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2019年5月19日 (日)

キネマ航空CEO 理想や思想は危険である。「自動車メーカーの最終検査の不正」について考えるの巻

キネマ航空CEO 陰謀論は楽しい!上有対策、下有政策?の巻(全編閑話) 2016.9.20 でも「すずき」を肴にした虚実皮膜の記事を書いた。 その中では認証申請の数値と認証規定の関係では監督側の所管官僚が生産者側のCAE 技術の進歩を法制度にキャッチアップしきれていないと擁護してみた。

今回は最終検査の工程でブレーキなどの重要保安部品にかかわる無資格検査員の存在や検査記録の廃棄、改竄、工場間の共謀のようで、某紙から「他社ではここまでの不正は確認されておらず検査の意義そのものが問われる事態だ」と、暗に官庁に比べても民間は負けてはいないと書いている。

ここである朝ドラを思い出す。 高校を卒業し集団就職で東京の小さな電子機器メーカーに就職した可愛いがドジな、いやドジだけど可愛い(?)ヒロインが基板組み立てラインに入り工程の最後の検査係から「4番、抵抗の挿入違い」とラインの停止を繰り返すけれど仲間や寮母さんから励まされ成長していく。・・・のだが、この会社の品質管理はしっかりしているようだけれど経営は大丈夫かなと思っていたらやっぱり倒産した。

もちろんヒロインの所為ではなく時代と産業構造の変化なのだが、熱心な視聴者でもない当CEOが気になったのはドジを自覚しているヒロインとその仲間と検査員の関係だけどどのように描かれていたのかについての定かな記憶が残っていない。

ドラマにも色んな視点はある。 これは脚本家のマクロの視点だろう。 本質は両方の意味で倫理的な共感や義憤を叫ぶ視点はさて置いて、当事者に関わるミクロの視点も必要では、と思える。

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大量生産される自動車の組み立てはフォード・システムと呼ばれるコンベア・ラインが使われる。 そのラインを大河に例えると塗装を終えたボディが一旦周回するコンベアにプールされ、計画に従い組立工場のコンベアに順次載せられるところが源流であり、コンベアの末端で自走して検査区画に向かうところが河口となる。

今回問題は、その検査区画で無資格検査員が検査をしており、水漏れ、内外観、運転席での作動の確認、さらに法律に準拠する点灯確認、光軸調整、ブレーキ作動、排ガスなど監督官庁から企業に委譲された出荷条件に合格したと記録されるべき品質検査項目の数値を操作したり検査データを廃棄したこと、とされる。

実際には検査区画から出荷先に合わせた保管区域までの区間にある周回コースで搬送兼検査員が決められた変速パターンで急加減速と急ブレーキなどの走行性を官能チェックしているはずであるがここが含まれていたのかは定かではない。

さて、今では少なくとも日本国内の自動車工場の量産ラインはフォード・システムではなくトヨタ・システムと言ったほうが通りは良い。 そのシステムの神髄は徹底したムダの排除である。トヨタ・システムについては巻末に参考文献)

コンベア・ラインは一定速で進み単品の部品やすでに組み立てられている部品群を順次ボディに組み付けて行く。 この流れに潜むのは時間と人のムダである。この無駄の排除がトヨタ・システムというよりトヨタ・イズムである。 

数あるイムズの中で社会的かつ当事者的に影響の大きい展開は JIT(ジット:ジャスト・イン・タイム)と呼ぶ展開である。
組付作業者がラインの流れに乗って行っては元の位置に帰る区間(ステーション)の両脇に組付け順序に従って部品を配置するように納入する契約である。(軽量小物部品は除き納入は1勤務帯あたり1~2回、多くの場合は3交代勤務なので24時間当たり3~6回に分けて納入することになる)

組付け順序は同じ車種のラインなら車体色やグレードによって部品は異なり、複数の車種の混合ラインならさらに異なる部品が加わる。
経理上は在庫を最小にすることだが支払いは月単位であり、さして効果はない。 むしろ検収作業と呼ぶ伝票の処理が面倒になるがこれはコンピュータでの管理が必須となる。

最大の効果は少数の納入ロットでの購入品質を保証させることにある。 つまりラインには常に品質を保証された部品が用意されている。 ラインの各ステーションは保証された部品品質に組付品質を加えながら次のステーションに送ることとなる。

組付はカンバンと呼ばれる車体に付けられた組付指示書に指定されたこれまたカンバンの付いた部品をライン・サイドから車体まで移動、位置決め、(ねじ止め、はめ込み、接着などで)固定、電気系統の配線結合、さらには冷却水や潤滑油の補充、最後に調整の作業で品質は保証される。 

これらの組付品質は各ステーションの作業者で構成されるQC(キュー・シー:クォリティ・コントロール)サークルと呼ぶ提案活動で深化させる。

期待されている提案はライン脇の組付部品の配置、作業動線、作業容易化など部品形状に限らず工具、設備改善など商品設計や生産技術部門への設計変更提案などである。 が、実質は組付所要時間短縮の集積による品質を保持した生産台数の増加もしくは人員の削減活動でもある。

全員参加による洗練された生産工程によって、理論上は完成車に不良は発生しないシステムである。 こうまとめると、どこか矛盾といかがわしさの感じられる性善思想に沿った理想理論になる。

ここで、公平に参考文献に触れておいていただきたい。 参考文献(1)は早稲田大学生の卒業論文による中期の考察、(2)はトヨタ本体による最近の理論の展開です。

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さて、理想のシステムの中にも検査部門はある。 その存在理由として次の二つがある。
① 顧客品質の認証を保証する監督官庁から丸投げされた「裏書」書類調整機関としての組織。
② 部品公差と組付のバラツキの集積による不合格車両が存在する可能性に対する実動組織。
検査結果は ①は外部、②は内部に向かっている。

では、組織上の検査部門は工場から独立して本社から工場に駐在させるのか、各工場の一部門として工場長の指揮下に置くのか、の問題がある。

前者ではよそ者扱いであろう。 駐在責任者には課長クラスが就くこと多いと思われる。 職責を厳密に実行すると中間管理職として本社と工場との対立の狭間に陥りかねない。

後者ではさらにやりにくい。 直属の上司である工場長が本社から管理されているのは生産台数と合格率、なかでもラインオフ時に合格する直行合格率と再検査合格率、さらには長時間滞留する不良率である。

先に②に相当する組付品質の個別の責任は工程を分担する各ステーションのリーダーとなる班長が負っている。 コンベア・ライン停止権限は班長が持ち、問題が発生すると行灯(アンドン)と呼ばれる回転灯とブザーが起動しラインは停止する。

アンドンが点灯したステーションに組長、工長など複数のステーションを受け持つ上級監督者が駆け付けて対策を施す。 なお、組長、工長の通常の職責は担当するステーションの後端にいて組付作業のほかに全般的な確認も受け持っている。

言うまでもなくコンベア・ラインは水源から河口まで一斉に停止するので各ステーションの作業者は所定の組付作業を終えてラインの起動を待つ。

組付品質は組付工程の中で自己完結するのである。 さらに協力(一般には下請け)会社からの購入部品検査は組立工場長の指揮下に置かれて社内規定に従った手順と個数の抜取検査が行われ、不良が見つかったなら納入単位で返品されて選別検査さらには全数検査指示など仕入先にペナルティとして転嫁される。 不良品が抜取検査をすり抜けるとリコールとなる。

今回、問題となった検査部門は①に相当する完成車検査であるが、組織上の所属場所にかかわらず工場システムの中に組み込まれており、さらには工場間の競争に巻き込まれることになる。

組織人事では各工場長も検査部門長もそれぞれ年代のライバル関係で構成され競争意識を醸成する。 その一方では基幹工場の工場長に先輩や取締役が配置されていると暗黙の協調も成立する素地を容易に作れる可能性はある。 もちろん、性善説であれば健全な競争ができる理想的な会社であり社会となる。

ともあれ、生産ラインは前工程が造り込んだ合格品に定められた手順で作り込んだ品質を加えて後工程に送る。 この繰り返しがライン・オフまで続いて完成車検査部門に渡される。 この理想を実現させる思想のもとでは時間をかけて積み上げた組付ラインには不良品の発生はあり得ないのである。

組織と人間の間では思想の裏付けのある理想は時間をかけて現実が理想に近づいてゆく。 思想が成熟してくる時間と携わる人間の心理の関係の中では錯覚なのだが、あり得ないことがあり得るのである。(奇妙なレトリックになったが少しく頭を使ってくださいね) 

さて、日本の自動車工業は大まかにトヨタ系、ニッサン系、独立系のホンダとなるが、今回監督官庁から一連の勧告を受けたのはニッサン系は日産本体と三菱、トヨタ系では外様のSUBARUとスズキ。 トヨタ自動車本体と親藩のダイハツ工業と本田技研工業はなぜか無傷である。

うがった見方をすると、お代官と大庄屋の関係や、パトロン気取りで飛行機も作れる芸術家を庇護するお大名といった構図も考えられなくはない。

しかし、実態は生産・品質システムの創始者であるトヨタは弛みなく時代に合わせたトヨタ・システムの見直しと改訂、教育を繰り返しているのだろう。

今回勧告を受けた企業も当初は、本家に学び、本家に教えを請うていたはずである。 なんとか自分で咀嚼し、自家薬籠中の物として自社名を冠した〇〇〇・システムを創った(倭国から日本国へ移った?)その時点に留まってしまったのであろう。

ホンダについては分らぬが品質システムは各国家標準化団体(日本だとJIS)が構成する国際標準化機構(ISO)が作成したISO9000台に設定された品質マネージメント手法を忠実に実行しているのであろう、と持ち上げておく。 

殆んどの自動車製造にかかわる企業、一次、二次・・・の協力企業(ティア・ワン、ティア・ツー・・・)はISO9000台の認証を取得し、あるいは取らさせられているが、親会社と同様に毎年行われる既得認証の剥奪をともなう継続審査は適当になれ合える認証機関と付き合っているかも知れない。(くどいようだが審査自体はマネージメント手法の適合性でありその結果ではない)

いずれにしても、ISO9000台の規格を取得した組付部品の供給企業(サプライヤー)は規格に基づき品質を保証して製造企業(メーカー)に納入する。

この規格では品質はあくまで取締役以上の経営者(マネージメント)が「自社名・システム」の実行と改定を実施する監督責任者であることを示している。 これは直接顧客(カスタマー)に向き合う製造企業(自動車メーカー)の組付品質に於いても同じである。

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ずいぶん長くなったのでここでインターミッションを入れ次回に続きます。

なお、トヨタ・システムISOとは直接の関係はない。 ISO12000台は材料、形状、公差など、より部品に近い規格になるが自動車メーカーは材料や保安部品の多くはISO規格より厳しい値を自社規格としている。 

しいて言えば、品質管理のマネージメント上では取得しているISO9000台の規格がリファレンスとして存在しているはずである。 不正問題は自社名・システムと人間との関係、『理想や思想は危険である「自動車は国家なり」について考えるの巻』に続きます。

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参考文献

(1)自動車産業の栄光の陰 ~トヨタ生産方式の持つ労務管理的デメリット~ 2005 
宮本治樹
トヨタ・システムは運営細目にはアメリカ合衆国憲法並みに修正追加の流動性があり必ずしもこの論文の通りとは言えないが核となる理想は言い当てている。

(2)トヨタの問題解決 ~問題解決の実践で、よりよい社会の実現を~ 2016 
トヨタ自動車(株)業務品質改善部 主査. 古谷健夫
対外プロパガンダではあるが分かりやすい。

背景を補足するとQC(Quality Contorol)品質制御の基本は米国で開発された統計による製造現場の品質の安定性と精度の向上だが複数の組織にまたがるTQC(Total Quality Contol)となり、続いて経営戦略を含めたTQM(Total Quality Managiment)総合的品質管理となって、トヨタ・システムで発展した。
本来のTQCTQMもトップダウンによる特命もしくは外部のQCチームが組織の分析をするのであるがトヨタ・システムではQCサークルとしてボトムアップの自主(ボランティア)活動が追加設定される。 また特徴としてCS(Customer Satisfaction)顧客満足度を品質の中に加えている。 
日本以外ではTQCTQMで実施されている。日本独自のQCサークル自体は非正規雇用や季節雇用の増加により減少傾向にあるようだ。

(3)ISO認証~一般財団法人 日本品質保証機構

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