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2018年12月29日 (土)

キネマ航空CEO 「歴史と哲学と人口を考える」 の巻 (朦朧編)

 (妄想編)では「哲学や歴史は未来を予言するか、できるか」を考えるために、外れた予言としてマルクスの「資本論」を槍玉に挙げた・・・とは言いながら明治5年の戸籍を中心に前後の調査結果から身分別と職業別の人口を確認したところで終わった。 
  出典 「近世日本の人口構造」 関山直太朗 1958 吉川弘文館

 明治2年から3年にかけて行われた身分別の人口を含む藩籍調査は旧藩の組織を通して行われた。 その2年後の明治5年に新政府が行った戸籍法による人口調査と比較してもある程度の正確度で実施されていたようだ。

 明治政府は旧藩の組織を極めて従順に、もしくはシステム的に、活用できていたと考えられる。(薩長土肥の行政督励官が派遣されていただろうけど)

 明治維新は革命(レボリューション)というより、乗っ取り(テイクオーバー)と名称変更(リネーム)をしたともいえる。 そしてそのあとに仏教をスクラップ、そして、神道をビルドするイノベーションを行ない新しい起業文化(スターティング・ビジネス・アイデンティティ)を加えたと言えそうだ。

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 さて明治維新は200万人の支配層に3,000万人の被支配層の平民が従うことで成立したといえる。 もちろん支配層の人数には家族が含まれるが実質的な指導層であることには変わりはない。

 のちに平民とされた身分でも積極的にかかわった人々もいる。 しかし、先ほどの実質的な数に大差はない前提が成立すると考える。

 その支配層の中でも大政奉還後の錦の御旗に対して味方(Ally)、敵(Foe)、内実は複雑であろうが中立(Neutral)の大略三つの立場の選択を強いられる。

 旧勢力(Foe)の掃討には具体的な戦闘行動を伴う。 その軍隊に対応する立場の選択には藩の思想(空気ないし雰囲気)や経済に加えて地政学的な要因で藩主と側近となる家老などの決断が下されて、あるいは放置されて、のちの平民となる農民、町人の運命は決まったと思われる。

 藩の行動の制約は一応は武士の数で決まる。 ちなみに下表は同じ出典の明治3年の各藩の身分別人口比率を算出し各々の最低と最高の比率を比較したものである。

明治3年藩政録の身分比較(%)
身分   最低    最高        
武士(華士族、卒) 3.92 26.54
百姓(農民) 52.42 89.55
町人(商・工) 2.55 23.40
神官 僧侶 0.75 2.47
エタ・非人 0.05 3.02

 数値を縦に足しても100%にはならない。 各藩の数値の最高と最低を拾ってを並べただけである。  さて、・・・

 ① 武士階級が3.92%の藩はどこだろう-薩長土肥に抵抗しで多くの戦死者を出した藩なのだろうか。
 ② 逆に農民が54.42%の藩はどこだろう・・・町人や武士が多い藩となるが江戸や大阪の幕府直轄地は入っていない統計だからなー。
 ③ 農民が89.55%の藩となると①の裏返しなのか、それともかなりの貧乏藩でユートピアには違いないのだろうが明治維新は渡りに船とも言えそうだ。 あるいは数値をテキトーに作成して、せめてもの抵抗をしたのか・・・(歴史はこんなデータの解読から始まるんだろうな)

 想像できるのは幕府の止(とど)めを刺したのは武士階級の比率より絶対数が多い藩であることは間違いないであろう。

 特に薩摩藩の例では多くは(外城)農地に展開している郷士と呼ばれる層の存在と思われる。

 長州藩では薩摩藩ほどの層の厚さはなかったが下士官クラスを兼ねて農民組織を兵として統率指揮できるクラスの下級武士がいたと思われる。 加えて農村医だった村田蔵六(大村益次郎)という軍事の逸材を抱えていた。

(当CEO の余談)
 では幕府はというと、お膝元に御家人と呼ばれる下級武士はいたが職制は旗本(騎兵)の配下(歩兵)にすぎない。 時代劇で描かれるお江戸は八百八町の治安を預かる八丁堀の与力(旗本)と配下の同心(御家人)で知られる組織形態でありました。 奉行所の出役には与力は騎乗だが同心は徒歩(かち)早駆けであります。

 人数上は1722年(享保7)の資料では5,205人の旗本1人に(17,399人の)御家人が2-3人の割合であって、御家人株の売買は公然化されており、組織上でも討幕軍に対抗するための兵となる旗本知行地の農民や市中の町人の組織化や指揮統率ができるような社会構造ではなかったと考えられる。 むしろ、天領や関東以北の豪農の中から佐幕派の浪士が生まれている。 上野戦争における彰義隊の兵力は4,000名とあり町人、博徒、侠客が加わったようだが正確な人数や役割は歴史から消えている。(余談終り)

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 上で述べた疑問は佐幕派討伐軍の東征北伐ルートにあった藩ごとの記録の中の人口の動向と藩の記録や農民・町民(未来の平民)が残した記録をたどって五稜郭までの庶民史を描く研究があってもよさそうだがマスメディアに取り上げられることはなさそうだ。

 当CEO の幕末や明治初頭史の知識は、史実かどうかの疑問を含めて歴史書に名を遺した人物が活躍する映画やTV などを窓口としており、幕末明治庶民史とは程遠い。 どなたかが解き明かしてくださることを願っている。 

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 世の中を大括りに表す言葉に、「平時、乱世、大乱世」、がある。 時【じ】と世【せい】の違いは続いた期間と思われる。 もちろん「時」は短く「世」は長い。

 徳川幕府の終わり方を見ると、渡辺京二氏の描くパックス・トクガワーナを平時【へいじ】ではなく平世【へいせい】と読者に錯覚させたい気持ちも分からなくはないな、とも思えては来る。

 「資本論」の予言性は年を越えて「朦朧編 Part 2」につづくのこころだ!

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いや「朦老編かな」?

へ続く

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