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2015年4月 8日 (水)

『心情リベラルの文明論を考える』(文明って何んだ!辞書の巻)

空っぽの当CEOに、「何んなんだ!」と問われれば辞書で調べてお茶をにごすことになる。

まずは新明解国語辞典(第四版)から丸写し(していいのかな?異議がでればひっこめると)して、ほかにも”芋辞書”(新明解国語辞典の第一版より) がたくさんあるらしいので・・・読み比べてみてくださいね。

ぶんめい【文明】 農耕・牧畜によって生産したものをおもな食糧とし、種種の専門職に従事する人びとが集って形成する都市を中心に整然と組織された社会の状態。〔通常、狭義の文化〔=精神文化を伴う。狭義では、そのような社会が さらに発展し、特に技術の水準が著しく向上した状態を指す。そうした技術の・体系(所産)という意味で用いられ、精神文化(の所産)と対比される。また、技術面・物質面のみが発達したことを強調するために「技術文明・物質文明」と表現することがある〕⇔未開・・・以下用例省略

ついでに、

ぶんか【文化】 その人間集団の構成員に共通した価値観を反映した、物心両面にわたる活動の様式(の総体)。また、それによって 創(ツク)り出されたもの。〔ただし、生物の本能に基づくものは除外する。狭義では生産活動と必ずしも直結しない形で 真善美を追究したり 獲得した知識の精神活動、すなわち 学問・芸術・宗教・教育・出版などの領域について言う。この場合は、政治・政治・経済・軍事・技術の領域と対比され、そのことを強調するために「精神文化」と言うことがある。また 最も広い用法では、芋を洗って食べたり 温泉に入ることを覚えたサルの群れなど、高等動物の集団が特定の特定の生活様式を身につけるに至った場合も含める〕・・・以下用例省略

肝心の、

せんそう【戦争】 ①国家間の争い・(紛争)を解決するための実力行使(に入ること)。(用例省略)②業者間・(社会生活上)の激しい競争。・・・以下用例省略。
ほかに「戦争のような忙しさ」なんて忙しさを強調する使い方などが抜けているような・・・

比較する英語辞書はウェブ上の Collins English Dictionary | Always Free Online で・・・【civilization】【culture】【war】を小窓に入れて英英語か米英語を選びます。もちろん似ていますが微妙に違います。

新解さんの【文明】は、まず食糧から入るところはさすがです・・・じゃ、漁業はどうなんだ、と突っこみを入れたくなるところもまたいい。

英語版、米語版ともに6項目の箇条書きで、日本語の「整然と組織された」と形容する部分は英語では「複合した文化、政治、法の体系で」となっている。また米語では「記述言語の使用」が入る。

日本語では【教養】に分ける項目を含めて【文化】では英語版で12項、米語版では8項目、細目を入れると12箇条ある。日本語で「構成員に共通した」は英語では「継承された」と、時間や世代にわたって成立することを打ち出している。ただ新解さんのすごいところは言外に広義では軍事、当然それに含まれる技術も【文化】のなかに入っている。

戦争】の定義は日本語では2項目だが、英語では動詞用法を除いても7項目、米語でも5項目ある。

基本定義は国家間の武力による衝突だが米語では「内戦」も含めている。また何らかの「抗争」や「コンテスト」にも使われる(例:対犯罪戦争、機知の戦争)。「具体的な敵意」に対する戦い(例:疫病に対する戦争)にも使う。

ほかに日本語の【文明】【文化】の項目のなかでは明確には使われていないけれど、英語では、「特定の(particular)」・・・につづく「時(period)」、「場所(region, nation)」、「人(people)」という言葉がどれかの項目の中で使われている。

また日本語辞書では【戦争】という言葉は特別に重く扱われて( ? )いるのか狭い範囲に限定しているようだ。

日本語では(省略した用例のなかで多少は補っているが)文明】【文化戦争】という言葉の定義は少なくとも英語世界の辞書の上澄みをすくっただけのようで新解さんでも靴の裏から足裏を掻くもどかしさは否めない。

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使った辞書が悪い ! せめて「広辞苑」と「Oxford Dictionary of English」で比べろよ・・・といわれるかもしれないが、生憎く持ち合わせがなく(ふつうはお金の場合に使います)、置く場所もなく、家人の電子辞書にあった『広辞苑』で調べた限りでは「新解さん」よりつまらない記述だった。

全般に日本の辞書は、「こうあってほしい」という理想とか、「これだけだ」という限界を当たり障りなく示しているようで、英語辞書のもつ社会(読者)に対するダイナミックさには欠けているように感じる。

つまりは、それが日本人の精神構造なのかもしれない。他の辞書で比較や検証をされたみなさんの感じ方はいかがでしたでしょうか ?

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