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2018年12月 9日 (日)

キネマ航空CEO 「渡辺京二氏の(勝手に命名)ミステリー三部作を解説する」 の巻(解決編)

キネマ航空CEO 「渡辺京二氏の(勝手に命名)ミステリー三部作を解説する」 の巻(疑問編) 2018.12.07

を読んでからの「解決編」のココロだー!

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Photo_2③ さらば政治よ 旅の仲間へ 晶文社 2016.6

 内容は①、②の執筆や刊行の時期に週刊誌や新聞などに掲載された記事やコラムである。

 その中に渡辺京二氏の反マルクス主義のバックボーンとして、1956年(第二次世界大戦終結から11年目)にハンガリーの自立を目指す蜂起に対するソビエト連邦が反革命として大量の戦車と歩兵を投入し鎮圧したハンガリー動乱が契機だったとしている一文がある。

 以下当CEO の余談。 ハンガリーはオーストリア・ハンガリー帝国という歴史上の経緯もあり日独伊の枢軸国側にいたが、国境を接するソビエトの進攻を回避するため連合国側との停戦を図ったがナチス・ドイツ軍に占領されてソビエトとの戦闘を行った。 しかし敗北し、そのまま共産圏の周辺国家に組み込まれた。

 いっぽう第三共和国の一翼であったオーストリアはベルリン陥落後に巧妙な政治外交運営でソビエトの影響を排除して自由主義陣営に組み入れられた。

 いろいろな見方はあるがハンガリーはオーストリアのような自由主義国家への離脱を試みたようだ。 これをソビエトは反革命として進攻したのだが日本国内のリベラル思想にも大きな影響を与えた。 ある意味では日本のコミュニズム、リベラリズム、ナショナリズムの、またそれぞれのイズムの中での、左右の乖離が拡大する契機となったともいえる事件。

 渡辺京二氏は特に日本の共産主義の思想上の浅薄さに気がついたのだろう。氏はこれに対抗できる思想として、日本あるいは東洋の思想ではなくポラン二ーの著書から展開する。

 カール・ポランニー(1886 - 1964)オーストリア・ハンガリー帝国(ウィーン生まれ)、出自はハンガリー系のユダヤ人、カナダで死去。 イギリスやアメリカの大学で教鞭をとるがアカデミズムとは距離を置いていた。 「経済人類学」の創始者として知られる。(ようだ)

 ポランニーの説については②に概要、③の最終章に渡辺京二氏自身が行った大学での講義のテキストが掲載されている。

 恥ずかしながら当CEO はポランニーの著作を読んだことはない。 以下は当CEO が勝手に渡辺京二氏の講義録を解釈して展開するミステリー三部作の解決編であります。

 したがい、誤解、曲解があれば、すべて当CEO の責任であります。

 ポランニーは「近世の絶対主義国家が形成する重商主義市場」と「近代の自由主義国家の形態である資本主義市場」の違い、を「労働力」と「土地」の経済的取引の自由度の度合とみる。

 この説で②ひいては①を顧みると日本は豪農(庄屋、名主)が所有し差配する農民付き土地で成立しており商人の台頭による一次産物の移動で成立する鎖国重商主義といえる国家形態のもとでの大衆のモラルであった。

 近世と呼ばれるこの当時の欧州の重商主義市場は植民地の支配を伴っていたが資本の移動はなく物品の収奪による移送であった。

 資本主義と自由主義の萌芽は歴史的にはさらに遡れるが前者は18世紀半ばのイギリスで蒸気機関の活用から始まった産業革命、後者は広範囲に広がる社会、経済にかかわる古典的自由主義として同時期に普遍化した。

 ちなみに近世から近代への社会的、経済的な大転換とされるフランス革命は18世紀末の1789年からの10年間とされている。

 資本主義は19世紀に入り中世のしがらみがないアメリカで奴隷労働力による国内の一次産業から二次、三次産業へ、さらには金融資本主義へと国内外の市場経済に拡大変容して行き、付随並行するもういっぽうの自由主義の変容は20世紀半ばで日本ではリベラリズムと名を変える。

 部外者には分別も難しい共産主義と社会主義も概念の起源は古いが直接の系譜はフランス革命の申し子であり19世紀半ばのマルクスとエンゲルスの「共産党宣言」による共産主義が資本主義、自由主義の対抗軸となる。(以上当CEO の余談)

 さて19世紀半ば、世界が近世から近代へと潮目が変わる時空(とき)に日本は政治のイノベーション(維新)を行った。

 この明治維新で農地に縛られた「労働力」の取引自由化が行われた。 解放された労働力は近代の二次産業と軍事力に向かい出遅れた植民地重商主義国家を目指すことになる。

 その結果として先行する自由主義の申し子である列強資本主義と対立し昭和の敗戦となる。

 そしてとどめの転換点として、この敗戦により、米国が主導する占領軍総司令部(GHQ)はポランニーを意識したのかどうか、小作人付農地を庄屋・名主から解放し「土地」の取引自由化が行われた。

 渡辺京二氏の言う「平和と安息の世界」となる二つの基盤がここで途絶えて「逝きし世の面影」を懐かしむのみとなった。

 すなわち①の世界の再現などない、・・・と。

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 渡辺京二氏は狷介不屈なリアリストでありニヒリストのようであります。

  ニヒリズムというと虚無主義として日本や西洋では反社会的なイメージ(日本では現人神としての天皇への不敬、特にカソリックではキリストへの侮辱)が強いが、ニーチェの目指す本質は生き方の規範として消極的(なりゆき任せに)に生きるか、積極的(主体性をもって)に生きるか、のどちらのニヒリズムを選ぶかの問題であります。

 その根底にある虚無とは宗教の束縛から離れた(日本人には輪廻転生でなじみ易そうな)永劫回帰(であるがそれとは違うような)のもとで創造的に生きることで超人(「悟りを開く」のかいな)を目指す前提であります。(と、まとめた当CEO 自身は「ツァラトストラ(超人)がかく語った」のを聴いても良く分からないのではありますが・・・映画「2001年宇宙の旅(2001: a space odyssey)1968」で暗闇だった画面に映像が始まり太陽、月、地球が直列、つまり皆既日食のシーンに流れるアレであります)

 渡部京二氏の宗教観はさておき、水俣病公害に積極的にかかわり、厚生省への座り込みを行い、気難しそうな石牟礼道子氏の活動を最後までサポートしている。

 考えようによってはニヒリストだからできるといえます。 これがモラリストだと八方美人となって途中で投げ出すか、何もできなくなるか、原理主義者(ファンダメンタリスト)となって周りを見なくなるか、になってしまいそうだ。

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 渡辺京二氏の著作①②③をピックアップし三部作のミステリー仕立てにして解説してみた。 氏の書物の構成は主旨や読み解きのヒント(ミステリーで言えば伏線)は前書きや後書きに現われている。 つまり章立ての内容は氏の思考の過程あるいは読者や学生への文書の読み取り力の知的教育テキストとして読む文章であります。

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 特に③は①②に比べて読む人は少ないようだがミステリー三部作のレジュメは③の前書きにある。 大所高所の歴史がどうの、哲学がどうの、ではなく変遷する時代という歴史の中で個人としてどう生きるか、の指針であり、三部作はビルドゥングス・ミステリーと読めます。

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 とは言え、まだミステリーは残るなー by キネマ航空CEO

2018年12月 7日 (金)

キネマ航空CEO 「渡辺京二氏の(勝手に命名)ミステリー三部作を解説する」 の巻(疑問編)

10月半ばより11月にかけてキネマ航空CEOオフィスを飛び出して市井の歴史学者渡辺京二氏の著作3冊を読み通した。

結構な時間を費やしたのは何を書いているのか、なぜ書いているか、が分からなかったからであります。

つまりは、三作を通して必読の上中下巻のミステリーだったのです。

で、・・・まず当CEOが渡辺氏の労作を多少逸脱しておちょくります。

つまり読者各位は、長いけれど当CEOに対し異議異論を挿み込めば読み易くなるのではないかと希望を抱きながら。

なお三冊中の①②は中山間地に住む篤学の士から課題図書として、③は市立図書館から借用しました。

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Photo① 逝きし世の面影 平凡社ライブラリー 2005.9 (初出 葦書房 1998.9)

 徳川政権の末期から明治時代前期にかけて来訪した異邦人の宣教師、外交官、商人、軍人、医師、教師、冒険家が記した報告書、旅行記、日記、関連する著作などから彼らが観察した同時代の日本人の美点を分析し十四章に分けて独特の文体で列挙する。

 異邦人(とつくにびと)がここまで日本を「平和と安息の世界」と言ってくれるのだから日本人なら悪い気はしない。

 しかし、幕末から明治であっても異邦人が自由に行動できたわけでもあるまい。 言ってしまえば中国、北朝鮮に限らずどこかの国に招待される記者たちと同じだろう。

 もちろん文献の中には彼らから見た負の印象も記録されている。 これに対しては著者の文体に取り込まれた別の異邦人の記録の解釈を展開して否定される。 明治に入ると外国の知識を得た日本人の文章も提示され補強される。

 でも、このままでは外国人に「ニッポン スゴイデスネー」と語らせ日本人に「日本! 最高ー!」と信じ込ませる今日(こんにち)全盛のTVプログラムのひな型でありますね。

 それに、対象となった間にも「平和と安息の世界」らしからぬ飢饉、一揆、騒動、擾乱(変)があったはずだがこれらは著者に軽くいなされる。 

 著者からは「たとえ一側面にすぎぬとしても・・・このような幸福と安息」の時代を「忘れたくない」。 「暗い側面をあげつらうのは批判者にゆだねよう」、「なぜなら、もはや滅び去った文明なのだから」、と批判者となりそうな読者を封殺し・・・いや、むしろ挑発し、誘導して本質に向かわせている・・・と思いたい。

 当CEO オフィスご常連の各位には、まずこの本を買ってでも、借りてでも、ぜひとも当CEOのこのレジュメに反論してください。待っています。なお、当CEO に同意するコメントは一切不要です。

  さて、「たとえ一側面」、だとしてもなぜこのように総括できる時代が成立したのかはミステリーのままです。

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Photo② 日本近世の起源 洋泉社新書 2008.2 (初出 弓立社 2004.2)

 「戦国乱世から徳川の平和パックス・トクガワーナ」と副題が付いており、謎を解くことができるかもしれません。

 本書では①で提示された著者の定義する「文明」への過程が十章にわたって展開される。

 第二章「乱妨狼藉の実相」 ここでは、①では描かれなかった実相が述べられている。

 戦闘状態とその前後について回る大量虐殺、殺人、傷害、略奪、放火、稲難・麦難(収穫阻止の戦略上の破壊工作)に加えて日本の内のみならず大陸や半島の婦女も含む人身捕獲、移送、売買、輸出、などが付随していた。 婦女に対する強姦も当然含まれている。

 弱者が強者から受ける仕打ちの列挙であるが、同時に弱者が強者にまた逆にオセロゲームのように変わる相対関係の実態も指摘している。

 当CEO の余談ではあるが、今を生きている我々は、この時代より遅れた渡来人でなければ、生き残ったこれらの強者か弱者かあるいは両方を経験した子孫として日本人を名乗っていることになる。

 (乱)妨【(らん)ぼう 】は乱暴と同義である。 中国において「妨」の原義の《さまたげる》から《そこなう、害をあたえる》と転意したようだが、なぜ「女」偏なのかは不明。

 一例として本書の中で「(中世においては)従者を伴わない(あるいははぐれた)女性の旅は「性」の提供を伴っている(女捕り【めとり】という普通名詞で表されている)」と言及されている。 森鴎外の『山椒大夫』は物語ではなく事実が前提となっている。 

 これが①のなかの異邦人の記録では女性の一人旅が可能な国と驚かれている。

 なぜこのような「ユートピア」が成立したのか、しえたのか、を全十章に序章、終章、二つの後書きを加えて考察されている。 

 そして「ユートピア」が成立した①の時代は、立法、行政、を司るための警察権、司法権は藩(幕府)にあります。 何かの法令に違反した場合には農村から藩へ犯罪者として差し出すあらかじめの人選が行われていたり、一揆や騒動には藩として要求を忖度するが一揆側の代表者数人を死罪として決着することで社会が維持される時代でもありました。

 もちろん、現代の制度からは人権団体がいきり立つでしょうが、これが多数の平穏のために受け入れられている社会でもありました。

 ではどんな国だったかを要約をすると、幕藩体制、士農工商の身分制度なのだが・・・ 土地を所有する名主、庄屋と土地着きの農民による農村の制度の成り立ち、特に名主や庄屋の成立過程、そこから生ずる徴税権を行使する立法と行政の官僚集団である幕藩と農村との関係を含む身分制度の融通性が指摘されます。

 そして①で描かれるのはその官僚集団が担う必要がなかった外交と国防に苦闘する中で「ユートピア」が消えていく時代の挽歌である、とまとめられます。

 さて、ミステリーのネタバレはご法度であります。 ただ、あとがきや解説を読んでから本編に取り掛かる読者もいるようですので・・・

  渡辺京二氏は中世から近世への過渡期の武士集団である守護大名や群雄と農民を含む宗教集団との戦闘を農民蜂起とする唯物史観を徹底的に否定します。

 戦国時代の資料から得た多くの二次文献では虐げられた弱者(敗者)が挑んだ「農民蜂起」として解釈して、敗北までの束の間の平和を農民大衆の勝利として共産主義的な唯物論に沿って解釈している。

 しかし著者は、敗者の内部にも勝者と同様な分化された階級層は存在しており、資本家と労働者といった一対一の階級闘争ではなく 270年に及ぶ「パックス・トクガワーナ」の成立に集約される勝者と敗者の合意形成過程と解釈すべきである。 いわゆる共産主義的階級闘争では決してないと主張します。 

 なぜこのような「ユートピア」ができたのか、①に続けて、この②を読んでいただきたい。

 さて②でも別のミステリーが浮かび上がります。

 「ユートピア」の成立過程に深く語られなかった(実際は終章で語られているのだが)工や商にかかわる人々は?

 そして、なぜ渡辺京二氏はマルクス主義を嫌うのか?

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Photo_2③ さらば政治よ 旅の仲間へ 晶文社 2016.6

キネマ航空CEO 「渡辺京二氏の(勝手に命名)ミステリー三部作を解説する」 の巻(解決編) 2018.12.09

に、つづくのココロだー!

 

2017年8月14日 (月)

キネマ航空CEO 梅原猛の原点に挑むが・・・横溝正史の作品に思いをはせるの巻

 古代史の先達から先回の論文『水底の歌-柿本人麻呂論 (初出1973)』に続いて梅原猛氏の原点となる「『 (上、下)』 1980 集英社文庫」を貸していただいた

___2初出は1970.1 から 1971.12にかけて芸術新潮に24回連載された「エッセイ」をそのまままとめた作品であります。(同名単行本 1975 集英社)

この連載から深化した作品が「『隠された十字架  法隆寺論』 1972 新潮社」となるようですが当CEO は未読。

 さて、本書は古代日本仏教の勃興史であります。

水底・』のような言語上の思考ではなく、塔、仏像、壁画、寺、神社、奉納歌舞などの具象を分析した芸術論的古代史論である

 しかし、これでは、そんなに読みたくなる「帯」(腰巻きとも言う)にはならない。むしろ、・・・

聖徳太子」の血脈の抹殺に始まる太子の祟りを縦糸に、
新興仏教と古来神道との狭間に勃発した人間の欲望の覇権争いを横糸に、
兄弟間譲位と女性天皇の擁立が織りなす時代の皇室をめぐる姻戚と相関の(性的関係を含めた)関係を解き明かし現代につづく、
水底・』に先行した壮大な 論文 ! ではなく エッセイ ! ! です

・・・であります。さて、下巻の巻末に西暦239年から1697年までの1559年間に及ぶ年表がありますが実質は、次の200年を掛けた国家仏教から仏教国家への萌芽完成まで、の足かけ3世紀です。(その仏教国家完成から崩壊までには1100年が必要でした・・・とは書いてないけど)

552(538説もあり) 仏教(仏像、経論の)公式伝来
574 厩戸皇子(うまやどのみこ)のちの聖徳太子生まれる
585 2月蘇我馬子仏塔を立て斎会を説く
      3月物部守屋中臣勝海ら仏像仏殿を焼く
587 聖徳太子(没後の尊称だが便宜上)四天王寺建立の発願、馬子法興寺建立発願
591 法興寺起工
593 聖徳太子摂政となる。四天王寺起工
622 2月聖徳太子薨ず
643 11月蘇我入鹿聖徳太子の子山背大兄王(やましろのおおえのかみ)一族の殺害
      参画氏族の中に中臣塩屋連牧夫(なかとみのしおやのむらじまきふ)
      のちの藤原氏の始祖
645 6月乙巳の変蘇我氏滅亡、「大化の改新」
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663 (半島の白村江の戦いで敗北)
672 壬申の乱。皇位は天智天皇(兄)の継嗣大友皇子より天武天皇(異母弟)へ移る
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712 古事記成る
720 日本書紀成る
737 藤原氏四兄弟相次いで天然痘で死去
739 (別資料では737)聖徳太子一族の住居址に救世観音像を安置する夢殿建つ
743 大仏建立発願
752 大仏開眼供養
(なお、表示の月は太陽歴なのか陰暦なのか当時の中国暦なのかは不明です。)

 この間、 562年に半島では任那の日本府が新羅に滅ぼされ589年大陸では隋王朝の成立600年遣隋使の初回派遣603年新羅への征討出兵中止618年隋に代わり唐王朝の成立630年遣唐使初回派遣663年半島の白村江で唐・新羅連合軍に敗北668年唐・新羅により高句麗滅亡、新羅による半島の統一・・・。

     と対外関係も忙しい時代で、公の遣隋・遣唐使に加えて技能難民や労働力難民の流入、帰化人による技術、芸術など大陸文化の系統的な吸収ができた時代でもあったようです。(大化改新後に防人(さきもり)などの九州沿岸への徴兵動員がおこなわれた。それ以前の半島進出については倭(やまと)朝廷が長(おさ)を派遣する在外組織なのか両岸の部族間の関係なのかは判然としないが物資や文化の交易をおこなう倭朝廷寄りの部族の保護のようだ)

     幸いに後半の100年弱は半島からの撤収に加えて大陸情勢も唐王朝が安定しており、半島の新羅との両睨みの北九州海岸線防衛ラインの構築の中で奈良文化も大陸的から日本的なものへの咀嚼が落ち着いて行えた時代と思われます。(この時代に記紀が成り、万葉集の編纂が始まる。先の(任那)「日本府」の固有名詞は日本書紀にて初出。いくつかの暗殺や武力抗争があった。658から660年にかけて東北の蝦夷などの部族への侵攻が始まる。決着は平安遷都後の、坂上田村麻呂、阿弖流為(あてるい)伝説に・・・)。

     内政は、といえば、国家統治の規範を仏教に置こうとする有力氏族蘇我氏と皇位継承血脈にいる皇族である聖徳太子の仏教推進派と対立する他の皇族を擁したその他大勢派の氏族との政争を制した聖徳太子没後の天皇の座をめぐる抗争で、中臣氏はまず、かつての親の代では同盟関係であった蘇我馬子の子入鹿太子の子である山背大兄王の離反を図り聖徳太子の(いわゆる皇統の)血脈を断絶させ、その2年後の大化改新に先立つ乙巳の変入鹿らを殺害して太子以前の時代からの旧勢力の筆頭だった蘇我氏の権勢を一気に没落させます。

 年表の585年を確認ください。中臣藤原)氏のこころの内に分け入ると、氏族間の憎悪なのか義憤なのか、対象は仏教なのか政(まつりごと)なのかよくわからぬが(権益であることは間違いない)長年の諜略と一瞬の暗殺で政権の奪取に成功した時代でもあったのであります。

おおっ!梅原師見てきたように語り出し・・・がのり移ってきたゾ

 そして、藤原氏はその後の後宮との姻戚関係、不遜不倫関係を巧み(といっても蘇我氏だってやっていた)に構築し政(まつりごと)を手中に収めるのですが、その中で一族を襲った不幸を、殺したわけでもない(殺したんじゃないのかな ? 説もある )聖徳太子の「祟り」として仏教を利用した鎮めをするために西洋にはない日本美学』の建立を続けた・・・という論旨の展開と読めました。

 ただ直近では、協力したのちに殺された蘇我入鹿も恨んでいるはずなのだけどね・・・でも黒幕中臣氏聖徳太子を含めて山背大兄王一族の殺害“実行者”に対しておこなった口封じを兼ねた直接実行氏族への復讐の処罰だったら『祟り』はないよねー・・・と数代下がった子孫の藤原氏になっても感じられるということのようです。

 「祟り」も、「祟る」側と「祟られる」側の地位身分、あるいは人望の相対関係で「祟られる」側の勝者としての感じ方次第なのでしょーね。これぞ日本 ! ?

 梅原説はさらには塔の内部に施された壁画、仏像の装飾がおどろおどろしい世界を再現してくれます。さすがに地霊、怨霊には敵わないらしく年表の続きとしておまけの42年で
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(783 万葉集の編纂終わる。開始年不明、600年代後半)
(794 平安京遷都)
   ・・・と(正確には難波宮などを含み)呪いや祟りで転々とした都の総称としての奈良盆地から長岡京を経て地形の似た平安京への恒久避難となったのでしょうね。藤原氏はこれから400年近く政権の中枢に留まります。この間の祟りはどうなったのかは当CEO 浅学につき分かりません。

 さて今回は形ある物体からの梅原氏の思考の展開ですが具体的なこの時代の『』の建設となると為政者ひいては施工者の思惑がどこまで反映できるのかはよくわからない。

 少なくとも、切妻、寄棟、高床といった旧来工法では、施工者がこれくらいの大きさでといえば棟梁の差配に従って材木の調達から現場での加工組立ができる。

しかし、この時代に始まった大陸起源の複雑な仏教建築となると工程の分化が必須となる。

 外観内観の意匠と構造決定の工程はおそらく同時並行で行われ、そこから個々の構造部品を作るには多くの部品図面や指図書に起こす設計集団が必要となる。

 加えて部品の加工、組立の人工と工数とその工程順序の管理といった施工集団が存在する。この二つの集団は運搬労働力を除き多分一体の集団であったと思われる。この中に渡来人の集団と旧来(倭)工法の集団があったはずだがそのあたりははっきりしない。
余談ながら木材の伐採、輸送、集積、仮加工、寝かし(エイジング)といった木材ビジネスもこの時代に生まれたんだろうな。

 もちろん建築全体を構成する木工や石工のほかに木彫、金物といった現在では装飾品と分類される技能集団も独立して存在していたのだろう。

 この時代の「」が梅原氏や多くの有名無名の人々のこころをとらえるその『』は『外観内観の構造の意匠』で決められているのであり、施工主となる中臣・藤原氏の意識に外観内観の細部に対する梅原説が提示する意図がそのままに入っているかには疑問がある。

 そのため梅原氏は高さとして指示できる「」に着目したのだろう。しかし、これだけで梅原氏の施工者意志説で提示された細部の意匠(具象)の証明になるのかどうか。

 もちろん細部の具象コンセプトについてもまだ発見されない文書や絵で詳細な中臣・藤原コンセプトの要求が行われたのかもしれないが、その再現のすべては構造で決まる。

 むしろその時々の塔建築を請け負う集団がその時々の工夫を凝らして無二の「」を設計し、建て上げて、施工主が気に入らなければ壊されついでに殺されて、といったところではなかろうか。たぶん彼らの身分では施工主を祟ることもないだろう。

 施工主は気に入れば内装に金を掛けて己の世界の構築はできる。またその意向も建築よりは伝わりやすいかもしれない。梅原氏の筆はここでは怪談めいた鬼気迫る筆致で畳みかける。

 737年以降に法隆寺夢殿に封印されたという聖徳太子を写したとされる救世観音菩薩(木造観音菩薩立像)は、正面のみの空洞(要するに最中の皮の表側の片割れ)で動き回るための足もなく、御仏を示す光背は釘で直接頭部に打ちつけられて「人間でなく怨霊」の聖徳太子を呪詛する目的である、と。

 怨霊も足で移動するのか ? 足をなくすれば出る場所が決まっている(はずの)地縛霊に貶めたのか・・・この説では時代考証の錯誤感もあるけど新説にはなりそう。

 さらに浅学のCEO ではあるが、釘打ちの呪詛は『生きている相手』を模した藁人形や人型に打ち込まれ、イエス・キリストも生きているうちに釘で十字架に磔にされた。ドラキュラ伯爵は呼吸していないようだが眠っているところに釘の代わりに杭を打ち込まれているんじゃなかったっけ。そもそも既に死した者の怨霊に「釘」の効果があるのかね・・・となる。

 光背と頭部を結ぶ構造も釘の形状も説明されていない。どんな釘なんだ?むしろ光背と観音像をつなぎ一体となる構造の意味もある・・・観音像を動かしたら光背がとり残されて御仏の慈愛が消えちゃったってこともあるんじゃないか・・・

 まあ、呪詛の方法の諮問を受けた取り巻き文化人のブレーンが困り果てて出した案を、藤原氏には「やってみる」ことは「やってやる」と進取の勇気があるのでやってみた。

 しかし、ご利益がないもんで白布にまかれて人目を避けて隠ぺい放置されていた・・・と、梅原説につながるのかもしれないが・・・、

 肝心の観音像を包んだ白布の汚れや埃を含めた科学的分析はなされていない。梅原氏は西欧の「聖骸布」のようにあからさまにはしない。これもまた日本、なのかもね。

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 こうした呪詛は怨霊の祟りに対する女性の恐怖心が深くかかわっていると梅原説では強調される。

 どうやって祟りから呪詛への過程が進むのだろう。そもそも100年近く後の女性が祟りの言われをどのように知るのだろう。記紀を奉ずる公家、神職からか、かじった僧侶からか・・・
神仏習合と反発もこの時代から延々と始まった。そして、明治元年(1872)の神仏判然令で公式に神仏分離とされて、仏教《が特に庶諸民に対して権威もしくは拘束力を持った》国家の末期期に入った/閑話休題)

 予算が必要な呪詛建築の施工には男性の分担と考えられるのだが、下品な当CEO はさらに考える。こうした謀(はかりごと)の発端はどこで行われたのだろう。

 昼なのか夜なのか、広間か寝室か、家政婦は見たのか、宮中や公家の屋敷の間取りや奉公人の数は、上下の食糧献立事情は、人口や職業、都市や村の構成や経済は、行政機関の構成は、租税の徴収は、予算の案や執行は、芸術家集団の存在は、といった時代背景があってこその梅原説と思うのだが古代史の背景解明に梅原氏は古代史の著作の印税を使って影の貢献をされたのであろうな ・・・と、つい余計なお世話を思ってしまう。

 せめて「」を一基建てる費用の収支出納ぐらいは氏の下で解明してほしいものです。ただ働きで古代日本の文化を作るのが日本人なのか ? 帰化人もよく我慢したものだなー。

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 さて、描かれる「家系図」と「時系列人物行動表」とくるとこれらを駆使した横溝正史の名探偵金田一耕助を思い浮かべる当CEO であります。《迷》探偵のようでもありますが人間の始めた行為を押しとどめることもなく最後まで見届ける仏のまなざしのようでもあります。

 「犬神家の一族」では戦後の財閥解体、「悪魔が来りて笛を吹く」では華族制度の崩壊、「獄門島」や「八つ墓村」、「悪魔の手毬歌」では村社会の戦後史とも家族史とも、戦前が背景となる「本陣殺人事件」では格式のある家族の中の男尊女卑に潜む屈曲した潔癖倫理など、当CEO の世代にはフィクションでそれぞれの時代を映し出していると感じられる。しかし、残念なことに今では「オワった コンてんつ」と片づけられるのだろう。

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 繰り返すが梅原説はなまじ学際的なアカデミズムをまとっているだけに個々別々の分野の古代史を総合した中での再評価が必要と思われる。 梅原説の解説本が待たれます。

 まあ、当CEO も多感なころに梅原説に接しておれば古代史の迷路に紛れ込もうとしたかもしれない梅原氏の情熱は強く感じますが、今が当CEO にとっての読み時と思えます。

 『聖徳太子の祟り』と『藤原氏の呪詛』の相克が日本国の骨格形のない精神をつくり、時代時代の肉付けがされてきたという梅原説を否定するつもりは更々ない。

 が、先に挙げた二点の論考の視点であり始点となる美学的解釈部分を外すとエッセイ自体は『一般人読者が感じる権威感(パンピー・アカデミズム)』は消える。

 特に後者の具象の説明自体は資料読み解きの誤解であると、専門分野からは否定されているようだ。しかし、梅原氏はこのエッセイや関連著作での修正もしくは注記の付与をされるつもりはない(完全黙秘の)ようです。

 そして今なぜ、この本が当CEO の手元に現われたのか、と考えると、

『前振りの間違いぐらいで挫折するな!』
『間違った前振りで提起した論旨の先の真実が必ず出現して過去の前振りをかすませる!!』・・・
日本人論的精神論のなかでは「初志貫徹」 >>かなり大なり君子豹変」の価値感の間で振れる一つの解を日本人らしく行動で示してくれているのかも知れぬ・・・なー。

 と、思いながらも当CEO は若き日、日本国自体を含めた若き時代の心情的リベラリズムの限界をプチ豹変させる模索をしている最中です。

 紹介してくださった先達さんありがとうございます。これからもご指導よろしくお願いいたします。

2017年5月31日 (水)

キネマ航空 CEO 「水底の歌-柿本人麻論」からいにしえ(古)をおもふ・・・ついでに「やすらぎの郷」を考える

人生の一時期に多少の時間の余裕ができ新しい知人との交流が始まるのは二つとない幸運である。

当CEO が住む町中から峠を二つ三つ超えた、住むにはそれなりの苦労はあるのだろうが桃源の地にその一人の篤学の士が住まわれる。

ほぼ三か月前に士から特に説明もなく微笑みながら渡された本をやっと読み終えた。

Song_of_water_bottom_1 Song_of_water_bottom_2梅原猛の「水底の歌-柿本人麻論」上下で900ページ弱の文庫である。初出のハード・カバーは1973年であるから当CEO は社会人となっていた。

当時の書評欄では、正確な記憶ではないが内容の要約と、ジェット・コースターのような論文である、といったようなものであったが未読のままである。

新目(あらため ?)て読む機会を与えていただいた論文(梅原氏自身が文中にそう書いている)が文学系出版社の文庫本になるということは?と思いながら読み始める。

篤学の士が黙って渡してくれた理由とはまったく異なるのだろうが・・・これが意外と今現在の世の中を映し日本が返るべき姿を示唆しているように思えてくる。

論文の内容は万葉集の歌人柿本人麻(呂)の「人物」論というより「存在」のプロファイリングである。勿論インタビューはできないから書誌学もしくは文献学と呼ばれる手法が使われる。

対象は手書きであり検証するための比較対象も時の数寄者に再編纂、再編集された異本や国学者の解釈の手書きが残るのみであり通覧すべき一群の原本も散逸されている。また写本が原本と同じどうかの検証も困難な場合が多い

さて、梅原氏は、認知度では大勢を占める(エスタブリッシュメント側の人物)斎藤茂吉、賀茂真淵といった先人による解釈ばかりか、もはや反論できないご本人たちに容赦のない攻撃を加える文体で始まる。

そのあとは、彼らが引用したり無視したりの書誌文献に加えて伝説、伝承を駆使して解釈を改めて原本に戻り推論を立てる。「だろう」から始まり「と思える」、「考える」を経て「違いない」と畳みかける。元は雑誌の連載のようでこのパターンが主題を変え相手を変え文献を変えて延々と繰り返される。

そのうち漢文、古文、万葉仮名など難解な個所を読み飛ばすコツを体得すればまさに悪酔いと快感のジェット・コースターの気分になれることを請け合います。

科学、特に工学と重ねると書誌学による結論の真偽を判定することは極めて難しい。その工学にしても想定外も想定を間違った想定の内となることが証明できるはずであるがなぜかこの国では行われない。

さて、当CEO がこの本でおもひを致したのは論文として示された結論よりも論考の背景となる真の闇があった時代であります。

この本でも「怨霊」の「祟り」と「鎮魂」が幾度か繰り返されます。

思ふに「祟り」は祟られる側(一般に勝者もしくはエスタブリッシュメント側)の受け身の言葉でこれが息づいていた時代であります。

では、敗者または否エスタブリッシュメントの弱者側の言葉では、となると積極性のある「呪い」となるがこの本では出てこなかったと思う。

記紀に絡めとられた弱者には「呪い」さえ認められていなかったのかもしれない。

いや記紀を統べる強者の階層はあまたある「神」をも含めた同じ階層の「祟り」は認めても真の弱者の「呪い」など、はなからないものとしていたの「だろう」。

西洋思想に対抗する「現代の」日本思想の復権は「大和魂」、でもなく、ましてや「武士道」でもない。なかんづく、「呪い」の復権である「と思える」。

倉本聰氏の最新作「やすらぎの郷」を参照しよう。

TV局の社員以外でTV界に貢献した者だけが入れる無料老人ホームの中の有料のバーで・・・

恒例の誕生パーティの参加者が同じ入居者の二人だけとなり中止したら古くからの付き合いのあったホテルから高額のキャンセル料を請求される。

しかし、当てにしていたご祝儀がなくなり払えなくなった自分に落ち込む人気女優だったお嬢(こと浅丘ルリ子)と、慰めているのか呆れているのか、気は合うが口の悪い個性派女優だったマヤ(こと加賀まりこ)。

もう一人の参加予定者、伝説の女優で最長老の姫(こと八千草薫)が嘆くお嬢に「私だって人を呪いたくなることはあったの。これは実際に効果があったのよ」と「ナスの呪い揚げ」の儀式を伝授する。(・・・場所は変わって姫のコテージへ)

タスキ掛けにスッ、スッ、スッ・・・スッ、と皮に刃を入れた長ナスのへたをスパッと切り落しそこに割りばしの先を鋭くとがらせた串を呪いを掛ける相手の名前を叫びながらブチューッと刺し、チンチンと煮たぎる油の鍋に突っ込むのである。ジューッ、グツグツ・・・グツグツ・・・

     よい子の皆さーん ! 「人を呪わば(うなら、相手と自分の墓)(を)二つ(用意してから)」という、教えもあるよ。祟られる側から先手必勝で「呪い返し」もあるぞ、と人を使って仕掛けてくる予告ともいえそうだけど。
     一方、書誌学になぞらえれば語源は仏教かららしい。仏教にも似た加持祈祷の儀式があるがこれは「祈り」であり断じて「呪い」ではなーい!という新興(密教)仏教の古来(エスタブリッシュメント)神道に対する挑戦である、なーんて。
      これらに関連する書誌は自分で探してね。書誌学は些細な想像から始まります。
(閑話は休題)

さて、384人を揚げるつもりのお嬢は、「揚げたら全部食べるのよ」と姫に言われて30人に絞ったものの「とても食べられない」と弱音を吐く。しかし、姫は「一口でいいわよ」といたって柔軟である。(追記:指定のタレは生姜醤油。姫は山葵でも辛子でも柚子でも良いと言うと思う。山椒の振掛けも旨そうだ)

シャーマニズム的な儀式だから、日の巡り、月の満ち欠けの暦も関係するようだが姫は細かいことは気にしない。適当に選んだその当日の丑三つ時になってにぎやかに始まる・・・

ところが翌朝のニュースで30人の中の一人が路上で亡くなったと報道される。時間を再現すると叫んだ時間に重なる。さすがにうろたえるお嬢とマヤと参加した男たち。

しかし、姫は「偶然!そんなことが現実に起こるわけはない!」と毅然として言い放つ。

どうです、交渉では勝てない日本の外務省は秘密の「呪い処」を作るのです。言い負かされたり手ごわい相手の名前(ボクネンジーンとかトンナンチーペーとかDDTとかハナカーラ・チョーチンとかスパッと一発キンチョールンとかムーンウォーキンとか)を入れて叫ぶのです。スッスッ、スパッ、何某ーッ、ブチューッ ! チンチン、ジューッ、グツグツ・・・

相手には見せぬ手の内の儀式を伴った日本の文化的交渉術です。「呪い」が「祟り」になっても西洋文明では「そんなことが現実に起こるわけはない!」のであります。ん?? 東洋人にこの理屈は通らないか?もう、相手がやっているかも・・・。同じ東洋文明だもんね。

昔の日本に戻れ!」と叫ぶ声は「明治維新に戻れ!」と等価のようです。冷静に歴史を見れば「西洋の衣を新調した明治維新」は大正時代を超えて昭和の太平洋戦争の敗北で終わるのですがこれを繰り返すのはいかがなものか。

東洋に限らず大体の政権の施政手段は梅原猛氏の描いた時代と重なる。さすがに今の日本では死を求めることはないだろうが人格攻撃で生きた屍とし文書も言葉も調査する前にすべてなかったことにする。

こうした人事や施政を繰り返していると敗戦を終戦と言いかえる「西洋のシステムの衣を纏わされた日本の心」を抱えた権力は、ないはずの「祟り」が怖くなるの「だろう」。もっとないはずの「呪い」の「共謀」のほうが、もっともっと怖い「と思える」、いや「考える」。そうに「違いない」!

繰り返す歴史の中で、たった十七音を「呪い=祟り」として共謀をでっちあげるような京大俳句事件も再現されるかもしれない。

そうならないように日本精神を謳う国家はまず(もちろん限界は必要だが)呪い」の自由化を立法すべきである。そして「呪い」は「祟り」ではない。「祟り」は「祟り」として「己から始まる」ものとして正しく受け止められる国家であれ!政治家であれ!官僚であれ!

あるべきだ!うーっ・うっ・うっ・・・「今は明るい闇の世だ」、「鶴田浩二だ」、「『傷だらけの人生(YouTube)』だ」!歌詞 はこちら

はぁぁ----------------------------------- (しばしの沈黙)

ん!なんのブログだったっけ!?

ああ、書評だったことを忘れていた。(推理小説あるいは二時間サスペンスのあら捜しに慣れておれば構成自体が何となく怪しげに感じられる)この書(論文)は少なくとも論理の書というより感覚を刺激する書であります。梅原猛氏が歌舞伎の台本をいくつも創作されたことはむべなるかな、であります。

論文としての証明展開に自家撞着があるという具体的な指摘内容(クエッション・アンド・コントリビューション)に対して梅原氏からは開き直りに近い「論点ずらし」で終わらせたままで版を重ねている・・・

梅原氏も弱点として認めることになるミッシング・リングを創出できれば歴史エンタテイメント小説の原案としては面白いのだが、氏がこの「論文」で後年の文化勲章への一里塚に立ったことでは、論争相手を国文学者で知名度のある益田勝実氏 一人に絞った手法など哲学者として弁証法を熟知した氏が「書誌学上の破たん」 を承知した上での意図的なライフワーク・シナリオの一部だったのかもしれない。

論争資料
(1)(2)(3)
上記の3文献はWEB から削除されたが図書館では読めるはず。(2018/3/9追記)
(1)岩波書店刊雑誌『文学』1975/4 「文学のひろば」(人麿=佐留説の自家撞着) 益田勝実
(2)同 1975/10 「水底の歌」のアポロギア--益田勝実氏に
(3)同 1975/12 アポロギアとアポリアと--梅原猛氏に

梅原氏が相手にしなかった例は こちら 。梅原説支持論は こちら 。
本体よりこれらのインテリの喧嘩のほうが面白い。梅原氏はなかなかの喧嘩、いや論争上手であります。

) 「書誌学上の破たん」: 歴史を含む書誌学、文献学では客観的な「真実」などはなく、どのみち「新説」から始まる「通説」ないしは「定説」しかないこと。
   「新説」の中には無視というより抹殺される「異説」になることもあるとは承知したうえでなお、当CEO は主観的な「真実」は(論文のような論理とは)別の問題であると考えています。当CEOのブログは「珍説」ですが何か?

   
もちろん「破たん」は、「科学」、特に「利便」とともに身近に「実害」を伴う「工学」でもいえることではあります。ある条件付きの「定説(理論)」を「真実」としながら「想定外」、「未曾有」の言葉の担保で「実害」を「確率」の範囲の内、外、として既定の「真実」をカバー(蔽おうと)する人類の知恵といえないことはないのですが・・・。

書誌学がベースの歴史エンタテイメント小説の草分けとしては英国のジョセフィン・ティによる「時の娘 The Daughter of Time (1957)」があります。小説としてはこちらの方がすっきりとした構成であります。英国の歴史に興味がなくても、こちらも読むべし!

こちらも併せて再読することで篤学の士からは歴史の見方を改めて思い出させていただいたようだ。感謝。

2016年11月 9日 (水)

キネマ航空CEO 映画『ハドソン川の奇跡』を見る前、見た後のお勧めの一冊

前回 は映画『ハドソン川の奇跡』としての感想ですが、今回はイーストウッド監督の頭の中にはあったが映画では明確には表現できなかった、あるいは上映時間の中に描き切れなかったと思われるある事例を挙げた本を紹介しておきます。

墜落か生還か-緊急事態発生』(1992) S・スチュワート 著/十亀 洋 訳 講談社刊(2000)

墜落を分析した映画や本は数多くあり翻訳もされているが、本書は重大事故から生還したクルーたちの記録であります。我々はこのことを信じて航空機に乗ることができるのであります。

その中から、TWA841便の事例はイーストウッド監督に多大なインスピレーションを与えたと思われます。

1979年4月4日午後8時25分、JFKよりミネアポリス・セントポール・インターナショナルに向けて離陸した同便ボーイング727-100 は強い向かい風のため高度を 35,000フィートから39,000フィートに上昇した直後にオート・パイロットによる操縦桿が左に20度から30度に振れていることを同9時47分に視認してオート・パイロットを解除したと同時に右のスパイラル・ダイブ入った。

コックピット・クルー(スリー・メン・クルー)の回復作業により8,000フィートで制御を取り戻し3,000フィートで急降下から回復したが、今度は強い機首上げのまま上昇に移りストール・スピードに近づいてゆく・・・もちろん近くのデトロイト・メトロポリタン空港に緊急着陸したのだが・・・著者は英国航空の機長を定年退職し自ら起こした航空会社で機長を務める現役のパイロットであり下手な航空パニック映画より緊迫した空気を伝えている。

原因は右主翼にあるNo.7スラットの予期せぬ展開であった。当然NTSBの監察事案となりクルー全員に厳しい目が向けられる。コックピット・クルーによって意図的なフラップの操作が行われたとしてである。

727-100はジェットライナーとしては第2世代というより1.5世代であったようだ。つまりパイロットの技量で飛ぶ時代であった。

このため次のようなパイロットが使う裏技の噂(うわさ)があった。

727では(当然禁止されていたが)高速時にフラップを2度下げると高速飛行に適した翼型に近くなり巡航速度や燃料消費が良くなる。このためには前縁スラットの展開を止めるためスラット制御回路のブレーカーを人為的に遮断することが行われていた。

これが実行され、航空機関士がコックピットから出たときに残ったクルーがブレーカーを切りフラップを下げた。このあと戻ってきた機関士がブレーカーが落ちていることに気づき入れなおしたためスラットが出た人為的な事故である。

NTSBは航空機関士が直前にコックピットから出たという乗客の目撃証言を頼りにストーリーの肉付けを始める。・・・常識的に考えれば機関士もブレーカーが外されている理由は知っているはずであり二時間ドラマでは嫌疑を疑う探偵か刑事がいるはずなんだけど、ボイス・レコーダーの音声が消されているなどの状況証拠でさらに疑惑を深めていく。

もちろん並行して構造的な調査も行われたがスラットの不時作動が考えられる一連の構造の問題は過去にNSTBボーイングが実施した対策が完了していることから深く追及はされなかった。

唯一残る技術的な可能性であるNo.7スラットの作動ピストンとロッドがシリンダーから外れたケースは引き起こし時にNo.7スラットの飛散とともに部品は機体から外れて回収できなかったのでボーイングの部品試験のデータから否定されて可能性で終わった。No.7スラットの飛散で操縦を回復したのだけど)

NSTBの公聴会にクルーが呼ばれたのはボイス・レコーダーの消去を含む発生前のクルーの行動についての査問の一回だけでありクルーらが要求したすべて状況についての発言は拒否された

飛行試験は行われたがパイロットからは飛行特性が変わったと言われている727‐200が使われた。シミュレータによる実験では機長の対応が遅れたため回復の機会が失われたと報告書に結論付けられた。もちろん上記の想定化においてのシミュレートである。

ALPAAir Line Pilot Association 米国定期航空操縦士協会)から反論が出され、報告書には査問委員会を構成する三人の委員のうちパイロットでもあった一人からも付帯意見がつけられた。

発生から二年以上経った後に、疑惑を残したままクルーの三人は嫌疑不十分とされた。正副操縦士は業務に復帰したが疑惑の中心となった機関士は職を辞した。

その後ボイス・レコーダーの音声消去もスラットの不時作動も合理的な理由や関連するインシデントが実際に発生し部品や構造に疲労や腐食による機能不全が立証されている。

この本の発行された時点ではクルーの名誉回復はなされていない。

以上、航空機フリークなら興味のある細部もすっ飛ばしたので実際に本をお読みください(例えば、右主翼のスラットが開いたのにオート・パイロットは左翼を下げようとしたのか。なぜボイス・レコーダーの音声が消えたのか。NTSBが結論を変えるべき事例の数々とは)。図書館にあるはずです。

映画「ハドソン川の奇跡」の中でもサレンバーガー機長ALPAの担当者にNTSBの情報を入手するよう強く求めている場面があります。

NTSBが進めたTWA841便の調査のなかで最初にクルーを聴取した調査官が言ったとされる「もしクルーが過ちをしていないのなら727の耐空証明に疑いがかかる」という発言にすべてがかかっている。(著者は操縦士ですから事実認定は読者の判断にかかってもいます)

USエアウェイズ1549便はフランス製だけど、映画の中でもこのインシデントについてサレンバーガー機長ALPAの担当者が話をしているようだったが当CEOは聞き取れなかった。昔なら居残れたのだけどね。いずれDVDになったら確認してみます。

2015年12月29日 (火)

キネマ航空ラウンジの「俳句と飛行機」を大幅改稿

俳句には門外漢の当CEO は西東三鬼(1900-1962:明治33年-昭和37年)ほど飛行機を詠んだ俳人はないのではないか、と愚考しております。

当CEO の趣味の一つに古書店回りがあります。その中で最近見つけた『「俳句」4月臨時増刊 西東三鬼読本 角川書店 1979 』を底本にして飛行機に関連する句のすべてと思われる 65 句を抜き書きして当キネマ航空ラウンジの広報誌掲載中の「俳句と飛行機」の 初稿を大幅に改稿 いたしましたのでご報告いたします。
(なお引用等で著作権等での越権がありましたらご連絡ください。当キネマ航空の内規に従い対処させていただきます)

句は昭和九年(1934)から同三十六年(1961)にわたる日本の航空界の変遷と一俳人とのかかわりのなかで詠まれています。飛行機は形を変えながら(アイロニーを道ずれに)進歩を続け、一人の人間はかかわりかたを変えながらやがて乗ることもなくなり、消えてゆきます。

ぜひ、ご一読、ご再読ください。

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さて、本稿をもって 2015 年最後のプレス・リリースとなります。オスプレイも MRJ も休眠状態ですが来年より再開をする予定です。

キネマ航空CEOオフィスへご来訪いただき、ありがとうございました。
当キネマ・エアラインズ ご愛顧の皆さま、ご家族様、良いお年をお迎えください。

キネマ航空CEO 拝

2014年12月 2日 (火)

キネマ航空CEO 読書眼鏡を使う - 『潮鳴り』を読んで時代小説について考える

前々回の独断偏見書評で、葉室凛氏の『蜩ノ記』に浮かんだ疑問は、続編らしい『潮鳴り』(2013・10)を読んでから、と書いたてまえの書評(になってないかも)を追加します。
ただ、本書は江戸中期以降の設定と思われるが「豊後羽根藩」を舞台にしただけで年代差も、はたして続編なのかも、分からない。

さて、あらすじは出版社の宣伝のままで、
「……生きることが、それがしの覚悟でござる。
俊英と謳うたわれた豊後・羽根藩の伊吹櫂蔵は、狷介さゆえに役目をしくじりお役御免、今や〝襤褸蔵〟と呼ばれる無頼暮らし。

ある日、家督を譲ゆずった弟が切腹。遺書から借銀を巡る藩の裏切りが原因と知る。前日、何事かを伝えにきた弟を無下に追い返していた櫂蔵は、死の際きわまで己を苛さいなむ。
直後、なぜか藩から弟と同じ新田開発奉行並として出仕を促された櫂蔵は、弟の無念を晴らすべく城に上がる決意を固める……。」

「何度破れても、挑戦し、生き抜くことはできる。そんな思いを伝えたかった」-葉室麟

それを彩るのは、薄幸ながら健気な、険しくも凛とした、あるいは権威の使い方を心得た、多彩な女性たちの支えで主人公が活躍する普通に読める『娯楽小説』でした。

それはそれでいいのだが、・・・作者は時代小説をどう設定しているのかを、先の筋の紹介文の範囲をなるべく崩さないで印象をまとめておきます。

まず廃嫡となっていた主人公が新田開発奉行並びとして出仕することになる。封建制度のもとでの家督相続(正確には被相続人死亡後の跡式相続か ? )には主君が行うお目見得の儀式が必要なはずであるけれど作中では言及されていない。葉室氏も知っていて省略したのかはそれこそ知れぬが、現代の非正規社員の再雇用のような部長決済で復職したように読める。

その伝で、前掲のあらすじを現代風に言い換えると、弟は会社ぐるみのかごぬけ詐欺の片棒を担がさせられて自殺に追い込まれたようだ。

その会社は巨大コングロマリットの系列会社で主犯は社長と経理部長(だけなの ? )と同系別会社に関係する某物産の社長が仕組んだ共同謀議 ・・・ を?

主人公を助けるのは、先ほどの女性たちと経済に詳しい市井のわけありコンサルタント、それにコングロマリット直系支社の支配人と詐欺に巻き込まれたその支社系列の銀行頭取、といったところ。(ほかにもいるけどね。若干のネタバレ御免)

ただ時代劇なので捜査二課は出てこない。

つまりは同時代小説で例えると『半沢直樹』のような経済小説ベースのミステリーが骨子なのですね。まあ、同時代小説では基本的な社会構造は説明不要なのです。(『半沢直樹』は背景にリアリティを持たせた時代小説なのかも

とはいっても『潮鳴り』は時代小説にもかかわらず、同時小説では必ず登場する取締役、すなわち城代家老も、並び家老も、家老に直属する目付役も、作中では何もせず大団円でも何の処分もされていないようであります。(初めに主君の職務放棄を黙認した理由は家老全員が共同正犯なのか ??  じゃ、事件幕引きの藩政は誰がとっていたのか ??? まさかの主君が ! ???? うーむ、時代劇による現代風刺か !)

作者はこの羽根藩のクロニクル(年代記)に育てるようであるが、この藩はいずれ潰れる(潰される ? )しかないと思うのは、当CEOだけなのかな(シッポを出さない家老が『蜩の記』の悪家老で、ここでもうまく立ち回り、次回につながるのかも・・・と期待するしかないナとも・・・その時のヒール役は隣りの支社の支配人が務めることになるだろうナ・・・生き抜いた主人公はどっちに就くんだろう)

背景となる封建制度を維持するための大名、武家社会のしきたりや枠組みを無視(もしくは説明を省略)した、これを『時代小説』と呼んでいいものかどうか・・・

いや、読者は歴史論文の実例や調書(しらべがき)を読みたいのではない。薄幸の女性に涙し、女性たちの生き方と共に主人公の再生する姿に感動するつもりで読んでいるのだから、これでイイのだ!・・・と、思えばその通りで、

本作の評価はしごく明快 ! 水戸黄門や暴れん坊将軍、大岡越前などのTVムービーで育てられた読者に共通するイメージでバックグラウンドの説明を代行してもらって仕組みの異なる社会を説明する煩雑さを回避し、映像では描けないペダンティズムの味付けを楽しめる作品でありますね。山場では映像(化)の編集を意識したカットバック技法も使われています。

(だいぶ読書眼鏡の効果が出てきた !

余談を飛ばしたい方は、こちら 。

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余談ながら当CEOは小説を選ぶ時の予想と読了後の感想は次のような座標に分類します。ご参考になれば。

まず右に『教養小説』、左に『娯楽小説』、右の右に『幻想(ファンタジー)小説』、左の左に『伝奇小説』を置きます。それぞれの定義にはややこしいところもあるがあなたが何となく決めればよい。

前の二つが普通の小説。そこからはみ出して興味が湧くのが後の二つ。つまりは作者(ひいては読者)の作品に対する想像力とリアリティの置き方で判断します。(虚構にも評価できるリアリティはある。小説は作者と読者の相性ですね)

以上の四つの基準点を横一直線の座標に並べてもよし、前の二つを横軸、後ろの二つを縦軸(どちらを上に置くかはあなた次第)にした直交座標にしてもよし・・・この座標のどこかにあなたが評価する大きさの丸印を打てばよい。

せっかく読んだのだから気に入れば二重丸で ! ・・・年齢ととも座標の位置や丸印の大きさが変わっても、まったくかまわない。(それが再読する意味と価値なのだから)

なお、横一直線の座標が必要な理由は、読者の共通の認識となれる『教養小説』や『娯楽小説』にも『幻想(ファンタジー)小説』と『伝奇小説』の要素があり、後者の二つはどこか背後でつながっている輪をつくっています。しかもメビウスの輪のように・・・それが小説(作家と読者の人間の思考)の面白さですね。

それと直交座標は一見科学的だけど視野は狭くなるように思えます・・・まあ、当CEOには直交座標のメビウスの輪なんて立体幾何学を考えるには歳をとりすぎてますからね。

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当CEOは、『教養小説』では山本周五郎氏の諸作(当時はこれが王道だった)、伝奇小説』としては、山田風太郎氏の特に後期の明治もの、を同時代か、少し遅れて読んだ世代に属しており、時代小説を読むことにおいては幸せな時代を過ごしてきた世代と思えます。

あ!池波正太郎氏も忘れてはいけない。映像の分野で若い読者を誤解させた責任も大きいが、氏は当然それを知っており、あえて話を進めたことは随筆に書かれていたと記憶している。
たとえば江戸市中には町ごとに木戸があり木戸番がいて夜中に覆面をした徒党が集団で大通りを駆け抜ける映像はまず考えられない。いっぽう屋根の上には番所はなかったが、通りを横切るにはコアラのように地面を走ることになる。その前に漆喰で固めた瓦屋根でも音はするし・・・それを言い出すとお話にならないこと(時代劇には背景となる制度や組織を無視したことでリアリティを出す多くの嘘があること)を読者も承知していた。(記憶によりますからこの通りの表現ではない !

そういえば、葉室氏と池波氏のもっとも大きな差は、悪党(悪女)の魅力ではなかろうか。

葉室氏は、そこを女性への憧憬(しょうけい)めいた筆致とペダントリィで置き換えようとされているようにおもえる。これが時代が求める小説の差とも、遅れてきた作家の試行錯誤とも、いえるようだ。

なお、同じ九州在住の作家として、近年、時代史小説を上梓し始めた帚木蓬生氏の久留米藩を舞台とする『水神』を忘れてはならない、と思う当CEOであります。

余談に 、戻る

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キネマ航空の増便や事務所の副業「オスプレイ」の拡充も準備中です・・・

2014年11月 8日 (土)

キネマ航空CEO 読書眼鏡を試す - 『永遠の0』と『蜩の記』を読むの巻

2014.11.08 公開後、加筆。 同11.11擱筆

(承前)キネマ航空CEO 読書眼鏡を買う

さて、使ってはみたものの、慣れるにはそれなりの時間がかかりそうです。
レンズで矯正した左眼の焦点が合う範囲は極めて狭くなっています・・・水晶体を調整する筋力の衰えであります。

このため姿勢を正しくして読書する習慣を身に付けることから始める始末となり、効果自体はまだ何とも・・・であります。一体どんな格好で読んでいたんだ・・・

ということで、まずは、後日異なった感慨を持つようなら訂正することにして・・・いつものように長いので何度でもご訪問ください。なお、いずれも映像化されていますが、未見です。

結論を先に読みたい方は、こちら 。

『永遠のゼロ』 百田尚樹 1956生れ、初出2006年8月、

表紙のタイトルは大まかに上のように大きさを変えて書かれている。なにが大きな「0」と小さな「ゼロ」なのかよく分からぬが『無』から『無限』に広がる主人公の哲学的存在理由ではなく、「零式艦上戦闘機」のことらしい。

0 戦、ゼロ戦、そのものは 運用者が主張するグラフに外挿法で作り込んだ仕様書に副って頂点を極めただけ で、時代はすでにそのグラフの延長線から離れた別の線上で、第一次世界大戦の空戦の戦訓で導かれたランチェスターの法則を実証する戦争に変わっていた。
(とは書いてなかったが、制式採用から4年後のマリアナ沖海戦ではすでに時代遅れになっていたとは書いてある)

にも関わらず使われ方で「永遠の」と形容される技術のシンボルとしていまだに旅客機の開発技術力の惹(き合い)句にまで引っ張り出されている。(あの ! NHKの7時のニュースには思わず笑った。記者も主(ぬし)持ちのサムライだねー、安倍首相の人事はさすが・・・と皮肉ってもおられない)
特定目的に軽量化しバランスを欠いた装備の旅客機って大丈夫 ? と、外国ではセールスの足を引っ張っているのではないかと心配になる当CEOであります

それはさておき、百田氏の主人公の造形は超人的な飛行技能を持ち、その戦闘手法では上官や同僚から臆病者と陰口を言われても特別攻撃批判の信念を公言していた下士官搭乗員が自ら志願するという、東映時代劇の剣豪もののキャラクターからはじまり、任侠路線の理性と情念の不連続点に通じる理不尽な八方塞がりの構図とその後日譚を、「零戦」搭乗員達の戦中、戦後を生存者の証言を通して作者のメッセージで味付けして辿(たど)る筋立てなのだが ・・・

わかる人にはわかる、「総括」ですが、当時の任侠もののスタッフやキャストには戦争帰りやその翳を経験している人が加わっていました。百田氏は言わないだろうけど作劇術として熟知のうえで劇中劇の骨格に仕込んでいる。当CEO のタイムマシン・キャスティングなら宮部を池部良、大石は高倉健、でもこんなに背の高い(重い)飛行兵はいたのかな? 松乃は緋牡丹のお竜になる前の藤純子が・・・。昭和の匂いが出てくるでしょ。
わからない人にはわからない・・・か。

しかし、いまの時代に書く、あるいは読むなら本書でも指摘されている志願(ボランティア)だけで編制されたのではない組織的『特攻』の意味を「情の理」で語った次ぎに、百田氏自身も批判をしている体制側にいた人物を描き、同じ読者に読ませるはずである・・・が、氏にその気はなさそうである。

かれらも日本人であるのだが・・・氏はどのような組織や階級の人物を設定し、どのように否定または肯定をするのかと、当CEOは思うのであります。まあ、ただの悪役A、B・・・だったのかもしれないけれど・・・つまり、今も求められる国家としての必要悪なのかもね)
なお、当CEO はエンタテイメントの世界限定で ! 悪役の(あるいは、だった)俳優さん、女優さんの活躍に声なきエールを送っています
。ドラマの質はこの方たちの登場でほぼ決まっていますからね。

百田氏がエンタテイメント構成作家の「手練(てだ)れ」として業界で賞されているのは当CEOも大いに頷(うなず)けます。

敵艦に突入したものの爆薬は炸裂せず、すべてをもぎ取られて甲板に転がる胴体から取り出された写真の母と子を特定せずに終わらせたところは、読み手の想像力が試されているともいえます。

もちろん百田氏は、重い爆弾と気化した燃料が充満したタンクを抱えながら天才的な操縦技術で、目標とする敵艦隊から離れて前進展開するレーダーで管制された戦闘機群の邀撃と追撃をかわし、近接信管を付けた砲弾を撃ち上げる輪形陣のピケット・ラインをかいくぐり、「0」と共に、あたかもアメフトのランニングバックが100ヤード独走のタッチダウン(敵性スポーツに例えるな ! )を決めたようなスーパー・ヒーローの日本人だったと、ほんの数行で暗示しているのではありますが(映画だとどう描くのか)・・・
偶然(それこそ天佑、神佑とも言いかえられる特別攻撃の本質)で到達した平凡な兵士もいただろう、とも・・・読めるのは見事 ! な手腕です。

はたして本当に主人公だったのか、映像化する脚本家や監督の手腕もまた試されている。

百田氏はかなりの記録や資料を読み込んで構成しているようだけど、戦記ものや手記を夢中になって読んでいた戦後第一次世代の読者には、そのごった煮風の引用とまとめ方に加えて作家としてブレーク後の言動で薄っぺらく、うさん臭く感じてしまうのは否めないようです

参考までに、百田氏のいう作戦指導層ではないが、搭乗員ではない主人公として、知覧の陸軍航空基地を舞台にした特別攻撃機の整備を担当する技術将校が直面する苦悩を描いた『翼に息吹を』 熊谷 達也 1958年生まれ、初出2010年 1 -11月雑誌掲載 があります。氏の別作品での剽窃問題とは別に、資料の読み取りかたをこちら(文庫版あり)の併読で比較するのもおすすめです。どちらにも参考文献のリストが付けられています。

『蜩の記』 葉室麟 1951生れ、初出2010年11月より11年8月雑誌掲載、

はたしてこんな人間が、家族が、当時も今も在るのか (現在の冤罪死刑囚とその家族に普遍する話ではなく、また、現実に今あるとも思えない。あくまでエンターテイメントがベースの作品です) その意味ではこちらもスーパー・ヒーローなのだ、といえる。もちろん周到にそのような視点を選んでいるのですが。

本家と分家の血脈(けちみゃく)の争いが発端のストーリィの決着は、悪人も主人公に接して「人は変わる」といいたいのかもしれないがヒール役を務める城代家老の一人勝ち(ネタバレ御免 ! )である。 (エンタテイメントからノンフィクションのムードにあえて寄せたと言えなくもないけど

それに対抗するために主人公が藩政と仏門の幕藩体制の力学の中に仕掛けた藩誌の副本という文書の地雷も、はたしてそのなかで機能するのか、しても爆発するころには記録自体がどうでもよくなっている(エンターテイメントのカタルシスにもならない)明治時代に変わっているだろう、と言いたくなります。もちろん主人公に向かってではなく作者に・・・ですが。)

ネタバレついでに、血脈の争いといっても家臣たちの暗闘(私闘)のようなもので、記録が正本に残ってもあの城代家老ならそのまま穏便に処理するであろうし、主人公の切腹への沙汰も、当代主君の治政刷新がなければ先代の遺(い)言となる人事や諸策を奉持(ほうじ)することで(封建時代の)家臣団の重鎮、鑑とみなされたでありましょうね。

いっぽうでは、山里に移ろう季節の田畑や木々に清流、日の光と闇、子どもたち、働く娘たち、悪代官に翻弄される農民たちには、作者の感情のこもった視点を身近に感じさせます。白装束に身を包んだ主人公の覚悟の様式美は、映像になるとさらに涙腺を刺激するだろうなと、当CEO も思います。

個々を取り上げれば文庫版の R. キャンベル氏の後書きのひとつひとつに納得できます。しかし、そう素直には読めないな、と思う当CEOであります。

ここまで主人公を完全無謬に書き込むことでエンターテイメントのハードルを高く上げ過ぎている。主人公に並ぶヒール役の城代にも同等の魅力がなければならない。・・・が、そうでもないので、主人公の空回りに見えてくる。そこを狙うことで、読者にとっては空回りとは思えない現代組織の中の個人論と深読みさせる、というよりファンタジーとして読まれているようだ。(ただ、今の世でも余命を知ることになれば老師の言葉はせつないであろうが・・・)

エンタテイメントとしてはいまのところ内匠頭の切腹で終わったみたいなものであり、葉室氏はこの続編にあたる作品も書いてあるようなので それを読んで からの再読をして伏線を辿らねばなりますまい・・・とも考える当CEOであります。

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中間小説と呼ばれる作品は娯楽小説(エンタテイメント・ノベル)と教養小説(ビルドゥングスロマン)のバランスで成り立っている。どちらかに振れ過ぎたりオーバースイングすると幻想小説(ファンタジー・ノベル)になる。それぞれに居場所はあるのだが・・・

ここで上げた二作品は、ともに三人称の語り口だが、歴史の中に仰ぎ見るヒーロー像を作り出す若者の視点で描かれた二重性に作家の世代と読者の世代の間の巧妙かつ奇妙なコラボレーションを感じる、当CEO であります。

執筆時の百田氏は 50歳、葉室氏は 59歳。中間小説も袋小路に入って、こうした手法で若い世代に組織や体制の中での精神的居場所を諭(さと)し、故児玉清氏や直木賞の選者も含む同年代が共感、共鳴する時代になったのか、とビミョーに感慨深いものを感じる当CEOでもあります。

死者が生者のときに残した言葉や文字にどこまでの真実があるのか。『死者を語るは生者のみ』、後世、「時代をへた記録や記憶は読み手、語り手によって正誤に関わりなくどちらにも解釈や再生ができるという永遠の現実(真実なんておこがましい)」がおかしな方向に向かわねばいいのだけれど・・・
ニヒリズムに寄っていることは承知していますけど、単なるシニシズムですかね ? 下をよめばそうかも・・・ね)

こうした対語のフレーズでは、『天の声』が『人に語らせる』ってコラムは大学や高校の入学試験に使われ、それで落っこちた受験生にとっては腹話術みたいな、『人が語って天の声となる』と、逆転しているもんね。

ちなみに未読だけど「永遠の0」には同年代の著者によるパロディがある。
『永遠のエロ』 睦月影郎 1956年生まれ、初出2014年。 
ゼロ戦に、白い雲、青い空、そして 紺のタイト・スカートから白いブラウスの裾を出し前ボタンを1つ残して外した立姿で、ちょっと年上(当CEO より、じゃありませんよ) のお姉さんを配したカバー絵の文庫本です。全くのエンタテイメント(エロ・グロ・ナンセンス)が意味を持つ時代が周ってきたのかもしれません。えっ、「こんなのはいつの時代にもある」・・・ソデス。ま、山道を歩いていると平らじゃないのに登っているのか下っているのかわからない風景に出合うこともある。時代の分水嶺はあとになって分かるもんです。

当CEOはといえば、最近はビルドゥングス・ロマンに寄った作品を読むより、カール・ハイアセンなどの海外のジュブナイル・フィクションを読むほうが楽しいのだけど、いまだに未熟なだけなのかも

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  「ところでCEOよ ! 」、「主題だった新しいメガネには慣れたのかね ! 」 ・・・ですか ? それが・・・

『読書眼鏡』の英訳( Reading Glasses )を、辞書で日本語に戻したところ『老眼鏡』となってました
(したがい、上の書評は眼鏡を替えても、ひねくれ老人の世迷いごと、のままですか

けれど、この伝統的、保守的な形状のメガネは気に入っています。指一本でブリッジをあやつって簡単に鼻眼鏡にしたり定位置に戻したりできます。

題名は忘れたけれどヘンリー・フォンダが眼鏡越しに見上げる視線はけっして「上目使い」ではありません。眼鏡一つで老人の演技が決まるようです。

とても及びませんので、ピエトロ・ジェルミがモノクロームの映画だった「刑事」のラストシーンで心の奥を押し隠すようにかける色付眼鏡も欲しくなった(何色だったんだろう ? グレーか、ブラウンか) ! ・・・と、どこまでもミーハーな当CEOであります。

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2014年11月 1日 (土)

キネマ航空CEO 読書眼鏡を買う

Reading_glasses

当CEO は両眼でパンフォーカスです。パンフォーカスとは、写真や映画で使われる用語で、画面全体にピントが合っている、状態です。

当CEO の場合は、右目で25㎝から60㎝、左目で60㎝前後からほぼ無限遠、に焦点が合っております。(厳密には対象の明るさによって多少前後しますけど)

したがい眼鏡なしでも生活上はなんの不都合もありません。ただ、両眼立体視が必要な車の運転には右目の近眼視を矯正する眼鏡を着用します。

で・・・突然、話は変わりますが、当CEO は最近のベストセラーと呼ばれる二冊を読む機会がありました。

問題は、これらの洛陽の紙価を貴(たか)めたどちらの作品にも、当CEO は何とも居心地の悪さを感じてしまうことです。

一方では、これらを映像で見たら、心を揺さぶられるんだろうな、ということも分からないではありません。

当CEOも、かつて大きなスクリーンで見た『七人の侍』のインターミッション直前にあった、雨の中(だったと思うけど ? 強い風が吹いていたかも ! )、最初の戦闘で討ち死にした千秋実を埋葬する場面で、その千秋実が作った「丸が六つ、三角が一つ、それに 『た』 を加えた」旗印を、三船敏郎が屋根の上に高々と掲げるシーン(藁屋根だから旗竿をさせるのですに流れる早坂文雄の「侍のテーマ」を奏でるトランペットが突然に高音に変調し、音を絞り出すと不覚にも涙がにじんだところで館内が明るくなったのを思い出します。

そして近頃、当CEO は特に活字の作品で感じることが多くなった、世評との乖離をもたらす原因にハタと思い当たることになりました。

そう、『右脳と左脳』の脳科学の基礎であります。例外はあっても右脳は感覚脳、左脳は論理脳という、あれであります。

そして、右半身にある感覚器官の情報は左脳の、左のそれは右脳の受容器官にはいる・・・

双方の脳は海馬と呼ばれる記憶のバッファー・メモリー(一時的記憶装置)である神経脳を介して情報の交換をして、それぞれの脳の機能が作用して人間の感情や行動を強いる。・・・じゃ、なくて 司る・・・か。

ただ、基本となる五感の受容器官神経の左右交差は事実であっても、それを理由とする個人レベルの思考もしくは志向そして情動とのあいだに学問的な相関は、ないらしい。

とはいっても、神経系の伝達距離には物理的な距離の差が存在しており、脳はかなり柔軟性のある器官のようで、当CEO の脳では・・・、同じ側の脳にある感覚受容器の情報を優先するように、『個人レベルで変化している』、しかも勝手に ! ・・・という仮説も否定はできますまい。(俗説はこんな具合に生まれるのでしょう

つまり、当CEO が普通に読書する場合は右目の裸眼で読んでいますから、読後の喜怒哀楽の感情は左脳の論理として発生している、と仮説がたてられます。

それならばと、当CEO は、少しでも世間により添うべく、左目すなわち右脳でも文字を読むために両眼視を明視の距離(35cmあたり)に調整した読書眼鏡を求めてみました。

『キネマ航空CEO 読書眼鏡を試す』に続く

2014年8月19日 (火)

キネマ航空CEO 航空機を購入する・・・勉強を思い立つ? ついでに M R J の輸出を考える。

航空会社のCEOが、なにをいまさらでありますが、なにせ当キネマ航空は、0101・・・のデジタル・カンパニーであります。したがい、リリエンタールのグライダーからスペースシャトルどころか存在しない航空機まで自由に調達できるので、本物を買うつもりは毛頭ありません。

しかし、スカイマーク航空が巨大旅客機 A380 を6機の発注したのだが、業績見通しが不透明になり、製造会社のエアバスから全機キャンセルと違約金の請求を言及された記事を読むと、スカイマークの経営陣は一体どんな方法で購入しようとしたのか、を知りたくなります。

当初の記事では、エアバス社スカイマーク社への経営権への介入を拒否したところ法外な違約金請求がなされた、と、あたかもスカイマークが被害者になったかのような論調の記事もありました。一種の宣伝戦ですかね。さすがに今は薄められているようです。

スカイマークエアバスの間の契約内容は現時点で公表されるはずもありませんが、航空会社の航空機の調達にはリース方式と購入方式があるようです。それを学ぶのに最適の本があります。

・ シルクロードの滑走路 黒木 亮 (2005)文芸春秋 (2009)角川文庫

A_runway_of_silk_road_240x346日本の総合商社東洋物産の在モスクワ駐在員事務所のまだ若い機械部マネージャー小川智(さとし)氏(32)がキルギス共和国(以下キルギス、旧国名キルギスタン)の国営キルギスタン・マナス航空に航空機を売り込む物語です。

キルギスは旧ソビエト連邦の中ほど、南はテンシャンシャンミャク、もとい、天山(テンシャン)山脈を国境として中国と接し、 天山北路と天山南路と呼ばれるシルクロードに挟まれた国である。

といっても、地勢が国境の狭い国なのでどちらの路も部分的に通っているだけで、首都ヴィシュケクは天山北路が通る北側のカザフスタンとの国境近くにある。

ちなみに西側にはタジキスタンとウズぺキスタンが深く食い込んでいる。タジキスタンやウズベキスタンはほとんどが砂漠の国で、当キネマ航空004便で上映している「ルナパパ」でうかがい知ることができます。

いっぽう、キルギスは緯度では函館ぐらい、高原の国で標高は高く、4000から7000m級の山があり、少ないながらも降雪、降雨や山岳地帯からの融雪水による川や湖があり周辺国のような砂漠地帯ではない。

主な産物は鉱物資源の金のほか、豆類、果実、綿、布、縫製品などが主要な輸出品だが裕福な国とはいえない。

人種はモンゴル帝国の版図であったことからキルギス人として黄色人種系の容貌が多いようだが、10を越える多民族国家。1991年にソビエト連邦から独立したが開発途上国と同様の民族的、政治的な混乱がある。

国際関係の基軸は、ロシアが主導する独立国家共同体(1991)、イスラム協力機構(1992加盟)、中国の主導する上海協力機構(2001)、の三つの国家共同体に加わっている。

アフガニスタン紛争に対する国連の要請により2001年末よりアメリカとソ連の空軍基地を受け入れていたが2014年現在ではアメリカ基地の縮小がはじまり中央アジアのリバランスが必至となっている。当然中国もアメリカが落とす基地費用の肩代わりを狙っている。

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キルギスタン航空は1992年にアエロフロートから分離独立している国営企業で、1997年にはアエロフロートと協力協定を結び運行している。しかし、安全面から「EU域内乗り入れ禁止航空会社リスト」に入っている。

この小説ではキルギスタン・マナス航空となっている。マナスは首都にある空港の名。時代背景は特定されていない。モスクワ市制850年記念式典(1997年)の前という会話もあり、1992年から1996年ごろと推測できるが、1993末から1995初にかけての1年間として読むほうが良さそうだ。

主人公は著者の分身か、と思ったが著者の生年月日からは4、5歳若く設定しているようだ。それにしてもこの主人公、現地採用の社員やブローカーまかせで、交渉ではあまり活躍はしない。

よく言えばアンカーとして仲介シンジケートのまとめ役に徹しているようだ。現実の商社員の活動とすればあくまで仲介業務だから、この設定が正しいと思えます。

その小川君が、マナス航空に西側の航空機を売り込むため発展途上国といっていいのか共産国家のなごりといっていいのか、海千山千の運輸大臣や責任回避をする航空会社の官僚型社員、そして腹に一物を持ちながら現実の中で理想を実現させようとする政府の美人顧問を相手に、機種選定から融資団の編成、航空機の引渡しまでの一筋縄ではいかないビジネスを紹介してくれる。

中古のボーイング 737-400 の売り込みに成功したのだが・・・おっと、ここから先はナイショ、内緒・・・

そのほかにも、いや、むしろ人文、地文、とくに歴史に翻弄される諸民族の文化、食べ物といった旅行記としての興味がつきない。ただし『キルギスの誘拐結婚』 林典子 (2014) 日経ジオグラフィック社 のような最近の話題はでてこない。

巻末には『航空機のファイナンス・ストラクチャーのチャート』『関連する用語集』が付いており、経済用語の勉強になります。

航空機がらみでは「航空機の登録」「整備準備金」「滞空証明書」「部品プール」「フラッグ・キャリア」などは航空機ファンなら一応は知っておくべき必須用語!ですかね?どれくらいご存知ですか・・・

さて新造機であろうと中古機であろうと高額な金額が動きますから売り手、買い手のあいだに融資、保証、保険、支払、引渡し、などの金融取引、商取引が介在し、それぞれの専門のカンパニーが集ってシンジケートが組まれます。

そのシンジケートには付かず離れずで取引相手に食い込んだブローカーなる人物が存在し潤滑油のパートを務めます。油には表に出せない要路への賄賂の処理も含まれます。日本でもロッキード事件なんてのが表に出ました。

エアバス-スカイマークのビジネスにも、シンジケートはともかく、ブローカーが、いたか、いるのか、は知る由もありませんが政府のスカイマークに対するスタンスによっては、「ミニスカ~トがお好きでしょ ?」の経営者がおこなう国際交渉術などなど、いずれ週刊誌が書いてくれるかもしれません。

A-380 の導入によるスカイマークの積極経営を評価する評論家のコメントもあるようですが、A-380 の購入が積極経営にあたるのかどうかを含めて、発言できるアドバイザリーが周辺にいなかったのも事実のようです。

”Pie in the sky” 絵に描いた餅、 A-380 は ”Pie in the Skymark” になっちゃいました。

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そういえば、日本にはもう一つ国産旅客機(N i p p o n  R e g i o n a l  J e t : N R J)を売るビジネスが再開されています。ニャンマー(N y a n m a r)に設立されたエア・ナンダレイ社(A i r  N a n d a l a y)と確定6機、オプション4機の契約が成立できるようです。

Air_nandalay_2よく似た名前の航空会社のプロファイルでは株主構成は国営のミャンマー・エアウェイズ、シンガポールのエア・マンダレイ・ホールディングス、マレーシアのプルミエ・エアラインズと結構複雑です。多分これらに似た会社が融資の保証をするのでしょうね。

こうなるとニャンマーチョイナ(C h o i n a)の影響の濃い国ですから隠れチョイナの融資も含まれた契約になるのでしょうね。

シルクロードの滑走路では契約した航空会社に引き渡した機体を、想定していない第三者が差し押さえた例も出てきます。航空機は担保物件でありますが不動産ではありません。しかも高速移動産でありますからね。

子どもがよくやるように技術を学ぶには分解するのが一番です。

金銭の問題ではなく、技術情報を得られれば、元に戻す気など、さらさらなくてもいい場合もあります。日本の企業だってアメリカ企業だって他国どころか自国の、少なくとも大量生産の商品はこの対象にしています。じゃあ飛行機は・・・

日本では不覚にも函館に着陸されちゃった亡命ミグ25 をアメリカに渡して分解調査して返還しましたし、古くはアメリカがアリューシャンの湿地に不時着した零戦を徹底的に分解して再度組み立てて日本の公式記録より優れた性能を引出し、合わせて弱点の検証までしてくれました。

ソビエトは満州や日本本土を爆撃して自国領土内に不時着したB-29 を没収(乗員は送還)し、分解調査(かっこよく、リバース・エンジニアリングといいます)でコピー(ツポレフ Tu-4 )を作ったのはいいが機銃の弾痕を塞いだパッチまで忠実に再現してた。なんて、(たぶん与太)話もあるようです。

ちなみにインチ単位の部品からミリ単位の図面を起こす換算に切り上げを採用したらしく、完成した機体は本物より大きくなっていたそうです。(これは本当)

航空機のリースまたは譲渡には、金銭的担保の保全を含めて、膨大な契約書が交わされます。技術の保全もこの中に含まれるのでしょうが、契約は条文の網であって抜け道は存在します。

しょせん、技術は20年もたてば陳腐化していきます。たかだか20年のパクリの汚名は千年の計(政権のというより民族意)をもつチョイナにとっては日本は扱いやすい相手かもしれません。

まあ、実在の M R J M i t s u b i s h i  R e g i o n a l  J e t )のシンジケートは三菱商事が主導すると思われます。『シルクロードの滑走路』の著者の黒木亮氏は三菱商事のご出身だそうですから、現ご担当者は抜かりなく準備されていると思います。

・・・が、しかし!ここは黒木氏に五十路を越えた小川智氏(どこまで昇進したかは不明)が活躍する『ナンダレーの滑走路』をぜひ書いていただきたいものです。

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