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2013年5月 6日 (月)

キネマ航空CEO 摩擦と浮力から『地域自治』を考える

承前 キネマ航空CEO 浮力について考える
承前前 キネマ航空CEO 摩擦と粘着を勝手に解釈する
承前前前 キネマ航空CEO 桃源郷の物理学について考える

知人のブログから抜き書き引用すると、

「豊かな自然の景観は、つねに自然の脅威と隣りあわせなのだ。」・・・「日本人は大きな災害は、「祟り」と捉えられた。」・・・「いまこそ、自然への「畏れ」のルネッサンスが求められている。」

知人、「知人」を繰り返すのは「友人」、「仲間」と呼んでいただけるほどの自信が当CEOにないためです。その知人の意図は 「 ・・・ 」 の中にあります。ご訪問ください。

その「自然の驚異」「祟り」のほとんどが摩擦と浮力という物理現象でありますが、これは起きてから解説できることで、まさに「畏れ」でしか人間はその「祟り」から逃げることはできません。

「地震予知なんかデキナイヨー」という地震学者のゲラー教授が日本の最高学府の東大にいることは日本人として誇りとすべきです。なに、日本の最高学府は京大だ! ですか。いずれにしてもわからないことはわからないといってほしいものです。(閑話休題)

さて、人は古来より「祟り」は「畏れ」となり、「結界」、「端境(はざかい)」と呼ばれる、「遠ざかる」というすべを身につけていました。

東日本大地震の津波被害においても「ここより下に家を建てるべからず」という「結界」をまもった地域は被害が少なかったと報道されていた。そのマスコミも今になれば元の住まいに戻りたがる住民の声を多く取り上げて堤防で囲まれた国土強靭化計画の後押しを始めた。まあ、上陸してくる兵力にたいする第一防御線にはなるかもしれないが・・・

なぜ多くの人が結界、端境を越えた地域に住み着いたのかの調査は報道されていない。おそらく自分の決断という人は少ないであろう。おそらく建築許可を出したお役所が安全を保障してくれたから・・・であろう。

気候変動で地すべり、土石流のおこる可能性が高まる山間地の住民の『地域自治』で「結界、端境」を見つめなおしてほしい。

ここでは「地方自治」より、「地域自治」が何より重要であろう。なりより痛みを分かち合えるのだから。おそらく起きてからの「痛み」と同様に「起きる前の痛み」も。

「祟り」を起こす魔物の「摩擦」と「浮力」はその地域の中に潜んでいる。(完)

参考URL

「門島地すべり」(浜松市天竜区春野町杉)災害状況 2013年4月
アジア航測の「災害関連情報一覧」のトップ・ページ。リンク切れの場合は同ページから上記のタイトルで。

「2013 春野町の茶畑崩落」のYouTubeアップロードより
制作:記録屋 //kirokuya.hamazo.tv/ 頭にhttp:

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旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

 いつもながら、論理的な思考と静謐な感性に感心させられております。
 CEOさんのあふれる才能と好奇心が、地域の発展・潤いにますます貢献されることを期待してやみません。
 
 「畏れ」とは、自然への尊敬という感情も移入されているようです。
 大昔、唐木順三さんの随筆を教科書で読んで、「こんなこと中学生にわかるわけないだろ。」と批判的でしたが、その意味するものの深さがやっとこの歳になって伝わってきました。
 「祟り」もまったく眼中にありませんでしたが、梅原猛さんの歴史書で「目からウロコ」状態の衝撃を受けました。
 天皇も清盛たちも、敵対者抹殺の罪を寺院建設や納経などにより、「鎮魂」する謙虚さも見られましたね。
 現代はそういうことがわかりにくい時代で、背広を着た紳士が作った壁の厚さにウロウロするしかない閉塞状況ですね。
 最近注目の批評家宇野常寛の「怒り」が理解されない不幸の原因でもあります。
 そういえば、黒澤明の「これでいいのか」という叫びのトーンがどんどん薄まっていったのが気になります。むしろ、山田洋次のほうがしたたかに静かに貫徹していますね。
 飛躍はなはだしいおしゃべりにまたなってしまいました。
 ではまた機内でゆっくりお話できる日を楽しみにしております。

当CEOの分に過ぎたコメントをいただき痛み入ります。

中でも「畏れ」についてのご指摘は、「おそれ」の音でつながる「恐れ」を思わせる表現をしていたことに気付かされました。

「恐怖」と「畏怖」はまったく異なる人間の感情として分けてつかう必要があることに筆(打鍵?)が及びませんでした。

先だってNHKの番組で三省堂に二つの系統の国語辞典が生まれたいきさつを放送しておりました。

思い立って本屋に出かけ、その二つの辞書の最新版で「畏怖」の語釈を比較してみました。

こんなことがすぐにできるのも街中に住む者の特権かもしれませんが失うものもあるのでしょうね。

「三省堂国語辞典 第六版」では「うやまい、かしこまること」
「新明解国語辞典 第七版」では「常人の力を超えた力が感じられて、うっかり近づけないこと」

ご指摘は、「○怖」の「怖」の一字がないだけに「新明解」の語釈の「力を超えた力」は、さらに広いのであろうと思えます。

さて、挙げていただいた賢人のなかで梅原猛さん以外は確たる記憶はありません。少しずつ読んでみようと思います。

黒沢明と山田洋次の両監督についてはおおむね同意ですが、少しの異論はあります

・・・が、山田監督の「寅さん」シリーズにも飛行機が出てきた記憶があるので、その機会があれば機内上映で、といたします。

末尾になりますが重ねて、コメントをいただき「恐縮」しております。熟語では「畏縮」もあります。当CEOの心の中ではこちらが正しいような・・・(閑話休題)

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