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2013年10月10日 (木)

キネマ航空CEO 「風立ちぬ」、零戦の「美しさ」と「怖(おそろし)さ」について考える (その 1)

オスプレイのはなしも「つづけねば。」、と思うのだが・・・今回は「風立ちぬ」の宮崎駿監督が示す神格化された「ゼロ」に対する「苛立(いらだ)ち」について考える・・・たぶん、見当違いと一蹴されるとは思うけど。

まず、零式艦上戦闘機の「美しさ」から・・・

お詫び
当オフィスへおいでになる方のほとんどは機種名だけで具体的に細部を思い描かれる方とお見受けします。
したがい、図面や写真の掲載は行っていません。
要すれば、機種名を検索しウィキペディア(できれば英文サイト-写真や三面図を見るだけですから)を参照いただければ幸いです。

飛行機の美醜は主に側面からの印象のようです。くわえて、やや前方から見た正面を含めた、いわゆる写真映りが決め手となる。

(ただ、飛行機の本質は平面図にあるのだがそれはまたの機会にして、・・・)

すなわち単発単座戦闘機の美醜を決める要素は発動機の形式と操縦士の着座状態から導かれる胴体形状のデザインといえる。これを決めるのが設計主務者すなわちチーフ・エンジニアの感性となる。

零戦」の発動機(エンジン)は空冷星形であり基本は円である。また胴体の形状は操縦士の座高と肩幅が基準となる。

零戦はこの二つの基準となる形状を先端のプロペラのスピナーから円形のカウリング(エンジン覆い)を通り、尾部の尾部航空灯までを一直線で貫いている見えない機軸線が明らかに存在すること、を意識できることが「美しさ」の基本となっている。

この機軸線はプロペラの回転面に直角すなわちエンジンの中心(クランク軸)にある推力線に一致している。

余談ながら正面から見るとすわりの悪い液冷V型の場合はシリンダー・ブロックがクランク軸の上(倒立V型の配置では下)にあり、通常、推力線となるプロペラの軸線は減速歯車でエンジン全体の中ほどに持ってきており、機首の形状の処理にもよるが零戦のような明快さはない。(閑話休題)

零戦の胴体はこの軸に一致した、しかも後端は鉛筆の芯のように鋭く尖った円錐体である。

ただ、少なくとも頭一つは胴体側面の基本形状からはみ出して視界を確保させなければならないため円錐体にもキャノピーと呼ばれる突起部が必要となる。キャノピーには独立した水滴型風防と胴体と一体になったファーストバック型がある。

この円錐体の重心付近から始まる格子窓で構成された水滴型風防と、バランスとしてはやや大きめな対称形を基本とした富士山型の垂直尾翼の裾野が胴体後端の尖った後部航空灯に円弧を描いて収束している。

零戦の風防は着艦時の前方視界を確保するため(座席を上方にスライドさせる余裕で)高くなっておりその形態を収束させるため他機種と比べると高く、長く、なっている。

円錐体の胴体とはいえ、操縦席あたりからは操縦士(パイロット)の平均的な体格(肩幅/座高)を収める長方形が胴体後部の形状を決める・・・。

下表は第二次大戦の代表的な単発単座戦闘機の後部胴体(風防後方部分の)断面形状を横幅(肩幅に相当)を縦幅(座高に相当)で割った比を示している。なお * 印はいわゆるファーストバックの機体を採用している。

機名 就役
胴体
後部断面
縦横比
機名 就役
胴体
後部断面
縦横比
三菱 零式艦戦 1939 0.83 グラマンF4F 「ワイルド・キャット」* 1940 0.77
三菱局戦 「雷電」* 1944 0.75 グラマンF6F 「ヘル・キャット」* 1943 0.65
川西局戦 「紫電改」 1945 0.82 カーチスP-40 「ウォーフォーク」* 1941 0.63
中島一式 「隼」 1940 0.65 ノースアメリカンP-51B「マスタング」* 1943 0.58
中島二式 「鍾馗」 1942 0.56 ノースアメリカンP-51D「マスタング」 1944 0.65
川崎三式 「飛燕」* 1943 0.63 スーパーマリン スピットフィアMk.I* 1938 0.57
川崎五式 1945 0.72 メッサーシュミット Bf109E* 1939 0.57
中島四式 「疾風」 1944 0.73 フォッケウル フFw190A 1942 0.57

この時代の戦闘機の胴体断面が真四角ということはないので上下面に丸みがある。

表の縦横比が 1 に近いほど円に近くなり、小さくなるほど胴体は縦長の楕円もしくは長方形の四隅に丸みのある形状に近づく。

厳密には構造設計から判断されなければならないが、上記の縦横比が小さいほうが強度(剛性)のバランスが取れた機体になれる可能性が高い。

なぜなら、飛行機は急降下からの引き起こしや上昇・下降の突風に巻き込まれることを想定すると上下方向の剛性は横(左右)方向に比べて強くなければならない。

機体としての剛性を考えると長方形に近い形状が好ましい。円はあらゆる方向に同じ剛性を持たせることになりがちである。

その前提で縦横比を見ると欧米機は「ワイルド・キャット」を除き 0.6 前後に設定されている。日本機では中島「」、「鍾馗」、川崎「飛燕」は欧米並みだが空冷化した「五式戦」になると 0.7 以上になっている。

また中島飛行機の集大成といえる「疾風」も 0.7 を越えており前作の「」、「鍾馗」に似てはいるがそれらの延長で設計されてはいない。

零戦をはじめとする日本の海軍機の胴体は、より円に近い楕円形で構成されており同時代で比較すると特異な形状といえる。

さて、胴体は空力的に翼と同じ働きをする。

当キネマ航空009便のフライト3で上映中の「グレート・エアレース」のなかで胴体を垂直尾翼にするにしても、やりすぎると危険、という例を示しています。結構人気のある機体なんですけれどね。(閑話休題)

とくに、ヨー(左右方向の首ふり)に対する風見鶏もしくは矢羽根の効果は胴体を扁平にすることで効果があり垂直尾翼の高さを低くすることが可能になる。

たとえばP-51Bのファーストバックから水滴キャノピーに改設計したP-51Dでは縦横比が 0.07 ポイント大きくなってドーサルフィン(垂直尾翼から胴体上を低く前に伸ばした三角形状のひれ)を追加している。

飛燕から同様の改造を施して 0.09 ポイント増やした五式戦では垂直尾翼の前縁を前に伸ばして面積を増やして対応している。

さて、表に掲載した機種では、機体後端を垂直尾翼の翼型に収束させて垂直尾翼の全高を方向舵に使っている例が多い。例外は三菱の「零戦」、「雷電」とグラマンの「F4F」、「F6F」のみである。

胴体後端を比較すると「零戦」は鉛筆の芯の先のように尖っており、方向舵の可動部は胴体の上で終わっている。グラマンの胴体は楔形に収束して垂直尾翼の一部を構成しているが方向舵としては使っていない。この点では零戦と同じである。

「やはり海軍機はそうだろ」、と思われるかもしれないが、艦上機に必須の着艦フックの収納位置が異なっている。「零戦」では尾輪の前、一方のグラマン(に限らず米艦上機)は尾輪の後ろ(胴体後端)となっている。

着艦時の運用上の合理性は着艦ワイヤー(アレスティング・ワイヤー)を踏み越えなくてもよいグラマンにあるようだ。

日本の海軍機も中島「彩雲」、「天山」、愛知「流星」などは着艦フックの位置は変えずに胴体後端を含めた垂直尾翼の全高をつかった方向舵を採用している。もちろん中島飛行機が「零戦」を改造した「二式水戦」も同様である。(閑話休題)

一般に「美しさ」は他とは異なることで認識される。

「零戦」の「美しさ」は縦横比 0.83 の胴体のゆたかな丸みにある、といえる。

そして、

先頭のプロペラ・スピナーから鉛筆の芯のように鋭く尖った後端で終わる推進軸に一致した機軸を中心軸とした円錐体に近い胴体にある。

(愛知「九九艦爆」、中島「九七艦攻」などは似てはいるが推力線とは外れた軸を持つ円錐体である。)

これに加えて「零戦」の場合は、格子天井、格子窓といえるキャノピーと、これもまた背の高い垂直尾翼が曲線と直線を組み合わせた日本的な美しさを取り込んでいる。

三面図を解析すれば黄金比(1:1.618・・・)が隠されているのかもしれない。

推力線を軸にした後端の尖った円錐体のテーマは、三菱「96艦戦」から「烈風」に続く堀越二郎氏が追及した美の姿である。

堀越氏の限界は、その円錐体をベースにキャノピーや垂直尾翼をパートとして組み合わせる「美」を追求したこと、ともいえる。しかし「烈風」では破たんしているとしか言いようがない。

時代はそれらのパートを胴体に融合させて機能を統合することで軽量化や性能を追求し、エンジンの性能でそれらを割り切る時代・・・、酷(むご)くいえば異様な美で戦争を勝ち抜く時代にあっても、氏はそこに立ち入らなかったともいえる。

いい変えれば、他とは異なることで得られる美の追求で失った、戦闘機としての機能、性能があったことは明らかである。もちろん堀越氏のみの責任ではないことも明らかである。

ただ、堀越二郎氏への讃歌とすれば、同時代のイタリアの単発単座戦闘機のほとんどが氏と同じく円錐体にこだわった胴体を追求していた。

参考 カプロニ・レジャーネ Re.200 Re.2001 Re.2002 Re.2005
    フィアット G50 G55
    マッキ MC.200 MC.202 MC.205

ご存じと思いますが、イタリアと日本はドイツと組んだ日独伊三国同盟で国際関係の打開を図ろうとしました。そのイタリアと堀越氏ひいては三菱重工業は、ドイツの合理主義に貫かれた戦闘機ではなく自国の戦闘機に美を求めていた。

零戦を含めこれらの機種が「性能は良かったか」、「戦争に役立ったか」、とは別の「飛行機の美の本質」の追求であったことは間違いはない。

宮崎駿監督が「風立ちぬ」で、夢の中であれジャンニ・カプロニ伯爵(イタリア)と堀越二郎(日本人)の心の交流を描いたことはよく理解できる。

ただし第二次大戦時にはカプロニは自分の名をつけた航空会社の経営陣の一人ではあったが実際の設計は手がけていなかったと思われる。

他の映画に登場するカプロニ氏のオマージュ(パロディ?)としては当キネマ航空 009 便のフライト 3 で上映中の「素晴らしき飛行機野郎」のイタリア代表ポンティチェリィ伯爵ではなかろうか?ちょっと歳を食いすぎているが・・・

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さて、本来なら「飛行機の本質を現している平面形」の美の比較にも言及すべきだが今回はここまでとします。

たとえば、零戦で行った主翼端の処理方法の影響、中島飛行機の小山技師長の後退角のない直線の前縁などなど・・・いっぱいあるのだが。

次回は宮崎駿氏の苛立ちについて考える。

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コメント

こんばんわー 
中々興味深いお話に 引き込まれて仕舞いました

飛行機が永遠に平和利用に製作される事を願うばかりです

中島飛行機の荻窪工場の近くの高校生時代に通って居ましたが 大きな工場の その門の前を通る度に 何の工場かなと子供ながらに思いました  懐かしく思い出させていただきました  今日は詳細に触れる事が出来て とても勉強に成りました

話は変わりますが 子供の頃は未だプラモデルなどは無く  材木の切れ端を見つけては 小刀一つで 零戦や雷電や紫電改などを削り出して全てが手作りする時代を生きて来ました    何機作ったのでしょうか?数え切れません・・・・

ブラボーさん

よくおいで下さいました。

男の子というものは戦争を否定していても、武器とか兵器などのメカニズムに興味を持ってしまう生き物のようです。

困ったものです。

ただ宮崎駿氏が言いたい、神格化された過去の兵器がテーマとなっている映像や活字の世界ではただただ空虚なヒロイズム(精神性)のみが残り、将来に対して危険だ、との指摘はその通りだと思います。

当キネマ航空のフライトでは戦史ものは上映しないといいながらも、いくつかの戦争映画を上映しています。

ご搭乗をお待ちしています。

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