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2015年5月24日 (日)

『心情リベラルの戦争論を考える』 とりあえずの最終回の始まり、の巻

インターミッションのある映画は内容の吟味はともかくとしてとりあえずの充実感を伴います・・・が、本ブログではそうはならないようだ、といまさら自省してもねー。

はじめは『心情リベラルの戦争論』として始まり『心情リベラルの文明論』に転調しちゃいました。ここで『戦争論』に引き戻そうと思います。

つまるところ戦争は『文明』の一部なのですね。これはリベラルがもっとも避けたい議論で『文明』は戦争を否定すると言いたいようです。確かに別の一面ではそうです。リベラルもコンサバティブもどちらかの一面を強調することで存在理由を主張し合っている。

とはいえ個々人の『知・情・理』の集団すなわち『文明』には抗争が根底にある、といえます。その『文明』の『知・情・理』の発達の度合、活用の巧拙が問われ、優劣の現れるもっとも極端な例が戦争であります。

16世紀西欧のカソリック国ポルトガルとスペインの海洋進出により南米の『文明』は滅びましたが、アジアでは中国は『文明』としては滅亡することはなく、日本では鉄砲などの『』の産物を模倣できる『文化』を育てていた。

もちろんこれらは「地政学」に理由を求めることも可能であろうが「生き残る」ための条件が『文明』にあることは間違いないと当CEOは考えるのであります。

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まずは『文明』を作り出す「人間」は、その個が、もしくは、その属する「集団」が生き残るために『知・情・理』を駆使する言語能力を持った動物と定義できます。

知・情・理』それぞれが相互に作用する。『』は文明の根幹となり有形の「道具」と無形の「論理」をつくりだす。絵画・彫刻などは有形の「道具」の範疇、小説・詩などは「論理」のそれにある。

その『』を発展させるのは『』である。また『』とその産物を拡散させるのも『』であります。そして本編に書いた通り『』には悪も毒もある。毒あるいは悪の『』に対する制限が『』となる。

その『』の基準になる『真・善・美』は残念なことに「論理」として共用される『』と同様に『』の影響下にある。その『真・善・美』の基本は宗教の教義に基づく『』で定義される。

その結果、『』の名のもとに『』が再構成されてすべての『』が正当化される。それが戦争の原理であるといえる。

「それは西洋の論理であり、日本人は違う」、という主張には当CEOもある程度の納得はできる。

たとえば日本人の『』は極めて少なく、多くの場合喜・怒・哀・楽」で済ましてしまう。その他多くの『』は「情緒」のなかに閉じ込められた。
日本人は「」を掛けるのは好きだが「」を掛けられるのは嫌うようだ。ただ、「(なさけ)」と読むと(とくに男女間では)嫌いではないようだけど。(閑話休題)

では日本人の『』は、と問われるとはっきりしない。その『』を人間の生活の上で具体化もしくは細分化した「法」については自由に解釈できる「不文法」のように思われる。
たとえば日本人の琴線を揺すってやまない「赤穂浪士」の処分においてはどう考えても「慣習法」とも言えない。

あえて日本の『』といえば、「仁・義・礼・智・信・勇・忠・孝・悌・和」の十徳、「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の八徳、「仁・義・礼・智・信」の五徳などの『』が相当する。

短縮することに長けた日本人として、四、三と飛ばして二徳にすると「仁・義」となり危ない解釈もできる。
(大東亜戦争にしても「仁義双六丁半かけて・・・」ではじまったと考えられる側面は否定できない)

しかし、ただ一つ「」と説かれるとまさに日本人の持つべき心となる。(ヘイト・スピーチは「義」からくるのか「勇」からくるのか「考」からくるのか、単なる「情」なのか)

さて、西洋の『』に相当する日本の概念は『』である。明治維新は江戸の「不文法」や「慣習法」を『』で運用するこでは西洋の『文明』に対抗できないと考え、成文法の体系をつくり『』によって十色に解釈できる『』を運用することにして、西洋とは別の『文明』を志した。

コンサバティブのいう、(かつての)美しい日本」はこの時代(もしくは状態)を指すのであろう。

(続く)

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