無料ブログはココログ

« キネマ航空CEO 回転翼機のオスプレイはどうなのよ?(その5)・・・オート・ローテーションができれば安全なの?について考える | トップページ | キネマ航空CEO 映画館に 「フライト」を見に行く »

2012年12月10日 (月)

キネマ航空CEO 第一次(?)野田政権について考える。

今年の6月18日にキネマ航空CEO 梟雄か?英雄か? 野田首相について考える。と題して書きましたが、ついに解散となり第一次野田内閣のけじめがつけられる。

評価としてはどちらの「雄」にも入らなかった。いつか第二次の組閣ができれば改めて、となる。

世評では負の評価しかされていないようだ。政権を持った政治家への負の評価はいつの時代でもあるが今日では新聞が書きたて、TVが言い立てる。

皮肉屋の当CEOの目には大きな失敗はなかったと思える。

・将来の増税への道筋を立てたことは成果である。

くしくも解散のあとに道路インフラの崩壊事故があった。これからますますその懸念が大きく道路に限らず国民が享受している社会全体のインフラの維持、管理、更新は利用者負担でおこなえるわけもなく、費用は税金から支払われる。

考えてみれば年金においても戦争遂行のために始まった賦課年金制度が敗戦にも関わらずよく持ったものである。

賦課制度から自己積立制度に移行する制度転換には消費税をつなぎにするしかあるまい。国家の盛衰は国民の英知ばかりではなく世代の構成できまる。

世代の分け方にもいろいろあろうが、社会貢献の期間として敗戦の1945年から始まる30年強の期間を一つの世代として区切りとできる。実際にはその世代の一つ前の世代に重なる成長期の教育の問題でもある。

いま年金を受給されている第二の世代はすでにごく少数となった第一の世代の庇護と努力のもとで成長してきた。いま年金を賦課されている第三の世代は第一、第二の世代により作り上げられた社会インフラのなかで生きており来るべき第四、第五の世代に引き継ぐときにきている。

思えば実年齢、性別には関係なく、銃座、銃前、銃後、において没した第零世代の方々、そのなかから残された第一世代のひとたちの願いを享受できたのは第二世代と第三世代の前期と考えられる。

人生を社会に対する成長期、貢献期、甘受期の三つに分けると、第一世代は成長と貢献の両期に多大の苦難と努力があった。第二世代は第一世代の庇護のもとで成長し貢献期においても第一世代の経済右肩上がりを踏襲するなかで第三世代を成長させてきた。

社会のなかで考えると第三、第四の世代はいろいろ文句も付けたいであろうがほとんど全ての社会インフラが調ったなかに生まれて、第一世代が甘んじた苦労もなく成長期をすぎ、第二世代が感じた達成感もなく貢献期をすごし、ついには経験することのなかった将来の不安を抱えながら、ただいま成長期にある第五世代のために人生のバランスをとることになる。

人生の甘受期において第一世代が最大限の年金を受けることに異論はあるまい。またある意味では政治的、経済的お祭り騒ぎのなかで成長した第二世代が第一世代並みの要求をするのは間違いであろう。第三、第四の世代が甘受期にその親の世代と同じ要求をすること自体が第二世代の市民運動家兼元総理の幸福(?)論のバランスからもおかしかろう。

かれは自らが過ごした時代の経済成長がこれから可能だと信じているのかもしれないが・・・、信じている世代があるのかどうか・・・。さすが、社民党、共産党はそう思っていないようだ。その左翼政党の財源の主張では機動性のある法人や資産家は容易に国外へシフトできる。結果は、ばら撒きの必要な層が残される。まさか法人や資産家にたいする個人の自由を制限する法制度にしたり、いまさら「愛国心」の有無を叫ぶとは思えないが・・・

個人の幸福の追求と社会のバランスの教育を受けてこなかった世代が『痛み』に直面する時代が来ていることを、総理自身が意識していたかどうかは別にして、よく始めたと評価していい。

・尖閣の国有化も評価できる。

尖閣問題は戦後初めて有効な中国(共産党)に対する外交カードとして認識できたといえる。このカードはチベットを始めとするマイノリティとなっている民族の自由と独立と絡めた、あくまで『外交カード』として日本国の方針として使うべきカードとして、である。これは同時に対米カードにもなる。

この問題で旧態然のパラダイムのまま発展途上国に対する内政干渉と反対する左派的心情の覚醒にもなろう。

また攻め(あるいはバスに乗り遅れるな)の国際化を標榜する企業が平行して撤退の計画を準備する学習機会でもある。先の戦争では日本陸軍は大陸で攻勢のまま引き際を失い、海軍は大洋で準備のない陽動待ちうけ大作戦で受身となった現代戦史の転機をそのまま企業が繰り返す警鐘になった。

・第三に解散時期の選択を評価する。

2012年は多くの国で最高指導者の改選期にあたった。その多くの指導者は所定の任期を保障されている。とはいえ、大体は任期の半分でレーム・ダックと化す可能性もある。周辺国は軍事とは別の外交と宣伝でどちらへも傾けさせる機会がある。

しかし議院内閣制の日本は国家外交の攻防より政権の興亡に終始できる国である。この政権体制の違いをもって、どの政党であれ同時に政権をスタートさせる意味は大きい。

日本人が以上の評価に思いを致すかどうか、致さなければ国家の衰亡は避けられないと断言してよい。

« キネマ航空CEO 回転翼機のオスプレイはどうなのよ?(その5)・・・オート・ローテーションができれば安全なの?について考える | トップページ | キネマ航空CEO 映画館に 「フライト」を見に行く »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/570012/56270206

この記事へのトラックバック一覧です: キネマ航空CEO 第一次(?)野田政権について考える。:

« キネマ航空CEO 回転翼機のオスプレイはどうなのよ?(その5)・・・オート・ローテーションができれば安全なの?について考える | トップページ | キネマ航空CEO 映画館に 「フライト」を見に行く »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31