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2013年6月 3日 (月)

キネマ航空CEO 橋本徹弁護士をほっといて、フォークソングと「日本人」について考える

承前 キネマ航空CEO 橋本徹(市長?弁護士?推理小説作家?)とフォークソングについて考えるついでに「日本人」と「日本語」も考える

「承前」の改訂や新しい知見により事前事後の通知なく書き直すこともあります。

花はどこへ行った
死んだ男の残したものは

いずれも、ほぼ同じ時期に、とはいえ、日本ではやや遅れて1960年代の、十代、二十代の世代でフォークソングとして歌われた時代を映して、いずれも「反戦歌」としてのくくりで今もどこかで歌われているのだろう。

では、「反戦歌って、なんだろう?

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その前に構成を(承前から)抜き出して見る。

まず「花はどこへ行った」のそれは、詩的で、かつ論理的であり、戦争はなくならないという前提があって成立している。だって彼らは何にも学ばないんだから・・・永遠の繰り返しである。その繰り返しの論理性には二面性がある。

では「死んだ男の残したものは」ではどうか、前回で示したように第三連以降では、言葉の連鎖ではなく思考の連想でつながり、前者の論理性とは対照的な極めて非論理、言い換えれば俳句的である。

そして、「死んだ男の・・・」の第五、六連に残された「あなたと私」と「輝く今日とまた来るあした」で俳句的に示された「輝く今日」の「あの時代」から営々進んできた日本は「また来る明日」が「輝く」幻想であった日本人の「(それを言っちゃあ、お仕舞いよ、と元には戻れない)非論理の言葉の集まり」のままで断崖絶壁の上で立ち尽くすことになった。

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反戦歌って、なに?に戻ると、似た言葉に「厭戦歌もある

やはり定義が必要となる。で、当CEO は勝手に考える。

詩であれば一読者もしくは朗読会の数十人から数百人が対象である。

いっぽう、その「詩」に旋律が付き「歌」となると対象は数千、数万、メディアを通して数百、数千万、Web 上では数億以上の心にメッセージを秘めた「詩」のひいては作者の、歌い手の、思いが拡がる。

・・・はずである。ところがどっこい、その「詩」のメッセージを受け止める心や文化が違うのは当然。で、それに時間の経過が加わる。かくして言葉の多面性があらわになり、多勢か無勢か、の世界の中で言葉の継続性を試される。

で、当CEOは、両者の相違に次の仕分けを使って定義として使うことにする。

「反戦歌」は戦争という言葉に反対するうた。
「厭戦歌」は特定の戦争に反応するうた。

(ここで似て否であるが当キネマ航空 003便 では「戦争映画」と「戦場映画」と「反戦映画」はどう違うのか?があります・・・KINEMA AIRLINES のコマーシャル)

具体的には、
花はどこに行った」は「反戦歌」の骨格は持っているがベトナム戦争の「厭戦歌」としてアメリカで歌われはじめた。ある意味ではそれだけの力を持ったために歌い捨てられる歌でもあった。その一方で時代を経て聞き流せば「鎮魂歌」でもある。だって彼らは永久に学ばないことさえ学ばないんだもん。いや、すでにしっかりと学んじゃっているのかな?

いっぽうの、
死んだ男の残したものは」では骨格自体は「厭戦歌」である。

前半の三連は「湖畔の宿」の替え歌として歌われる、

「昨日、陥(おと)したトーチカで
タコの八っちゃん、名誉の戦死
タコの遺骨はいつ帰る
骨がないから帰れない
タコの嬶(かあ)ちゃん、悲しかろ」
(当CEO が聞いたフレーズだが、Webでは出だしの異なる歌詞が大勢を占めている。さすがに「愛馬進軍歌」の二番からそのまんまの借用ではまずかったのか)

・・・と、さして変わらない。谷川氏や支持者には芸術と卑俗の区別もつかぬ、と叱られるだろうけど。まあ、戦争に対する生理的な反発を芸術的に人格の中に形成させる歌が反戦歌と定義されれば、気の弱い当ノンポリCEOは、そうかな・・・と思っちゃうのですけどね。

その芸術を「厭戦歌」と定義する根拠となる「特定の戦争」は第四連での「血に」汚れた生々しさではなく、1965年3月に開始されたB-52 による北爆と重ねた「核」で「ゆがんだ地球」として過去形でうけ止めた戦争であろう。少なくとも歌ったり聞いたりしていた側にいた当ノンポリCEOはそう受け取った。

ゆがんだ地球」はヴェトナムでの枯葉剤の散布作戦を指すともいわれている。この作戦は1961年には米軍から公表されていた。

したがい、谷川氏が委嘱されて作詩した時点の1965年にはKGBの支援を受けた「べ平連」の活動の中でその深刻な薬害を知って作ったことを否定はできない。ただ、詩としては「ゆがんだ」で「汚れた」を喩(たと)えないと思われる。

その前に、「地球」を、たとえば「地球より重い」らしい命をもつ「人間」の暗喩としているのであれば、また別だが・・・「勝手に解釈してくれ」で終われる、詩人のこころの中まではわからない。

当時の作詞者の年齢は34歳、戦争が終わり20年が経過していたが戦争の記憶は深い。いっぽう、歌ったのは戦後に「もの心」がついた世代でした。

論理の体裁が崩れた後半の二連は、第四連に重ねて当時の国民の心情を巧みに取り込んでいる。このとき「兵士」が存在したという現実を「残ない」という可能性を示す未然形の過去形で「地球」に重ねられて否定してしまった。

その兵士はアメリカ人を指すのであろうが日本人ともとれる。この点では「花はどこへ・・・」でも同じであるが、表現された内容は明らかに違う。

その結果、日本独特の「反戦歌」となってはいるが、現在では憲法96条、同9条の変更の先に必ずあると思っている「仮想戦争」への「厭戦歌」となっているのかもしれない。「反戦歌」には「厭戦歌」ほどの力はないのである。

言葉に曲をつけて歌われ、聞く人数の拡大と時間の長さの中で生じる、言葉の曖昧さ、危うさ、いかがわしさ、については作曲者の武満徹氏が最も理解していたように思える。谷川氏に作曲を依頼された武満氏は友人からとはいえ困惑したのではないだろうか。

「谷川に作曲を依頼された武満は1日で曲を完成させた。武満はそれを「メッセージソングのように気張って歌わず、『愛染かつら』のような気持ちで歌って欲しい」という手紙を添えて渡したというエピソードが残っている。(中略)その後、作曲者の武満自身*1984年に無伴奏の合唱曲に編曲した。(Wikipedia より抜粋して引用。太字は引用した当CEOが付与)」
*は、(原文の から 当CEOが置き換えた。 この歌も多くの歌い手によりカバーされ、合唱会でアマチュアも歌ったが、編曲された楽器による演奏、伴奏を伴っていた)

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繰り返すが文化の異なる社会のフォーク・ソングにも見られる「論理」の一貫性による弁証法と「俳句」の思考法に伴われた弁証法、さらに言えば「メビウスの輪」と「絶壁からの飛躍」でおこなう二つの弁証法の接点を現実にどうかみ合わせるか、が谷川俊太郎氏が言葉で紡いだ「(戦後政治のメタファーのつもりでもなさそうだが)死んだ歴史」の中にいる「生きてる、ではなく、)の、あなたと私」への課題と言えそうである。

日本人同士なら、絶壁の上に立つと事件は解決し、俳句で明日も見えてくるのだが・・・

橋本徹市長は弁護士らしくもなく、いや、国会に数多(あまた:現在40人)いる弁護士先生と同じ、連想でつながった「俳句の飛躍」の論理で行う弁証法で、その右や左の先生たちが避けている「メビウスの輪の世界」へ単身で切り込んじゃった。

少なくとも安倍政権は世界と向かい合える論理で回る日本の「メビウスの輪」を完成させて、相手の「メビウスの輪」に、ある時(ある国)には同期し、ある時(ある国)にはぶつかりながら二面性の輪を回していく努力が必要となる。

言葉による論理を簡単に展開する手段を手に入れた市民もその輪と俳句を両立させる必要を迫られるときがきた。

鉾と楯の両面を見せる「メビウスの輪」は、言葉の論理でつづる、短ければ短いほど、単純であればあるほど、いい俳句なのでありますね。

ツイッターの短文遊びは日本の文化のグローバリゼーションだ、などと、何でも我が国論法の真似をしている場合ではないんだ。

ツイッターは国単位で言葉の数を集めて国際的に比較する政治的道具なのだ。これで民度、民意が測られ、戦争が始まることだってあるのだ。これからは・・・と、なんと大げさな。

ということで、あとがきに続くのだー。

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