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2014年12月 2日 (火)

キネマ航空CEO 読書眼鏡を使う - 『潮鳴り』を読んで時代小説について考える

前々回の独断偏見書評で、葉室凛氏の『蜩ノ記』に浮かんだ疑問は、続編らしい『潮鳴り』(2013・10)を読んでから、と書いたてまえの書評(になってないかも)を追加します。
ただ、本書は江戸中期以降の設定と思われるが「豊後羽根藩」を舞台にしただけで年代差も、はたして続編なのかも、分からない。

さて、あらすじは出版社の宣伝のままで、
「……生きることが、それがしの覚悟でござる。
俊英と謳うたわれた豊後・羽根藩の伊吹櫂蔵は、狷介さゆえに役目をしくじりお役御免、今や〝襤褸蔵〟と呼ばれる無頼暮らし。

ある日、家督を譲ゆずった弟が切腹。遺書から借銀を巡る藩の裏切りが原因と知る。前日、何事かを伝えにきた弟を無下に追い返していた櫂蔵は、死の際きわまで己を苛さいなむ。
直後、なぜか藩から弟と同じ新田開発奉行並として出仕を促された櫂蔵は、弟の無念を晴らすべく城に上がる決意を固める……。」

「何度破れても、挑戦し、生き抜くことはできる。そんな思いを伝えたかった」-葉室麟

それを彩るのは、薄幸ながら健気な、険しくも凛とした、あるいは権威の使い方を心得た、多彩な女性たちの支えで主人公が活躍する普通に読める『娯楽小説』でした。

それはそれでいいのだが、・・・作者は時代小説をどう設定しているのかを、先の筋の紹介文の範囲をなるべく崩さないで印象をまとめておきます。

まず廃嫡となっていた主人公が新田開発奉行並びとして出仕することになる。封建制度のもとでの家督相続(正確には被相続人死亡後の跡式相続か ? )には主君が行うお目見得の儀式が必要なはずであるけれど作中では言及されていない。葉室氏も知っていて省略したのかはそれこそ知れぬが、現代の非正規社員の再雇用のような部長決済で復職したように読める。

その伝で、前掲のあらすじを現代風に言い換えると、弟は会社ぐるみのかごぬけ詐欺の片棒を担がさせられて自殺に追い込まれたようだ。

その会社は巨大コングロマリットの系列会社で主犯は社長と経理部長(だけなの ? )と同系別会社に関係する某物産の社長が仕組んだ共同謀議 ・・・ を?

主人公を助けるのは、先ほどの女性たちと経済に詳しい市井のわけありコンサルタント、それにコングロマリット直系支社の支配人と詐欺に巻き込まれたその支社系列の銀行頭取、といったところ。(ほかにもいるけどね。若干のネタバレ御免)

ただ時代劇なので捜査二課は出てこない。

つまりは同時代小説で例えると『半沢直樹』のような経済小説ベースのミステリーが骨子なのですね。まあ、同時代小説では基本的な社会構造は説明不要なのです。(『半沢直樹』は背景にリアリティを持たせた時代小説なのかも

とはいっても『潮鳴り』は時代小説にもかかわらず、同時小説では必ず登場する取締役、すなわち城代家老も、並び家老も、家老に直属する目付役も、作中では何もせず大団円でも何の処分もされていないようであります。(初めに主君の職務放棄を黙認した理由は家老全員が共同正犯なのか ??  じゃ、事件幕引きの藩政は誰がとっていたのか ??? まさかの主君が ! ???? うーむ、時代劇による現代風刺か !)

作者はこの羽根藩のクロニクル(年代記)に育てるようであるが、この藩はいずれ潰れる(潰される ? )しかないと思うのは、当CEOだけなのかな(シッポを出さない家老が『蜩の記』の悪家老で、ここでもうまく立ち回り、次回につながるのかも・・・と期待するしかないナとも・・・その時のヒール役は隣りの支社の支配人が務めることになるだろうナ・・・生き抜いた主人公はどっちに就くんだろう)

背景となる封建制度を維持するための大名、武家社会のしきたりや枠組みを無視(もしくは説明を省略)した、これを『時代小説』と呼んでいいものかどうか・・・

いや、読者は歴史論文の実例や調書(しらべがき)を読みたいのではない。薄幸の女性に涙し、女性たちの生き方と共に主人公の再生する姿に感動するつもりで読んでいるのだから、これでイイのだ!・・・と、思えばその通りで、

本作の評価はしごく明快 ! 水戸黄門や暴れん坊将軍、大岡越前などのTVムービーで育てられた読者に共通するイメージでバックグラウンドの説明を代行してもらって仕組みの異なる社会を説明する煩雑さを回避し、映像では描けないペダンティズムの味付けを楽しめる作品でありますね。山場では映像(化)の編集を意識したカットバック技法も使われています。

(だいぶ読書眼鏡の効果が出てきた !

余談を飛ばしたい方は、こちら 。

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余談ながら当CEOは小説を選ぶ時の予想と読了後の感想は次のような座標に分類します。ご参考になれば。

まず右に『教養小説』、左に『娯楽小説』、右の右に『幻想(ファンタジー)小説』、左の左に『伝奇小説』を置きます。それぞれの定義にはややこしいところもあるがあなたが何となく決めればよい。

前の二つが普通の小説。そこからはみ出して興味が湧くのが後の二つ。つまりは作者(ひいては読者)の作品に対する想像力とリアリティの置き方で判断します。(虚構にも評価できるリアリティはある。小説は作者と読者の相性ですね)

以上の四つの基準点を横一直線の座標に並べてもよし、前の二つを横軸、後ろの二つを縦軸(どちらを上に置くかはあなた次第)にした直交座標にしてもよし・・・この座標のどこかにあなたが評価する大きさの丸印を打てばよい。

せっかく読んだのだから気に入れば二重丸で ! ・・・年齢ととも座標の位置や丸印の大きさが変わっても、まったくかまわない。(それが再読する意味と価値なのだから)

なお、横一直線の座標が必要な理由は、読者の共通の認識となれる『教養小説』や『娯楽小説』にも『幻想(ファンタジー)小説』と『伝奇小説』の要素があり、後者の二つはどこか背後でつながっている輪をつくっています。しかもメビウスの輪のように・・・それが小説(作家と読者の人間の思考)の面白さですね。

それと直交座標は一見科学的だけど視野は狭くなるように思えます・・・まあ、当CEOには直交座標のメビウスの輪なんて立体幾何学を考えるには歳をとりすぎてますからね。

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当CEOは、『教養小説』では山本周五郎氏の諸作(当時はこれが王道だった)、伝奇小説』としては、山田風太郎氏の特に後期の明治もの、を同時代か、少し遅れて読んだ世代に属しており、時代小説を読むことにおいては幸せな時代を過ごしてきた世代と思えます。

あ!池波正太郎氏も忘れてはいけない。映像の分野で若い読者を誤解させた責任も大きいが、氏は当然それを知っており、あえて話を進めたことは随筆に書かれていたと記憶している。
たとえば江戸市中には町ごとに木戸があり木戸番がいて夜中に覆面をした徒党が集団で大通りを駆け抜ける映像はまず考えられない。いっぽう屋根の上には番所はなかったが、通りを横切るにはコアラのように地面を走ることになる。その前に漆喰で固めた瓦屋根でも音はするし・・・それを言い出すとお話にならないこと(時代劇には背景となる制度や組織を無視したことでリアリティを出す多くの嘘があること)を読者も承知していた。(記憶によりますからこの通りの表現ではない !

そういえば、葉室氏と池波氏のもっとも大きな差は、悪党(悪女)の魅力ではなかろうか。

葉室氏は、そこを女性への憧憬(しょうけい)めいた筆致とペダントリィで置き換えようとされているようにおもえる。これが時代が求める小説の差とも、遅れてきた作家の試行錯誤とも、いえるようだ。

なお、同じ九州在住の作家として、近年、時代史小説を上梓し始めた帚木蓬生氏の久留米藩を舞台とする『水神』を忘れてはならない、と思う当CEOであります。

余談に 、戻る

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キネマ航空の増便や事務所の副業「オスプレイ」の拡充も準備中です・・・

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