« 2019年7月 | トップページ | 2019年11月 »

2019年8月の2件の記事

2019年8月19日 (月)

キネマ航空CEO 「民主主義 ?? 社会主義って !? 」 について「日本、理 ことわり の書」から考える、の巻

Photo_20190817202101市街地の北辺から北へ車で一時間の中山間地に居られる畏友と呼ぶべき篤学の士が奥様と共に読書と日々の糧となる作物の育成と収穫に加えて今は下山してくる野生動物との攻防と珍しい客の観察に悠々ではなかろうが自適の明け暮れを過ごしておられる。

当CEO は、士からは読後の書籍を貸していただいている。 当CEO も、これはと思う本をお貸ししており、士からはブログの鋭敏な書評で応えて頂いている。 この面では当CEO はかなりの借り越しをしている。

そこで、中古CD(より書籍のほうが安い)ショップで昭和歌謡曲の CD と一緒に求めた左掲の本(鳥影社 2009.4 刊)を、士に紹介することにしたのだが、実はこの本の書評はアマゾンに掲載された一本しか目につかなかった。

したがって中古価格はべらぼうに安い。 二冊購入して、士と、もう一人の知人に差し上げた。 

もう一人の知人からは未だ聞いていないが、士からはブログにWEB上では第二号となる書評を掲載して頂いている。 

士は、世俗の分野とは言え著者個人を秘匿して脳科学や脳内物質を哲学や倫理への展開をすることでは人間の人格は等しく同じであるというリベラルが持つべき基本的人権の定義を科学的に再構築を意図することにも通じる違和感を指摘されていると思えます。

当CEO も、指摘には異論はないが脳科学が社会科学にそれなりの力を持つ時代の入り口にあるのではないか、と後日、山間の士に送った文章に 追記を含む 校閲 と 誤字や改行を含む 校正 を施してWEB 上の第三号となるべく掲載することにしました。

なお、本稿は当CEO の書評というより独断独善的解釈による社会科学への応用例であります。 ご興味をいただければ、寸鉄人を指す士の書評と饒舌に過ぎる当CEO のブログで、洛陽の紙価が高まる前に、紹介写真の帯もご参考に原本をお手にお取りください。

イザヤ・ベンダサンが山本七平氏であったように、いずれ著者姓名(筆名可)で展開されることを期待して・・・

立秋12日目 キネマ航空CEO 拝

---------------------------------------------

「日本、理ことわりの書」の読後感

市井の隠居です。

本書は、今現在では高邁な哲学や倫理の評価対象になる本ではありません。 このところ認知度を高めてきた脳科学を援用して日本人の性行を分かりやすく展開して、いかに日本でビジネスを成功させるか、のハウツー本です。 もちろん日本人が参考にしてもなんら差支えはない。

以下は本書を参考にした老生(個人)の時代の心情リベラルの盲点であります。

貴兄に消化不良を起させたのは、世俗を語るために脳科学を持ち出し脳内物質の分泌による人間の行動原理を 「居心地が良いかどうか」、から始めたことにあるのでは・・・と拝察します。

旧来、人間の存在は「知情理」、「真善美」を共通項に語られていたところに、個人の「情」の上位に脳内物質を展開して貴兄の指摘する世俗に拡張している違和感だ、とも思われます。

あらゆる文明の中では脳内物質(否定する自由も当然あります)を瞑想や荒行で制御する修行、酒や煙や薬物による開放を求める人間の本能が根底にある。 さらに言えば、肉体、心、さらに上位とされる精神において苦痛も居心地がよいこと、もある。

その中を生きていく人間はその本能の中で「知情理」、「真善美」を学ぶ、あるいは身に着ける。 これらを探求する意欲により個人の中に人格が形成されていく。

意欲が普通に行われておれば「習慣」、意識して自ら行えば「自己啓発」、他人を介せば「カウンセリング」、意図的な悪意を持って行われておれば「洗脳」。

探求意欲の中に悪意が潜むかどうかは本人次第、家族、近隣、国といった社会次第、さらには国々の集合体である世界さらには自然、地球、宇宙、あるいはそれらをひっくるめて身近の指導者や評価者のそれこそ人格次第の面はある。

「身近な彼ら」の中には電(信)線(いまでは光(回)線もある)、加えて無線で送られる文字だけではなく二次元で作られた平面画像と疑似空間が、さらに音響と音声で相手に合わせた変幻自在の人格を持ち始めてもいる。

世俗はそれぞれの「知情理」「真善美」を抱えた個人の集合体となる。 したがい、脳内物質が抱え込む人格は個人の数だけある。 世俗はその多様性集合体である。

集合体には秩序が必要であり現代には二つの秩序がある。 経済秩序としての資本主義(Capitalism)と共産主義(Communism)。 しかし、個々の人間を対象にすると、自由主義(Liberalism)と矯導主義 (脚注1) (Guidism ? は多分違うと思う)、と言い変えるほうがよさそうだ。

自由主義は、その歴史的変遷による振れは大きいが一応の富の再配分は行われる社会を前提とする。 それが社会主義だ、といわれても後述するようにそう簡単ではない。 

なお、矯導主義には大日本帝国も含まれておりマルキシズムに限定するつもりはない。 ただ、色濃く出ているとはいえる。 心情リベラルは自由主義とこの間をふらふらと居心地を求めてさまよっている。

自由主義を自任する国を概観するとアメリカ合衆国ほど大きくなると世俗(居心地)の均質性がないと成立できなくなり、大韓民国クラスでは均質性で成立ができている。

日本の元々アメリカ嫌いのリベラルの多くは今の韓国こそ「民主主義」が最も進んだ国と評価しているようである。

矯導主義は持続性、均質性を保つおそらく唯一検証された統治法と思われる。中華人民共和国と朝鮮民主主義人民共和国。 特に後者は民主主義と名乗っているせいか、かつては日本のリベラルにとっての「地上の楽園」理想卿でもあった。

そして、前者は憲法に則り矯導主義的資本主義で自由主義的資本主義の打破打倒を目指している。 ちなみに日本の矯導主義は戦前では右翼サイドが、戦後は左翼サイドがアメリカを相手に夢想(それこそ下部組織はアドレナリン、上部組織はエンドルフィンの全開を)していた。

さて、その国家主席は毛語録を反面教師に主席名で示す理論もしくは思想で国民に共産幻想を再生拡大して皇帝を目指している間に、次の主席を目指す党中央執行委員会の委員諸氏は、あまたある中国皇帝国家史よりむしろ世界国家を目指すにはエドワード・キボンの「ローマ帝国盛衰史」をひっそりいやこっそり、ひょっとすれば塩野七生の「ローマ人の物語」も読み込んで 元老院「対」皇帝 の攻防をひも解き、大衆の中に蒔いた共産党宣言がカソリックの経典に迫れるものか、を研究しているだろう。

気になるのは一大帝国を作り上げたアメリカの任期付き皇帝は「ローマ帝国盛衰史」など読んでもいないらしい。(あまり人のことは言えないけど)

翻って日本はと問われれば自由主義的矯導主義かつ資本主義といえる。 ただ、同系の国と比べれば両面において反対できる居心地の良さはまだ少しはあるようだ。

その中で日本人が最も誤解あるいは錯覚している外来訳語は「民主主義」である。 たぶん明治時代の茅原崋山と言われるデモクラシー【Democracy】の訳語「民本主義」の転用が語源であろう。

ただし、原語の字づらからも「-主義」【-ism,-イズム】の範疇には入っていない。 チャーチルが言うように「民主制度」が正しい訳と考えられる。

したがい、自由主義でも矯導主義でも、資本主義でも共産主義でも、選挙制度という民主制度(Democratic System)として採用することができるし国名にも使える。

もちろん後年の政治学用語として民主主義【Democratism】(デモクラティズム)もあるが政治家を含む日本人がそれを意識しているとは思えない。

資本主義と共産主義、自由主義と矯導主義。 世俗の中では「真善美」はともかく「知情理」では異なるはずの【資本主義】と【共産主義】の境界は土地の所有や生産手段の帰属先程度と曖昧になり、【自由主義】と【矯導主義】の境目は、いつの時代にもある、それぞれの「居心地の良さ」の差に過ぎないようになった。 世俗は【主義】の差による国力の優劣のなかにある。

消えて行く世代にとっては「近代」「現代」と続き、(「戦争で」、ではないことを切に願い、そして祈る)次の時代、となって改めて命名されるであろう「その時代末」生きた日本の心情的リベラルの世俗とは何だったのか。

それを「正気の時代」とすれば戦争の直後であったこと、それも戦争から遠く離れて長く、良く持った時代だったこと。 その中で心情リベラリズムの志向は「理想的」矯導主義であり、その「理想」も、「いろいろ」の自由主義、だったことではなかろうか。

人間的側面を【矯導主義】とした【共産主義】と同義語とされる【社会主義】(Socialism)についての考察に踏み込んでみる。

知名度の元はといえば、コミューンの連邦国家形成上の主義を最終的に一党独裁の共産党がいずれ明確な身分制度となる共産主義(者)(Communist)を名乗らず、そのまま乗っ取って潰え去ったソビエト社会主義共和国連邦(英名 Union of Soviet Socialist Republics)だったと想像される。 

当然の秩序維持なのか必要悪なのかはさておき、必然的に【自由主義】にも【矯導主義】が顔をだす。

【社会主義】は二つの主義の間で【矯導主義】の度合を薄めて見せたい、居心地よく響かせたい、という【共産主義】思想の志向の認知から始まったのではなかろうか。 

逆に見れば【自由主義】のほうからの世俗の格差調整政策をとる度合もしくは間合をはかる工夫の言葉にもなる。 たとえばそれぞれのお国柄の北欧社会主義などがある。

それやこれやで、いろんな面で利用でき、だいたいの【社会主義】は接頭形容句を伴う。 【国家(的)-】【民族(的)-】などは歴史を揺るがす思想となり現在ではそれぞれ別の【-イズム】になっている。(自分で調べてね)

中には自称ではないだろうが、ユートピアン- (utopian-)【空想的-、理想的-】なんてのもあった。 (一応は共産主義に先行する先駆者的敬称あるいは尊称でもあります)

これに対してマルクスやエンゲルスは、近代科学の黎明期に【共産主義】を【科学的社会主義 (scientific socialism)】と創称した。 一世紀半を経過した今では「-主義」の出自の象徴とした【科学】自体も慣性あるいは惰性で革命的に動き出している、と予言の妄想を拡張している人も国もあるかもしれない。

何しろ、「科学」がもたらす(した)【自由主義】と【矯導主義】は、それぞれの中で、ばかりか双方から IT、AI を駆使した【監視社会主義】だ、いや【安全社会主義】だ、と【-社会主義】の接頭形容句論争や糾弾競争が始まるのだろうからね。 いわばオーエル「1984」の居心地論争が数十年遅れて始まることになる、いや経験することになる。

ただ、アメリカをダシに(つまり中国には言及しない)批判をする日本の純性リベラルの居心地は、【矯導主義的社会主義】により【矯導主義的資本主義】が【自由主義的資本主義】に勝利することで真の【科学的共産主義】革命の最終段階である【理想的共産主義】への過程、に過ぎない程度のようにも思えてくる。 実に居心地良いじゃんか、と。

一方では、主義や主張のパラレルワールドに存在する「科学」も「世俗」も大きさのない質点に過ぎず、「居心地のよさ」の集合力のせめぎあいで現実の時間を遡行できない【ニュートン力学】に沿って後退することもなく、右や左へ、いや、上へ下へと突き動かされているようでもある。 

しかし、その先の科学は破滅的結果へも導ける【アインシュタインの相対性理論】からの予測となるのだが・・・

まさかとは思うが、純粋リベラルの中にはどんな文明にも見られる「終末論による再生説」で、文明の破滅後の少人数のコミューンの共存という【ネオ・(新)ユートピアン社会主義】を夢見ているのかもしれない。

ディストピアン・ユートピアン!なんて居心地、良さそうな、悪そうな、アニメになりそうな・・・日本人が好きそうな。

【社会主義】と呼ばれる範疇には名前を消して存在する主義【-イズム】 もあるが、今となっては日本で「社会」や、前述の「民主」などを名乗ってみるけど未来を描けぬ政党が何となく冴えないのは何となくわかる気がする。

 

その一方で【自由民主】と続けると実態はともかく言葉の力はあるようだ。 【自民】と詰めると、まったく意味のない記号となるはずだが、繰り返されると日本語としての言霊となるのだろう。 

八文字を二文字に詰めた「令和」もそうかもね。 「い」は前の母音に引っ張られるのだけど、「れいわ」か「れーわ」か。 どちらが定着するのだろう。 「平成」には二つも「い」があったけど「へーせー」しか記憶に残ってないな。 

さて、「しずけさやいわにしみいるせみのこえ」…

【ジィー、ミィーン】と染み込む「岩」は、有権者さらにはその予備軍を含めた選挙民の隠喩(メタファー)になるのだが、その居心地はいいのか、わるいのか。

それにしても、古文の引用はむつかしい。 「しず(づ)かさや」 か 「しず(づ)けさや」 か。 当CEO は後者で 「づ」 のほうが心地よいのだが原文は「閑さや」である。

ついでに 「いわに」 は 「岩に」 ではなく 「巌に」 であります。 【いわお】とも読むが、何とはなく、もう苔むしちゃっているようだな。(閑話休題)

 

【自由】と【民主】そのどちらもが国際社会に組み込まれてゆく日本が必要として移入した概念の言葉である。 【自由】は主義であり【民主】は制度であることを再度繰り返しておきたい。

---------------------------------------------

ハウツー本を越えて本書から読めることは、これまでの、そしてこれからの個人の「居心地の良さ」とはなにか、のようです。

---------------------------------------------

注1) 【矯導主義】 当CEO の合成造語です。 同音で意味も似ているようだが差がある【嚮導主義】のほうが正しいのかも知れない。(念のため、違いは自分で調べてね)

ちなみに、大陸の漢字圏では【矯導所】や【矯導隊】など(思想)刑務所、矯正執行(暗殺実行)部隊と言った意味で使われることが多いようだ。 日本では行政用語として【矯導院】現在の少年院などがある。

英語に翻訳すると【Guidism】となって、おそらくキリスト教の一派となってしまうだろう。 多様性文化の下では【民主主義】と同様に適切な 日 - 英 の訳語ではないようだ。

【嚮導主義】を英語にすると【Guidanceism】となるが、【嚮導艦】【嚮導機】などでは命令にしたがう全体を先頭で率いる意となる。 

日本語では類語の【先達(せんだつ、せんだち)】があり、巡礼や修行、学問などで目的を持った集団の先頭あるいは最上位に立つ人をさすので多少は穏やか・・・かな。

【教導主義】となるのだろうが、すでに宗教で使われており【きょう】の境い目はあやふやである。

でも社会科学的には漢字圏なら精一杯に振っておいたほうが正しいと思える。

完 2019.08.19

追記 2019.09.27

少なくとも日本では一般的にならない、したがい明確な日本語になっていない、世俗的な、つまり人間的な主義(-ism)としてアナーキズム(Narchism)とリバタニアニズム(Libertarianism)がある。 それぞれ左と右の、共産主義と資本主義に付随する概念の極遠とされる。

しかし、脳内物質に支えられた人間の考えることの極限ではお互い重なりあうようで、その差異は現在の世相世俗の中での対立に過ぎないようだ。 

世相に完全な自由主義もなければ矯導主義もない。 結局のところ極限は概念のままであり、脳内物質で、群れ、争(あら)そう本能のある人間が極限の主義の実態にたどり着くには完全な矯導主義か終末論の中にしかなさそうである。

この記事で哲学に興味をもつ読者はいないだろうが考える幅は広いほうが良いと思われるので追記しておきます。

2019年8月 4日 (日)

「マックとミー、レガシー・ビジネス始めるってよ」の巻 (3 の 3)

(3 の 2)から続く。

-------------------------------------------------------------

キネマ・エアラインズのお客様と当CEO オフィスにご来訪を頂いております皆様に、暑中のお見舞いとご健勝祈願のご挨拶をお送り申し上げます。

なお、合わせましてエアコンなしで営業中の当キネマ航空 CEO オフィスより、継続中の記事の分割掲載のご案内をお知らせ致します。

弊社CEO はこのところ、歳とともに生来の暑がりがひどくなり、おまけに怠け癖も再発して、従来のように一気呵成に書き上げる気力も失せたようであります。

このため少しずつでも書き継ぐように説得いたし、ようやく第一回分の出稿にこぎつけました。 ぜひ、ご継読を賜れますようお願い申し上げます。 

よって、追加出稿があり次第、下記に追記にてご案内いたします。 ご寛容の上、何卒宜しくお願い致します。 

                             2019/08/04 キネマ航空  広報担当 敬白


第一回 出稿 2019/08/04
第二回 出稿 2019/08/05
第三回 出稿 2019/09/30 
第四回 2019/10/13 Latest !!
第五回 以降は(3.1)と項を改めて継続します

「アー!しっかり仕事をしてくださいね! せめて予定ぐらいは・・・」
「うるさい !! CEO ファースト、社員は居らんからお客様 セカンドじゃ !!」
「政治家ども!有権者ファーストなら、裏金歓迎
大口献金セカンドぐらいはハッキリせい !!

-----------------------------第一回--------------------------------

先々回(3 の 1)で MRJ90 もとい、 M90 をふくむ三菱・スペースジェット M100 シリーズ が世界最小胴体径の商業機シリーズになったと書いたが次の指摘があった。

エンブラエル ERJ 145 シリーズ(乗員/乗客 2+1/37-50 胴体径 7'6"/2.29m 座席配列 1+2)は2003年に哈爾浜航空工業集団(当時)との合弁によるコンプリート・ノックダウンで中国に移管し2016年に生産を終了した模様。 

しかし、本国ブラジルでは派生機種のビジネスジェット エンブラエル レガシー 600 シリーズ、加えて輸出市場を含み10か国で運用中の軍用途としての ERJ シリーズの保守と受注体制を保持している。
すなわち、ボーイング傘下の位置付けは不明だが商業機としてのステータスは維持しているようだ。

詰まるところ、MSJ M100 シリーズ (乗員/乗客 2+2/69-88 胴体径 9'8.5"/2.96m 座席配列 2+2 )に相対する ERJ 145 シリーズ(胴体径 2.29m 座席配列 1+2)となる。

室内幅ではないがクラスの標準的な通路幅18”(0.457m)を差し引いた配分は 0.625m/席 対 0.611m/席 の比較ともなる(正確には、胴体外殻構造物寸法 = 胴体幅 - 室内幅、を含んでいる)
M100 シリーズは座席をヘリングボーン式に配置してシート幅に余裕を持たせるそうだ。

したがい、当CEOオフィス の記事は、座席配置 2 + 2 とした定義では、と書き換えなければならないようだ。

もちろん「大は小を兼ねる」とも「小よく大を制す」ともいえる。
新規開発の工業製品の宿命としてチーフ・エンジニアの見識とカスタマーの要求という時代の錯綜(ニーズとシーズのタイムラグ)の中で決まる商品価値でもある。 評価の確定している製品では企業運営のマネージメントの識見でもある。

いずれにせよ M100シリーズ についてもサポートサービスの契約を交わしている ボーイング(-ボンバルディア・グループ)は MAC の背後を押さえる航空ビジネス全般の比較論点が明確なカードをすでに押さえていると言える。

これに対して MHI-MAC チーム は座席配置 2 + 2 での最小胴体径商業機であった ボンバルディア CRJ シリーズ の事業を継承した。 この辺りから考えてみたい。

-----------------------------第ニ回--------------------------------

その前にリージョナル・ジェットの基本構造について考えておく。

一般的に三次元の相似形状の均質な物体は基準となる長さを倍尺で 2 倍すると面積は二乗で 4 倍、重量の指標となる体積は三乗で 8 倍となるので2 倍に拡大した航空機の翼面荷重は 2 倍となる。
すなわち、飛行機ファンにはお馴染みの二乗三乗則 である。

つまり翼面積をさらに 2 倍するか速度を 2 の平方根の 1,414 倍にしないと同じ滑走路長で離陸できない。 
翼面積を拡張すれば自重は増えその分エンジンの出力を上げればさらに増えるので離陸滑走距離と離陸速度のバランスで折り合わせることになる。

では、縮尺して長さを半分 1/2 倍にすると面積は 1/4 倍、質量は 1/8 倍したがい翼面荷重は 1/2 倍となる。

原型となるジェットライナーより出遅れた小型のリージョナル・ジェットは原型より有利になるかと言えば、そうはならない。

縮尺を 1/2 にして翼面荷重が 1/2 になっても、推力の元となるジェット・エンジンの空気取入口面積(レシプロエンジンならプロペラ回転面積)は 1/4 倍であり滑走距離は伸びるし最高速度も低下する。

小型になるほどエンジン本体とそれに関係する機体の構造部品は系統的に二乗三乗則 から外れて機体重量は相対的に重くなってゆく。

大型機では主に主翼の剛性を低下させる撓み翼とぶら下げたエンジンポットを揚力や空力回転モーメントのカウンターバランスウェイトにして構造重量の低減が行われて二乗三乗則 に近づけることができたが小型機ではそうそう うまくはゆかない。

リージョナルジェットでは主翼をできるだけクリーンにして性能を高めてそれを維持できる剛性を持つ主翼構造を採用することになる。
さらに言ってしまえばボーディング・ブリッジなどない(当時は大空港にもなかった)ドサ回りの地方空港巡りをする機体なので移動式のタラップなど使わず乗降できる機体内蔵タラップ(エアステア)も必須であった。

次回はこうした要件で開発されたリージョナル・ジェット前史を振り返ってみたい。

--------------------------------------------------

どーせ、シュド・カラベルから始まるんでしょ。 でも、この調子で三回目もお願いしますよ。
いちいち五月蠅い ! じゃが外せんじゃろな。
それに予定は未定じゃない!不明のままじゃ !!
このクソ暑いさなかにエアコンのない CEO オフィスに来る客はいないじゃろが。

そりゃそうだけど、増便もしていない 本業 のほうは大丈夫ですかねー。
確かに心配じゃが雑用が多すぎるわい。
そう言や キネマ航空博物館 も展示を増やさないとな。

--------------------------------------------------

--------------------------------------------------

「そうこうしている内に残暑お見舞いになっちゃったな」
「残暑 残暑 何残暑 酷残暑 なんちゃって !」

「昭和中期じゃあるまいし『なんざんしょ こくざんしょ』なんて誰も笑えませんよ」
「少しは涼しくなるかと思ったんじゃが、『昭和も遠くなりにけり』、かのぉ」

-----------------------------第三回--------------------------------

いわゆるリージョナル・ジェットの先駆けといわれるシュド SE 210 カラベルデ・ハビランド DH106 コメットの胴体部を基本にしていることはよく知られている。 そこで、両機種の年代記を一覧にしてみる。 まずコメット(二代目)の出自から・・・

年 . 月 デ・ハビランド DH106 コメット シュド SE 210 カラベル
1943.2 コメット(二代目)の名は戦時下のブラバゾン委員会が戦後の航空機産業に向けて策定したプラン4のジェット輸送機の中に概案  
1946.9 当初は郵便機として計画されたが旅客機に仕様変更  
1949.7 初飛行  
1951.1 BOACコメット Mk.1 就航 仏航空局の国産短中距離ジェット旅客機要求仕様を公開
1952.3   シュド・エストの双発リアマウント案 SNACASE X-210 を選定
1952.5   政府の開発援助を得てSE-210 となる SE は シュド・エスト から
1952.10 BOAC Mk. I #9 ローマ・チャンピーノ空港離陸時オーバーランにより全損 軽傷者 2 名  
1953.2   SE-210 試作機製造開始、まずは購入したコメット I の胴体からコックピットを分離するところから
1953.3 カナダ太平洋航空向け Mk. IA #2 のフェリー中にパキスタン・カラチ空港離陸時オーバーラン火災全損
BOACの運航要員 5名、D.H. のエンジニア 6名 全員死亡
 
1953.5 BOAC783 Mk. I #8 カルカッタ空港離陸時、落雷(未断定)により墜落、乗員乗客 43 名全員死亡  
1953.6   フランス UTA航空コメット Mk.IA 通算#19 ダカール空港でオーバーラン(機体損傷のみ)
1953.8   エール・フランスコメット Mk.I の運航開始
1954.1.10 BOAC781 Mk. I #3 イタリア西部の地中海上空で爆発
耐空証明取り消し
BOAC は全機の運航停止し本国へ廻航したが異常は発見できず燃料系電気系の強化と煙感知器追加と乗員訓練を実施
 
1954.3 耐空証明を再発行  
1954.4.8 SAA(南アフリカ航空)201 Mk. I #? イタリア西部の地中海上空で爆発
9 日、耐空証明の再取消し
BOAC からのリース機であった SAA201 の機体は深海にあるため BOAC781 の残骸を回収して原因追及

エール・フランスコメット Mk.1 の運航を停止、以降の再開はなかった

1954.4 チャーチル首相の指示による国を挙げた事故調査結果の検証となる水槽に沈めた実機の胴体に対する繰返し加圧実験などの設備建造を開始  
1954.5.29 水槽の完成  
1954.6.24 客室中央部外郭板の窓枠取付部の角から亀裂が発生し、短時間で胴体の断面形状を形成するフレーム(構造部材)に達するとフレームに沿って上下に伸展し胴体を輪切り状態にしてゆく疲労破壊の開始点を確認  
1954.8.28 回収された前部胴体の上部にあった自動方向探知機取付部に同様の亀裂があり疲労破壊の仮説は実証された  
1954.10 最終事故報告書に向けての審問を開始  
1955.2 機体設計上の欠陥による金属疲労と断定
破壊の進展の追求から設計、構造、材質、試験法など未知であった工学上の知見を得る
 
1955.5   シュド・エスト SE-210 初飛行
1957.3   シュド・エストシュド・ウエスト の合併で シュド・アビアシオン に社名を変更
1958.8   シュド・カラベル I (1.4m のストレッチ)就航
1958.9 最終型式となる コメット Mk.IV のデリバリー開始  
1959 ホーカー・シドレー による買収で
デ・ハビランド は消滅
 
1964 ホーカー・シドレー・コメット Mk.IV で生産終了  
1972   シュド・カラベル 12 で生産終了
生産機数 162 (内 Mk.IV74 279
運用終了 1982年まで民間で運用されていた
1967年より2011年まで英空軍が派生機種の対潜哨戒機 BAE ニムロッド を 運用
21世紀初頭 まで運用されたようだ

 カラベルはコメットの就航と同じ年に開発が始まり1972年に製造を終了したがその生産数は1.7倍であった。 

 おそらくシュド・エストの設計案に国外の胴体とエンジンの選定が含まれていたのだろう。 シュド・エストの細部設計はコメット Mk.I の路線就航の翌年となる設計案選定(1952.3)から始まり初飛行まで38か月(3年2か月)かかった。

 カラベルの機体がコメットをベースにして開発されたのは、英連邦以外で海外からの筆頭発注元だったエール・フランスのコックピット共通化への意向が強かったことと英国の見返り販売政策がかみ合ったこともあった。 

 また、要求仕様書にあった自国で開発したジェット・エンジンである スネクマ アターの出力と運用実績の不足から採用を見送り、ロールス・ロイス エイヴォン を採用するなど、工学に関係する機体やエンジンは輸入であろうと実績を優先させて採用する官民の国家プロジェクトの運営に注目したい。

 その代わり、それを統合する後部胴体マウントの双発エンジンのコンセプトは多くのフォローワーを生み莫大な特許収入を得ることになる。

 後部3発エンジンもここから生まれたと言ってもよいだろう。 さらに、多分、特許料は支払ったと思うが、何を考えたのか英国の ヴィッカース VC-10 それに続くソビエト連邦の イリューシン IL-62 などの四発胴体後部マウントでは、米国で台頭した技術を決定的に見誤ってしまっていた。 この辺りは次回に回すことにして・・・(閑話休題)

 さて、カラベルは、設計開始の翌年にインドでの コメットMk.I の原因不明の墜落。 さらにその翌年、地中海上空での連続空中爆発に対処を迫られることになる。 

 大がかりな実験を伴う英国の最終報告書はカラベルの初飛行の3か月前であったが、英仏間で原因の推定は共有されており、実験開始の段階での知見・・・すなわち、約1年前の、

「与圧による機体の膨張の繰り返しによる客室窓枠角部を取り付ける外板の開口部の角の丸みが小さいため応力集中係数が大きくなり、疲労破壊から始まる亀裂の連鎖が高空の室内外の気圧差によって胴体被殻の強度限界を越えて爆発した」というストーリィ(実機を使った実験の前提仮説)で改設計を始めていたと考えられる。

 そして、カラベル I の胴体を英国と同様の水槽に沈めて繰り返し加圧実験を実施している。

 具体的な対策には外観部品となる窓枠の角部の丸みを大きくして外殻を構成する外板の厚さを増す方法が取られた。 一連の事故と対策はWEB上にあるので閲覧できます。 

 カラベルの窓は角を丸めた三角形状の独特な窓を採用した。 少なくとも応力集中を起こす個所は一つ少ないという論理的結論なのか、いかにもフランスらしい美的感覚であります。

 コメットは角の丸みの大きい長方形で横長の窓を採用した。 中にはイギリスらしくラグビーボール状の窓もある。 これなら応力集中部は2個所となっている。 まあ競争しているわけでもないだろうが飛行機で見るお国柄は楽しい。

 それと同時に、顔のよく似た二つの機種はそれぞれの政府の指導と強固な意思のもとに計画されビジネスとは別に工学的な貢献を果たしたといえる。

 ひるがえって、一国だけの技術で航空機の機体とエンジンを創ることのできる国は数少ない時代の中で、ゼロ戦 にしか結び付けられない国民的幻想に支えられた、「我が日本の悲願の国産機を ! 」の政府機関の立案と構想、を民間に丸投げされたMRJミツビシ・リージョナル・ジェット)いや MSJミツビシ・スペース・ジェットが問われるのは、『ビジネスだけを目的とした』のか、になるのであろう。

--------------------------------------------------

--------------------------------------------------

何とか第四回につなげたのう
次回はリージョナル・ジェットの先陣を担った CRJ に迫りたいが
それまでの歴史で前置きが長くなりそうじゃから第五回から独立させるかのう ? !

どうぞ、ご自由に ! でも、お客様ファーストの CEO でお願いしますよ !!

-----------------------------第四回--------------------------------

先行する英国のコメットとそれを追う仏国のカラベルの主要諸元の変化の追跡です。

機体名称 デ・ハビランド DH106 コメット シュド SE 210 カラベル
機体型式 Mk.I Mk.IVc I 12
生産機数 11 28 20 12
初飛行 1949 1959 1958 1970
乗員/乗客 4 /36 4/79 2-3/90 2-3/128-131
航続距離(km) 2,415 6,900 1,650 3,200
巡行速度
(km/h)
725 840 746 810
最大離陸重量
(kgf)
47,620 73,480 43,500 58,000
全長(m) 28 33.99 32.01 36.24
全翼幅(m) 35.05 35.05 34.30 34.30
翼面積(m2 187.2 197.0 146.7 146.7
アスペクト比 6.54 6.21 8.02 8.02
翼面荷重
(Kgf/m2
254.4 373.0 296.5 395.4
エンジン型式 ハルフォード H2
ゴウスト 50
RR エイボン
Mk.524
RR エイボン
Mk.522
P&W
JT8D-9
最大推力(kN) 22.2 46.7 46.75 64.50
搭載数 x4 x4 x2 x2
推力重量比 0.190 0.313 0.219 0.227

各々の機種には型式の変遷があり、表記は初号機と最終生産機の型式
その間にはより優れた性能を示す型式もあるが省略した

注 1) カラベル I の(翼面積)の値は推定。 
注 2) 推力重量比は物理単位 [kN ] 、工学単位 [kgf] を整合させるため次式を用いる。
    推力重量比 =(最大推力 kN x 搭載数)/(最大離陸重量 kgf x 0.0098)

翼について両機を比較するとアスペクト比に大きな差がある。 コメットの全翼長(ウイング・スパン)を変えずに翼弦長(コード・レングス)を長くして翼面積を拡大しているようだ。

翼面荷重については、初期と後期においては両機とも似たような変化をだどっている。胴体を伸ばして座席数、航続距離の維持または増加のための燃料槽の増設で最大離陸重量(MTOW)の増加を招き、離陸速度や巡行速度などの維持のためにはエンジンの推力増加も必要になる。

推力重量比(スラスト ウェイト レシオ Thrust Weight Ratio を短縮した TWR だが)当面「推重比」と呼ぶことにして、この値がエンジンと機体の適合性の指標になる。

この比は無次元であるが、基本となる推力(スラスト)の単位は物理単位で m kg の質量に α m/s2 の 加速度を乗じた数字で表した力 αm の単位[N (= kgm/s2)]であります。

いっぽうの機体の重量(ウエイト)は工学単位(と、言ってもお肉屋さんでキロ・グラムまたはグラム当たりでハウ・マッチ、と使われる単位と同じ)の、重量またはバネばかりを引っ張ったり押したりする「力」を示す単位[kgf]であります。

中でも、重量としての [kgf] を簡単に言えば、その物体の質量 m に地球上の重力加速度 g を乗じた値を重量計で測った値であり、無重力になれば 0 kgf になる単位でもあります。

地球上と言っても量る場所によって重力加速度は異なる。 肉の値段も変わる。 そこで、1kgf = 9.8N と換算の定義をしています。 面倒くさいですね。

つまり、 物理学単位の 1 N1 kg の質量に 1 m/s2 の加速度を与える力と定義されています。

「つまり」の二乗でとどのつまり、地表では 1 kg の質量に 9.8 m/s2= 1 Gの重力加速度がかかっており 9.8 N の力で手のひらを押し、これを 1 kgf (キログラム・フォースの略)と工学単位の力で呼ぶのだが、この力をお肉屋さんの秤で測れば、単に 1 kg の重さ、と呼ばれていることになる。 繰り返すと9.8ニュートン(N)= 1重量キログラム (kgf) であります。

中には丁寧に 1 kgw または 1 キログラム1 キログラム・ウェイトまたは 1 キログラム・じゅう)と呼び分けている理工学部出身のお肉屋さんもいる・・・のかなあ ?! 。 (”お久しぶりね”の閑話休題)

したがい、本題の kN 単位に換算して算出した「推重比」は「そのエンジンの総推力がその機体に与えた加速度と重力加速度との比」、通常X G と呼ばれる値を示している、といえます。

「とどのつまり」が煮詰まって、推重比1 G を超えれば機体を垂直に持ち上げることができ、ヘリコVTOL には必須の条件であります。 が、1 G 以下でも加速はでき、翼面積と速度の二乗の積に比例する揚力で飛び上がれる。 もちろん離陸速度に到達でき、かつそのための滑走路長があれば、の話であります。

以上を頭の隅っこに入れて欧州のジェット・ライナーの創成期の推重比から振り返ると一般的な離陸時の機体の加速度は 0.2 G 前後、コメット IV では 0.3 G を超えたようである。

なお、飛行機の加速度が大きければすべてよし!というわけではない、中にいるのは人間です。 人間は宇宙へ重力加速度から抜け出すために犬や猿で実験をしていました。 そういえば同じ脊椎動物なのに雉がいなかったのはどうしてだろう。  

では、この時代の終わりに台頭してきたアメリカの代表機種の基礎となるボーイング 707-120 と比較すると、翼幅 39.88 m、アスペクト比 7.1 より翼面積は 224.0 m2翼面荷重は 511.3 kgf/m2 と数値はやや大きいが、推重比は乾燥状態で 0.175 G 水噴射で 0.201 G だった。(ちなみに開発開始は 1952 年コメットのそれより 6 年後、初飛行は 1958.11 で、コメットより 9 年、カラベルより 3 年遅れていた)

推重比は四発機の コメット I と大差ないが航空ビジネスの基本仕様となる乗員/乗客は 3/179 名、最高速度 997 km/h、航続距離 7,480 kmと卓越していた。

ここでちょっとだけこだわれば、ただ一機だけ製作されて後年の世界の大型ジェットライナーのデファクト・スタンダードに成長する原型となった 367-80 通称  - 80ダッシュ エイティ)の設計開始も 1952 年、初飛行は 1954 年。 それぞれ、コメットの原型の初飛行の 3 年後、5 年後と出遅れていた。

この -80B- 52 とペアで行動する空中給油機 KC - 135 (運用開始 1957)になり、続けて輸送機 C 135 (物資輸送では地上作業や空中投下には不向きで短命だった)から電子戦や電子偵察用途の EC -135RC -135 (のちの民間旅客機から改造のテストベッド ? になった)などへ KC - 135 とともに一部が改装されました。

その一方で、少し時間をさかのぼれば、民間機の 377 ストラト・クルーザー で失敗していたボーイングは、軍用途として先行していた航続距離の長い核兵器搭載型戦略爆撃機 B - 47B -52 の経験と両爆撃機のビジネス利益を原資とする民間機の自社開発に向けての決断があった。 ちなみに、何度か出てきた1952 年B - 52 が初飛行をした年でもありました。

707 はエアライナー向けに胴体直径を - 80 より少し( 0.15 m)太くして(主翼基部にかけての翼弦長の変化が大きいなど細部の違いはいくつかある)開発を始めたのだが、並行して進められていた  - 80 より初飛行が遅れたのは軍と民の要求仕様の差とも、もともと仕様が分かれたのは軍用と民需を同じ製造ラインで組み立てることを空軍が嫌ったためとも、と言われている。

ただ、時系列で振り返れば 707 の開発にはコメットが残したレガシーに負うところもあった、といえる。

さて、この当時は、まだ燃料消費量がどうの、という時代ではありませんでした。 アメリカは長大な滑走路を持つ空港の展開を含めてジェットライナーのシステムを視野に入れていたとも、それを実行できる覇権を握っていたともいえる、航空の時代の幕開けでした。

詰まるところ、この時代はジェット・エンジンの黎明の時代でもありました。 ここで上げた民間機で機種で次の時代を担うターボファン・ジェットを採用していたのは カラベル 12ボーイング 707-120 でありました。

同じく軍用途では B-52 H から 1960 年にターボファンに改装され、バディのほうは KC-135 E として 1982 年から換装が始まります。

そうそう、フランス政府が自国で開発したジェット・エンジンの スネクマ・アター を断念したのは その推力が 2,722 Kgf だったことにあります。 双発時の推重比にすると 0.125 となります。 したがい、仏航空局のコンペには 5 発機の提案もあったそうな。

ちなみにアターの 3 発案では推重比は 0.187 となりますからコメット Mk. I と同等になりますが、信頼性の面で RR エイボン Mk. 522 双発の採用を決断しました。 意地を通して 3 発で開発を進めたらビジネス・ジェットのデファクト・スタンダードの栄誉を逃したことになったはずです。 フランスらしい合理性の追求と言えなくもないでしょうかね・・・

米国の空の覇権の独占に先んじようと先行していた英国のジェット爆撃機の開発は、当 キネマ航空 010 便 で上映中の「クイーン・コング "Queen Kong"(1976)」にて・・・

米英の旅客機の比較については 当 キネマエアラインズ 900便 で上映中の「予期せぬ出来事 "V.I.P.s"(1963)」のコラムをご参照ください。 また、ボーイング 707 につきましても 同 008便 の「ボーイング・ボーイング "Boeing Boeing"(1965)」にて上映中です。
ご搭乗をお待ちしています。 (キネマエアラインズ のコマーシャルでした)

--------------------------------------------------

なお、フランスはコメットの胴体をそのまま使って角を丸めた三角形の窓枠に変えたのではありませんでした。

英国に胴体ごと無理やり買わされたのかどうかは不明だが、欲しいのはコクピットを収めた機種部であった。 コックピット後端の隔壁部で切り離し、変形した円錐台状の接続部を間に挟んで自前の胴体直径 2.97m (コメットは 3.12m )に滑らかにつなげていた。

カラベルは、のちの型式でこの接続部を使ってコックピットを拡張をしており、機首の形状は初期に比べてわずかに変わっている。

デ・ハビランドは先頭を切ってジェットライナーのコックピットを開発しコメットに取り入れた。 結果としては、計器視認性や操作性は満足できたけれど、飛行関連の計器盤を窓に近づけて前方視界を確保するため操縦席を絞られた機首に押し込めたので狭苦しく、のちにパイロットからのクレームが出ることになる。 また、これまでの計器盤の標準色であった艶消ブラックから艶消グレーに変更するなどの先進性も持ち込んでいた。

いっぽう、カラベルでは飛行関連の計器の配置を幾分変えているが、この当時はエンジン関係の計器はフライト・エンジニア席にあった。 フランスはこちらのノウハウを評価したのだろう。 もちろん艶消しグレーも採用していた。

さらに、ストレッチされたカラベルではコメットの場合と同様に垂直尾翼からつづくドーサルフィンとも言えない背の低い補強材が重心付近まで伸びているなど、どちらの主導かはわからぬが共通したコンセプトを共有している。

胴体直径は違っていても購入した胴体の基本構造はしっかりと参考にしているようだ。

カラベルは、後部胴体マウントのエンジン配置に伴いのちのダッソー・ファルコンにも続く水平尾翼と垂直尾翼の構成を十字型にしたこと、 その尾翼に後退翼(垂直尾翼は三角翼だったが)を採用したことがコメットとの大きな違いであった。

この時代は、エンジニアの発想を実現させる努力と工夫が相互に検証と補完がなされて後世に多くの遺産を残す、あるいは残せる時代であって、「真似した、された」からだけでは当を得た批評とは言えない。

しかし、事故との引き替えで安全を構築する時代など終わったはずの手法で開発されたエアバスのフライバイワイヤ、そのあとを追うボーイングに見られる 737 N(ext) G(eneration) から続く 737 Max などの暖簾商売のなかに人間の作為(プログラムに組み込まれたアルゴリズム)が危険を招く時代に、入っている、あるいは戻っている、とも思えてくる。

さて、次回は大陸を結ぶ大型ジェットライナーは誰かに任せて中小型の単距離ジェットライナーでリージョナルジェットの前史に迫りたい。

このあたりから鋭意執筆中です。
別稿の第五回に続きます。
ご期待ください!

« 2019年7月 | トップページ | 2019年11月 »

2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31