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2014年12月13日 (土)

キネマ航空CEO 菅原文太氏を追悼。団塊の世代への遺言を聞く

菅原文太氏が11月28日にお亡くなりになった。生年は1933年8月。同月10日に亡くなられた高倉健氏は1931年2月でしたからほぼ2年半の差を18日縮めて人生を終わられた。

世間に知られた氏の作品では高倉氏より少し遅れて『仁義なき戦い』シリーズ(1973-1976)、『トラック野郎』シリーズ(1975-1979)があげられます。

映画からの印象は独断でありますが、前者は暴力団の実録ものとはいえ、対立する双方の組織には主流派と反主流派があり、ある意味では企業や政界内部の派閥抗争に置き換えて見られ、後者は庶民の陽気で猥雑な世界を描き、当時の社会の写し絵のように覚えています。

1980年代に入ると映画は斜陽産業となり、活躍する舞台となったプログラム・ピクチャーも衰退して、氏はいわゆる映画スターのトリを務められたお一人です。

この後、二人の東映男性スターは多くの作品に関わりますが大きな差が生まれてきます。

映画といっても産業活動ですから需要と供給といってしまえばそれまでですが、生まれ年は近いとはいえ、高倉氏は監督や脚本、スタッフ、キャストにおいても常にベテランに囲まれてスターの地歩を固めますが、菅原氏は新進監督の作品で新人キャストを支える脇に徹しておられたようです。

当CEOが感じるだけかもしれませんが、・・・

高倉氏の場合は戦争で生き残った者が感じる翳を、サバイバース・ギルト(Survivor's guilt: 生き残った者の罪悪感)としての儀式にも見える様式美を演じ続けていたように思えます。(重要な注記 サバイバーズ・ギルトは戦争だけにあるものではなく災害、事故、自殺においても生じます。言及には心しておきましょう)

菅原氏が演じた役は、新しい戦争(企業間の市場争奪戦)の中にいる兵士(会社員)の心理を衝いていました。いっぽうではその心情のバランスをとるかのような後者のシリーズにもかわかっていました。

こうして、高倉氏は『古い昭和』を曳きながら、菅原氏は『新しい昭和』を通した経験を社会に返す実践を始めたばかりでお亡くなりになった。

作品とは関係なく性格もしくは心の持ちようからすれば、

高倉氏は人生を通して得た人と人との関わりを、スクリーンの前にいた人々との関わりを、大切にして、多くの作品に恵まれ、生涯現役を貫かれたと思えます。

いっぽうの菅原氏は構成員あるいは会社員としての宿命である昇進、降格、栄転、左遷の中で否応なく生じる『断捨離』を感じ取っていたようにも思えます。

断捨離とは宗教的な意味はすこし違うかもしれませんが、英語では Cut away となるように思えます。 "away "は逃げ去ることではありません、離れることです。

氏は現役時の濃密な人間関係や組織からは離れて個として( Cut away )の人生の半ばで倒れられたように思えます。

当CEOは文太氏の作品は両手に満たないほどしか見ていません。それでも強く印象に残る作品はあります。

太陽を盗んだ男』(1979)で「文さん」は、原子力発電所から核燃料を盗んだ沢田研二(ジュリー)氏が体制に要求する脅迫を阻止せんと奮闘する不死身の警部を演じています。ストーリィは荒唐無稽ですが核燃料を傍に置く沢田研二の肉体の変化はリアルそのものです)

そしてこの年末の一日を「健さん」の追悼で推した『新幹線大爆破』(1975)とのDVD豪華二本立てで追悼したいと考えています。皆様にもお薦めします。

お気づきになりましたか?

お二人のスター人生はどちらもアウトローを演じることから始まりました。その転機となったそれぞれの作品で・・・

高倉氏は体制に楯突く側の犯罪者を演じています。が、実社会では公的な栄誉(文化功労者、文化勲章)を得られています。

菅原氏は体制側の人物を演じます。が、実社会では権力に物申す立場に立たれました。

「落花は枝に還らず」と申しますが、小さな種を蒔いて去りました。一つは、先進諸国に比べて格段に生産量の少ない無農薬有機農業を広めること。もう一粒の種は、日本が再び戦争をしないという願いが立ち枯れ、荒野に戻ってしまわないよう、共に声を上げることでした。すでに祖霊の一人となった今も、生者とともにあって、これらを願い続けているだろうと思います。・・・菅原氏の奥様のコメントより抜粋。

当CEO個人としては、

図らずも同じときに彼岸に渡られたお二人の生き方は、団塊の世代より10年ないし20年早い先達としての今後の生き方への遺言のように思えます。

高倉氏のような終生変わらぬ生き方を理想とする多くの日本人の世代を超えた範であることは誰も否定はできません。

いっぽうで、団塊の世代には、菅原氏のごとく『物申す』人生を範とするべき時代が近づいている入り口で氏を失うことは無念の一語に尽きます。

スクリーンのお二人に少なからず惹きつけられた当CEOも含まれる団塊の世代は、10年乃至20年残る人生でどちらかを選ぶとすれば、優劣の比較などではなく、どちらを我が身の範とするのでしょうか。

与野党の議員を含めた安倍晋三氏(1954 - )の世代は「健さん」は見ていても「文さん」は観ていないのではないかな(閑話休題)。

余談

先回書評に上げた葉室凛氏の『潮鳴り』の中で「ひとたび落ちた花をもう一度咲かせたい」と似たようなフレーズが使われていた。原典があればご存じの方はご教示ください。

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