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2013年12月23日 (月)

キネマ航空CEOの 「春野の休日 2013秋」 の後に、中山間地の土木行政について考える

春野町にある信濃畑(しなんばた)オープンガーデンで行われる定例のコンサートに参加した。2012年の春以来、今回で四度目の訪問となる。

その雰囲気は裏方を務められる武兵衛さん、セニョールさんのブログに詳しい。お二方ともお歳を重ねたあと都会から移り住まれた方達であり、セニョールさんは西にひと山越えた龍山町からの参加である。

どちらも過疎の町といえどもお二人のように定住しようという元気な人たちが大勢いる。会場には「昔乙女」(武兵衛さん言)の方々や子供を連れた若い夫婦もかいがいしくコンサートのスタッフとして参加している。

さて、コンサートはマエストロ・セニョールの指導による、「翼をください」の合唱で締めくくられた。いいお歳の方たちが歌っていたが当CEOは歌えない。

あとで調べたところ1971年のリリースで教科書に採用されて、もっともポピュラーなフォーク・ソングかニュー・ミュージックらしい。当CEOはその頃、何をしていたのやら・・・

さて、春野町には、全国ニュースとなった地滑りの痕が残っている。武兵衛さんのブログに「地滑り現場の工事が着手」という情報があったので足を伸ばして見学(物ともいえる)を行った。

そこでの見聞を武兵衛さんに送ったところ、自分で書きなさいと当事務所にリンクを張ってくれた。

当CEOは、武兵衛さんのブログに触発されていくつかの地滑りに関する記事を書いている。そこで今回も武兵衛さんのお力も借りることにする。

20131109aまず現状の斜面である。

時系列の経緯では、武兵衛さんのブログを訪問すると言葉を伴った「最良の記録」を閲覧できる。

できごと・事件」のカテゴリーで  2013年4月23、24、30日、5月5日の発生当時の記録と比べるとさらに拡大し荒涼としている。

武兵衛さんは、これに続けて

風景」のカテゴリーで6月7日、7月29日、9月18日、10月12日、11月7日、13日・・・と定点観測を続けている。大きな崩壊はさらに二度あった。

当CEOの写真は11月9日の撮影。

現状になったのは9月の台風によるようだ。中央付近に残っていた一群の樹木が滑落している。

20131109b次の写真は斜面左上に見える青い点である。切り立った崖の上に薄く見えるオレンジ色の大型重機2台から伸びる各々1本のワイヤーで吊り下げられている遠隔操縦の無人パワーショベルである。

無人とはいえ運転台が水平になっている。どこかにある、これと同じ操縦席でオペレーターがモニター画面を見ながら操作しているのだろう。オペレーターの水平感覚に合わせるためと思われる。

無線操縦なのか、有線なのか、そのオペレータは日本のどこにいるのか、など興味は尽きないが、重力や目視による人間の感覚がこの最前線の機械の姿勢にも現れているのだろう。

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全景画像の右側中央付近に山津波に巻き込まれて枝葉を失い、まみれた泥が乾き、白くなった杉の幹の残骸がのこる。

発生時の生々しさは失われ、万人が感じる「恐ろしさ」から個人が感じる「怖ろしさ」に変わる。

現代社会ではこうした記憶の個人化は、武兵衛さんの言葉を借りると、社会や地域としての記憶の風化になり始める光景かもしれない。

この下には狭い川を隔てて人家と畑がある。原因とされた川は崖下を迂回する水路に改修され、崖は傾斜を緩めて、崖の上と下で長い長い時間を掛けて築いた生活の一部を自然に返すことになる。

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お気づきだろうか、全景画像の中央付近に一本の木がしっかりと立っている。

神様がいるのがどうか、災害現場には不思議と何がしかの希望を残してくれる。

東北を襲った大津波に残った陸前高田の一本の松のように。

ただ、この松は、政府がようやく認め始めた、「今生きている住民には半永久的に帰還できない土地がある」、ことを黙示するように静かに生を終えた。

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幸いなことに、この広葉樹は新しい芽を吹きだし始めている。

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「この一本の木(が存在する意味)をどのように生き残らせるのか」が、現地の土木事務所の土木行政として問われることになる。

組織の持つ科学や工学の力で自然の復元力に資するのか、その組織の力で自然を組み敷くことにするのか、である。

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毎年の春秋にコンサートが開かれる信濃畑のオープンガーデンから、先人の手によって行われた崩壊した斜面に自然を復元させてゆく過程を望むことができる。

そしてその復元にはどれほどの時間がかかるのかを実感することができる場所でもある。春野町の時間は悠然とながれて人々の生活がある。

願わくば数十年あるいは百年後に、当CEOは見ることはなかろうが、どちらの斜面も見事な広葉樹の森になっていると信じたい。

当CEOは幸田文の最晩年の随筆集「崩れ」、「木」に大きな感銘を受けたことを付け加えておきます。当CEOのように何かと表層を理屈付けすることなく、自然の崩壊や樹木の再生の現場まで出向き、感じた直観を言葉に変えて残されている。

「72歳、52キロ」の身体と脳から紡ぎだされたこれらの随筆は、良心をもつ(と断らなければならないのが情けないが)科学者、技術者の姿にも通ずる。

幸田文さんには及ばずとも、だれにもその機会はある。

武兵衛さんや森林散策会のメンバーは、2013年12月15日(日)に、この周辺の森林を散策する会を設定されるようだ。お二人のブログを訪問して詳細確認のうえ参加くだされば当CEOとして本稿を書いた甲斐があったといえます。

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コメント

いつも  表現力・表現の方法・豊かさに感嘆させられて居ります
 
いくら素晴らしい事を考え付いたとしても それらを口頭でするか又は文章にしてする

か又は絵に描いてするか歌ってするか等々で表現して相手に伝える方法は色々あり

ますと 

簡単に言いますが これが又 中々大変に事で 是が苦手と言う人も大勢居る事も

事実です

弁が立つと言われる人が 其れを良い事にして相手の心情も無視して 会話を畳み

込む様にして 自分の考えを正当化して相手に押し通す人が多く居ますが

こんな場に遭遇すると後味の悪い思いをしなくては成りません 

口頭で表現する事が苦手な人は 社会人としても認められにくく 貧乏くじを引く事が

良くあります

ましてや国会の場だとか 国際会議の場でも 言葉の壁に限らずコミニケーションが

取れて居ないなーと思う事がしばしばです

戦後は終わって居ないなーと思う時周りを見回すと  今でも国同士で戦後処理の事

で擦れ違って居るのが現状です

喧嘩から始まって国際紛争まで全ての原因はお互いの擦れ違いだと思って居ます

擦れ違いが無ければ 今日見たお昼のサスペンスも放映されなかっただろうにと思う

のです  サスペンスに限らずホームドラマ等も擦れ違いから物語は始まります

ラブロマンスもそう言うの有りませんでしたでしょうか?


そんな訳で 表現力の豊かな人には ついつい憧れて仕舞うのです

セニョール様、当オフィスへのご来訪ありがとうございます。

当CEOは書くこともかなり苦手ですが、話すことはさらに苦手です。コミュニケーションの手段として言葉が適切に使えているのかどうか・・・

この記事自体、このような危険を身近にして暮らしておられる春野のみなさん、Webで読まれる全国の同じような立場の方々から見れば当CEOの論旨など一笑に付されるのかもしれません。

セニョールさんのコミュニケーションのお話、興味深く共感をもって読ませていただきました。

突き詰めると人間が言葉を持ったことが悲劇の始まりかもしれません。

言葉がなければ闘争の理由はせいぜい二つか三つですが、言葉があるといくつもの論理が可能になり、いくつもの正義がある。

確かにサスペンスもホームドラマもラブロマンスも一つの正義に収斂するところが面白いのでしょうか・・・

当CEOも時間があるとサスペンスの再放送を性懲りもなく見ています。

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