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2014年1月20日 (月)

キネマ航空CEO オスプレイの再開の前に固定翼機を振り返る。

オスプレイは固定翼機と回転翼機の良いとこ取りをした航空機と呼ばれる。

オスプレイの続きを再開する前に、固定翼機と回転翼機の基本となる技術の進歩を振り返っておこう。

歴史的には、内燃機関で動力飛行に成功したといわれる固定翼機と回転翼機はほぼ同じ時期に現れた。

前者は、1903年12月17日のアメリカのライト兄弟によるライト・フライヤー Ⅰ(1)(2)の飛行、後者は、ほぼ4年後にフランスのポール・コルニュによる1907年11月13日の飛行と言われる。

ただし、これらの実績には異論もある。例えば、ライト・フライヤー I 号を忠実に再現したレプリカ・モデルは飛べなかった。したがい・・・。

とか、コルニュのヘリコプターに使われたエンジン出力を使ってモーメンタム理論で計算して得られる推力では地面効果があっても、とても浮揚などできない。したがって・・・。

などと、様々な議論がなされているがここでは踏み込まない。どちらも機体を安定させ制御(すなわち操縦)するには不完全な形状と構造で後年の改善が必要であった。

生物と同じように工学製品にも後続する設計者が踏襲する実績を伴う最適の形状がある。

まず、固定翼機でいえば1907年に英仏海峡を横断したフランスのブレリオ XI でその域に到達したといえる。

完全に覆われていれば機体の安定に寄与するはずの胴体の後ろ半分は木枠とワイヤーの張線で構成された骨組みが露出したままではあったが、単葉の主翼と胴体後端にある水平・垂直の尾翼で構成されていた。

機名はスポンサー兼パイロットのブレリオでしたが設計者はモラーヌ兄弟ソルニエで、独立後の1912年のモラーヌ・ソルニエ G 型では一層洗練された形態となっており、ライト・フライヤーは完全に過去の形態となっている 。

操縦ではピッチとヨーはそれぞれ全浮動式の水平尾翼と垂直尾翼で行っていたが、補助翼はなく、ロールはライト・フライヤーと同じ主翼のねじれを踏襲していた。(原型では水平尾翼に左右連動と差動の機能を持たせて、今でいうエレボンでロールをさせる案だったようだ)

そして、現代に続く蝶番(ヒンジ)を使った補助翼(エルロン)の発明(権)は1904年にフランスのロベール・エノー=ペルトリが作ったグライダーであると言われる。

語源は1800年代半ばからあるフランス語の「小翼」でありペルトリのエルロンの発明にも異論は多い。

1910年代に入って戦場で飛行機の機動が要求され、それに伴う剛性のある翼や機体が求められ、主翼のねじれではロールの制御がむつかしい複葉機の翼から広く使われ始めた。

現代の固定翼機の基本構成は、モラーヌソルニエの形態にペルトリの補助翼を採用して完成しているといえる。

我々が科学と呼ぶものの多くは鉛筆と紙だけでは成立しない工学であり、何らかの革新(航空機の場合は内燃機関)があると自らの夢を実現させるべくさまざまな応用方法を考えて多くの人が同時代的に形を造り、また変えていくことになります。

工学における発明者はその過程でたまたま名を残している、ともいえます。以上の概観では現在につづく飛行機の発明国はフランスとなりますが面白くない人も国もあるようですね。中には、ほんとの発明者は日本人だ ! とノミネートする人もいる。

いずれにせよ、発明からほぼ10年の間に固定翼機の形態と機能が定まりました

こうしてライト兄弟には発明者の名は残りましたがその工学的な回答(製品)は過去のものとなってしまいました。(ちなみに現在では工学的発明に発明者の名が残ることはまずありません・・・閑話休題)

余談ながら固定翼機の飛行が「冒険から実用に」変わるのは戦争を経た1927年のリンドバークによる特注単座機ライアン NYP による大西洋の無着陸横断飛行でした。

とはいえ、当CEOに言わせれば、工学的には、それより14日遅れた、今では実行者の名前など語られることもないベランカ WB-2 、さらに25日遅れたフォッカー C2 で大西洋の横断による長距離、長時間の飛行の現実性を既製の機体(前者は単発、後者は三発エンジン)を改造した多座席の航空機で実証したことにあります。

その飛行にかかる数十時間を回り続けたエンジンを作る背景こそが航空機の進歩を支える時代となりました。

回転翼で直接機体の重量を支えるために必要な動力は、固定翼機の翼に必要な揚力を得る場合の動力の数倍から十数倍に達します。

このため回転翼機の開発はエンジンの性能と耐久性があるレベルに達するまで停滞することになりました。しかし、ヘリコプターの基本技術の一つは直接に動力で浮揚しないジャイロプレーンで発明されます。

長くなりますが次回は回転翼機について振り返ります。

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