無料ブログはココログ

« キネマ航空CEO 桃源郷の物理学について考える | トップページ | キネマ航空CEO 浮力について考える »

2013年4月30日 (火)

キネマ航空CEO 摩擦と粘着を勝手に解釈する

(承前)キネマ航空CEO 桃源郷の物理学について考える

土砂の摩擦や粘性は次のような実験で感じることができる。物理現象は理解する前に感じることが大切と思う。

・まず小麦粉を用意する。
・これをサラサラ砂時計のように落としていく。
・新聞紙の上でもいいが、後の作業を考えて底が平らな大き目のボウルの真ん中あたりに落としていく。
・しばらくすると富士山のようにはならないが円錐ができる。
・この円錐の斜面の角度(θ)のタンジェント(tanθ)の値が小麦粉の摩擦係数である。
・円錐はボールを傾けると崩れ始める。

次に少量の水を加えてよくこねて固めのパン生地(イースト菌は入れないでね!)にすると、どんな形にでも盛り上げられる。地形に例えれば90°の崖っぷちどころか、せり出したオーバーハングだって再現できる。

これに熱を加えずに自然乾燥でゆっくり乾燥させていくとその形のまま固くかたまる。完全に乾燥してしまうともろい。ハンマーで、いや平手でたたいても粉々になる。指で揉めば元の小麦粉に戻る。このあたりは熱で溶けた溶岩が固まった岩とは違う。

乾燥させて固めた(イースト菌を混ぜない)パン生地も水の中に入れれば小麦粉の状態に戻りそれを丁寧に自然乾燥させれば元の小麦粉に戻る。

小麦粉の粒子と粒子の間にある水の分子の幕も厚くなれば水と水の分子の間のサラサラした状態に戻る。先ほどのパン生地に水を加えていくとドロドロになる。

崖もできなければ張り出すこともない。(もっと水を入れるとモンジャ焼きかタコ焼きのベースになる。実験の下準備を書き忘れたけれど、だし汁と具は用意しておき、ここで加えて・・・ね)

土は食べれないけど。こうした状態を繰り返すことが可能なのは、土の粒子のまわりが水の分子レベルの厚さの薄い膜でおおわれており、土の粒子と粒子が水の分子によって強く結ばれているからである。その水分子の膜の厚さが土の粘着係数、摩擦係数を決めている。

人間から見ると水は「サラサラ」だが小さい物体から見れば「ヌルヌル」となる。土も一つの粒子として小さくなればなるほど強くくっつくことになる。

その人間は固い岩の上には住めない。自然と人間が共存している場所はパン生地の上と同じである。このパン生地は水の加減でどうにでもなることは実験で学べた。

桃源郷で人間が住むのは水を含んだ土の上である。そこは植物を育てる恵みの大地であり、自然が土中の水分をコントロールしていた場所である。

そのコントロールも気候変動に左右される。地勢の景観は長い周期の気候変動が土中の水分の量を変え、粘着係数、摩擦係数を変えながら地すべりを繰り返して、摩擦で安定した人が住み着く前の景観形状に整えてきた。

人間が山間地に住むようになり人為で景観形状を変え始めた。まず始めたのが段々畑、あるいは棚田といった自然の形状にそって平坦地を作り地すべりが起きても最小限の被害に収める知恵である。

さらに石組みの畔を延々と築き、さらに強固にした。棚田は畔を守るとともに水を溜める土質の改良を含め水ばかりか土中の水分の管理を行うシステムであった。

これをさらに拡大し高さを極めたのが堀を巡らせ、天守閣を支える石垣で囲まれた城郭である。その美しさは摩擦を使った土木建築の美であり、ローマのアーチに勝るとも劣らない。しかも水を貯え、その石組みの隙間で守るべき土中の水分をコントロールする機能までもっている。

石組みを使った大型の建設としてロックフィル・ダムという工法がある。名前のとおり外国で考案されている。ダムなので水を蓄える機能はあっても日本の石組みのような機能をむしろ有害な性質として使っていない。また地震には弱いという面もある。

それやこれやで近代日本の基礎土木工事はコンクリートしか考えなくなったようだ。かくして、かつては石垣で作られた急な法面がコンクリートで造られることになる。

ここでは水のコントロールを水抜きパイプを埋め込むことで石組みの代用としているが同じ機能を持っているとは思えない。

またコンクリート自体も石と同じ強度を持ち続けることはない。山岳地の道路脇の法面を固めたコンクリートの上に金網をかぶせてコンクリート自体の剥がれを道路面に落下させない知恵?で道路を守っている。

長期的な目で見ると地滑りを起こす引き金とされるのは直近の雨であるが土中の水分を増やし摩擦係数を下げるのは気候変動といえる。人間一代の経験する時間は気候変動の時間よりはるかに短い。

これまで安全と信じていた場所でも発生するのはこのためであり、特に人為で作り変えた土地がこの試練を受けやすい。

したがい、高い段差の上に人為を加える場合の根本的な考え方は、

該当する地点の土中の水分量と土の摩擦係数を実験してそこから計算できる角度で生活限界線を段差の縁から後退させて、そこにできた法面に必要な水分量を保持、水分量に放散する植生を法面とその縁(ふち)に作ることである。

地質工学からは、あまりに単純化しており、地層、水脈などもっと複雑なのでそれでも不十分である、と言われるかもしれない。

土木工学では、コンクリートで十分に石垣の機能は作れる。したがい指摘よりもっと広い平面を確保できる。・・・のであろうが、知人のブログでは今回の地滑り箇所はコンクリートの吹付であったようだ。

石積みにしても、同じ効果のあるコンクリート工法にしても機能する高さの限界とともに費用対効果の試練にさらされる。

行政が地滑りに対して道路とは異なる個人の資産を回復するために土木工学の英知を結集するとは思えない。

実際に起こった現象から始めたのでその当事者にとってはひどい書き方になっているかもしれないが広域行政のなかの桃源郷とそこにある物理現象を考えている。したがい。特定の方々を対象にしているのではないことをご理解ください。

物理現象の理屈では人間が直面する問題の解決はできない。そこには工学が必要であり、工学はお金が必要となる。それは行政や地方ではない、地方自治よりさらに小さい地域自治の問題でもある・・・

この辺りから、また次回キネマ航空CEO 浮力について考える にて・・・

« キネマ航空CEO 桃源郷の物理学について考える | トップページ | キネマ航空CEO 浮力について考える »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/570012/57275540

この記事へのトラックバック一覧です: キネマ航空CEO 摩擦と粘着を勝手に解釈する:

« キネマ航空CEO 桃源郷の物理学について考える | トップページ | キネマ航空CEO 浮力について考える »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30