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カテゴリー「旅行・地域」の10件の記事

2014年4月 8日 (火)

キネマ航空CEOの春2014「しなんばた」コンサート(その2)

(承前 その1 と同時公開)

「しなんばた」に戻り、当CEO のお目当てである「翁草(おきなぐさ)」を撮影する。撮影者に合わせて多少ボケているの選んだ。写真は真を写すのではなく、フォトグラフ(光の絵)である・・・という、なんちゃって!写真である。

14aomeate 元はといえば、もう一人の T さんのブログである。

その一文によると、どうもわが似姿に通じる命名に思えてくる・・・しかも全身に毒があるというのも気に入った。

枯れて「良い人」になってはつまらない。

それにしても、「翁(おきな)」があれば「媼(おうな)」もあるはずで、どんな草でどんな毒があるのか、ご自身は「自家中毒を起こすぐらいの毒がある」と自負されている、愛妻家の T さんのお話をゆっくりと聞きたいものだ。

空は晴れているが大きな雲が西から東に流れて、時折り太陽を隠す。濃い色の雲が近づくと雨とも言えぬ水氷りの粒を風が運んでくる。

今回より食事は、食中毒などのリスク回避と同時に本来の参加者であるスタッフ、特に女性の方々のコンサート参加を図ってのこと。

14ashokujiスタッフも加わり献立のプランと試食を重ねて、調理と菓子は地元の業者に依頼し、ほとんどの食材はボランティアの持ち寄りと地元産で賄われた。

見ての通り、お米はむしろ惣菜である。トレイ(去年までは葉蘭の皿だった)の向きを勝手に変えて撮影してみた。魚(あまごの甘露煮)の向きが反対なのは撮影者の責任である。

味音痴、音も音痴の当CEOに語る資格はないがブラッシュ・アップは必要だろう。ただ特定のイベントに向けての素朴な味は捨てがたい。

稲荷に挟まれた、菜の花の透けて見える薄い大根(蕪?)の漬物を工夫すれば昔の味と違うかもしれぬがなかなかの味になりそうに思える。地産地消の試みとしてまた訪れる楽しみが増えた。

今回のコンサートには音響に詳しいスタッフが付いたようで昭和の歌謡曲が邪魔にならぬ程度に流され、当CEOは東屋で昼喰(ちゅうじき)を取ったが別のスタッフによる「蘇州夜曲」など二胡の生演奏付という贅沢さであった。

食後のコンサートでは、いつもの女子高校生弦楽カルテットから始まるのだが内二人がクラブ活動で負傷のためバイオリンとビオラのデュオでの登場。サウンド・ミキサーを務める作務衣のご老体も「なかなかの音を出している」と褒(ほ)めておられる。

オーディエンスより先に「アンコールはいかが?」と勧めたり、そのあとに再度のアンコールを求められると慌(あわ)てたりと、ほほえましい。

メインの琴四重奏、今回は春野で就農した若いご夫婦の奥方のご母堂とその仲間(JI-ON 慈音から)がお隣の愛知県から出向いて、演奏される。

14concert1そのためもあってか、司会者は進行を娘さんに任せてしまった。

演奏が始まるころには、一段と強さを増した突風が時折りおそい始める。

(立っているのが娘さん。手前の前側がご母堂。風に飛ばされそうな楽譜を心配そうに見ていたが、

14concert_2

ついに前に出て楽譜を抑えることになる)

コンサートは、かなり複雑な選曲と構成のようで、調弦の合い間に農家の苦労や楽しみを語る娘さんは、一児の母でもある。

琴も嗜(たしな)むようで、母娘の二重奏ではじまり、母の琴に合わせて娘が歌うのか、娘に合わせて母が弾くのか、尋常小学唱歌「ふるさと」の独唱で終わる構成になった。

想夫恋(そうぶれん)ならぬ想母恋(そうもれん)か・・・最後に予定されていた参加者全員の合唱は中止された。

『青』の季節の強い風を「青嵐(せいらん)」と書き「あおあらし」と読む。その風が運んだ雨粒のせいかも知れぬが、そっと席を外していた合唱の指揮をするはずだった
マエストロ・セニョールの粋なはからいにも思われる。

こうしてコンサートは終わり、スタッフには撤収の労働が待つ・・・当CEO も簡単で軽そうな音響ケーブルの取り外しを手伝って失礼する。

余談

立ち話で、もう一人のほうのTさんに、「消費税 春野の町が 遠くなり」と献呈したが苦笑しておられた。季語もなく直截にすぎるので次のように改訂したい。

「平成24年春」を頭に付けて
「弥生ふつか 春野は遠く なりにけり」

消費税増も必要とは思うが、負の影響は中山間地にもっとも強くあらわれることになる。それに対する立法や行政の施策は欠(とぼ)しいままのようだ。

訪れることが力になるならば・・・併設された地元特産物の売店は盛況だった。

キネマ航空CEOの春2014「しなんばた」コンサート(その1)

古来より中国では四季を四つの色に託すようである。その中で日本で定着した言葉は『青春』と『白秋』のふたつとなる。

このふたつの季節に「しなんばた」という山間(やまあい)にあるオープンガーデンでコンサートが開かれ、当CEOは毎年、毎回、これに参加するのが楽しみになっている。

今年は少し早く行ってみた。

14abutai 昨日からの寒気のなかで組み上げられた舞台である。

この春は琴の演奏会となる。後ろ舞台となる桜の花を引き立たせるのは格子のついた引板戸である。

左端の一枚に掛けられた一頭(ひとかしら)のひょっとこ面と一輪の椿の投げ入れが微(かす)かな華やかさを醸す舞台となる。

当CEOは写真もあまり得意ではない。したがって傍観者的な構図こだわっている。今回は800x600を掲載しているので左クリックで拡大できます。

さて、コンサートは長蔵寺応援団というボランティアで運営されており、その中の T さんに庭内の草木のはなしを聞く。今回は「二人静」を覚えて帰ろう。

14amusasabiT さんも移住組のお一人であり、その里山生活の一部を見せていただくため、車で少しくはなれた山腹まで急斜面を登りお話を聞く。

「しなんばた」も見渡せる眺めのいい山肌に地主さんの許可を得て桜の群落の形成をはじめている。

満開の桜の下もいいが、当CEO は遠くの山に見える一樹、一群の桜で春を感じるほうが好きである。 T さんはそれをご存じなのか。

そのTさんの視線の先にあるのは巣箱である。巣箱は呼びたい鳥種に合わせて出入り口の穴の径が決められる。しかしTさんの当初のもくろみははずれて、今はムササビの棲み処となっている。雌雄は分からぬが一瞬、顔を見せてくれた。

初夏から夏の子育てには直射日光があたり、子育てには開けすぎている感もあるが、毎年いるそうなのでそのうちに叶うだろう。双眼鏡を傍においての山仕事も急がぬ暮らしの秘訣の一つのようだ。

反対に目をやると晴れてはいるが、点在する雲のひとつから白い幕が平地に向かい地表近くにまで垂れている。

T さんにはもう一つのアンビションがあるようだ。それは、入り組んだ多くの山主を説得してまわり、いずれ林道沿いに杉の密集木の間伐をおこなって蝶の食草の道を育てることだ。

すでに一部分を購入して、実際に初めている。案内されたその場所では日差しが入り(タチツボ?)スミレの群落が形成されつつある。

T さんが採用している間伐方法も、当CEOは初めて知った。これでサイクルを縮めた林業の一角を担えないかと夢想する。

食事の時間が近づくと急に冷え込んできた。坂道を下り帰途につくとフロント・グラスを打つ疎(まば)らな雨粒にみぞれが混じり、風も少し吹いているようだ。

風や雨足が重(しげ)くなると T さんの仕事も増える・・・(その2へ続く)

2013年12月23日 (月)

キネマ航空CEO 崖の上に立つ

浜松市天竜区春野町杉に発生した地滑りの上に立つごとができた。ここで茶農園を営む山下さんのご厚意である。

最近話題となった地滑りの写真を大胆にあしらえた封筒に入った「奇跡のお茶」を仕掛けて話題となった人であり地域である。

「奇跡のお茶」はこれからの受験の季節に向かい好評であるとのこと。「災い転じて福」にはほど遠いが、現状を認めて一手を打つ人たちの心意気には、多くの人にぜひ触れていただきたいと思う。

今回は浜松市の農林業振興課が行う森林散策会と春野山の村の企画と山下さんの協力により崖の上に立っている。

20131215aあまり報道されることのない上から見たところである。(画像をクリックすると拡大されます)

島のようになった茶園が見えるが奥の流れは地滑り後に掘られた導水路である。

もとの流れは手前の黒っぽく見える土手のさらに手前をえぐり右手の林の付け根まで回り込んでいた。

その本流が土砂で埋まりダム化するため、土砂の及ばなかった茶園の一部を切り開き放水路を確保している。

その島側の縁は切り取られたまま、厚い表層となる農土の下に数層の火山灰とみられる層、続いて砂利や石の地層を見せている。

そして、元は農地であった土地に上流に降る大雨に備える先の導水路を開削をして島となった。

国や県、市の行政の適切、機敏な判断もさることながら耕作地を即座に提供した方々の決断に、平常にも何がしかの覚悟をもって生活しておられることが感じられる。

写真の中央上端に見える木立の手前にある小さな建物が地域の公民館である。道路の手前にある家屋に住む方がたは増水の危険があると、この公民館で過ごされたそうである。

崖上に住む山下さんは、やはり別の公民館で寝泊まりし、日中は後日に「奇跡のお茶」となる若葉を摘む生活だったとのこと。

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山道を登る途中でシイタケ農家の話を聞く。

この農家が栽培する原木シイタケは今ではロングテールの市場にとどまる努力を続けている。

ロングテール市場とは、ある商品が他の商品にとって代わられて、供給する側の生産者が減る中で、これまでの愛用者がこだわりの顧客となり、少数ながら需要と供給のバランスで長続きする市場にとどまる体力と知恵が生産者に求められている。

シイタケの市場は100%国内の原木栽培であったが30年ほど前から中国産の輸入シイタケに蚕食され、一方で国産シイタケは菌床栽培(一種の工場生産)が参入して、いまや原木栽培は20%を切っているそうである。

これらは市場原理であり、また資本の原理でもある。顧客が広範囲に広がるロングテール商品では地産地消で事業が釣り合うことはなく、自然志向にのる大手の流通と提携することになる。

そこへ東北大津波による風評被害が加わる。こうした場合、大手の意思決定は早い。お客様の安全のため、とかの理由で撤退をしていくさまが見えるようだ。(当CEOも購買業務にに従事していたことがある。大手といえどもそうしなければ生き残れない)

この農家ではこうした状況をのり越える原木シイタケ事業のリストラクション(再構築)を始められるようだ。

中山間地では地滑りにより川の流れがせき止められ孤立する危険と隣り合わせである。その中山間地も平地にある人口密集地の影響から逃れられない。市場という顔の見えない相手の意志を理由にして商流を切られることがある。

その中で生活をする中山間地の方々の顔は、忘れられた日本語の『身の丈(みのたけ)を生きる』を思い出させる。

「身の丈」とは自分で自分に合った「枠を決めて生きる」のではなく、「背筋を伸ばして生きること」を示してくれている。

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山道を下る途中で製茶工場を見学、茶産業のはなしを聞く。

茶葉を集荷して工場の施設で製茶するほかに、個人の道具に近い設備で生産者のこだわりの製茶も行われている。

写真で小さく映っている公民館で地産地消の混ぜご飯と具の豊かな汁(金500円也)をいただく。極めて美味、お代わりをする。「奇跡のお茶」も振る舞われた。やや渋みのある緑茶らしい味わいである。

そうそう、シイタケ農家で振る舞われた塩コショウと少量の油のみでソテーされたシイタケの味も旨かった。

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20131215c

さて、こちらは、わき道を登る前に斜面の下半分を カメラの水平に留意して撮影したもの。 36~7度の傾斜である。

崩れやすい土質が崩壊した土砂が溜まって形成されて安定した斜面を保っている。

その摩擦係数は、0.7から0.75といったところか。この斜面は富士山の頂上付近より急であるが登れないことはないそうだ。

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20131215b

次の写真は崖の上で斜面の上半分を撮影したもの。角度は46~7度ある。

こちらは摩擦により安定しているというより、脆(もろ)い凝結でつながっており、奥にはより強固な岩の層があるようだ。

工事は県の地域土木事務所だが国の予算で3~4年かけ、まず上下の斜面が合うあたりに支えになる土台を造り、「(上の斜面)法面に吹付枠を設置し鉄筋挿入、およびグラウンドアンカーにて地すべりを抑制する」(工事概要説明看板より)。

要するに斜面の上に取り付けるマス目状の鉄筋コンクリート枠(のり枠工法)が滑り落ちないように土台を造り、のり枠をアンカーで地中の岩盤に固定する工法。

この、のり枠の中をどうするのかは聞きそびれた。方法は多々あるようだがおそらくコンクリートで埋められるのだろう。

最初の崖の上からの写真は幅150メートル、高さ130メートルの絶壁を見下ろしている。春野の山の中に一大城塞が出現するのだろうが、ここで「自然の復元」などと言い出せば「身の程知らず」となるのだろう。 

先回のブログで載せた、ちょうど上下の斜面の境目に生き残り、寒さの中で芽吹き始めた立木(たぶん欅)は切り倒されていた。下半分の斜面の処置法はまだ明確ではないようだ。

20131215d

キネマ航空CEOの 「春野の休日 2013秋」 の後に、中山間地の土木行政について考える

春野町にある信濃畑(しなんばた)オープンガーデンで行われる定例のコンサートに参加した。2012年の春以来、今回で四度目の訪問となる。

その雰囲気は裏方を務められる武兵衛さん、セニョールさんのブログに詳しい。お二方ともお歳を重ねたあと都会から移り住まれた方達であり、セニョールさんは西にひと山越えた龍山町からの参加である。

どちらも過疎の町といえどもお二人のように定住しようという元気な人たちが大勢いる。会場には「昔乙女」(武兵衛さん言)の方々や子供を連れた若い夫婦もかいがいしくコンサートのスタッフとして参加している。

さて、コンサートはマエストロ・セニョールの指導による、「翼をください」の合唱で締めくくられた。いいお歳の方たちが歌っていたが当CEOは歌えない。

あとで調べたところ1971年のリリースで教科書に採用されて、もっともポピュラーなフォーク・ソングかニュー・ミュージックらしい。当CEOはその頃、何をしていたのやら・・・

さて、春野町には、全国ニュースとなった地滑りの痕が残っている。武兵衛さんのブログに「地滑り現場の工事が着手」という情報があったので足を伸ばして見学(物ともいえる)を行った。

そこでの見聞を武兵衛さんに送ったところ、自分で書きなさいと当事務所にリンクを張ってくれた。

当CEOは、武兵衛さんのブログに触発されていくつかの地滑りに関する記事を書いている。そこで今回も武兵衛さんのお力も借りることにする。

20131109aまず現状の斜面である。

時系列の経緯では、武兵衛さんのブログを訪問すると言葉を伴った「最良の記録」を閲覧できる。

できごと・事件」のカテゴリーで  2013年4月23、24、30日、5月5日の発生当時の記録と比べるとさらに拡大し荒涼としている。

武兵衛さんは、これに続けて

風景」のカテゴリーで6月7日、7月29日、9月18日、10月12日、11月7日、13日・・・と定点観測を続けている。大きな崩壊はさらに二度あった。

当CEOの写真は11月9日の撮影。

現状になったのは9月の台風によるようだ。中央付近に残っていた一群の樹木が滑落している。

20131109b次の写真は斜面左上に見える青い点である。切り立った崖の上に薄く見えるオレンジ色の大型重機2台から伸びる各々1本のワイヤーで吊り下げられている遠隔操縦の無人パワーショベルである。

無人とはいえ運転台が水平になっている。どこかにある、これと同じ操縦席でオペレーターがモニター画面を見ながら操作しているのだろう。オペレーターの水平感覚に合わせるためと思われる。

無線操縦なのか、有線なのか、そのオペレータは日本のどこにいるのか、など興味は尽きないが、重力や目視による人間の感覚がこの最前線の機械の姿勢にも現れているのだろう。

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全景画像の右側中央付近に山津波に巻き込まれて枝葉を失い、まみれた泥が乾き、白くなった杉の幹の残骸がのこる。

発生時の生々しさは失われ、万人が感じる「恐ろしさ」から個人が感じる「怖ろしさ」に変わる。

現代社会ではこうした記憶の個人化は、武兵衛さんの言葉を借りると、社会や地域としての記憶の風化になり始める光景かもしれない。

この下には狭い川を隔てて人家と畑がある。原因とされた川は崖下を迂回する水路に改修され、崖は傾斜を緩めて、崖の上と下で長い長い時間を掛けて築いた生活の一部を自然に返すことになる。

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お気づきだろうか、全景画像の中央付近に一本の木がしっかりと立っている。

神様がいるのがどうか、災害現場には不思議と何がしかの希望を残してくれる。

東北を襲った大津波に残った陸前高田の一本の松のように。

ただ、この松は、政府がようやく認め始めた、「今生きている住民には半永久的に帰還できない土地がある」、ことを黙示するように静かに生を終えた。

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幸いなことに、この広葉樹は新しい芽を吹きだし始めている。

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「この一本の木(が存在する意味)をどのように生き残らせるのか」が、現地の土木事務所の土木行政として問われることになる。

組織の持つ科学や工学の力で自然の復元力に資するのか、その組織の力で自然を組み敷くことにするのか、である。

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毎年の春秋にコンサートが開かれる信濃畑のオープンガーデンから、先人の手によって行われた崩壊した斜面に自然を復元させてゆく過程を望むことができる。

そしてその復元にはどれほどの時間がかかるのかを実感することができる場所でもある。春野町の時間は悠然とながれて人々の生活がある。

願わくば数十年あるいは百年後に、当CEOは見ることはなかろうが、どちらの斜面も見事な広葉樹の森になっていると信じたい。

当CEOは幸田文の最晩年の随筆集「崩れ」、「木」に大きな感銘を受けたことを付け加えておきます。当CEOのように何かと表層を理屈付けすることなく、自然の崩壊や樹木の再生の現場まで出向き、感じた直観を言葉に変えて残されている。

「72歳、52キロ」の身体と脳から紡ぎだされたこれらの随筆は、良心をもつ(と断らなければならないのが情けないが)科学者、技術者の姿にも通ずる。

幸田文さんには及ばずとも、だれにもその機会はある。

武兵衛さんや森林散策会のメンバーは、2013年12月15日(日)に、この周辺の森林を散策する会を設定されるようだ。お二人のブログを訪問して詳細確認のうえ参加くだされば当CEOとして本稿を書いた甲斐があったといえます。

2013年5月 6日 (月)

キネマ航空CEO 摩擦と浮力から『地域自治』を考える

承前 キネマ航空CEO 浮力について考える
承前前 キネマ航空CEO 摩擦と粘着を勝手に解釈する
承前前前 キネマ航空CEO 桃源郷の物理学について考える

知人のブログから抜き書き引用すると、

「豊かな自然の景観は、つねに自然の脅威と隣りあわせなのだ。」・・・「日本人は大きな災害は、「祟り」と捉えられた。」・・・「いまこそ、自然への「畏れ」のルネッサンスが求められている。」

知人、「知人」を繰り返すのは「友人」、「仲間」と呼んでいただけるほどの自信が当CEOにないためです。その知人の意図は 「 ・・・ 」 の中にあります。ご訪問ください。

その「自然の驚異」「祟り」のほとんどが摩擦と浮力という物理現象でありますが、これは起きてから解説できることで、まさに「畏れ」でしか人間はその「祟り」から逃げることはできません。

「地震予知なんかデキナイヨー」という地震学者のゲラー教授が日本の最高学府の東大にいることは日本人として誇りとすべきです。なに、日本の最高学府は京大だ! ですか。いずれにしてもわからないことはわからないといってほしいものです。(閑話休題)

さて、人は古来より「祟り」は「畏れ」となり、「結界」、「端境(はざかい)」と呼ばれる、「遠ざかる」というすべを身につけていました。

東日本大地震の津波被害においても「ここより下に家を建てるべからず」という「結界」をまもった地域は被害が少なかったと報道されていた。そのマスコミも今になれば元の住まいに戻りたがる住民の声を多く取り上げて堤防で囲まれた国土強靭化計画の後押しを始めた。まあ、上陸してくる兵力にたいする第一防御線にはなるかもしれないが・・・

なぜ多くの人が結界、端境を越えた地域に住み着いたのかの調査は報道されていない。おそらく自分の決断という人は少ないであろう。おそらく建築許可を出したお役所が安全を保障してくれたから・・・であろう。

気候変動で地すべり、土石流のおこる可能性が高まる山間地の住民の『地域自治』で「結界、端境」を見つめなおしてほしい。

ここでは「地方自治」より、「地域自治」が何より重要であろう。なりより痛みを分かち合えるのだから。おそらく起きてからの「痛み」と同様に「起きる前の痛み」も。

「祟り」を起こす魔物の「摩擦」と「浮力」はその地域の中に潜んでいる。(完)

参考URL

「門島地すべり」(浜松市天竜区春野町杉)災害状況 2013年4月
アジア航測の「災害関連情報一覧」のトップ・ページ。リンク切れの場合は同ページから上記のタイトルで。

「2013 春野町の茶畑崩落」のYouTubeアップロードより
制作:記録屋 //kirokuya.hamazo.tv/ 頭にhttp:

2013年5月 2日 (木)

キネマ航空CEO 浮力について考える

承前 キネマ航空CEO 摩擦と粘着を勝手に解釈する
承前前 キネマ航空CEO 桃源郷の物理学について考える

地すべりにつづく物理現象は土石流です。これは摩擦と浮力が複合している物理現象であります。

浮力は「アルキメデスの原理」として知られる
「重力のもとで静止した流体中に置かれた物体は,そのおしのけた流体の重さに等しい浮力を受けて軽くなるという原理」
とも
「全部、もしくは一部が液体中に浸って静止している物体は、その物体に働く浮力の大きさのぶんだけ軽くなる。浮力の大きさは,その物体が排除した体積に相当する液体の重さに等しく、向きは重力と正反対となり、作用点は液体中にある物体の中心にある」
とも説明されます。
Photo静止した水に浸かった体積 V の岩があります。水底には見えにくいが小さな土砂が沈んでいます。(図をクリックすればポップアップします。)

岩は静止している砂利に埋もれていますが隙間を通して水の圧力を受けています。水に浸かった部分の体積の割合をαx100%とします。

次に水底に沈んだ土砂と水の体積比をβx100%とします。

浮力は体積X比重量ですから図のように計算できます。浮力は体積と比重量の積として重力を相殺して摩擦力になる水底を押さえつけます。当たり前ですが浸かっている体積が大きいほど押さえつける力は小さくなります。

摩擦力は、摩擦係数 X (重量 ‐ 浮力)ですから水に浸かった岩は地上より軽く動きます。おまけに摩擦係数自体が水のため陸上より小さくなっていますから岩はさらに動きやすくなっています。

Photo_2次に左の図では沈殿していた土砂が水の流れに撹拌されて水と均一に混じりあっている状態です。

撹拌されて、静止していない重さのある土砂を含んでいる「水」は「流体」と呼ぶほうがよいかもしれません。

ではこの流体の比重量はどうなるのでしょうか?

水と混じりあって運動している土砂は流体の一部となりその水に沈む岩石を浮かせようとします。

Photoその流体の比重量は土砂と水の体積比とそれぞれの比重量から計算できます。

流体の比重量と岩石の冠水割合から岩石にかかる摩擦力(岩石を押し流す力)を計算できます。

つづく計算ではどのような状態でも摩擦係数は変わらないと仮定しています。ここで摩擦抵抗そのものを計算しても理解する助けにはなりません。

具体的な数値よりイメージを優先して、いろんな組み合わせの時の摩擦抵抗を「冠水なし」、したがい「土砂もなし」(α=0、β=0)の状態の摩擦抵抗に対する比として表に整理しました。

前提条件として、土砂は岩石が細かく砕かれた状態と考えて両者の比重量は同じとして標準的な比重量をつかいました。したがい、極限状態として水を含まない土砂が流体としてふるまえば完全にその土砂に没した岩石(α=1.0,β=1.0)は摩擦による抵抗はなく押し流されていきます。

また、完全に水だけで水没した(α=1.0,β=0)岩石は底が水にぬれているだけの状態(α=0,β=0)に比較して62%の力で動くことになります。土石流がどれくらいの土砂を含有しているのかわかりません。しかし、いつもは摩擦で動かない岩も土石流ではずっと小さな力で動いてしまう、という説明になったと思います。。

摩擦と浮力は桃源郷にひそむ物理的危険であり広範囲に破壊的影響を与えます。これを克服するのが工学ですがこれには景観を破壊する可能性とそれ以前に費用対効果の費用をだれが負担するかの問題が控えています。

これはまたあとで・・・ キネマ航空CEO 摩擦と粘着から『地域自治』を考える

2013年4月30日 (火)

キネマ航空CEO 摩擦と粘着を勝手に解釈する

(承前)キネマ航空CEO 桃源郷の物理学について考える

土砂の摩擦や粘性は次のような実験で感じることができる。物理現象は理解する前に感じることが大切と思う。

・まず小麦粉を用意する。
・これをサラサラ砂時計のように落としていく。
・新聞紙の上でもいいが、後の作業を考えて底が平らな大き目のボウルの真ん中あたりに落としていく。
・しばらくすると富士山のようにはならないが円錐ができる。
・この円錐の斜面の角度(θ)のタンジェント(tanθ)の値が小麦粉の摩擦係数である。
・円錐はボールを傾けると崩れ始める。

次に少量の水を加えてよくこねて固めのパン生地(イースト菌は入れないでね!)にすると、どんな形にでも盛り上げられる。地形に例えれば90°の崖っぷちどころか、せり出したオーバーハングだって再現できる。

これに熱を加えずに自然乾燥でゆっくり乾燥させていくとその形のまま固くかたまる。完全に乾燥してしまうともろい。ハンマーで、いや平手でたたいても粉々になる。指で揉めば元の小麦粉に戻る。このあたりは熱で溶けた溶岩が固まった岩とは違う。

乾燥させて固めた(イースト菌を混ぜない)パン生地も水の中に入れれば小麦粉の状態に戻りそれを丁寧に自然乾燥させれば元の小麦粉に戻る。

小麦粉の粒子と粒子の間にある水の分子の幕も厚くなれば水と水の分子の間のサラサラした状態に戻る。先ほどのパン生地に水を加えていくとドロドロになる。

崖もできなければ張り出すこともない。(もっと水を入れるとモンジャ焼きかタコ焼きのベースになる。実験の下準備を書き忘れたけれど、だし汁と具は用意しておき、ここで加えて・・・ね)

土は食べれないけど。こうした状態を繰り返すことが可能なのは、土の粒子のまわりが水の分子レベルの厚さの薄い膜でおおわれており、土の粒子と粒子が水の分子によって強く結ばれているからである。その水分子の膜の厚さが土の粘着係数、摩擦係数を決めている。

人間から見ると水は「サラサラ」だが小さい物体から見れば「ヌルヌル」となる。土も一つの粒子として小さくなればなるほど強くくっつくことになる。

その人間は固い岩の上には住めない。自然と人間が共存している場所はパン生地の上と同じである。このパン生地は水の加減でどうにでもなることは実験で学べた。

桃源郷で人間が住むのは水を含んだ土の上である。そこは植物を育てる恵みの大地であり、自然が土中の水分をコントロールしていた場所である。

そのコントロールも気候変動に左右される。地勢の景観は長い周期の気候変動が土中の水分の量を変え、粘着係数、摩擦係数を変えながら地すべりを繰り返して、摩擦で安定した人が住み着く前の景観形状に整えてきた。

人間が山間地に住むようになり人為で景観形状を変え始めた。まず始めたのが段々畑、あるいは棚田といった自然の形状にそって平坦地を作り地すべりが起きても最小限の被害に収める知恵である。

さらに石組みの畔を延々と築き、さらに強固にした。棚田は畔を守るとともに水を溜める土質の改良を含め水ばかりか土中の水分の管理を行うシステムであった。

これをさらに拡大し高さを極めたのが堀を巡らせ、天守閣を支える石垣で囲まれた城郭である。その美しさは摩擦を使った土木建築の美であり、ローマのアーチに勝るとも劣らない。しかも水を貯え、その石組みの隙間で守るべき土中の水分をコントロールする機能までもっている。

石組みを使った大型の建設としてロックフィル・ダムという工法がある。名前のとおり外国で考案されている。ダムなので水を蓄える機能はあっても日本の石組みのような機能をむしろ有害な性質として使っていない。また地震には弱いという面もある。

それやこれやで近代日本の基礎土木工事はコンクリートしか考えなくなったようだ。かくして、かつては石垣で作られた急な法面がコンクリートで造られることになる。

ここでは水のコントロールを水抜きパイプを埋め込むことで石組みの代用としているが同じ機能を持っているとは思えない。

またコンクリート自体も石と同じ強度を持ち続けることはない。山岳地の道路脇の法面を固めたコンクリートの上に金網をかぶせてコンクリート自体の剥がれを道路面に落下させない知恵?で道路を守っている。

長期的な目で見ると地滑りを起こす引き金とされるのは直近の雨であるが土中の水分を増やし摩擦係数を下げるのは気候変動といえる。人間一代の経験する時間は気候変動の時間よりはるかに短い。

これまで安全と信じていた場所でも発生するのはこのためであり、特に人為で作り変えた土地がこの試練を受けやすい。

したがい、高い段差の上に人為を加える場合の根本的な考え方は、

該当する地点の土中の水分量と土の摩擦係数を実験してそこから計算できる角度で生活限界線を段差の縁から後退させて、そこにできた法面に必要な水分量を保持、水分量に放散する植生を法面とその縁(ふち)に作ることである。

地質工学からは、あまりに単純化しており、地層、水脈などもっと複雑なのでそれでも不十分である、と言われるかもしれない。

土木工学では、コンクリートで十分に石垣の機能は作れる。したがい指摘よりもっと広い平面を確保できる。・・・のであろうが、知人のブログでは今回の地滑り箇所はコンクリートの吹付であったようだ。

石積みにしても、同じ効果のあるコンクリート工法にしても機能する高さの限界とともに費用対効果の試練にさらされる。

行政が地滑りに対して道路とは異なる個人の資産を回復するために土木工学の英知を結集するとは思えない。

実際に起こった現象から始めたのでその当事者にとってはひどい書き方になっているかもしれないが広域行政のなかの桃源郷とそこにある物理現象を考えている。したがい。特定の方々を対象にしているのではないことをご理解ください。

物理現象の理屈では人間が直面する問題の解決はできない。そこには工学が必要であり、工学はお金が必要となる。それは行政や地方ではない、地方自治よりさらに小さい地域自治の問題でもある・・・

この辺りから、また次回キネマ航空CEO 浮力について考える にて・・・

2013年4月28日 (日)

キネマ航空CEO 桃源郷の物理学について考える

CEOが住む街の北のほうに同じ市内でありながら桃源郷のような町がある。その町でかなり大きな地すべりがあった。幸い人身にかかわる事故には至らなかった。

同じ町にすむ知人のブログは日々更新されており安心をした。当CEOのような不定期の更新では如何なものかと思うが書き続けるだけの根気もなく、また書くような実りのある生活もしていないのだからと尻をまくっておく。

当CEOは機械工学で生業をしていた。地すべりのような土木工学や地質工学については門外漢だが工学の基礎は物理学であり、その初歩的な理屈で地すべりを考えてみた。

実際にその地に住んでいる方々には何の役にも立たないことは初めから認めておくが、知っておいても荷物にはならないだろう。

地すべりは土のPhoto摩擦、もしくは粘着の釣り合いが崩れることでおきる。

摩擦の理屈は次のような現象である。
ある水平な平面にある物体を置いたとき、その物体を滑らせて動かすために必要な力は物体の重さにμをかけた値となる。

このμが摩擦係数と呼ばれ物体と平面の間に存在する。

なお、物体と平面は全く同じ材質であってもさしつかえない。地滑りの場合は同じ「土」であるがたまたまそのような関係になったに過ぎない。(なお、図中のG.C.は重心を示している。)

地滑りが起きるには斜面が必要となる。
物体が斜面上にあっても物体の重さの向きは変わらない。このため滑り落ちる力と斜面を直角に押さえつける力が働く。

Photo_2摩擦係数はこの斜面を押さえつける重さ(力)で働く。

ここで三角関数が出てくる。これはこのまま、図のままで受け入れてください。

「滑り落ちる力」より「摩擦で引き止める力」のほうが大きければ物体は静止している。つまり地滑りは起こらない。

地滑りが起こる瞬間は斜面の角度がきつくなり「滑り落ちる力」と「摩擦で引き止める力」とが等しくなった時です。

つまり μWcosθ= Wsinθ の状態です。この式の両辺にある物体の重さWを消してしまうと μ = sinθ÷cosθとなって物体の重さは関係なくなる。

さらに式を書き換えるとμ = tanθ = sinθ/cosθとなります。地滑りが起こった角度が摩擦係数に関係しています。

Photo_3具体的な例で富士山の角度を見てみると山頂付近、中間、山麓近くでそれぞれ写真のかきこみのようになります。

一応はこの状態で釣り合っているのでそれぞれの斜面の土砂、岩石の摩擦係数が計算できます。詳しく見ていく前に、・・・

摩擦係数にはいくつかあり、一番大きい動き出す瞬間の摩擦係数を静摩擦係数μSと呼び、それより小さい動いている最中の動摩擦係数μD、さらにさらに小さい(回転しながら)ころがる時のころがり摩擦係数μRがあります。

動摩擦係数が静摩擦係数より小さいことは地滑りが瞬間、突発的に発生することを示している。

その摩擦係数のある原因、理由は分子、原子の間に生まれる引力から、さらにはもっと大きな物体がそれぞれの表面にあるギザギザ、でこぼこがかみ合っている状態を壊したり、引っかかったりを繰り返すことで生じている。

さらには多くの物体同士がうまく重なり合ってその間に生ずる摩擦でできたその塊り全体を動かす時の抵抗も広義の摩擦と考えてもいい。(厳密に言えば摩擦で力を分散してしているのですがこれは後程)

なお説明図では平面同士の間で摩擦が生じていますが円弧同士、球面同士であっても接触して摩擦が生じている部分は平面とみなしても問題はありません。

次に摩擦係数と同じ考え方が使える現象に粘着があります。これは物体と表面のいずれか、または両方に粘り気のある物質がついている状態といえます。

こちらの場合はやけにゆっくりと滑り降ります。、一応識別のため粘着係数μA と呼ぶことにします。一般にμA = tan45 = 1 以上になると粘着と呼んでいるようです。

また角度を90°にしても滑ることなく、図の上下を逆にして90°以上にしても外れることもない状態を凝着と呼ぶこともあります。このときの粘着係数はμA = tan90°= ∞ 無限大です。

さて富士山に戻ると頂上付近の角度は溶けた(当たりまえだけど)溶岩流の粘着係数(正確には粘度)でできている。冷えて固まった溶岩も長い年月の氷雪風雨にさらされてひび割れてもかろうじて摩擦や窪みに挟まって同じところにとどまっていたが、雨風、時によりさらには人間によってバランスをくずされて転がっていく。落石である。

転がっていても何かにぶつかるなどの抵抗で割れて小さくなって中腹でとまる。このあたりではほぼ同じ大きさの塊りの溶岩石となって集まることになる。

転がる途中でさらに小さくなった土砂と呼ばれるようになると風や雨水雪解け水によって中腹に集まった石積みの隙間を抜けて山麓に達する。

この辺りまで下ると局所的な水流による浸食や土石流などを除けば落石らしい落石や地滑りはほとんどないであろう。

人間が住みつけるのはせいぜい傾斜が10°以下の丘陵地ということになる。では今回の地滑りは、何なんだ、ということになる。

まず、今回の地滑りの角度は45°以上ある。地滑りの起きる前は粘着状態であり粘着係数の釣り合いが崩れて地滑りが起きた。厳密に言えば上部に亀裂が入り、滑らずに倒れこむように落ちたのなら崩落となる。

土質の中で起きる粘着には水が深く関係している。また間の悪いことにその水は潤滑材として摩擦係数を下げる物質でもある。

なお、富士山の写真は以下のリンクから拝借しました。この角度から見ると左右非対称です。説明ではメリハリの利いているほうで作成しました。

http://matome.naver.jp/odai/2129742292886900201/2129742867587114803

摩擦係数の推定方法
写真や実験から角度を得たら、sin 、cos 、tan などの三角関数はWindowsの「すべてのプログラム」から入る「アクセサリ」の中の「電卓」を呼び出し、メニューの左端にある「表示(V)」をクリックして「関数電卓(S)」でその数値を入れると計算できます。

CEOの世代では、就職してから後もかなり長い間、「三角関数表」という暗号表のような数字の羅列から引いていました。

当CEOは読み間違えてかみ合わない歯車を作った前科があります。入社したてのころです。今ではこんな凡ミスを許してはくれないでしょうね。

続く キネマ航空 摩擦と粘着を勝手に解釈する

2012年4月 8日 (日)

キネマ航空CEOの春野の休日

里山歩きのグループで知り合った方たちに誘われるようにして同じ市内とはいえ車で小一時間かかる春野という町にあるオープン・ガーデンで行なわれる春の祭りに参加してきた。

Whole_view

四周を囲う山に沿って大きく曲がる清流のある庭である。

左岸の花の林は育成中で入ることはできないが右の花が見えるあたりから画面の外に広がっている。

川はどれくらい清流かというと鯉のぼり、ならぬビニール製らしいのは残念だが鯉ながしを行なえるほどである。

写真でははっきりしないが、Streamers

緋鯉のうしろに小さな鯉も泳いでいる。

オープン・ガーデンと言うとTVで紹介される英国の管理された庭を思い浮かべるがそんな大それたものではない。

Art

それでも竹を素材にした手作りのオブジェなどがあちこちに飾られている。

Passage

こちらは廃材木を利用した小道である。

実のところオブジェはここにある竹の輪を作った端材のようだ。

小道やその脇の人が踏み入りそうなところに並べられた輪っかのなかには、

Objects

こうして小さな花や若い芽が守られている。

立ち入り禁止の立て札や張り巡らされたロープで守られた庭より遥かに心を鎮める力がある。

よく考えられて設けられている小道のせいもあってか植え込みに立ち入る人は見かけなかった。

古都の社寺の庭、大名が残した大庭園、確かに美しく、大切なレガシーではあるが今日の日本の美や精神を具現して生きている文化はこれである、と言い切れるのかどうかを考えさせられる庭であった。

Uncles さて遠景の櫻に囲まれたように見える緑の傘のあたりには、とりどりの花で飾られた舞台がある。

ここでフィドルとギターのアイリッシュ音楽のデュオ。

数年前にゆかりもない当地に移り住み茶農家を始めた若夫婦と真っ赤なリンゴのほっぺ(久しぶりに見た)の幼児も舞台に上がってのトーク。

街っ子の女子中高生弦楽クァルテットの演奏するクラシックなどが繰り広げられた。

春野の町は先ほどのような若い人たちばかりではなく物書き絵描きの中堅世代にも移住先として人気がある町のようだ。

こうしたイベントが行なわれ、日常の営みがつづくのは、なかんずくこうして遠くから彼らを見守っているリタイヤした方々が農業にいそしみながらの緩やかだが強い結びつきがあってのことだろう。

花で囲まれた舞台は左端のアンクルが山を越えた隣町から来て前日の強風のなかで組み上げたそうである。

Contrail このような町の上にも航空路がありコントレールを曳いた旅客機が通り過ぎて行きました。

上下10km離れてそれぞれの人生が交差しているよく晴れた、しかしまだいくぶん肌寒い、穏やかな春の一日でした。

2012年1月 2日 (月)

キネマ航空CEO、就航一周年ご挨拶

昨、2011年の元旦に就航にいたりここに一周年を向えることができました。これもご搭乗いただいた皆様のおかげとお礼申し上げます。

しかしながら運行実績はいくつかのフライト追加と増便を果たしましたが、当CEOオフィスで予告した便は遅延を続けており、心を引き締めて運行管理をはたす思いを新たにしております。

さて当CEOは毎年近くの小高い丘の上から初日の出の定点観測を行なっております。

1_1_2012_2今年も残念ながら雲のなかからこぼれるご来光を見ることになりました。

ちなみに下は昨年の様子です。

1_1_2011

このときは「今年はいよいよ底日が射し善い方向に向うだろう」とメール賀状代わりにしたのですがとんでもない年になりました。

もともと暦と天気で将来を占うなんてことが怪しいのでありますから、まずはいくら雲が厚くても時間が来れば太陽のおかげで明るくなり、ものの判別が付きだすことに感謝する日といったほうがよさそうです。

もっとも、暦自体は原始宗教の占いからはじまり、やがて為政者の権威を示す道具(飛行機ファンには帝国陸海軍の航空機正式呼称となる皇紀年号で周知)となり、今では経済行為の道具となって(経済活動の西暦と公式文書の元号の並列で)月日を一元化しているわけですから本来の占いとは無関係でありますね。

もし忘れていなければ来る旧正月に初日の出の写真をアップいたします。

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