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2019年5月の2件の記事

2019年5月28日 (火)

キネマ航空CEO 理想や思想は危険である。「自動車は国家なり」について考えるの巻

御訪問者各位、
2019.6.4 公開校正に伴う誤字脱字の訂正、校閲による補足と追記、を終了しました。 すでにご訪問された方もご再読いただければ幸いです。 キネマ航空CEO 拝

まず、承前である キネマ航空CEO 理想や思想は危険である。「自動車メーカーの最終検査の不正」について考えるの巻  を必ず読んでくださいね! from キネマ航空CEO

メーカーが監督官庁に対して行った製品品質の認証に伴う検査部門の不正行為の原因が潜む生産(組付)工程の思想と理想の概略、検査を行う組織、よって立つ基盤となるISO規格について概観した。

これらが人間の集団あるいは社会が秩序を保つ規範となる。 その秩序の維持のため、この中で罰則を伴うのは認証によって品質を保つ制度に対する不正行為である。

罰則と言っても人命などにかかわる事故については明らかな原因が立証されない限り、行政指導で本来得られるべき利益機会を制限される程度であろう。

次に品質(正確には生産)工程の監視と改善を行う管理指針がISO9000台の規格となる。 ただしこの規格で品質についての刑罰を科せるとは思えない。

しかし、この規格の認証を取得したからには、法律ではないけれど、トップダウン(つまり明確な責任者)により実行される企業のステーク・ホルダー(顧客、従業員、株主、債権者、仕入先、得意先、地域社会、行政機関)に対する職務であることには、相違はない。

つまりは社内の職務規定で処理される事項であるから詰め腹を切らせれば、あるいは自分で腹の皮一枚を縦に切るのか横に切るのか、斜めに切っても縫い合わせれば終わる事項でもある。

この二つの狭間にあるのが生産工程である。 そして組付(生産)工程にいる作業者は個々の人間である。 品質を作り込む各工程には作業標準といった規定はあるがそれに罰則があるわけではない。 あるのは就業規則に、であります。

そして品質を支える労働に必要とされるのは対応能力(スキル)と協調能力(モラル)といった人的能力となる。

(もちろんこれらの人的能力に閉鎖性や付和雷同性といった否定的な側面はある。 ただこれらの能力から少し外れたところにいる人間が革新(イノベーション)を行うことができる可能性を持つのだがそれはまた別の話。)

強調するまでもなく、これらは農民のあるいは職人の培ってきた日本人の(と外国人に言われると喜び、日本人特有のと言い直す)特性でもあり、労働の根源的な満足感あるいは達成感といった人間に必要な自己肯定感を生み出す根源となるようだ。

徒弟制度や家族経営はこの二つの人間性の育成と選抜、場合によっては不適合者の排除でもあったのだが、工業化が進んだ近代産業となるとそうした少数精鋭の選抜制度ではなく大量の労働者を必要とし、また生み出しもした。

その一方では参考文献(1)(先回掲載)で喝破しているが大量の労働力の運用では古来より築かれた軍隊という疑似社会の中の兵士から、ともいえる。 極端に言えば戦争も労働の一局面であると言えないこともない。 兵士は死ねばすべて終わるのだが平和な時代の労働はそうはいかない。  

少なくとも労働の無形対価自己肯定感にかかっている。 経営者(マネージメント)が社外施作の指標として顧客満足度CS)を品質の指標にするなら社内施作の指標となる労働満足度LSLaber Satisfaction 造語)も同等に準備するバランス感覚が問われる。 

(造語のLSについて)
類似の概念に外国からの移入された職務満足度JSJob Satisfaction)とか従業員満足度(ES:Emproyee Satisfaction)がある。

しかし、こちらはいまの日本人には給料や諸手当とか福利厚生といった有形対価を指すように思える。 

そもそも、日本人に労働満足度の概念自体が普遍しているのか、歴史として、していたのか、が、どんな名かはさておき名のある日本人が書籍やTVで、名はなくてもWEB上に再展開する「ニッポン、スゴイデスネー」の優越暗示の中で集団自己暗示に変わり、あやふやになっている。

トヨタ・システムでは組付ラインからのボトムアップとして無報酬全員参加のQCサークルでお祭り的なLSの向上を目指して始まったのだろうが携わる車種の製造期間より作業者の人生のほうが長い。 そこからの矛盾や齟齬が派生することは容易に想像がつく。

おまけに帰属意識によるスキルとモラルの維持が期待される正規従業員より非正規社員のほうが多いラインもある。さらに外部雇用者による社内委託生産さえある。

この程度はフロントランナーもしくはリーダーであるトヨタなら気づくことであり必要な対策は年々施(ほどこし)しているはずだが内部文書ではない既出の参考文献(2)からはそこまでは読み取れない。 一方ではフォロワーであるスズキが先行者の気付きと努力をキャッチ・アップしているのか、は定かでない。

むしろ、当CEOの独断的解釈のJSもしくはESと言った面ではトヨタは最高峰にいる。 これを産業界に普遍すると同業他社の従業員からは「同一労働、同一賃金」の建て前とその矛盾はどこに行った、とトヨタに対してというより平等を理想とする「べき」社会の一員としての漠然とした怨嗟になる。

トヨタがこれまで公表してきた春闘の妥結内容を2019年春の交渉結果から公開を控えると発表したのはむべなるかなであります。

さて、自動車産業の労働満足度LS)という視点からスウェーデンのボルボ【VOLVO】でボルボ・システムという生産方式が提案され実行された。 ボルボは北欧の雪や凍結に加えて巨大なヘラジカとの衝突などの事故に対する種々の安全対策を搭載した車を世界に先駆けて生産に移し、現在では各社が採用する技術特許を無償公開した企業である。

フォード・システムフォーディズム)の延長線上にいるトヨタ・システムトヨティズム)は一本のラインを分割した各ステーションの通過時間、すなわち、そのステーション上を作業者が往復する秒単位の時間(サイクルタイム)の中で行う同期化された単一反復労働作業であります。

秒単位:正確には1分を100に数える十進化時間。1分15秒は1.25分。工業用ストップ・ウォッチで計測される。各ステーションのサイクルタイムの合計がラインで1台を完成させるサイクルタイムとして同期化できる。) フランス革命の時代に時間の単位に十進法が制定されて時計まで作られたがたがすぐに廃れた。 ちなみに廃れたといってもスポーツで使われる60秒未満の単位は十進法秒(デシマル・セコンド)であります。 100mを9.58秒の記録はいつだれが更新するか、とか。 革命と合理性と慣習・・・面白いテーマではあります(閑話休題)

ボルボ・システムボルズム)では車体を傾けることができる独立した自走式台車(AGV:Automatically Guided Vehicle)に載せて移動させる。
英語読み表記はヴォルヴィズムなのだが、ボルビィズムもだめらしい。フォーディズムは良いがトヨティズムはトヨタイズムらしい?そこまで気を使わなくてもねー。(閑話休題)

組立は組立済部品群(アッセンブリー)を置いたドックと呼ばれる複数のスペースを回遊して行う非同期化を意図している。 
組立済部品 アッセンブリーAGVチームの作業を容易にする状態に組み上げた、複数の部品で構成する大型部品。例えばボディから外したドア・アッセンブリーなど)

状況によれば個々のAGVは手間取る先行台車を追い越すこともできるようだ。

まあ、追い越しは無理だけどトヨティズムでも本流となるメイン・ラインに同期して流入する支流となるドックに相当するサブ・ラインが設定されている。 

コンベア方式との大きな違いはAGVでもドックでも作業者はチーム制でドック周りにはバッファー空間や作業スペースの人間工学的配置など工場の建て方自体を作業者の自主性もしくは自立性を高める方式に変えている。

とはいえ、商品の安全神話の浸透と共に生産する機種と台数が増えると初期のボルビズムはある限界で破たんしたようだ。

しかし、ここであきらめるような北欧バイキング・・魂(はノルウェーか)。 もとい!スウェーデンのボルビズムではない。 労学使で一層深化させてAGVを定位置に決めて周囲に配置したドックから部品を供給してAGVチームが完成まで一貫して担当する。

作業者の意識を反映したシステムということかレフレクティブ・プロダクション・システムRPSReflective Production System)と命名されている。

されてはいるが日本語には反映されていない。つまり適切と思われる訳語はない。 
極端に言えば重量物の精密移動を補助する機械化で作業者一人の労働(スキル)が車一台を完成させることもできるシステム。 もちろんチーム労働作業(モラル)のほうが早く完成車にできる。

適当にキャッチコピーを造れば、「ミグレーション回遊労働からアイランズ群島労働へ、コンベア同期労働からの完全脱却!」となるのだが、簡単に言えばグローバルな市場経済要因に巻き込まれたボルボ自体の経営危機によりこのシステムは失速する。

ただ、作業者には好評だった。 もちろん、システムは見た目の構成や組織だけでは成り立たない。 このリベラルな人間主体の工業システムとして詳しく知りたい方には参考文献を末尾に掲げておきます。  

ここからはその参考文献よりボルボの生産工場と生産方式の推移変遷を抽出し、大きな世界経済状況を差し込んでみる。

 1926 SKFの休眠会社であったボルボの社名で設立。ボルボは「回る」という意味
     (SKFは当時から高純度のスウェーデン鋼を使ったベアリング・メーカー)
 1927 ビジンゲン工場で乗用車の生産開始。30年代にはフォード・システムを導入した
 1939-45(西部戦線)第二次世界大戦
       では厳密な中立要件を満たしていないようだが武装中立的立場を維持

 1964 トシュランダ工場(本社工場)操業開始。フォード・システムを継承
 1971 ニクソン・ショック。①ニクソンの訪中宣言、②米ドル紙幣と金の兌換廃止
 1973 第一次オイルショック
 1974 カルマル工場操業開始。AGVを採用したボルボ・システムに適合させて新設
 1979 第二次オイルショック始まる
 1980年代-増産と多車種化でAGVのコンピュータ制御の導入など、理想は後退する
 1987 ブラック・マンデー株価大暴落(以降世界的に金融危機が多発)
  -  ノルウェー金融危機(以下北欧関係のみ記載)
 1989 ウッデヴァラ工場操業開始。AGVを静止させたまま完成車にするRPSの導入
 1991 カルマル工場ウッデヴァラ工場を閉鎖。
   -   スウェーデン金融危機 (1)(2)。フィンランド金融危機
   -   トシュランダ工場トヨタ・システムを導入。ボルボ・システムの終焉
      この時代のトヨタ・システムはコンベア・ラインにグループ制などを取り入れていた
 1999 乗用車部門をフォードに譲渡。ボルボ・カーズとなる
 2007 リーマンショック始まる
 2010 ボルボ・カーズの株主権利がフォードから浙江吉利控股集団に移る

ボルボRPSは働き方改革として成功したといって良いようだ。しかし、大量生産での自動車産業の主流にはなれなかった。 改良されたボルボRPSは1989年以降のおよそ2年で労使協調の栄光の時代として終わりを告げた。

その後の8年間は株式の国外譲渡に必要な国内工場の付加価値を上げるトヨタ・システムの導入と実績を示すためだったと言える。

結局は、アメリカの自動車産業の失速とともにボルボの貴重な経験も自由主義国から共産主義国へ譲渡された。 
(金融危機対策の影響では、スウェーデン政府は国庫から支出する立て直しに失敗して民間企業の株式移転については関与しない政策をとっている。 また防衛外交政策では武装中立から同盟外交に変えている)

ボルボ・カーズから大株主の浙江吉利控股集団RPSを提案したどうかは知らない。 中華人民共和国家の中にもボルボ・カーズの工場はある。 しかし、筆頭株主を務める吉利が人民の労働満足度のためにRPSを採用する気はさらさらないだろう。

労働者のためのマルクス主義の思想と理想を掲げる国家であってもその国家のために自動車で最大利益を得るためには自由経済原理から派生した労働者のための成果より(まあ資本金は出しているが)タダ乗りで原理そのものを信奉しているようだ。

掲げる「理想や思想」は「危険」と同時に「いいかげん」であって、まさしく「自動車は国家なり」である。

金満大国(中国とは言わないよ)にとっては「いい加減」ではなく、まことに「良い加減」なのであろうな。 手段はどうあれ、ものを安く造ればゼロ・サムの世界経済の中で国家はしっかりと外貨を稼ぎ税金も獲れるしね。

さて、自分の積立金の払い戻しではない年金制度はいくら頑張っても、LSが最も高くなると思える第一次産業とそれに付随する産業や軽工業ではとうてい賄えない。 いよいよ高齢化を迎える「自動車に限らず工業は国家なり」の落ち目の第二次産業国の日本ではあります。

ドメスティックやインバウンドの第三次おもてなし産業にLSはあるのか? 人間同士の直接の関りの少なそうな第四次虚業(バーチャル)産業にJSESはあるのか? 労働がなくなるかも知れない人間の存在理由が問われる第五次 卜占【ぼくせん】(エー・アイとも言う)産業に賭けるのか?

トヨタいや日本にボルボのような工業における理想や思想、いや発想は生まれるのか? この先を短くも長く感じる団塊の世代の先駆けである当CEOの世代から中途半端な人口構成の次の世代へ送る課題であります。 送られても困るかなー。

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参考文献

(4)ボルボ生産システムの考察-労・使プログラムとカルマル・ウデヴァラ工場改革ー 
浅野和也 2003.02
中京経営研究 第12巻第2号 pp247

直接リンクは貼れないが 中京大学経営学部 中京経営研究目次 より上記の巻号から表題名を選べば入手は可能です。
省略した具体的な生産効率の比較も載っているのでお読みください。

(5)リフレクティブ・プロダクション・システムにおける<知>,<対話>,<参画>に関する一考察 
森川 誠 2004.03
立命館産業社会論集 第39巻第4号 pp145

 

2019年5月19日 (日)

キネマ航空CEO 理想や思想は危険である。「自動車メーカーの最終検査の不正」について考えるの巻

キネマ航空CEO 陰謀論は楽しい!上有対策、下有政策?の巻(全編閑話) 2016.9.20 でも「すずき」を肴にした虚実皮膜の記事を書いた。 その中では認証申請の数値と認証規定の関係では監督側の所管官僚が生産者側のCAE 技術の進歩を法制度にキャッチアップしきれていないと擁護してみた。

今回は最終検査の工程でブレーキなどの重要保安部品にかかわる無資格検査員の存在や検査記録の廃棄、改竄、工場間の共謀のようで、某紙から「他社ではここまでの不正は確認されておらず検査の意義そのものが問われる事態だ」と、暗に官庁に比べても民間は負けてはいないと書いている。

ここである朝ドラを思い出す。 高校を卒業し集団就職で東京の小さな電子機器メーカーに就職した可愛いがドジな、いやドジだけど可愛い(?)ヒロインが基板組み立てラインに入り工程の最後の検査係から「4番、抵抗の挿入違い」とラインの停止を繰り返すけれど仲間や寮母さんから励まされ成長していく。・・・のだが、この会社の品質管理はしっかりしているようだけれど経営は大丈夫かなと思っていたらやっぱり倒産した。

もちろんヒロインの所為ではなく時代と産業構造の変化なのだが、熱心な視聴者でもない当CEOが気になったのはドジを自覚しているヒロインとその仲間と検査員の関係だけどどのように描かれていたのかについての定かな記憶が残っていない。

ドラマにも色んな視点はある。 これは脚本家のマクロの視点だろう。 本質は両方の意味で倫理的な共感や義憤を叫ぶ視点はさて置いて、当事者に関わるミクロの視点も必要では、と思える。

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大量生産される自動車の組み立てはフォード・システムと呼ばれるコンベア・ラインが使われる。 そのラインを大河に例えると塗装を終えたボディが一旦周回するコンベアにプールされ、計画に従い組立工場のコンベアに順次載せられるところが源流であり、コンベアの末端で自走して検査区画に向かうところが河口となる。

今回問題は、その検査区画で無資格検査員が検査をしており、水漏れ、内外観、運転席での作動の確認、さらに法律に準拠する点灯確認、光軸調整、ブレーキ作動、排ガスなど監督官庁から企業に委譲された出荷条件に合格したと記録されるべき品質検査項目の数値を操作したり検査データを廃棄したこと、とされる。

実際には検査区画から出荷先に合わせた保管区域までの区間にある周回コースで搬送兼検査員が決められた変速パターンで急加減速と急ブレーキなどの走行性を官能チェックしているはずであるがここが含まれていたのかは定かではない。

さて、今では少なくとも日本国内の自動車工場の量産ラインはフォード・システムではなくトヨタ・システムと言ったほうが通りは良い。 そのシステムの神髄は徹底したムダの排除である。トヨタ・システムについては巻末に参考文献)

コンベア・ラインは一定速で進み単品の部品やすでに組み立てられている部品群を順次ボディに組み付けて行く。 この流れに潜むのは時間と人のムダである。この無駄の排除がトヨタ・システムというよりトヨタ・イズムである。 

数あるイムズの中で社会的かつ当事者的に影響の大きい展開は JIT(ジット:ジャスト・イン・タイム)と呼ぶ展開である。
組付作業者がラインの流れに乗って行っては元の位置に帰る区間(ステーション)の両脇に組付け順序に従って部品を配置するように納入する契約である。(軽量小物部品は除き納入は1勤務帯あたり1~2回、多くの場合は3交代勤務なので24時間当たり3~6回に分けて納入することになる)

組付け順序は同じ車種のラインなら車体色やグレードによって部品は異なり、複数の車種の混合ラインならさらに異なる部品が加わる。
経理上は在庫を最小にすることだが支払いは月単位であり、さして効果はない。 むしろ検収作業と呼ぶ伝票の処理が面倒になるがこれはコンピュータでの管理が必須となる。

最大の効果は少数の納入ロットでの購入品質を保証させることにある。 つまりラインには常に品質を保証された部品が用意されている。 ラインの各ステーションは保証された部品品質に組付品質を加えながら次のステーションに送ることとなる。

組付はカンバンと呼ばれる車体に付けられた組付指示書に指定されたこれまたカンバンの付いた部品をライン・サイドから車体まで移動、位置決め、(ねじ止め、はめ込み、接着などで)固定、電気系統の配線結合、さらには冷却水や潤滑油の補充、最後に調整の作業で品質は保証される。 

これらの組付品質は各ステーションの作業者で構成されるQC(キュー・シー:クォリティ・コントロール)サークルと呼ぶ提案活動で深化させる。

期待されている提案はライン脇の組付部品の配置、作業動線、作業容易化など部品形状に限らず工具、設備改善など商品設計や生産技術部門への設計変更提案などである。 が、実質は組付所要時間短縮の集積による品質を保持した生産台数の増加もしくは人員の削減活動でもある。

全員参加による洗練された生産工程によって、理論上は完成車に不良は発生しないシステムである。 こうまとめると、どこか矛盾といかがわしさの感じられる性善思想に沿った理想理論になる。

ここで、公平に参考文献に触れておいていただきたい。 参考文献(1)は早稲田大学生の卒業論文による中期の考察、(2)はトヨタ本体による最近の理論の展開です。

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さて、理想のシステムの中にも検査部門はある。 その存在理由として次の二つがある。
① 顧客品質の認証を保証する監督官庁から丸投げされた「裏書」書類調整機関としての組織。
② 部品公差と組付のバラツキの集積による不合格車両が存在する可能性に対する実動組織。
検査結果は ①は外部、②は内部に向かっている。

では、組織上の検査部門は工場から独立して本社から工場に駐在させるのか、各工場の一部門として工場長の指揮下に置くのか、の問題がある。

前者ではよそ者扱いであろう。 駐在責任者には課長クラスが就くこと多いと思われる。 職責を厳密に実行すると中間管理職として本社と工場との対立の狭間に陥りかねない。

後者ではさらにやりにくい。 直属の上司である工場長が本社から管理されているのは生産台数と合格率、なかでもラインオフ時に合格する直行合格率と再検査合格率、さらには長時間滞留する不良率である。

先に②に相当する組付品質の個別の責任は工程を分担する各ステーションのリーダーとなる班長が負っている。 コンベア・ライン停止権限は班長が持ち、問題が発生すると行灯(アンドン)と呼ばれる回転灯とブザーが起動しラインは停止する。

アンドンが点灯したステーションに組長、工長など複数のステーションを受け持つ上級監督者が駆け付けて対策を施す。 なお、組長、工長の通常の職責は担当するステーションの後端にいて組付作業のほかに全般的な確認も受け持っている。

言うまでもなくコンベア・ラインは水源から河口まで一斉に停止するので各ステーションの作業者は所定の組付作業を終えてラインの起動を待つ。

組付品質は組付工程の中で自己完結するのである。 さらに協力(一般には下請け)会社からの購入部品検査は組立工場長の指揮下に置かれて社内規定に従った手順と個数の抜取検査が行われ、不良が見つかったなら納入単位で返品されて選別検査さらには全数検査指示など仕入先にペナルティとして転嫁される。 不良品が抜取検査をすり抜けるとリコールとなる。

今回、問題となった検査部門は①に相当する完成車検査であるが、組織上の所属場所にかかわらず工場システムの中に組み込まれており、さらには工場間の競争に巻き込まれることになる。

組織人事では各工場長も検査部門長もそれぞれ年代のライバル関係で構成され競争意識を醸成する。 その一方では基幹工場の工場長に先輩や取締役が配置されていると暗黙の協調も成立する素地を容易に作れる可能性はある。 もちろん、性善説であれば健全な競争ができる理想的な会社であり社会となる。

ともあれ、生産ラインは前工程が造り込んだ合格品に定められた手順で作り込んだ品質を加えて後工程に送る。 この繰り返しがライン・オフまで続いて完成車検査部門に渡される。 この理想を実現させる思想のもとでは時間をかけて積み上げた組付ラインには不良品の発生はあり得ないのである。

組織と人間の間では思想の裏付けのある理想は時間をかけて現実が理想に近づいてゆく。 思想が成熟してくる時間と携わる人間の心理の関係の中では錯覚なのだが、あり得ないことがあり得るのである。(奇妙なレトリックになったが少しく頭を使ってくださいね) 

さて、日本の自動車工業は大まかにトヨタ系、ニッサン系、独立系のホンダとなるが、今回監督官庁から一連の勧告を受けたのはニッサン系は日産本体と三菱、トヨタ系では外様のSUBARUとスズキ。 トヨタ自動車本体と親藩のダイハツ工業と本田技研工業はなぜか無傷である。

うがった見方をすると、お代官と大庄屋の関係や、パトロン気取りで飛行機も作れる芸術家を庇護するお大名といった構図も考えられなくはない。

しかし、実態は生産・品質システムの創始者であるトヨタは弛みなく時代に合わせたトヨタ・システムの見直しと改訂、教育を繰り返しているのだろう。

今回勧告を受けた企業も当初は、本家に学び、本家に教えを請うていたはずである。 なんとか自分で咀嚼し、自家薬籠中の物として自社名を冠した〇〇〇・システムを創った(倭国から日本国へ移った?)その時点に留まってしまったのであろう。

ホンダについては分らぬが品質システムは各国家標準化団体(日本だとJIS)が構成する国際標準化機構(ISO)が作成したISO9000台に設定された品質マネージメント手法を忠実に実行しているのであろう、と持ち上げておく。 

殆んどの自動車製造にかかわる企業、一次、二次・・・の協力企業(ティア・ワン、ティア・ツー・・・)はISO9000台の認証を取得し、あるいは取らさせられているが、親会社と同様に毎年行われる既得認証の剥奪をともなう継続審査は適当になれ合える認証機関と付き合っているかも知れない。(くどいようだが審査自体はマネージメント手法の適合性でありその結果ではない)

いずれにしても、ISO9000台の規格を取得した組付部品の供給企業(サプライヤー)は規格に基づき品質を保証して製造企業(メーカー)に納入する。

この規格では品質はあくまで取締役以上の経営者(マネージメント)が「自社名・システム」の実行と改定を実施する監督責任者であることを示している。 これは直接顧客(カスタマー)に向き合う製造企業(自動車メーカー)の組付品質に於いても同じである。

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ずいぶん長くなったのでここでインターミッションを入れ次回に続きます。

なお、トヨタ・システムISOとは直接の関係はない。 ISO12000台は材料、形状、公差など、より部品に近い規格になるが自動車メーカーは材料や保安部品の多くはISO規格より厳しい値を自社規格としている。 

しいて言えば、品質管理のマネージメント上では取得しているISO9000台の規格がリファレンスとして存在しているはずである。 不正問題は自社名・システムと人間との関係、『理想や思想は危険である「自動車は国家なり」について考えるの巻』に続きます。

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参考文献

(1)自動車産業の栄光の陰 ~トヨタ生産方式の持つ労務管理的デメリット~ 2005 
宮本治樹
トヨタ・システムは運営細目にはアメリカ合衆国憲法並みに修正追加の流動性があり必ずしもこの論文の通りとは言えないが核となる理想は言い当てている。

(2)トヨタの問題解決 ~問題解決の実践で、よりよい社会の実現を~ 2016 
トヨタ自動車(株)業務品質改善部 主査. 古谷健夫
対外プロパガンダではあるが分かりやすい。

背景を補足するとQC(Quality Contorol)品質制御の基本は米国で開発された統計による製造現場の品質の安定性と精度の向上だが複数の組織にまたがるTQC(Total Quality Contol)となり、続いて経営戦略を含めたTQM(Total Quality Managiment)総合的品質管理となって、トヨタ・システムで発展した。
本来のTQCTQMもトップダウンによる特命もしくは外部のQCチームが組織の分析をするのであるがトヨタ・システムではQCサークルとしてボトムアップの自主(ボランティア)活動が追加設定される。 また特徴としてCS(Customer Satisfaction)顧客満足度を品質の中に加えている。 
日本以外ではTQCTQMで実施されている。日本独自のQCサークル自体は非正規雇用や季節雇用の増加により減少傾向にあるようだ。

(3)ISO認証~一般財団法人 日本品質保証機構

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