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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の10件の記事

2015年1月 4日 (日)

キネマ航空CEO 新年のご挨拶と記事訂正のお詫び

明けましておめでとうございます・・・とはいえ、

「門松は 冥途の旅の一里塚 目出度くもあり 目出度くもなし」 

・・・と、憎まれ口をきく歳となりました。

さて、昨年末にかけては本業より読書に集中しておりました。その経緯はブログに記したとおりであります。まあ、書評等は異端として分類されるのでしょうがそれで良しと考えています。

昨年はブログのカテゴリーの一つの「オスプレイ」は中途半端なペンディング状態ですがそのうち再開する予定です。

いっぽう本業のキネマ航空の増便は1便のみでした。

その 011 便 の 『アロー " THE ARROW " 』 の囲み記事「アウトフローによるピッチアップ」のなかで遷音速時における直線翼と三角翼の挙動の文章に重大な錯誤があり大幅に書き直しました。

ここに謹んでご連絡とお詫びをいたします。改めて ご一読 ください。

また本編後段の、

BAC TSR.2 爆撃機もアローと同じような道をたどって中止されています。ちなみにこちらは尾翼付でしたが三角翼の翼端を下方に折り曲げた後年のノースアメリカン B-70 ヴァルキュリーの可変翼端にも通じた形状をしていました」

・・・につきましても、 BAC TSR.2 の形状は B-70 ヴァルキュリー のそれとは設計意図や機能が異なると指摘を受けましたが形状が似ているということだけですのでそのままといたします。 

ヴァルキュリー のそれは、胴体下のエンジン・ナセルに生じるショック・ウェーブ を抱え込むコンプレッション・リフト(圧縮揚力)用途だそうで、それより遅い速度(といっても音速以上)で飛ぶ BAC TSR.2 では必要ない、ということですが、それよりずっと遅い大型鳥類でも翼端を下げて空気を抱え込むことは行っております。(もちろん物理的な圧縮圧力の発生理論は違いますけど)

BAC TSR.2 には、そのほかにも翼端版効果、肩翼の過剰なロール安定を抑えて機動性を向上させるための下半角やヨー安定のベントラル・フィンの効果もあるはずです。  

この辺りは機会がありましたら・・・といっても  BAC TSR.2 が出てくる映画なんてあったかしら ? !

なお、ご心配をお掛けしております当CEOの一昨年のがん手術の経過観察は問題なく過ぎております。

したがい、今年こそは頑張って(我を張って) 『フランス・フランス・おフランス』のフランス映画に『核兵器絡み』の 2 便の増便を計画中です。できれば日本映画のいくつかも・・・

乞うご期待 !!

以上、末尾ながら皆さまのご健康を祈念して、キネマ航空年頭のご挨拶といたしたく存じます。

2015年正月吉日

キネマ航空CEO 拝

2013年12月27日 (金)

キネマ航空CEO 一年を振り返る

キネマ航空ご愛用の皆様、

早いものでもう2013年も残りわずかとなりました。

当CEOが前職をリタイヤする前は気持ち的に会計年度(FY: Financial Year/ 4-3月)で一年が回っていました。・・・が、今では暦年(CY: Calender Year/ 1-12月)で生活することになじんできています。

しかし、一方では、気分的にではありますが月齢カレンダー(Luna Calendar)をダウンロードして壁紙にしています。

さて本年は、正規のフライトとしてキネマ航空 009便010便 の2本の増便が果たせました。ご搭乗いただけましたでしょうか?

また、当オフィスで連載中のカテゴリー 「オスプレイ」を中断しておりますが、「特定秘密保護法」にはまったく関係ありません。だいたいが公知の情報を組み立てて独断で話を運んでいるだけです。

と、いうことは、関連法案として「デマゴーグ規制法」が成立すれば解釈次第で閉鎖に追い込まれるかもしれませんけれどね。でもね、そうなれば今の与野党ともに、政治家も失業することになる・・・はずなんですがね。

類は友を呼ぶで、日本も周りの国と同じような「民意」と「衆愚」と「デマゴーグ」の時代になりそうな予感もします。

とはいうものの、現実には、自由主義のなかの普通の国でも、一国のリーダーはこの三つを見極めてリーダーシップをとるのが政権、と言えます。

安倍晋三氏は民意がどこに向かうかを先に見抜きましたね。戦後の理想民主主義の本流と民意が思っていたはずの民社党が金だけはまだある三代目やスッカラカンで去る気ない市民運動家でリーダーシップの限界を示しちゃいました・・・(民意が選んじゃった)からね。(閑話休題)

さて、来年はオスプレイのカテゴリーを再開する予定で資料を収集しております。そのため、過去の記事を読み直してみました・・・が、誤字、脱字はもとより我ながら「閑話休題」どころか「話の逸脱」が多すぎます。

来年は、まずこれまで(本筋)の要約から始めなければ、と思っています。

Telephoto_camera--------------------

はなし替わって、当CEOは秋に入って、この夏の酷暑の中で、愚堕々々(グダグダ)になりながら構想していた、飛行機と鳥のスナップを目的とした35mmフィルム、フル・サイズの画角で600mm相当のコンパクト・デジタル・カメラをようやく完成させました。 

手持ちのカメラに、通信販売の部品や友人にオークションで落としてもらった「たぶん上手(うま)くいくだろう買い(これがホントの大人買い!金で買い占めるのは子供でもできる)」の中古部品を組み合わせて、何の改造もせずに組んだだけです。

したがい、周辺光量が落ち、当然のことながら合焦、測光その他によるタイムラグ、連写速度などの性能では、飛行場や湖のそばで見かけるン百万円の高級な一眼レフのシステム・カメラには及びもつきません。

でも1:1のフレームで当事務所に掲載する分には十分と思えます。

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試写した結果ではフレーミング(照準)と手振れの防止にはかなりの習熟とカメラ側の機能メニューの理解が必要のようです。

画質がどうのという前に高いカメラを買わなくてよかったと痛感しました。「弘法は筆を選ばず」だそうですが「下手は道具を選ぶべし」です。

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ただ、ベースにしたニコンのデジカメは多くのボタンやダイヤルを右手の指で操作するのですが、写真のように釣り紐(ストラップ)を付ける部品が突起となっており操作の邪魔になっています(写真参照)。他社の同クラスの製品を見ると工夫がされているのですがね。

ここで余談。日本光学は戦艦大和の測距義を造った技術で、戦後の精密光学機械をつくり、世界を制しているという論理がよく使われます。工学技術としての零戦の場合と同じように、この論法で、だから日本は今でも素晴らしいという論旨の評論はあまり信用しないほうがいい時代にもなってきたようです。(まだ懲りない閑話休題)

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このカメラで当地の上空にできたコントレールを写してみました。飛行機雲ができると天気は下り坂となりますが、それはそれとして、来年は爽やかな気持ちのよい年になりますように。

Contrail_a

Contrail_b

Contrail_c

Contrail_d

Contrail_e

飛行機雲はこんなぐあいにも消えてゆくんですね。大きな画面で細部をみると不思議な美しさがあります。写真に残すと気が付かなかったことも見えるようになるかもしれません。

またまた余談ながら、四周を見ることのできる戦闘機のパイロットには自分の機が曳くコントレールは灰色のもやにしか見えないと、どこかで読んだ記憶がよみがえりました。

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来年もキネマ航空はご期待に添える増便を続けます。各便へのご搭乗を心よりお待ちしています。

皆様も、よいお歳を重ねられますように・・・もとい!歳なぞ忘れてよい年を、お迎えされますように!

キネマ航空 CEO 拝

2012年6月18日 (月)

キネマ航空CEO 梟雄か?英雄か? 野田首相について考える。

人間の顔を実物大で写せる大型テレビの効用について以前に述べたことがある。そのテレビで野田首相を観ていると歴代の民主党の首相の中では腹が座っているように見える。

野田首相の引用術から見てみよう。代表選挙前の所信演説のさわりの部分は相田みつをの「ドジョウが金魚のまねをしてもしょうがねえじゃん」から上手い引用をしたものである。泥鰌(どぜう)がだれだか、金魚がだれだか、明らかである。

しかし演説の中でなにかを比べる場合は、「Aでもなく、Bでもない。じつはCである」と否定を重ねたリズムで強調するのが普通である。

このレトリックを巧みに連想させる個所に使っている。「金魚でもなければ、鯰(ナマズ)でもない。私はどぜうである」
どうです?上手いもんではありませんか?ナマズは言わずもがな、でありますね。ナマズはどぜうに比べるとどうも分が悪い。

国民は、あたかも2時間ドラマのように、政治に対して快刀乱麻のごとく複雑に絡み合った法律を一気に解きほぐすことを期待している。
ただ2時間ドラマも冷静に考えれば何も解決していない。立法によって成立している法律にそって一見解決してもその後に膨大な司法処理、行政処理、さらには個人の内的処理(諦観)の葛藤が待っているのであるが視聴者はそんなことは始めから無視している。

国民は望む!! 廃炉、復興、年金、国防、脱デフレ、えとせとら・えとせとら・・・と。こんなもの、日本の仕組みのなかで一回の首相の任期でできるわけがない。

そんなことはない! 正しい政権党が政策を引き継いで権力者を交代させながら進めばよい! まあ、良いのか悪いのかその見本がお隣にあるにはあるのですが(閑話休題)

さて、民主主義の世にあっても権力者が権力に固執する。これは基本的に必要である。
そのために野田首相は初年度には「税制」一本槍で突き進む。増税はその使われ方や集め方を一旦脇に置くと人口が減っていく日本には絶対に必要である。

たとえば戦後70年かかって復興を成し遂げた日本には膨大なインフラストラクチャーがあって国民は今の時間を享受している。そのインフラも使えば減るし時間と共に壊れてゆく。

しかし人口が減少しても現在のインフラはその地方にとってはいきなり放棄できないのも事実であろう。
時おり新聞に沿線に残る住民の声をノスタルジックに取り上げられて暗に政府や自治体を批判されたとしても国家(国民)としては時間をかけて廃線、廃路にしていくしかない。それまでは国債という税金の先取りでまかなうことになる。

原子炉再稼動や廃炉にしても同様である。考えうるリスクであろうがなかろうが実際に現実になれば歴史の中でその責任は負わねばならないのが政治家であり、このことだけの一局面で政治家個人をあげつらうのはいかがなものかと考える。

こと増税に関して言えば与党であれ、野党であれ、いずれ実行しなければならない。野田首相はそこを衝いた。そして与野党協議にこだわり党内の軋轢は無視している。

いずれ政党は再編される。税制変更を実行した元総理大臣の実績は再編された政界においてもある程度の権力は維持でき、あわよくば新政党の中で再度、首班となって国政を担当することも可能な人脈も政、官、業に形成されつつある。では国民はどうみるか?

その「人脈なくして政治家になにができるのか」を国民ひとりひとりがどう見るているかを問われることになる。
これは、「人からなにかしてもらうには」ばかりではなく「自分からなにかするには」何が必要か?の両面を考えれば自ずとわかってくる。

もちろん昨今流行りの歴女、歴男はそれが「両刃の剣」になることはさらに深くご存知であろうがその「剣(つるぎ)」を上手に使った人物が歴史に名をのこしたり、無名であっても生きのびてアナタやワタシの先祖となっている。

さて政治家はアナタもしくはワタシ個人と全く同じでなければならぬと考えてしまえばそこで国は成立しなくなる。
そのことを前提において、その場その場であたかもスポーツの実況中継のようにありふれた評論を吐くのではなく、現在を将来の歴史物語として政治家の言動、離合集散を見ながら未来に対する無名の歴史上の人物として一票を投じるのが選挙権の行使であろう。

とはいっても人間は人を見誤ることはある。野田佳彦が、英雄か?梟雄(きゅうゆう:辞書引いてね)か? 歴史にはその点だけが残ってしまう。その点を本人は自覚しているのではなかろうか?

氏は松下政経塾の一期生の出身である。実業家として成功を収めた松下幸之助氏が1979年に創立した私塾である。その旧「松下電器」の実情は十分ご承知であろう。新興実業家といえども人間一代の仕事にすぎない。まして政治家などは・・・、と (金魚とは違うゾと) 腹を括っていることを信じたい。

なお、古今の歴史では英雄も梟雄もやってることは大差ありません。大衆がどう思っているか、思わされているかです。

日本人の考える理想的な出処進退は山口百恵さんかな。え?比較の対象が違う。では小泉純一郎氏の政治家としての生き方ではどうでしょう?

国民に痛みを訴える「米百票」から野党の質問レベルにあわせた「人生いろいろ・・・」までの引用で切り抜ける政治家としての弁舌はなかなかのものでした。そして郵政改革の一点突破だけであっさり引退しちゃいましたね。

ただし実力をもった後継者が次々と登場する歌謡界とは違い、小泉氏は百恵チャン並みの引退をして古巣の政党を含めて政界に今日の政権交代と混乱を巻き起こした張本人でもあります。その意味では氏は梟雄の資格を十分に備えています。(それにしても陰でなにもやっていないのかしら)

野田首相が小泉氏を反面教師として政権に執着し大所高所(それしか言いようがない)の民意に沿った政治を行なったそののちの結果で、未知数の野田氏も、評価の定まらぬ小泉氏も英雄となれるといえます。

国民がいなければ国家も政治家も必要はない。政治家の資質もさることながら梟雄や英雄を作るのはわれわれですね。(とはいっても選ばれた民主党は 市民運動 に乗っかったナマズを選んじゃったもんね!はてさて今度の選挙はどうしましょうか)

2012年6月 6日 (水)

キネマ航空CEO 葉桜の候にさらに物思う

承前
臼淵大尉の「進歩」とは何を指すのだろうか?
作中では戦艦対航空機の戦闘における対空兵器の劣勢のようにも読める。「新生日本」については具体的な憶測もできず永久に知ることはできない。

臼淵大尉は後部副砲指揮所で爆弾の直撃を受け血の一滴、一片の肉片も残さずその精神、心情と共にこの世から消えている。
しかし彼のことばは経済成長と共に勝ち得た精神的な心情が直面する「日本」の停滞と己を含めて既得権の維持に憂い、拡大を思う世情には痛切な響となって重なってくる。

「進歩」については「兵器」とは離れて「日本人」と考えれば今と十分に重なる。
「新生日本」は「日の丸」や「君が代」を否定するものではなかったろうがいったいどのようなものであろうか?

これまでの勝ち戦といえども戦場の惨禍を経験した海軍軍人が非戦の思想を持った例はあった。

臼淵大尉(戦死により中佐)は当然のことながら二度にわたる原子爆弾の惨禍やソ連の参戦さらには大陸における日本軍の行為など知る由もない。いまとなっては同じ戦場から生き残った吉田満の著作「臼淵大尉の場合」から慮(おもんばか)ることになる。

二人の相違は同年の生まれであったが吉田満は早生まれ22歳で臼淵巌は21歳であり、そして中等学校卒業後の進路の差であった。

随筆や論評と括(くく)るには重い吉田満の著作は「戦艦大和ノ最後」、「祖国と敵国の間」と共に次に収められている。

「鎮魂戦艦大和」 吉田 満 1974 講談社

吉田満の著作は戦勝国アメリカに加えて、左からは好戦文学として、右からは特に初稿の末文を改稿したことで精神的な転向として、生還者からは(意図的な)風聞の寄せ集めとして批判の対象になっている。詳細は次の著作が参考になる。

大和の最後、それから 吉田満 戦後の航跡 千早耿一郎 2004 講談社

臼淵大尉の言う「進歩」については、はたして出撃前夜の臼淵大尉の発言かどうかに、さらには吉田満の創作ではないか、との疑義もある。

しかし、その「進歩」は次のようにも読める。臼淵大尉の父君、臼淵清忠中佐は海軍機関学校出身で艦船から航空機を発進させるカタパルトの権威であった。そして「大和」の構想が始まる時期に航空優位の論文を外部に公表したことで記録として残る軍法会議を避けた退役の処分を受けている。

そしてその子息は航空優勢が明確となった時点で「大艦巨砲」の象徴である「大和」乗り組むことになった。あまりにも皮相な解釈かも知れないがその胸中を横切った父君への想いを重ねた苦渋ともとれる。

戦争で死ぬということ(1923.8.22-1945.4.7)、生き残るということ(1923.1.6-1979.9.17)、とはそういうものである。そのことを書物でいいから一度は経験すべきである。

そして、読んだからといって結局は何も分からない。読んだもの自身の生き方が結論となるのであろう。

ただ一つ学べたことは「戦争の終わらせかた」である。

太平洋戦線の政治的終結は鈴木首相、米内海相などの海軍のラインによる工作で昭和天皇の聖断に持ち込んだ。このためか陸軍に比べ海軍に対する世評は高い。「スマート・ネイヴィ」と呼ばれることもあるようだが形容詞の「スマート」には「要領のよい(ずるい)」の意味もある。

海軍は兵器のオペレーターの集団である。海軍は役にたたないと分かっていてもオペレーターの扱う兵器がある限り戦争の終結を言い出すことはできない。
この点では臼淵大尉は冷徹に戦争そのものを見通していたと思える。

海軍は多くのオペレーターを兵器と同時に失う作戦を行い、そのために空中、海上、海中の多くの簡易兵器を製造し実戦に投入した。

陸軍は竹やぶがあればオペレーターにも武器が作れる、あるいは作らせることができる。しかし海軍では武器を作るためには、用兵者とオペレーターの中間に設計者、製造者が必ず存在する。

もともとは「櫻花」という航空機について稿を続けるつもりであったがその季節を逸したようだ。いずれ稿を改めたい。

一旦 了

P.S.

原子力村、何々村と呼ばれる現代の閉鎖社会の核となるのが官僚の無謬性と工学技術者の無名性なのではなかろうか?

もちろんその周囲をユーザーと呼ばれる受益者が包みこんで成立していることは間違いないのであるが、その社会構造と心理構造をブログで書くには時間がかかる。

2012年5月23日 (水)

キネマ航空CEO 葉桜の候に物思い、俳句をひねる

少し遅れた今年の四月半ば、連れ合いのお供で近くにある公園にて満開の桜を観た。台地に刻まれた沢を使い造営された運動公園である。

桜はその沢を水路に変えたコンクリートの護岸壁の上にある遊歩道に沿って長く伸びており、広がった枝は人の丈より高く遊歩道と水辺を覆っている。

開園15周年というから育苗後20年前後の桜並木である。満開ともなると花の下は隧道(トンネル)となり、台地の縁(ふち)に立てば雲海、否、谷を埋める深い霧を望むような壮観にも見えてくる。

そして桜を見る季節になると日本人を自覚する。桜が国花であろうがなかろうが、その自覚はきわめて複雑なものである。
いったい外国人は花にこのような感情を持つのであろうか?

外国人はさて置き、「桜」の概念は梶井基次郎の小説、本居宣長の詩歌、更には幾多の古典へと広がるのであろうが、自身について振り返ると、実のところは今でも(音痴ながら)歌える唱歌、歌謡曲、軍歌などから刷り込まれたものであろう。

これらは当CEOがまず歌うこともあるまい演歌、ポップスにおいても同じであり、基本的に研ぎ澄まされた日本人の情念である。

それらの作詞者、作曲者の感性を通して古典に向う茫漠とした時間につながっているからであろう。

ただ歳を重ねて経験を積み、少しひねくれた身には、この光景の先も見えてしまう。

この果ては 毛虫(むし)の棲み処や 花桜

類句はあるであろうが経験の句である。

いったい桜とは何であろうか?
こうした思いを一気に晴らしてくれた本がある。

桜が創った「日本」-ソメイヨシノ 起源の旅- 佐藤俊樹 岩波新書 (2005)

古典を彩る「桜」は決して一種ではなかった。しかし、今では、「桜は一斉に花開き北上し日本を縦断する桜前線をつくるソメイヨシノであり、その前後に先取り、名残、の種(しゅ)が僅かに残るのみ、」のようだ。

付け加えると当CEOの桜のイメージの刷り込みは多感な時期に読んだ吉田満著「戦艦大和ノ最後」でもあるようだ。

四月五日、沖縄に向け出撃の前、三田尻沖に停泊して行なっていた訓練の合間に三番見張員の上げた声に、次のような個所がつづく。

『早咲キノ花ナラン 先ヲ争ソッテ双眼鏡ニ取附キ、・・・ 霞ム「グラス」ノ視野一杯ニ絶エ間ナク揺レ我ヲ誘ウ如キ花影ノ耀キ 桜、・・・』 ・・・部 文末までを省略

少なくとも士官のだれもが作戦の成功が覚束ないことを覚悟した出撃において兵学校出身士官と学徒出身士官の間で死の意味についての対立があった。その対立を収斂させたのは臼淵大尉(だいい)のことばであった。

『・・・日本ハ進歩トイウコトヲ軽ンジ過ギタ・・・本当ノ進歩ヲ忘レテイタ 敗レテ目覚メル・・・今目覚メズシテイツ救ワレルカ 俺タチハソノ先導ニナルノダ 日本ノ新生ニサキガケテ散ル マサニ本望ジャナイカ』 ・・・部 文末までを省略

まさにその新生日本の今がある。葉桜の季節となると先の句も推敲が必要となる。

その果ての 毛虫(むし)の棲み処や 桜花

季語の用法から見ても俳句の体をなしていないと思われる。ただ、佐藤氏の著作「桜の創った・・・」に依れば「桜」は「ゼロ記号性」の最たるもののようだ。

すなわち、すべてを飲み込み、すべてを吐き出すシンボルであるようなので季語の括りから外れても許されると思いたい。

いっぽう、自称ナチュラリストからは「虫の命も生態系の一部であり美しい蝶に変わる。たとえ毒蛾であっても自然界には有益である」とねじ込まれることも止むを得まい。

とはいえ、筆者の通う桜並木は虫の駆除が行われているようであり文句はそちらにも付けてもらいたいものだ。

ただ、『今の時代を作ったのは戦後に生まれ、やがて社会から消えていくCEOの世代こそ、その「毛虫(むし)」ではないのか』 との糾弾も次の世代から受けねばなるまい。

続く

2012年4月 8日 (日)

キネマ航空CEOの春野の休日

里山歩きのグループで知り合った方たちに誘われるようにして同じ市内とはいえ車で小一時間かかる春野という町にあるオープン・ガーデンで行なわれる春の祭りに参加してきた。

Whole_view

四周を囲う山に沿って大きく曲がる清流のある庭である。

左岸の花の林は育成中で入ることはできないが右の花が見えるあたりから画面の外に広がっている。

川はどれくらい清流かというと鯉のぼり、ならぬビニール製らしいのは残念だが鯉ながしを行なえるほどである。

写真でははっきりしないが、Streamers

緋鯉のうしろに小さな鯉も泳いでいる。

オープン・ガーデンと言うとTVで紹介される英国の管理された庭を思い浮かべるがそんな大それたものではない。

Art

それでも竹を素材にした手作りのオブジェなどがあちこちに飾られている。

Passage

こちらは廃材木を利用した小道である。

実のところオブジェはここにある竹の輪を作った端材のようだ。

小道やその脇の人が踏み入りそうなところに並べられた輪っかのなかには、

Objects

こうして小さな花や若い芽が守られている。

立ち入り禁止の立て札や張り巡らされたロープで守られた庭より遥かに心を鎮める力がある。

よく考えられて設けられている小道のせいもあってか植え込みに立ち入る人は見かけなかった。

古都の社寺の庭、大名が残した大庭園、確かに美しく、大切なレガシーではあるが今日の日本の美や精神を具現して生きている文化はこれである、と言い切れるのかどうかを考えさせられる庭であった。

Uncles さて遠景の櫻に囲まれたように見える緑の傘のあたりには、とりどりの花で飾られた舞台がある。

ここでフィドルとギターのアイリッシュ音楽のデュオ。

数年前にゆかりもない当地に移り住み茶農家を始めた若夫婦と真っ赤なリンゴのほっぺ(久しぶりに見た)の幼児も舞台に上がってのトーク。

街っ子の女子中高生弦楽クァルテットの演奏するクラシックなどが繰り広げられた。

春野の町は先ほどのような若い人たちばかりではなく物書き絵描きの中堅世代にも移住先として人気がある町のようだ。

こうしたイベントが行なわれ、日常の営みがつづくのは、なかんずくこうして遠くから彼らを見守っているリタイヤした方々が農業にいそしみながらの緩やかだが強い結びつきがあってのことだろう。

花で囲まれた舞台は左端のアンクルが山を越えた隣町から来て前日の強風のなかで組み上げたそうである。

Contrail このような町の上にも航空路がありコントレールを曳いた旅客機が通り過ぎて行きました。

上下10km離れてそれぞれの人生が交差しているよく晴れた、しかしまだいくぶん肌寒い、穏やかな春の一日でした。

2011年2月 3日 (木)

キネマ航空CEOの趣味と実益

CEOの古くからの趣味にバード・ワッチングがあります。ウォッチではなくワッチですから歳が知れようというものです。

当時もですが今ではさらに珍鳥・奇鳥を求めて東奔西走、南行北帰、高昇下降という疲労を伴うワッチはやりません。

たまたまの行きずりの鳥に思いをはせる程度です。これができるのも当時いろいろと教えて下さった年齢に関係のない先輩の方々のお陰です。

2月3日に「空飛ぶ者の翳」と題して転載の許可をいただき当時の文章と新しく飛行機の出てくる映画のコラムでまとめたコラボ企画を<<キネマ・エアラインズ マガジン>>に掲載しました。

ぜひキネマ航空 V.I.P. ラウンジ でお楽しみ下さい。

2011年1月30日 (日)

キネマ航空CEOの不覚

キネマエアラインズ・ミュージアムに展示した「誘導抗力について」の写真1-2の解釈において重大な改変を行ないました。調査不足でご迷惑をおかけしたことを深くお詫びいたします。

Webを精査したところ写真1-2の前後を含んだ連続写真があることがわかりました。写真には版権があるので掲載はできませんが閲覧は可能です。ミュージアムの展示からジャンプできます。

変更点は翼端渦の後端の形状を無風状態の実験で垂直に立ち上る煙が回転して水平になったと解釈して強制渦と推定しましたが一連の連続写真では風で横になった煙が飛行機の進入前から存在することが分かりました。

したがい連続写真からは後方の翼端渦は自由渦と推定できます。このため関連する数箇所を訂正、改稿いたしました。これにより誘導抗力の説明自体が変わることはありません。

資料の収集という面ではWebの発達により居ながらにして瞬時に集めることができる時代となりましたが調査能力はむしろ以前より増して必要であることを痛感します。

ある意味では検索エンジンにも不作為の作為が忍び込むことを覚悟しておく必要があることを実感しました。

大げさに言いますと、裁判員による証拠の解釈ということではどこまで責任がもてるのかにも関連します。CEOとしてはいい勉強になりましたがビジターの皆様には改めてお詫びいたし、今後の戒めといたします。

2011年1月22日 (土)

キネマ航空CEOのアイキャンディ

写真は当CEOのお気に入りのブルーべリーです。

森林散策会という里山歩きの活動で知り合った山奥のブルーベリー農場主から分けていただいています。

Blueberry加工濃縮したブルーべりーの効能はテレビのコマーシャルでさんざんと聞かされますが実効のほどは分かりません。

愛用している理由は農場主お奨めのチルド・ベリーがなんとも気分転換にいいのです。したがい効能があると感じられます。

農場主としては需要にあわせてジャムにして付加価値をつける目的で冷凍保存をしているようです。

しかしこの保存状態でシャーベット状になった実を5粒ほど齧るのが刺激となっていいのです。

たまにはヨーグルトに落とし込んでもいいです。ブルーベリーにも種類があるそうで果肉が白い大き目の品種が個人的には気に入っています。

たしかラビット・アイだったと思うのですが確めて報告します。

農場主とすればありがたくないお客ですが一月に一度ドライブがてら出かけます。農繁期には労働力が必要なようです。

近くに公営の温泉もあります。手伝いに行って多少は生産的なお手伝いをするのも罪滅ぼしかなと思っています。

さて先回の江戸時代の時間表示の記述が中途半端でした。

星が見えなくなるときを卯の刻三つ(明け六つ)、星が見えはじめたときを酉の刻三つ(暮六つ)としていたようでその前後に各々季節によって変わる約1時間が卯の刻、酉の刻となります。

何で朝鳴く酉が夜の入口かなどと聞かれても分かりません。たぶん鳥目になる時間だからでしょう。で明け方見えてくるとうれしさのあまり鳴くのですかね。

話を戻し残りを5等分して刻が決まります。でその刻が4等分されて一つから四つになります。ここで等分といっても数学的等分ではないはずです。

補正するには太陽が南中する午の刻三つ(真昼九つの正刻=正午、午前、午後の原点の午がこれ)がありますが、夜の子の刻三つ(真夜九つの正刻)はどうしていたのか。寺鐘を鳴らすお寺などではお線香番がいたり蝋燭時計、水時計、和時計がある程度は普及していたのかも知れません。日本人の創造力や勤勉さの原点のような気がします。

刻の名前も干支のほかに変則的に九から四までの逆順で並ぶ六つの数字を使った呼び名もあります。前者は怪談話の「草木も眠る丑三つどき・・・」、後者は「刻そば」を思い出します。あらためて聞き直したいですね。

ただ古謡と思われる唄には「お江戸日本橋七つ立ち・・・」とあるので江戸時代の人たちは薄明というより暗いうちから活動していたようです。痴楽だったかな?「朝は朝星、夜は夜星、昼は梅干食べながら・・・」。

街暮らしをしながら江戸時代がスローライフでよかったなどといってはおれないのかもしれません。

ブルーベリーを享受できるのもそのお陰かも知れませんしね。

2011年1月 3日 (月)

ミュージアム展示のヒントが見つかった!

ミュージアムで三次元翼に生ずる揚力の表裏である誘導抵抗の展示を予告したもののゆきづまっていたがやっと切り口が見つかった。

Pche09es_5ず  //chemeng.on.coocan.jp/ice/pche09.html から。 

クッタ・ジューコフスキーの循環流らしきものをむりやり取り込んだ説明のようだ。渦をマフのように脱ぎ捨てていくらしい。それにしても翼のうえにいくつマフがあるんだろ・・・そのマフも横に流れる渦のようだし

後退翼だから何となく「そうか!」と思いそう。でも前進翼ではマフがどんどん翼根にたまりそう。

着陸するときの束縛渦はそのまま消えていくのか?それとも到着渦ができるのか?

つぎは//www.americanflyers.net から

Chapter_12_img_47small_4説明図とすればこちらのほうが分かりやすい。

WEBにはほかにも説明図があるかもしれない。

まず前者の出典から勉強だ!

「イルカに学ぶ流体力学 (テクノライフ選書)」

図書館にあるかな?

展示までは相当時間がかかりそうだ。

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