかもしれない言葉を抽出するコラムを常設してもらいたいものである。

もちろんその演説に引用がなかったことも含めて記録することで言葉で政治のできる政治家を育てる意味もある。たとえ揚げ足取りとなってもである。

なお、国会における「やさしくなければ・・・」の個人への言及は記憶のみであり、国会議事録から削除されておれば謹んで撤回と謝罪をいたします。

注)「柳に風」

版権は切れていると思われる服部南郭の訳で

道のほとりの青柳を
あれ春風の吹きわたる
わしのこころのやるせなさ
思うあたりに知らせたや

こちらは松下実著 「漢詩七五訳に遊ぶ」「サヨナラ」ダケガ人生カ 2003 集英社 より

ミチノヤナギハナヨナヨト
カゼニウカレテイルワイナ
アナタノキモチガワカラナイ
ワタシノココロハモノグルイ

こちらは問題があるようでしたら削除いたします。

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