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2019年5月28日 (火)

キネマ航空CEO 理想や思想は危険である。「自動車は国家なり」について考えるの巻

御訪問者各位、
2019.6.4 公開校正に伴う誤字脱字の訂正、校閲による補足と追記、を終了しました。 すでにご訪問された方もご再読いただければ幸いです。 キネマ航空CEO 拝

まず、承前である キネマ航空CEO 理想や思想は危険である。「自動車メーカーの最終検査の不正」について考えるの巻  を必ず読んでくださいね! from キネマ航空CEO

メーカーが監督官庁に対して行った製品品質の認証に伴う検査部門の不正行為の原因が潜む生産(組付)工程の思想と理想の概略、検査を行う組織、よって立つ基盤となるISO規格について概観した。

これらが人間の集団あるいは社会が秩序を保つ規範となる。 その秩序の維持のため、この中で罰則を伴うのは認証によって品質を保つ制度に対する不正行為である。

罰則と言っても人命などにかかわる事故については明らかな原因が立証されない限り、行政指導で本来得られるべき利益機会を制限される程度であろう。

次に品質(正確には生産)工程の監視と改善を行う管理指針がISO9000台の規格となる。 ただしこの規格で品質についての刑罰を科せるとは思えない。

しかし、この規格の認証を取得したからには、法律ではないけれど、トップダウン(つまり明確な責任者)により実行される企業のステーク・ホルダー(顧客、従業員、株主、債権者、仕入先、得意先、地域社会、行政機関)に対する職務であることには、相違はない。

つまりは社内の職務規定で処理される事項であるから詰め腹を切らせれば、あるいは自分で腹の皮一枚を縦に切るのか横に切るのか、斜めに切っても縫い合わせれば終わる事項でもある。

この二つの狭間にあるのが生産工程である。 そして組付(生産)工程にいる作業者は個々の人間である。 品質を作り込む各工程には作業標準といった規定はあるがそれに罰則があるわけではない。 あるのは就業規則に、であります。

そして品質を支える労働に必要とされるのは対応能力(スキル)と協調能力(モラル)といった人的能力となる。

(もちろんこれらの人的能力に閉鎖性や付和雷同性といった否定的な側面はある。 ただこれらの能力から少し外れたところにいる人間が革新(イノベーション)を行うことができる可能性を持つのだがそれはまた別の話。)

強調するまでもなく、これらは農民のあるいは職人の培ってきた日本人の(と外国人に言われると喜び、日本人特有のと言い直す)特性でもあり、労働の根源的な満足感あるいは達成感といった人間に必要な自己肯定感を生み出す根源となるようだ。

徒弟制度や家族経営はこの二つの人間性の育成と選抜、場合によっては不適合者の排除でもあったのだが、工業化が進んだ近代産業となるとそうした少数精鋭の選抜制度ではなく大量の労働者を必要とし、また生み出しもした。

その一方では参考文献(1)(先回掲載)で喝破しているが大量の労働力の運用では古来より築かれた軍隊という疑似社会の中の兵士から、ともいえる。 極端に言えば戦争も労働の一局面であると言えないこともない。 兵士は死ねばすべて終わるのだが平和な時代の労働はそうはいかない。  

少なくとも労働の無形対価自己肯定感にかかっている。 経営者(マネージメント)が社外施作の指標として顧客満足度CS)を品質の指標にするなら社内施作の指標となる労働満足度LSLaber Satisfaction 造語)も同等に準備するバランス感覚が問われる。 

(造語のLSについて)
類似の概念に外国からの移入された職務満足度JSJob Satisfaction)とか従業員満足度(ES:Emproyee Satisfaction)がある。

しかし、こちらはいまの日本人には給料や諸手当とか福利厚生といった有形対価を指すように思える。 

そもそも、日本人に労働満足度の概念自体が普遍しているのか、歴史として、していたのか、が、どんな名かはさておき名のある日本人が書籍やTVで、名はなくてもWEB上に再展開する「ニッポン、スゴイデスネー」の優越暗示の中で集団自己暗示に変わり、あやふやになっている。

トヨタ・システムでは組付ラインからのボトムアップとして無報酬全員参加のQCサークルでお祭り的なLSの向上を目指して始まったのだろうが携わる車種の製造期間より作業者の人生のほうが長い。 そこからの矛盾や齟齬が派生することは容易に想像がつく。

おまけに帰属意識によるスキルとモラルの維持が期待される正規従業員より非正規社員のほうが多いラインもある。さらに外部雇用者による社内委託生産さえある。

この程度はフロントランナーもしくはリーダーであるトヨタなら気づくことであり必要な対策は年々施(ほどこし)しているはずだが内部文書ではない既出の参考文献(2)からはそこまでは読み取れない。 一方ではフォロワーであるスズキが先行者の気付きと努力をキャッチ・アップしているのか、は定かでない。

むしろ、当CEOの独断的解釈のJSもしくはESと言った面ではトヨタは最高峰にいる。 これを産業界に普遍すると同業他社の従業員からは「同一労働、同一賃金」の建て前とその矛盾はどこに行った、とトヨタに対してというより平等を理想とする「べき」社会の一員としての漠然とした怨嗟になる。

トヨタがこれまで公表してきた春闘の妥結内容を2019年春の交渉結果から公開を控えると発表したのはむべなるかなであります。

さて、自動車産業の労働満足度LS)という視点からスウェーデンのボルボ【VOLVO】でボルボ・システムという生産方式が提案され実行された。 ボルボは北欧の雪や凍結に加えて巨大なヘラジカとの衝突などの事故に対する種々の安全対策を搭載した車を世界に先駆けて生産に移し、現在では各社が採用する技術特許を無償公開した企業である。

フォード・システムフォーディズム)の延長線上にいるトヨタ・システムトヨティズム)は一本のラインを分割した各ステーションの通過時間、すなわち、そのステーション上を作業者が往復する秒単位の時間(サイクルタイム)の中で行う同期化された単一反復労働作業であります。

秒単位:正確には1分を100に数える十進化時間。1分15秒は1.25分。工業用ストップ・ウォッチで計測される。各ステーションのサイクルタイムの合計がラインで1台を完成させるサイクルタイムとして同期化できる。) フランス革命の時代に時間の単位に十進法が制定されて時計まで作られたがたがすぐに廃れた。 ちなみに廃れたといってもスポーツで使われる60秒未満の単位は十進法秒(デシマル・セコンド)であります。 100mを9.58秒の記録はいつだれが更新するか、とか。 革命と合理性と慣習・・・面白いテーマではあります(閑話休題)

ボルボ・システムボルズム)では車体を傾けることができる独立した自走式台車(AGV:Automatically Guided Vehicle)に載せて移動させる。
英語読み表記はヴォルヴィズムなのだが、ボルビィズムもだめらしい。フォーディズムは良いがトヨティズムはトヨタイズムらしい?そこまで気を使わなくてもねー。(閑話休題)

組立は組立済部品群(アッセンブリー)を置いたドックと呼ばれる複数のスペースを回遊して行う非同期化を意図している。 
組立済部品 アッセンブリーAGVチームの作業を容易にする状態に組み上げた、複数の部品で構成する大型部品。例えばボディから外したドア・アッセンブリーなど)

状況によれば個々のAGVは手間取る先行台車を追い越すこともできるようだ。

まあ、追い越しは無理だけどトヨティズムでも本流となるメイン・ラインに同期して流入する支流となるドックに相当するサブ・ラインが設定されている。 

コンベア方式との大きな違いはAGVでもドックでも作業者はチーム制でドック周りにはバッファー空間や作業スペースの人間工学的配置など工場の建て方自体を作業者の自主性もしくは自立性を高める方式に変えている。

とはいえ、商品の安全神話の浸透と共に生産する機種と台数が増えると初期のボルビズムはある限界で破たんしたようだ。

しかし、ここであきらめるような北欧バイキング・・魂(はノルウェーか)。 もとい!スウェーデンのボルビズムではない。 労学使で一層深化させてAGVを定位置に決めて周囲に配置したドックから部品を供給してAGVチームが完成まで一貫して担当する。

作業者の意識を反映したシステムということかレフレクティブ・プロダクション・システムRPSReflective Production System)と命名されている。

されてはいるが日本語には反映されていない。つまり適切と思われる訳語はない。 
極端に言えば重量物の精密移動を補助する機械化で作業者一人の労働(スキル)が車一台を完成させることもできるシステム。 もちろんチーム労働作業(モラル)のほうが早く完成車にできる。

適当にキャッチコピーを造れば、「ミグレーション回遊労働からアイランズ群島労働へ、コンベア同期労働からの完全脱却!」となるのだが、簡単に言えばグローバルな市場経済要因に巻き込まれたボルボ自体の経営危機によりこのシステムは失速する。

ただ、作業者には好評だった。 もちろん、システムは見た目の構成や組織だけでは成り立たない。 このリベラルな人間主体の工業システムとして詳しく知りたい方には参考文献を末尾に掲げておきます。  

ここからはその参考文献よりボルボの生産工場と生産方式の推移変遷を抽出し、大きな世界経済状況を差し込んでみる。

 1926 SKFの休眠会社であったボルボの社名で設立。ボルボは「回る」という意味
     (SKFは当時から高純度のスウェーデン鋼を使ったベアリング・メーカー)
 1927 ビジンゲン工場で乗用車の生産開始。30年代にはフォード・システムを導入した
 1939-45(西部戦線)第二次世界大戦
       では厳密な中立要件を満たしていないようだが武装中立的立場を維持

 1964 トシュランダ工場(本社工場)操業開始。フォード・システムを継承
 1971 ニクソン・ショック。①ニクソンの訪中宣言、②米ドル紙幣と金の兌換廃止
 1973 第一次オイルショック
 1974 カルマル工場操業開始。AGVを採用したボルボ・システムに適合させて新設
 1979 第二次オイルショック始まる
 1980年代-増産と多車種化でAGVのコンピュータ制御の導入など、理想は後退する
 1987 ブラック・マンデー株価大暴落(以降世界的に金融危機が多発)
  -  ノルウェー金融危機(以下北欧関係のみ記載)
 1989 ウッデヴァラ工場操業開始。AGVを静止させたまま完成車にするRPSの導入
 1991 カルマル工場ウッデヴァラ工場を閉鎖。
   -   スウェーデン金融危機 (1)(2)。フィンランド金融危機
   -   トシュランダ工場トヨタ・システムを導入。ボルボ・システムの終焉
      この時代のトヨタ・システムはコンベア・ラインにグループ制などを取り入れていた
 1999 乗用車部門をフォードに譲渡。ボルボ・カーズとなる
 2007 リーマンショック始まる
 2010 ボルボ・カーズの株主権利がフォードから浙江吉利控股集団に移る

ボルボRPSは働き方改革として成功したといって良いようだ。しかし、大量生産での自動車産業の主流にはなれなかった。 改良されたボルボRPSは1989年以降のおよそ2年で労使協調の栄光の時代として終わりを告げた。

その後の8年間は株式の国外譲渡に必要な国内工場の付加価値を上げるトヨタ・システムの導入と実績を示すためだったと言える。

結局は、アメリカの自動車産業の失速とともにボルボの貴重な経験も自由主義国から共産主義国へ譲渡された。 
(金融危機対策の影響では、スウェーデン政府は国庫から支出する立て直しに失敗して民間企業の株式移転については関与しない政策をとっている。 また防衛外交政策では武装中立から同盟外交に変えている)

ボルボ・カーズから大株主の浙江吉利控股集団RPSを提案したどうかは知らない。 中華人民共和国家の中にもボルボ・カーズの工場はある。 しかし、筆頭株主を務める吉利が人民の労働満足度のためにRPSを採用する気はさらさらないだろう。

労働者のためのマルクス主義の思想と理想を掲げる国家であってもその国家のために自動車で最大利益を得るためには自由経済原理から派生した労働者のための成果より(まあ資本金は出しているが)タダ乗りで原理そのものを信奉しているようだ。

掲げる「理想や思想」は「危険」と同時に「いいかげん」であって、まさしく「自動車は国家なり」である。

金満大国(中国とは言わないよ)にとっては「いい加減」ではなく、まことに「良い加減」なのであろうな。 手段はどうあれ、ものを安く造ればゼロ・サムの世界経済の中で国家はしっかりと外貨を稼ぎ税金も獲れるしね。

さて、自分の積立金の払い戻しではない年金制度はいくら頑張っても、LSが最も高くなると思える第一次産業とそれに付随する産業や軽工業ではとうてい賄えない。 いよいよ高齢化を迎える「自動車に限らず工業は国家なり」の落ち目の第二次産業国の日本ではあります。

ドメスティックやインバウンドの第三次おもてなし産業にLSはあるのか? 人間同士の直接の関りの少なそうな第四次虚業(バーチャル)産業にJSESはあるのか? 労働がなくなるかも知れない人間の存在理由が問われる第五次産業に賭けるのか?

トヨタいや日本にボルボのような工業における理想や思想、いや発想は生まれるのか? この先を短くも長く感じる団塊の世代の先駆けである当CEOの世代から中途半端な人口構成の次の世代へ送る課題であります。 送られても困るかなー。

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参考文献

(4)ボルボ生産システムの考察-労・使プログラムとカルマル・ウデヴァラ工場改革ー 
浅野和也 2003.02
中京経営研究 第12巻第2号 pp247

直接リンクは貼れないが 中京大学経営学部 中京経営研究目次 より上記の巻号から表題名を選べば入手は可能です。
省略した具体的な生産効率の比較も載っているのでお読みください。

(5)リフレクティブ・プロダクション・システムにおける<知>,<対話>,<参画>に関する一考察 
森川 誠 2004.03
立命館産業社会論集 第39巻第4号 pp145

 

2019年5月19日 (日)

キネマ航空CEO 理想や思想は危険である。「自動車メーカーの最終検査の不正」について考えるの巻

キネマ航空CEO 陰謀論は楽しい!上有対策、下有政策?の巻(全編閑話) 2016.9.20 でも「すずき」を肴にした虚実皮膜の記事を書いた。 その中では認証申請の数値と認証規定の関係では監督側の所管官僚が生産者側のCAE 技術の進歩を法制度にキャッチアップしきれていないと擁護してみた。

今回は最終検査の工程でブレーキなどの重要保安部品にかかわる無資格検査員の存在や検査記録の廃棄、改竄、工場間の共謀のようで、某紙から「他社ではここまでの不正は確認されておらず検査の意義そのものが問われる事態だ」と、暗に官庁に比べても民間は負けてはいないと書いている。

ここである朝ドラを思い出す。 高校を卒業し集団就職で東京の小さな電子機器メーカーに就職した可愛いがドジな、いやドジだけど可愛い(?)ヒロインが基板組み立てラインに入り工程の最後の検査係から「4番、抵抗の挿入違い」とラインの停止を繰り返すけれど仲間や寮母さんから励まされ成長していく。・・・のだが、この会社の品質管理はしっかりしているようだけれど経営は大丈夫かなと思っていたらやっぱり倒産した。

もちろんヒロインの所為ではなく時代と産業構造の変化なのだが、熱心な視聴者でもない当CEOが気になったのはドジを自覚しているヒロインとその仲間と検査員の関係だけどどのように描かれていたのかについての定かな記憶が残っていない。

ドラマにも色んな視点はある。 これは脚本家のマクロの視点だろう。 本質は両方の意味で倫理的な共感や義憤を叫ぶ視点はさて置いて、当事者に関わるミクロの視点も必要では、と思える。

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大量生産される自動車の組み立てはフォード・システムと呼ばれるコンベア・ラインが使われる。 そのラインを大河に例えると塗装を終えたボディが一旦周回するコンベアにプールされ、計画に従い組立工場のコンベアに順次載せられるところが源流であり、コンベアの末端で自走して検査区画に向かうところが河口となる。

今回問題は、その検査区画で無資格検査員が検査をしており、水漏れ、内外観、運転席での作動の確認、さらに法律に準拠する点灯確認、光軸調整、ブレーキ作動、排ガスなど監督官庁から企業に委譲された出荷条件に合格したと記録されるべき品質検査項目の数値を操作したり検査データを廃棄したこと、とされる。

実際には検査区画から出荷先に合わせた保管区域までの区間にある周回コースで搬送兼検査員が決められた変速パターンで急加減速と急ブレーキなどの走行性を官能チェックしているはずであるがここが含まれていたのかは定かではない。

さて、今では少なくとも日本国内の自動車工場の量産ラインはフォード・システムではなくトヨタ・システムと言ったほうが通りは良い。 そのシステムの神髄は徹底したムダの排除である。トヨタ・システムについては巻末に参考文献)

コンベア・ラインは一定速で進み単品の部品やすでに組み立てられている部品群を順次ボディに組み付けて行く。 この流れに潜むのは時間と人のムダである。この無駄の排除がトヨタ・システムというよりトヨタ・イズムである。 

数あるイムズの中で社会的かつ当事者的に影響の大きい展開は JIT(ジット:ジャスト・イン・タイム)と呼ぶ展開である。
組付作業者がラインの流れに乗って行っては元の位置に帰る区間(ステーション)の両脇に組付け順序に従って部品を配置するように納入する契約である。(軽量小物部品は除き納入は1勤務帯あたり1~2回、多くの場合は3交代勤務なので24時間当たり3~6回に分けて納入することになる)

組付け順序は同じ車種のラインなら車体色やグレードによって部品は異なり、複数の車種の混合ラインならさらに異なる部品が加わる。
経理上は在庫を最小にすることだが支払いは月単位であり、さして効果はない。 むしろ検収作業と呼ぶ伝票の処理が面倒になるがこれはコンピュータでの管理が必須となる。

最大の効果は少数の納入ロットでの購入品質を保証させることにある。 つまりラインには常に品質を保証された部品が用意されている。 ラインの各ステーションは保証された部品品質に組付品質を加えながら次のステーションに送ることとなる。

組付はカンバンと呼ばれる車体に付けられた組付指示書に指定されたこれまたカンバンの付いた部品をライン・サイドから車体まで移動、位置決め、(ねじ止め、はめ込み、接着などで)固定、電気系統の配線結合、さらには冷却水や潤滑油の補充、最後に調整の作業で品質は保証される。 

これらの組付品質は各ステーションの作業者で構成されるQC(キュー・シー:クォリティ・コントロール)サークルと呼ぶ提案活動で深化させる。

期待されている提案はライン脇の組付部品の配置、作業動線、作業容易化など部品形状に限らず工具、設備改善など商品設計や生産技術部門への設計変更提案などである。 が、実質は組付所要時間短縮の集積による品質を保持した生産台数の増加もしくは人員の削減活動でもある。

全員参加による洗練された生産工程によって、理論上は完成車に不良は発生しないシステムである。 こうまとめると、どこか矛盾といかがわしさの感じられる性善思想に沿った理想理論になる。

ここで、公平に参考文献に触れておいていただきたい。 参考文献(1)は早稲田大学生の卒業論文による中期の考察、(2)はトヨタ本体による最近の理論の展開です。

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さて、理想のシステムの中にも検査部門はある。 その存在理由として次の二つがある。
① 顧客品質の認証を保証する監督官庁から丸投げされた「裏書」書類調整機関としての組織。
② 部品公差と組付のバラツキの集積による不合格車両が存在する可能性に対する実動組織。
検査結果は ①は外部、②は内部に向かっている。

では、組織上の検査部門は工場から独立して本社から工場に駐在させるのか、各工場の一部門として工場長の指揮下に置くのか、の問題がある。

前者ではよそ者扱いであろう。 駐在責任者には課長クラスが就くこと多いと思われる。 職責を厳密に実行すると中間管理職として本社と工場との対立の狭間に陥りかねない。

後者ではさらにやりにくい。 直属の上司である工場長が本社から管理されているのは生産台数と合格率、なかでもラインオフ時に合格する直行合格率と再検査合格率、さらには長時間滞留する不良率である。

先に②に相当する組付品質の個別の責任は工程を分担する各ステーションのリーダーとなる班長が負っている。 コンベア・ライン停止権限は班長が持ち、問題が発生すると行灯(アンドン)と呼ばれる回転灯とブザーが起動しラインは停止する。

アンドンが点灯したステーションに組長、工長など複数のステーションを受け持つ上級監督者が駆け付けて対策を施す。 なお、組長、工長の通常の職責は担当するステーションの後端にいて組付作業のほかに全般的な確認も受け持っている。

言うまでもなくコンベア・ラインは水源から河口まで一斉に停止するので各ステーションの作業者は所定の組付作業を終えてラインの起動を待つ。

組付品質は組付工程の中で自己完結するのである。 さらに協力(一般には下請け)会社からの購入部品検査は組立工場長の指揮下に置かれて社内規定に従った手順と個数の抜取検査が行われ、不良が見つかったなら納入単位で返品されて選別検査さらには全数検査指示など仕入先にペナルティとして転嫁される。 不良品が抜取検査をすり抜けるとリコールとなる。

今回、問題となった検査部門は①に相当する完成車検査であるが、組織上の所属場所にかかわらず工場システムの中に組み込まれており、さらには工場間の競争に巻き込まれることになる。

組織人事では各工場長も検査部門長もそれぞれ年代のライバル関係で構成され競争意識を醸成する。 その一方では基幹工場の工場長に先輩や取締役が配置されていると暗黙の協調も成立する素地を容易に作れる可能性はある。 もちろん、性善説であれば健全な競争ができる理想的な会社であり社会となる。

ともあれ、生産ラインは前工程が造り込んだ合格品に定められた手順で作り込んだ品質を加えて後工程に送る。 この繰り返しがライン・オフまで続いて完成車検査部門に渡される。 この理想を実現させる思想のもとでは時間をかけて積み上げた組付ラインには不良品の発生はあり得ないのである。

組織と人間の間では思想の裏付けのある理想は時間をかけて現実が理想に近づいてゆく。 思想が成熟してくる時間と携わる人間の心理の関係の中では錯覚なのだが、あり得ないことがあり得るのである。(奇妙なレトリックになったが少しく頭を使ってくださいね) 

さて、日本の自動車工業は大まかにトヨタ系、ニッサン系、独立系のホンダとなるが、今回監督官庁から一連の勧告を受けたのはニッサン系は日産本体と三菱、トヨタ系では外様のSUBARUとスズキ。 トヨタ自動車本体と親藩のダイハツ工業と本田技研工業はなぜか無傷である。

うがった見方をすると、お代官と大庄屋の関係や、パトロン気取りで飛行機も作れる芸術家を庇護するお大名といった構図も考えられなくはない。

しかし、実態は生産・品質システムの創始者であるトヨタは弛みなく時代に合わせたトヨタ・システムの見直しと改訂、教育を繰り返しているのだろう。

今回勧告を受けた企業も当初は、本家に学び、本家に教えを請うていたはずである。 なんとか自分で咀嚼し、自家薬籠中の物として自社名を冠した〇〇〇・システムを創った(倭国から日本国へ移った?)その時点に留まってしまったのであろう。

ホンダについては分らぬが品質システムは各国家標準化団体(日本だとJIS)が構成する国際標準化機構(ISO)が作成したISO9000台に設定された品質マネージメント手法を忠実に実行しているのであろう、と持ち上げておく。 

殆んどの自動車製造にかかわる企業、一次、二次・・・の協力企業(ティア・ワン、ティア・ツー・・・)はISO9000台の認証を取得し、あるいは取らさせられているが、親会社と同様に毎年行われる既得認証の剥奪をともなう継続審査は適当になれ合える認証機関と付き合っているかも知れない。(くどいようだが審査自体はマネージメント手法の適合性でありその結果ではない)

いずれにしても、ISO9000台の規格を取得した組付部品の供給企業(サプライヤー)は規格に基づき品質を保証して製造企業(メーカー)に納入する。

この規格では品質はあくまで取締役以上の経営者(マネージメント)が「自社名・システム」の実行と改定を実施する監督責任者であることを示している。 これは直接顧客(カスタマー)に向き合う製造企業(自動車メーカー)の組付品質に於いても同じである。

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ずいぶん長くなったのでここでインターミッションを入れ次回に続きます。

なお、トヨタ・システムISOとは直接の関係はない。 ISO12000台は材料、形状、公差など、より部品に近い規格になるが自動車メーカーは材料や保安部品の多くはISO規格より厳しい値を自社規格としている。 

しいて言えば、品質管理のマネージメント上では取得しているISO9000台の規格がリファレンスとして存在しているはずである。 不正問題は自社名・システムと人間との関係、『理想や思想は危険である「自動車は国家なり」について考えるの巻』に続きます。

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参考文献

(1)自動車産業の栄光の陰 ~トヨタ生産方式の持つ労務管理的デメリット~ 2005 
宮本治樹
トヨタ・システムは運営細目にはアメリカ合衆国憲法並みに修正追加の流動性があり必ずしもこの論文の通りとは言えないが核となる理想は言い当てている。

(2)トヨタの問題解決 ~問題解決の実践で、よりよい社会の実現を~ 2016 
トヨタ自動車(株)業務品質改善部 主査. 古谷健夫
対外プロパガンダではあるが分かりやすい。

背景を補足するとQC(Quality Contorol)品質制御の基本は米国で開発された統計による製造現場の品質の安定性と精度の向上だが複数の組織にまたがるTQC(Total Quality Contol)となり、続いて経営戦略を含めたTQM(Total Quality Managiment)総合的品質管理となって、トヨタ・システムで発展した。
本来のTQCTQMもトップダウンによる特命もしくは外部のQCチームが組織の分析をするのであるがトヨタ・システムではQCサークルとしてボトムアップの自主(ボランティア)活動が追加設定される。 また特徴としてCS(Customer Satisfaction)顧客満足度を品質の中に加えている。 
日本以外ではTQCTQMで実施されている。日本独自のQCサークル自体は非正規雇用や季節雇用の増加により減少傾向にあるようだ。

(3)ISO認証~一般財団法人 日本品質保証機構

2019年4月 8日 (月)

キネマ航空CEO 「類は友を呼ぶ」のか「友が類を呼ぶ」のか-「令和」について考える

山里の畏友のブログにコメントで「令和」の「違和」感を書き込んだのだが聊(いささ)かまとまりのつかぬ文章になったので備忘として記録して置くことにする。

当CEO の浅学非才ぶりではあるが、まず表意文字を表音文字として万葉仮名が使われた「万葉集」の一節に(当時から訓読みだったのかどうかは不明ながら)漢詩の序があるのは知らなかった。もしあるなら下敷きとなる本場の漢詩があるのでは、と思ったらやっぱりあったようだ。

梅花歌三十二首(万葉集巻伍 所載、編纂8世紀後半)
于時、初春気淑風、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香・・・

帰田賦(文撰巻拾伍 所載、編纂6世紀前半)
於是、、原湿郁茂、百草滋栄・・・ 

・原文に句読点はない。
・梅花花三十二首(万葉集)引用部12pt以上の文字は政府発表の訓読みあり。
・帰田賦(文撰)引用部の12pt以上の文字は万葉集の相当部分。
・8文字中「春」「令」「月」「気」「和」の5文字は双方に見られる。

漢詩は一文字の韻律の種類(平と仄)の並びの規則性と四行相当による起承転結で作られる形式の組み合わせで絶句、律句、排律に分かれるようであるが確立したのは唐代(618‐907)の終わり頃らしい。したがい双方ともそれ以前の形式の、といえる。

双方とも詩文が始まる個所にある二文字は続く四文字と一連の句であり基本的な文体もしくは書式を一にしている。ちなみに異なる双方の二文字は中国語では同じ発音、同じ意味だそうだ。

漢詩は「読む」あるいは「発音」、の美学の止揚であり、提案者が説明に「于時」を省いたのなら漢詩に対する日本人の感性かもしれない。

もう一つ、日本にある参考にした漢書の「文撰」において「於是」にはすでに返り点がついていた可能性はあり、詩文である「序」の「文」と「詩」を分ける言葉として読解の解釈上の誤解かもしれない。

もし政府が省いたのなら中国にというより国内に向けた意図的削除だった可能性はある。

時の政府もしくは首相の公式発言では、『漢籍を参考に後年至っては返り点と音訓を駆使して日本語の古文となる詩文を添えた日本固有の定型詩を編纂した和書(国書といわなければ通らないらしいけど)から選ばれた最初の元号である』と言い直すべきと当CEO は考える。

いくら首相が国書からと言い張っても中国からは「フフン」であろうことは覚悟する必要がある。

書かれた当時は現在の学位論文よりずっと出典が重視され、知識と教養を貴(たっと)ぶ時代であった。この程度のことは万葉学者のレベルなら十分に承知している。また、理解していなければならない。

なるほど、今は名を秘す考案者が名乗りたがらないのは分からなくはない。でも本当にそうだろうか?

ちなみに双方の全体像を示しておく。
右からの縦書きの原文に句読点はなく書丈に合わせた改行はあるがすべての文字は連続している。句読点はWeb を参考にした。当ブログでの改行個所は当CEO の独断である。

創詠は後漢順帝永和三年(西暦138年 後で必要なので当CEOの補足)

歸田賦   張衡(ここでは空白と改行あり 当CEOの補足)
遊都邑以永久,無明略以佐時。
徒臨川以羨魚,俟河清乎未期。
感蔡子之慷慨,從唐生以決疑。
諒天道之微昧,追漁父以同嬉。
超埃塵以遐逝,與世事乎長辭。
於是仲春令月,時和氣清;原隰鬱茂,百草滋榮。
王雎鼓翼,倉庚哀鳴;交頸頡頏,關關嚶嚶。
於焉逍遙,聊以娛情。
爾乃龍吟方澤,虎嘯山丘。
仰飛纖繳,俯釣長流。
觸矢而斃,貪餌吞鉤。
落雲間之逸禽,懸淵沉之鯊鰡。
於時曜靈俄景,繼以望舒。
極般遊之至樂,雖日夕而忘劬。
感老氏之遺誡,將回駕乎蓬廬。
彈五絃之妙指,詠周、孔之圖書。
揮翰墨以奮藻,陳三皇之軌模。
苟縱心於物外,安知榮辱之所如。
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万葉集巻伍

(省略)
右事傳言那阿郡伊知郡蓑島人建部牛麻呂、
是也梅花歌三十二首、并序(ここでは改行あり 当CEOの補足)
天平二年正月十三日、萃于帥老之宅、申宴會也。
于時初春令月、氣淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香。
加以曙嶺移雲、松掛羅而傾盖、夕岫結霧、鳥封穀而迷林。
庭舞新蝶、空歸故鴈。
於是盖天坐地、促膝飛觴。
忘言一室之裏、開衿煙霞之外。
淡然自放、快然自足。
若非翰苑、何以濾情。
詩紀落梅之篇。古今夫何異矣。
宜賦園梅聊成短詠。

当CEO 補足(天平二年は西暦730年)

平仄(ひょうそく)は分らぬが、たぶんこんな風な緩急で読まれたのではなかろうか。
文章としての整い方は『帰田賦』にありそうだがぜひ、どちらもそのままの「漢詠」と読み下しの「吟詠」とで聞き比べたいものだ。

さて、日本語の優れているところは微妙な差異はあるだろうが表意(音読み)と表音(訓読み)に同じ文字を使う知恵から始めていることである。ここで「漢字は(共産?)中国製だから」と言うこともないし言われることもない。

『帰田賦』を一瞥すると日本人の心には何とはなく穏やかならぬ文字が数か所に見受けられる。当キネマ航空のお客様は、結辞の「安知榮辱之所如」をなんと意訳するだろうか。 つまり「何があったんだろうか?」と。 作者はかなり剛直な人柄だったようだ。

作者 張衡(78-139)はときの愚帝のもと中央官庁や地方府の相として旧弊や腐敗を正そうとしたが、かえって疎まれて、職を辞して故郷に帰る時を夢想した作。 正確には帰田は叶わず中央に戻されて病死。 「帰田賦」は、享年【62】の前年の作。

政治家ではあるが人文、天文、数理の科学、工学、詩、画、などに優れる文人であり発明家でもあり、現在の日本の、とは厳然とした違いのある当時の「知識人」だった。

どうやら、請われて『令和』を提案した方も現在の日本における「高度の知識人」であることが想像できる。

両方の原文を知り、安倍首相が選ぶ選者となる現代の(凡知の識人)有識者諸氏が選び易い形で、依頼された国書にこだわる首相へ献呈したのではなかろうか。
選者を選んだ首相もおそらくその程度の知識人いや政治家なのでありましょう。

この先は、「お友達内閣」と揶揄される首相の今後の身の処し方次第ではありますが・・・(英語ではFriends Cabinet 日本だとFriendship Cabinetとなって「友情内閣」。言葉は巡り巡って「麗しき日本」、「美しき哉、日本」)

この視点からは「凡知百識に勝る」もしくは「心から首相を憂うる」有識者として「令和」を選んだ「元号に関する懇談会」のメンバーの職責とお名前を掲げて後世に残しておきたい。
NHK・日本放送協会会長 上田良一氏
民放連・日本民間放送連盟会長 大久保好男氏
日本私立大学団体連合会会長 鎌田薫氏
経団連名誉会長 榊原定優征氏
日本新聞協会会長 白石興二郎氏
前最高裁判所長官 寺田逸郎氏
作家 林真理子氏
千葉商科大学国際教養学部長 宮崎緑氏
京都大学iPS細胞研究所所長 山中伸弥氏
以上、NHK発表順の9人の有識者の方々。
(お申し出あれば渋々ながら御姓名は削除いたします)

一度切り貼りされて二文字熟語となった「元号」として定着する文字を必死になって説くのは安倍氏個人なのか、内閣なのか、公式見解に自らの知識を加えておもねる「知識人のなんと多いことか」。畏友は人よりマスコミを糾弾している・・・「見識とはなにか!」と。

「ボーッと生きてんじゃねーよ!」by チコちゃん @NHK。(あ~ 会長に向かって言っちゃった)

もっとも当CEO は時々、いや、いつも「ボーッと生きてん」のもいいなー、と思ってますけど。

自らはまだ名乗られぬ「令和」の提案者は「選ばれたからには」、と腹をくくり、芋の煮えたも(含まれた真意をまったく)ご存知ない首相を満足させ、まさに憂いながら、(改行)
自ら発(ほ)っせられた生前譲位を粛々と進められる、(改行)
今上陛下に一世一元のもとではおそらく、いや決してお知りになれないであろう、(改行)
次の世に引き継がれる元号を奉じたのではなかろうか。

こう書くとまた畏友に叱られそうだ。たしかに主権は総理でもなく国会でもなく国民にある。
ここは、チコちゃんのこころの代弁者、年上のお友達(実は未来のチコちゃん)の言葉を借りて、当キネマ航空にご搭乗のお客様に於かれましても、愈々(いよいよ)腹をおくくりになり、煮えた芋をご賞味(もとい)お感じ、頂ければ幸いです。

「今こそ全ての日国民に問う」。二つの「令和」とは来(きた)るべき、また来た時代を「君たちはどう生きるか」、「どう生きることを選ぶのか」と、

キネマ航空CEO 敬白


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書くのに時間がかかってしまい投稿直前にWeb で「帰田賦 令和」を探すと結びはともかくとして同じような論旨のページがかなりあった。

当CEO は「帰田賦」より「帰去来」のほうが好きだなんだなー。だけど『帰りなん、いざ』、たって、「どこへ帰りゃいいんだ」、ま、「そのうちなんとかなるだろーぉ」、か !?
by 植木等 with 青島幸雄。

昭和も懐かしいね。昭和リベラルには懐かしがってもおれない時代になりそうだ。
「 わかっとる。 わかっとる わかっとる。 わかったらって俺についてこい」(by 同前)、と6月に向けて昭和後期生まれの安倍ちゃんは平成生まれを誘っている。

2018年10月 8日 (月)

キネマ航空CEO 『ミゾーユー』内閣を考えた ついでに「時の流れに身を任せ」る日本人を考えるの巻(その 1 )

 2018年の夏休み明けには「3.11」のカテゴリーを拡充しようと資料を集めていたのだったが、その出鼻に二つの天災が襲い、時限爆弾として潜んでいた人災をも誘発し多くの犠牲者や被害者を出しました。

 亡くなられた犠牲者、ご家族の方々にご冥福とお悔やみを申し上げます。また被害に遭われた方々の日々の生活への復旧の早からんことをお祈りいたします。 

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 この一次、二次・・・この内閣になってから数々の天災が日本国を襲ったのだが、政府もほとんどの国民も犠牲者の数、失った資産の合計金額の大きさに囚われてしまって、本来の天災の意味を考える力を蓄える気力を失っているように見える。

 『大天災は忘れた(やっと立ち直れた)ころに、中・小の天災は忘れる間もなくやってくる』

 つまりは慣れてくるのだろう。

 人間の文明による「温暖化の時代」という言葉は、変わらぬ治世を誇(ほこ「」じゃなくてほこ「りたい」)政治家や一家言がある評論家には嫌われているようである。

 しかし、「気候変動の時代」であることは長寿命となった世代の日本人には実感できる。

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 さて、2018年9月6日の未明に起きた道央南部の地震の前後の空中写真を見比べた当CEO 愕然とした。 当CEO は広大な北海道は土地の使い方は違うはず、と漠然と思い込んでいたようだ。

 しかし、写真が示したのはまったく江戸時代と同じ土地利用の形態のままであった。 山際の住居、その前の道路、そして広げた農地・・・

 さらには地滑りの有様は地質の形態が全くことなることも示していた。

 また、2019年7月7日に入った深夜に岡山県倉敷市真備町に発生した高梁川の支流域の水害は河川改修計画があったようだが間に合わなかった。

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 まず、倉敷市で発生した浸水地域を含めた地形は高梁川とその支流が形成した三角州に近い扇状地の上にできた平地であった。 扇状地は峡谷を削った川の出口から始まり広範囲に造られたなだらかな平地である。

 ただし、扇状地や三角州が造られるのは土砂を運ぶ河川が自然の法則に従って高きより低きに流れる経路を選び低きを高きに変えて、ヒトが手を加えずとも平らにするからである。

 しかし、住み易いなだらかな傾斜地にヒトが住み着くと川は自然の法則に従って自由に流れてもらっては困るのである。

 そこで、堤防を造り川の流れを規制する。 しかし川は土砂を運び続けて川底に沈殿する。 相対的に低くなった堤防はかさ上げされる。 この繰り返しで川底は平地より高くなって天井川となる。

 こうした河川には氾濫時に遊水地や川となる放水路が設けられる。 治水である。 ただし、土地利用の効率を重視すると遊休地とされて多少の土地改良を加えて居住地となり旧に復することは難しくなる。

 多くの浸水可能性のある地域はこうした支流域に広がる。 支流は本流に流れ込む合流点では本流の水位より高くなければならない。 合流点が河口に近づいても支流の堤防は許容水位が低いままで整備は遅れているようだ。

 本流となる河川では発電や上水源としての生活圏から離れた上流域のダム、下流域の堅牢な堤防、そこにダムの予防放水、高潮による河口の潮位上昇のみならず水門の開閉という人為によっても支流の水位は影響を受ける。

 また、海岸では遠浅の海岸を埋め立てて同様の河川や用水路を通し農地に使われたが防波堤と水門の追加で工業用地や住宅地に転用したり、最初から帆の目的で造成を始める。

 ついには海面の上の空中に鋼管や鋼杭で補強されたコンクリートの桁で支えられた飛行場まで出現する。 しかも、完成後の初期歪の確認の余裕もなく、嵩上げの改修もできない状態で。

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 気候変動により今はどこにでも起こる気象変動の時代である。 日本が避けることなどできない台風が巨大化する。暴風を伴う大量の雨が短時間に集中的に襲い駆け抜けるのである。

 また、爆弾低気圧とも、マルチセルとも、スーパーセルとも呼ばれる局地的な豪雨や竜巻も発生する。

 こうした豪雨や強風が都会を襲い停電、断水、交通麻痺などの災害が起こればほとんどが人災のはずであるが、「ミゾーユー」の一言で人災は免罪される。

 もちろん、ヒトが生活のために手を加えて住み着いた、より自然に近い地形にも雨は降り、風も襲い、昔と変わらぬ自然の法則でヒトを襲う。

 大臣や官僚は「ミゾーユー」ですむが「みぞう または みぞお未曾有】」としてどう納得するのか。

 新明解国語辞典 第四版 み・ぞう)【未曾有】 それに類する事件が今までに一度もなかったこと。「古今 ― の出来事」(最近は歴史を忘れ ミ・ゾ・ウと音読みすることが多い「ミゾユウ」も誤り) 

 新装改訂 新潮国語辞典 ミ ゾウ未(曾有】 (「未だかつてあらず」の意) 一、今までに一度もないこと。空前。 二、(梵語 adbhuta)〔仏〕 めずらしいこと。めったにないこと。 以下の出典等省略

   先の大臣(おとど)はどちらの意味でつかったのやら。 そして下々はどう解釈するのやら。 被災者は解釈ではすまないはずだ。

 『気候変動の時代』 とは少なくとも文学系辞書「新潮」の梵語からの解釈が当てはまり、良きにつけ(本義)悪しきにつけ(転意)、【めったにない】 けれど【しかし、ある!】 ことに対応することを考える時代でもあるようだ。

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 さて、大気の自然変動は「気象」だが海洋の自然変動は「海象」となる。 その一つに津波もあるが、ここでは水温の変化について考える。

 水の重さは温度によって変わる。 最も重くなるのは摂氏で 4℃ であるとされるのだが、比重の定義は結構難しい。

  比重 = 物質の質量 / 同一の体積を有する水の質量
       質量比なので単位は無次元となる。 その基準となる以下の項目にはいろんな注釈が付くのだが詳細はウィキペディアに任せて・・・

  1. 基準となる物質は水のみである。
  2. 水の温度を指定するときと指定しないときがある。
    1. 温度を指定しないときは四セルシウス度におけるものである。
    2. 温度を指定したときはその指定の温度を比重と共に示すことになる。
  3. 水の体積は、101 325 Paの圧力下(標準気圧を意味する。)におけるものである。
  4. 物質と水の密度を比較するのではなく、物質の体積と同一の体積の水の質量を直接に比較する。

      常識では水は純水、また温度は 4 ℃ であるが厳密には間違い。

 純水の雨は海にも降る。 いや、海に降るほうがずっと多い。 そして雨水のほうが塩分などのミネラルの溶けこんだ海水よりずっと軽い。

 気候変動による多雨と海水の高温化は、日本が乗っかる大陸系のプレートが海洋系プレートに向かって張り出す大陸棚の上で重しとなっている海水の重さを軽くする。

 言うまでもなく海洋系プレートは大陸系プレートの下側に潜り込み、大陸系プレートの裾である大陸棚を巻き込みながら深い海溝を形成する。

 次回(その 2 )に続く・・・

プレート・テクトニクス理論の予習を少し。

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  比較的新しい理論である。 説自体は古くからあるが1912年の「大陸移動説」からの発展といえる。 工学上の機器の進歩に合わせて観察と傍証による理論化が大局的にはほぼ実証されており、その局地解析に近づける努力が始まっている。

  プレートとは融けた鉄が主体のマントルに浮かぶ外殻である。 ヒトの住めるのはその殻の上に盛り上がり海面から空中に出ている陸地や島であります。

  その殻はひび割れており、上にあるもので大陸系のプレートと海洋系のプレートに分けられる。 火山島は海洋系プレートの上にあって移動している。

  基本的に海洋系プレートが大陸系プレートの下側に潜り込む形で大陸系プレート押し上げている。 その端境が海溝となる。

  それに抗しているのが大陸側のプレートの端つまり大陸棚であり、現在では大陸棚の上の海水の重さも含めて陸地は一応は安定している・・・と思っている。

  現実には海洋プレートがマントルに触れて融け始めるあたりに火山帯ができ火山性地震が多発する。 また海溝付近では側面の崩壊により津波を誘発する地震が発生する。

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ひるがえって日本は・・・(つづく)

2017年10月25日 (水)

キネマ航空CEO 『女が引いて男が押して』?を考えるの巻

本稿は10月24日夜から25日零時を跨いでまとめました。したがい現時点では記述内容が実情と異なる個所がありますが当面、修正は行いません。悪しからずご了承ください。
                                    2017/10/30 キネマ航空CEO

2017年秋の分け(「訳」が正しい)の分からぬ衆議院の解散と総選挙が終わった。

でも面白かった。歴史はこんな具合に転ぶのだろうなと、レキジョ(歴女)やレキオ(歴男)が現在を歴史として見てくれれば良いのだが・・・

実力者を戴く集団が一枚岩の思考にはまることほど恐ろしいことはない。(ただし敵味方の明確な歴史ロマンならこれほど心躍るストーリーはないのだけど)

理由はいろいろあるのだろうが、後世から現在を見ると、幅のある権力集団に極端に(今回は「右」に)振れた実力者が出現して率いる集団に向かって(あわよくば乗っ取ろうと)対抗する女傑が振った旗に(相手の仕掛けに乗りやすい過去ありの)単純猛者が率いる弱小(弱中ぐらいとは思っているらしい)対立軸となるはずの集団が民主的な議決で乗ってみた。

だけど女傑は権力集団に挑むには、敵のミニコピーのようだが重心のずれた幅を抱えた戦力を率いては戦えない、と、どこかのキャッチコピーのお株を奪って「仕分け」を実行してみた。

やっては見たものの、この辺りで早々と見切りを付けたのではなかろうか。女傑は居城を変えることなく御座なりの出陣で籠城に踏み切る前に国際外交セレモニーにしっかりと向かった。

こうして女傑は「自民党」大勝の最大の立役者、功労者となった。これが最初から権力者との駆け引き(ディール)から始まっているなら歴史ロマンはもっと面白い。これからも続く歴史での女傑の去就に注目したいものですね。

一方では日本流の「二大政党制の欺瞞を暴いたともいえる。

最初から「仕掛け」乗らなかった智勇(持ち上げすぎだけど)の士は所属していた旧集団名を名乗らず(久し振りにリベラルらしい)新政党名の『立憲民主党』を立ち上げた。

でも通称またはマスコミ名では『立民党』となるようで当CEOには疑問が残るんだけど。「民(タ)(ヨ)ッテ」のか「民ノ為ニ」のか・・・それとも隠したほうの「ポウヲ(ムネ)トスル」なのか真意のほどはよく分からない。

さて、一般的に民主主義の中では「リベラル」からは、敵対する相手(つまり「コンサバ」)が強ければ強いほど「ポピュリズム」の称号を与えることになる。

しかし、当CEO は今回の「立民党」の健闘善戦の「野党」第一党も結局は「ポピュリズム」であると考える。

ほー、あの人がという人が党首のブレなさ、とか男気とか、真っ当さ、とかで持ち上げていることからもわかる。主義とか主張とか理論でじゃないのですね。

リベラリズム」の思想だけが(民ヲシテ)立民党」を支持しているとは当CEO には思えない。錯覚である。一年後に解散総選挙があれば「希望の党」と同様に数は減る。

幸いにもか、少なくともか、今後につづく歴史を考えると相手が一強だけに、平和であれば、当分、長ければ四年は現状の体制が続き、ミッドウェイ・ポイントは2019年夏の「参議院改選」時となる。

党首自身は「現実主義者」だ、といっている。憲法についても「オールド・リベラリスト」の思う「現実」ではないことが必要だろう。

・ ここまでにヒト、カネ、つまりは連合などの組織を取り込む体制の確立とサポーター支援組織を立ち上げ機能させる。
・ 安易な議席党員の受け入れ、政党の統合、個別はともかく包括的政策協定の締結などしない。(しても貸し借りはドライに行う。相手によっては踏み倒す)
・ TV受けする国会議論や発言はしない。「ソーリ、ソーリ、ソーリ(当CEO ならイエス?アイム ソーリー、アイアム 「ザ」 ソーリと答える)」、「一番でなければならないんですか(これは国会で、じゃなかったか。まあ野党魂が染みついているのよ。野党第一党とは名乗るんだけど)」、「強くなければ生きていけない。優しくなれなければ生きている資格がない(現代文学にある出典ぐらい調べろョ !
・ 国会議事録に残る名質問をして発言を引き出せ。そのための質問方法やレトリックの勉強をしっかりやれ。・・・WEB も文字で成り立っている、つまり活きた字に残せ。
・ ヤジは飛ばすな別の方法を考えろ。
・ 現在の国会法でできるのかどうか知らないが二人の質問者を並べ質問時間が足らなくなったら後の質問者が時間を譲るなどのチームプレーぐらいできる集団になれ。
・ 目指すのは中選挙区制の復活の議論である。得票率と当選比の不整合の修正である。
これをなさずして民主主義国家といえるのか。
これを憲法違反と言わざるして何が憲法改正か・・・

もし謙虚な「政権首班指名政党」と名乗るなら、まず質問時間は得票比以上に反対党に厚く配分せよ。

日本に「二大政党制」が成り立たないことはもうはっきりしている・・・ン ? 誰だ ? 相手は。論旨が飛びすぎたか・・・

つまり、日本に「多党制連立内閣」ができる国民性があるかどうかの決め手となる日本の「リベラリズム」の実態がはっきりしない。少なくとも「社民党」にはなかった。

池上(無双)氏の隠し玉『政界悪魔の辞典』では、
『【リベラル】 左翼と呼ばれたくない人たちの自称』 が、秀逸である。惜しむらくは、
『また「リベラリスト」とも呼ばれたくない個人の自称』 を付け加えればもっと明確になる。
いや、もっと本質の曖昧さに広がる。
『【希望】 失望までのつかの間の喜び』 も良い。確かに【】は【まれ】と読むもんね。

希望の党」は小池百合子氏がゴッド・マザー(名付け親)なのかな。英語ほど日本語は得意ではないのかもしれない。しかし、「民進党」を解体してフフフと笑っている顔も浮かんでくる。

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いずれにしてもジェンダー・フリーやポリティカル・コレクトネスで炎上しそう ? だけど)・・・
小池氏には以下の箴言で敬意を表する当CEO であります。

「女、賢しゅうして牛売りそこなう」・・・ひょっとすれば自分(だけ)は売り込めているかも
日ノ本ハ女ナラデハ夜モ明ケヌ国」・・・これは枝野幸男氏次第

と書いてる最中に「立民党」では「ソーリ、ソーリ」の辻本清美氏の政調会長兼国対委員長が決まったようだ。

パワーはあるのだろうが「昔の名前で出てます」では「立民党」はどうなんだろう。いやどうなるんだろう。この方にも同じ箴言で敬意を表しておきたい。

それにしても山尾志桜里氏は惜しいことをした。

「生まれた国が悪いのか、                 ・・・「生まれた時が悪いのか 
    それともあなたが悪いのか」                  それとも俺が悪いのか」  
「何かを成そうと生きて行くなら、             ・・・「何もしないで生きて行くなら
    それは容易(たやす)いこと、じゃない、けど」         それは容易いことだけど」
何とか歌えるぞ、「平成ブルース」。しかし、古いなー!「昭和ブルース」。( YouTube へ ) 

頑張ってね ! もし「民進党」にいたらどちらを選んだんだろう。

待てよ「民進党」のフルネームは何だっけ ? 「民ノホウガンデイル」だったかな。

あッ ! 忘れていた。

思いもかけず「民進党」出身者が大勢を占めた「希望の党」はいずれは分裂するか消えるはずである。

しかし、議員経験者は多い。あちこちに散らばった大物達?に抑えられていて芽の出なかった人材が(本物の風見鶏にも予測の能力はないけれど合わせることはできているもんね鶏頭となって頭角を現すかもしれない。

加えて民主的な党内意思決定で「」も、仕分けで「希望」もなくなって「参議院民進党党内派閥所属衆議院院内会派無所属所属衆議院議員」の元閣僚や元党役員の古株もいる。

そのうえ「立民党」には過去の自任自称の大物たちが居残っている。

お仲間と数合わせの画策をしたりせずに、議会に皆勤してじっとしていてくれるだけにしてほしいものだが。

いくらお金や票を持ってきてくれてもね。ねえ枝野さん。

2017年9月30日 (土)

キネマ航空CEO 「『心情リベラルの終焉』の時代」について考える

山里の篤学の士のブログに、主題の映画批評から続けて、いまの世相を多少の諦観をにじませ次のように喝破している。

「民進党も社会党と同じ運命になりそうだが、要するに自民党が二つできたということだ。
小池さんらの『白紙の手紙』にどんな設計図を描けられるか、そこに日本の未来がかかっている。」

当CEO もそう思う。「心情リベラルの終焉」である。

国を擬人化したあとの「世相の気分」はある期間を経れば刷新されなければ「世相の気分」が作る国の歴史は停滞し、あるいは暴走する。

そこで選挙による「二大政党による政権の交代」という民主主義の大(か、どうかは分らぬが)前提が必要とされる。つまりは政権が代わっても大きく変わらぬ社会的構造があるという原則で成立している。
 小さく変わることを期待するリベラルもコンサバも大勢いるということだ。しかし変わった方向でほとんど変わらないと思う側もあればいっぽう大きく変わりすぎたと思う側もある。人間の知や理を越えて情は面倒である。

そして、日本国憲法下で始まった自由主義陣営の生活物資に支えられながらの戦後生活は苦しいがその中ではぐくまれた自由は心情リベラルの平等思想となり、音楽や小説、新聞や雑誌の論調や評論を通して順に北朝鮮、中国、ソビエト、キューバへと反対の陣営に理想卿を求める。

その中での日本で実現した二大政党は一つの政党の中にある二大派閥が担当していた。大政翼賛の時代よりは良いのだろうが当時の心情リベラルが支えていると信じていた野党は決して二大政党の一方を務めていたわけではない。

簡単に言えば一党二派閥の政党に軍備再構築を制限(憲法9条戦争放棄)し産業再生(異論はあろうが憲法13条幸福の追求)に予算執行を集中させる結果を求める表裏一体の自称野党に過ぎなかった。

つまり内閣首班を送れなかった政権党内派閥が真の野党であった。(言うまでもなく自由民主党は自由党と日本民主党の保守合同です。一党二系内の集団が離合集散しながら二大派閥を形成する時代でした―純正リベラルからはこの要約に大いに異論はあるでしょうが)

本来なら時代の変遷を心情リベラルが託した海外の理想郷の軍事備蓄と産業の変遷の考察で併記概観すべきだが別の機会に譲る。

時代は移り日本の国力の向上と先行していた自由陣営諸国の衰退に合わせて一党二派閥の中で分裂が起こり、離党した保守政治家を取り込んだ自称野党間の連々(「々」がいくつあるのかわからぬ)連立内閣や幾度かの保革連立ののち自民党・公明党との連立が始まる。

ちなみに公明党は内閣首班になるつもりがない。かつての自民党派閥のような連立内野党を演じる意図はない。連立相手の自民党にとっては意外と使い勝手の良い集票政党でありますね。

この混乱の時代に心情リベラルは時代の変化を予感したがさしたる成果もないまま途中で投げ出される時代であった。

続いて二回目の自称野党の連(々々・・・?)立政権は外交の継続破棄の模索や国民の不安を増幅させる近隣外交を実行しながら旧憲法の陸軍顔負けの閣内不一致を行い自称野党に戻る閣僚が出たりと政権の態をなさなくなる。

成果と言えば、税金は上げられる、ことを示したことぐらいだろう。

この辺りが心情リベラルの限界だったのかもしれない。つまり日本にできる二大政党は幻想に過ぎなかった。

さすがに三度目ともなると基本となる所属条件の線引きと排除を始める。男にできなかった女の力である。

これが篤学の士の憂うるいずれは自民党の党内派閥となって溶解するのか、二大政党の野党となって(使い勝手が良いままかどうかは分らぬが)公明党との連立を図れるまでに成長するか、の時代の幕開けの分岐点ができる選挙ともいえる。

そうなった後の旧心情リベラルの憂鬱が始まる、いや続く。要は反対党ではなく影の内閣としての野党としてのチェック機能の有無である。

1.官僚のコントロールができるのか?(その前に党員の品格のほう・・・かもしれないが)
  官僚は議員の手足ではなく忖度の指示に持てる頭脳を最大限に発揮してくれる顔のない組織となっている。
  米国のロールモデルは官僚のトップとなる閣僚制は首班となる大統領を含め議員内閣ではない。上級官僚も準じて入れ替える。英国は議員内閣制を採用している。上級官僚は民間からの公募制や随時の人事異動などが採用されている。
  どちらも日本の官僚制とは違うが癒着などそれなりの弊害はあるようだ。
  その前に困ったことに両国とも二大政党そのものがあやしくなりつつある。

2.国民として最悪の事態である交戦状態に至るまでの外交能力があるのか?
  現在でも宣戦布告はできないが自衛戦争は認められるという憲法解釈は認められていると考えられる。宣戦布告を受ける以前の段階での回避能力はあるのか。
  それ以上に紛争停止の仲介能力はあるのか。こればかりは国力より官僚より政治家の人的資質である。
  言葉に含みもない、また実行力もない「イエス・オア・ノー」の安倍首相の国連総会の演説は加盟国それぞれの外交の本音に日本国はどう伝わったのだろう。某大統領のレプリカか?それでも国内に向けて強固な同盟関係の見せかけのアピールか?
  先を見ていくとサッチャー首相がロールモデルの小池首相(仮)は抑止力になるのかフォローワーになるのか。サッチャー首相が紛争で相手にしたのは戦線を拡大する力も同盟国を引っ張り込む力も外交的に抑え込める国だった。

3.停戦を行える能力はあるのか?
  侵略を宣言して宣戦布告をしてくる国はない。しかし戦争放棄(交戦能力のない)国に戦闘状態を仕掛ける国がないとは言えない。
  始めた戦闘状態を『単独で』終結させることが可能なのか。
  近代日本の戦争では仲介国を介しての戦勝による終戦や勝ち馬に乗る参戦という成功体験で始まったが、現代戦では立憲君主制議会が開始した戦争は内閣による終結工作においては仲介国を誤って事態を悪化させ天皇の存在で終戦という敗戦を迎えられた。
  今後の戦争では勝っても負けてもこの終戦のスキームはあり得ない。
  端的に言えば集団安全保障が発動されても集団安全保障国は国連ではない。緒戦でお茶を濁して「いち抜けた ! に抜けた !! さん、よん抜けた!!」と前面に立たされることもある。極東の紛争を脅威と感じない国は多い。193ヵ国193票で構成される国連に戦争調停力(法的拘束力)はない(世界のというより加盟国政府に期待する民意や道徳の指標に過ぎない)ことははっきりしている。そして分断状態の戦勝倶楽部の常任理事国が一致した場合においておや、である。

 4.そもそも日本に二大政党制が根付くのか?
  米国では共和党と民主党、カソリック、プロテスタントという宗教の規律基盤が根底にある。英国の保守党と労働党、根本は身分制度に基づくと考えられるが英国国協会の影響下にあると言える。ただし小政党は多く発生しており連立に加わる勢力も出てきている。

  現在の日本はというと無宗教、多宗教乱立の信教の二股三股は自由の時代とは言え、・・・

  自民党の神道、公明党の仏教という神仏合従内閣であり宗教としては江戸時代分権というより、・・・(一応の分権により大政奉還という政治儀式が可能だった)

  神主仏従というポスト江戸時代である明治時代を経てレトロ・アヴァンの昭和時代の幕開けにならなければいい時代、・・・

  明治維新の帰結である敗戦維新をやり過ごし大正モダンもどきを謳歌したアプレ昭和を通り過ぎて再びレトロ昭和に回帰するかもしれないポスト昭和平成時代であり、・・・

  まだ元号の決まらぬネオもしくはノヴァ昭和の始まりかもしれない分岐点でもあります。

モダン/ポスト/レトロ/アヴァン・アプレゲールを省略。つまり戦前・戦後)/ネオ/ノヴァ・・・当CEO の世代には懐かしい響きの単語です。多様な解釈ができますがご自由に・・・

  この東洋思想の輪廻もどきの流れは壊滅的な人的被災を政治的にはすべてを天災にしてしまう大正の関東大震災から始まる、昭和の空襲に原爆、平成の阪神淡路大震災、東日本大震災と福島第一メルト・ダウンなどを抱合しながら進んでいる。

  その(輪廻)もどきに表出する事象の本質は明らかに変質している。歴史は単純に繰り返すのではない。

そして一方で取り巻く環境では、心情リベラルが存在できる自由主義は独裁主義、加えて恐怖主義の挑発を超えた挑戦を受けている。少なくとも心情リベラルの根底にあった国はなくなっていることは間違いないであろう。

独裁主義が自由主義を生んだのだが、自由主義にいるリベラルから現在を見れば、日本では純正(標準的)リベラルから、外国では先鋭リベラルからだろうが、豊かな自由主義が貧富の差の大きい独裁主義や恐怖主義を作った、と言えなくはないだろう。

しかし、普遍的な科学工学の力で独裁主義や恐怖主義の存在は様変わりしているともいえる。

また、そもそも論でいえば二大政党が成立している国は少ないことも知っておく必要がある。これはまた別の機会に。

2017年8月14日 (月)

キネマ航空CEO 梅原猛の原点に挑むが・・・横溝正史の作品に思いをはせるの巻

 古代史の先達から先回の論文『水底の歌-柿本人麻呂論 (初出1973)』に続いて梅原猛氏の原点となる「『 (上、下)』 1980 集英社文庫」を貸していただいた

___2初出は1970.1 から 1971.12にかけて芸術新潮に24回連載された「エッセイ」をそのまままとめた作品であります。(同名単行本 1975 集英社)

この連載から深化した作品が「『隠された十字架  法隆寺論』 1972 新潮社」となるようですが当CEO は未読。

 さて、本書は古代日本仏教の勃興史であります。

水底・』のような言語上の思考ではなく、塔、仏像、壁画、寺、神社、奉納歌舞などの具象を分析した芸術論的古代史論である

 しかし、これでは、そんなに読みたくなる「帯」(腰巻きとも言う)にはならない。むしろ、・・・

聖徳太子」の血脈の抹殺に始まる太子の祟りを縦糸に、
新興仏教と古来神道との狭間に勃発した人間の欲望の覇権争いを横糸に、
兄弟間譲位と女性天皇の擁立が織りなす時代の皇室をめぐる姻戚と相関の(性的関係を含めた)関係を解き明かし現代につづく、
水底・』に先行した壮大な 論文 ! ではなく エッセイ ! ! です

・・・であります。さて、下巻の巻末に西暦239年から1697年までの1559年間に及ぶ年表がありますが実質は、次の200年を掛けた国家仏教から仏教国家への萌芽完成まで、の足かけ3世紀です。(その仏教国家完成から崩壊までには1100年が必要でした・・・とは書いてないけど)

552(538説もあり) 仏教(仏像、経論の)公式伝来
574 厩戸皇子(うまやどのみこ)のちの聖徳太子生まれる
585 2月蘇我馬子仏塔を立て斎会を説く
      3月物部守屋中臣勝海ら仏像仏殿を焼く
587 聖徳太子(没後の尊称だが便宜上)四天王寺建立の発願、馬子法興寺建立発願
591 法興寺起工
593 聖徳太子摂政となる。四天王寺起工
622 2月聖徳太子薨ず
643 11月蘇我入鹿聖徳太子の子山背大兄王(やましろのおおえのかみ)一族の殺害
      参画氏族の中に中臣塩屋連牧夫(なかとみのしおやのむらじまきふ)
      のちの藤原氏の始祖
645 6月乙巳の変蘇我氏滅亡、「大化の改新」
 ・
 ・
663 (半島の白村江の戦いで敗北)
672 壬申の乱。皇位は天智天皇(兄)の継嗣大友皇子より天武天皇(異母弟)へ移る
 ・
 ・
 ・
712 古事記成る
720 日本書紀成る
737 藤原氏四兄弟相次いで天然痘で死去
739 (別資料では737)聖徳太子一族の住居址に救世観音像を安置する夢殿建つ
743 大仏建立発願
752 大仏開眼供養
(なお、表示の月は太陽歴なのか陰暦なのか当時の中国暦なのかは不明です。)

 この間、 562年に半島では任那の日本府が新羅に滅ぼされ589年大陸では隋王朝の成立600年遣隋使の初回派遣603年新羅への征討出兵中止618年隋に代わり唐王朝の成立630年遣唐使初回派遣663年半島の白村江で唐・新羅連合軍に敗北668年唐・新羅により高句麗滅亡、新羅による半島の統一・・・。

     と対外関係も忙しい時代で、公の遣隋・遣唐使に加えて技能難民や労働力難民の流入、帰化人による技術、芸術など大陸文化の系統的な吸収ができた時代でもあったようです。(大化改新後に防人(さきもり)などの九州沿岸への徴兵動員がおこなわれた。それ以前の半島進出については倭(やまと)朝廷が長(おさ)を派遣する在外組織なのか両岸の部族間の関係なのかは判然としないが物資や文化の交易をおこなう倭朝廷寄りの部族の保護のようだ)

     幸いに後半の100年弱は半島からの撤収に加えて大陸情勢も唐王朝が安定しており、半島の新羅との両睨みの北九州海岸線防衛ラインの構築の中で奈良文化も大陸的から日本的なものへの咀嚼が落ち着いて行えた時代と思われます。(この時代に記紀が成り、万葉集の編纂が始まる。先の(任那)「日本府」の固有名詞は日本書紀にて初出。いくつかの暗殺や武力抗争があった。658から660年にかけて東北の蝦夷などの部族への侵攻が始まる。決着は平安遷都後の、坂上田村麻呂、阿弖流為(あてるい)伝説に・・・)。

     内政は、といえば、国家統治の規範を仏教に置こうとする有力氏族蘇我氏と皇位継承血脈にいる皇族である聖徳太子の仏教推進派と対立する他の皇族を擁したその他大勢派の氏族との政争を制した聖徳太子没後の天皇の座をめぐる抗争で、中臣氏はまず、かつての親の代では同盟関係であった蘇我馬子の子入鹿太子の子である山背大兄王の離反を図り聖徳太子の(いわゆる皇統の)血脈を断絶させ、その2年後の大化改新に先立つ乙巳の変入鹿らを殺害して太子以前の時代からの旧勢力の筆頭だった蘇我氏の権勢を一気に没落させます。

 年表の585年を確認ください。中臣藤原)氏のこころの内に分け入ると、氏族間の憎悪なのか義憤なのか、対象は仏教なのか政(まつりごと)なのかよくわからぬが(権益であることは間違いない)長年の諜略と一瞬の暗殺で政権の奪取に成功した時代でもあったのであります。

おおっ!梅原師見てきたように語り出し・・・がのり移ってきたゾ

 そして、藤原氏はその後の後宮との姻戚関係、不遜不倫関係を巧み(といっても蘇我氏だってやっていた)に構築し政(まつりごと)を手中に収めるのですが、その中で一族を襲った不幸を、殺したわけでもない(殺したんじゃないのかな ? 説もある )聖徳太子の「祟り」として仏教を利用した鎮めをするために西洋にはない日本美学』の建立を続けた・・・という論旨の展開と読めました。

 ただ直近では、協力したのちに殺された蘇我入鹿も恨んでいるはずなのだけどね・・・でも黒幕中臣氏聖徳太子を含めて山背大兄王一族の殺害“実行者”に対しておこなった口封じを兼ねた直接実行氏族への復讐の処罰だったら『祟り』はないよねー・・・と数代下がった子孫の藤原氏になっても感じられるということのようです。

 「祟り」も、「祟る」側と「祟られる」側の地位身分、あるいは人望の相対関係で「祟られる」側の勝者としての感じ方次第なのでしょーね。これぞ日本 ! ?

 梅原説はさらには塔の内部に施された壁画、仏像の装飾がおどろおどろしい世界を再現してくれます。さすがに地霊、怨霊には敵わないらしく年表の続きとしておまけの42年で
 ・
 ・
(783 万葉集の編纂終わる。開始年不明、600年代後半)
(794 平安京遷都)
   ・・・と(正確には難波宮などを含み)呪いや祟りで転々とした都の総称としての奈良盆地から長岡京を経て地形の似た平安京への恒久避難となったのでしょうね。藤原氏はこれから400年近く政権の中枢に留まります。この間の祟りはどうなったのかは当CEO 浅学につき分かりません。

 さて今回は形ある物体からの梅原氏の思考の展開ですが具体的なこの時代の『』の建設となると為政者ひいては施工者の思惑がどこまで反映できるのかはよくわからない。

 少なくとも、切妻、寄棟、高床といった旧来工法では、施工者がこれくらいの大きさでといえば棟梁の差配に従って材木の調達から現場での加工組立ができる。

しかし、この時代に始まった大陸起源の複雑な仏教建築となると工程の分化が必須となる。

 外観内観の意匠と構造決定の工程はおそらく同時並行で行われ、そこから個々の構造部品を作るには多くの部品図面や指図書に起こす設計集団が必要となる。

 加えて部品の加工、組立の人工と工数とその工程順序の管理といった施工集団が存在する。この二つの集団は運搬労働力を除き多分一体の集団であったと思われる。この中に渡来人の集団と旧来(倭)工法の集団があったはずだがそのあたりははっきりしない。
余談ながら木材の伐採、輸送、集積、仮加工、寝かし(エイジング)といった木材ビジネスもこの時代に生まれたんだろうな。

 もちろん建築全体を構成する木工や石工のほかに木彫、金物といった現在では装飾品と分類される技能集団も独立して存在していたのだろう。

 この時代の「」が梅原氏や多くの有名無名の人々のこころをとらえるその『』は『外観内観の構造の意匠』で決められているのであり、施工主となる中臣・藤原氏の意識に外観内観の細部に対する梅原説が提示する意図がそのままに入っているかには疑問がある。

 そのため梅原氏は高さとして指示できる「」に着目したのだろう。しかし、これだけで梅原氏の施工者意志説で提示された細部の意匠(具象)の証明になるのかどうか。

 もちろん細部の具象コンセプトについてもまだ発見されない文書や絵で詳細な中臣・藤原コンセプトの要求が行われたのかもしれないが、その再現のすべては構造で決まる。

 むしろその時々の塔建築を請け負う集団がその時々の工夫を凝らして無二の「」を設計し、建て上げて、施工主が気に入らなければ壊されついでに殺されて、といったところではなかろうか。たぶん彼らの身分では施工主を祟ることもないだろう。

 施工主は気に入れば内装に金を掛けて己の世界の構築はできる。またその意向も建築よりは伝わりやすいかもしれない。梅原氏の筆はここでは怪談めいた鬼気迫る筆致で畳みかける。

 737年以降に法隆寺夢殿に封印されたという聖徳太子を写したとされる救世観音菩薩(木造観音菩薩立像)は、正面のみの空洞(要するに最中の皮の表側の片割れ)で動き回るための足もなく、御仏を示す光背は釘で直接頭部に打ちつけられて「人間でなく怨霊」の聖徳太子を呪詛する目的である、と。

 怨霊も足で移動するのか ? 足をなくすれば出る場所が決まっている(はずの)地縛霊に貶めたのか・・・この説では時代考証の錯誤感もあるけど新説にはなりそう。

 さらに浅学のCEO ではあるが、釘打ちの呪詛は『生きている相手』を模した藁人形や人型に打ち込まれ、イエス・キリストも生きているうちに釘で十字架に磔にされた。ドラキュラ伯爵は呼吸していないようだが眠っているところに釘の代わりに杭を打ち込まれているんじゃなかったっけ。そもそも既に死した者の怨霊に「釘」の効果があるのかね・・・となる。

 光背と頭部を結ぶ構造も釘の形状も説明されていない。どんな釘なんだ?むしろ光背と観音像をつなぎ一体となる構造の意味もある・・・観音像を動かしたら光背がとり残されて御仏の慈愛が消えちゃったってこともあるんじゃないか・・・

 まあ、呪詛の方法の諮問を受けた取り巻き文化人のブレーンが困り果てて出した案を、藤原氏には「やってみる」ことは「やってやる」と進取の勇気があるのでやってみた。

 しかし、ご利益がないもんで白布にまかれて人目を避けて隠ぺい放置されていた・・・と、梅原説につながるのかもしれないが・・・、

 肝心の観音像を包んだ白布の汚れや埃を含めた科学的分析はなされていない。梅原氏は西欧の「聖骸布」のようにあからさまにはしない。これもまた日本、なのかもね。

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 こうした呪詛は怨霊の祟りに対する女性の恐怖心が深くかかわっていると梅原説では強調される。

 どうやって祟りから呪詛への過程が進むのだろう。そもそも100年近く後の女性が祟りの言われをどのように知るのだろう。記紀を奉ずる公家、神職からか、かじった僧侶からか・・・
神仏習合と反発もこの時代から延々と始まった。そして、明治元年(1872)の神仏判然令で公式に神仏分離とされて、仏教《が特に庶諸民に対して権威もしくは拘束力を持った》国家の末期期に入った/閑話休題)

 予算が必要な呪詛建築の施工には男性の分担と考えられるのだが、下品な当CEO はさらに考える。こうした謀(はかりごと)の発端はどこで行われたのだろう。

 昼なのか夜なのか、広間か寝室か、家政婦は見たのか、宮中や公家の屋敷の間取りや奉公人の数は、上下の食糧献立事情は、人口や職業、都市や村の構成や経済は、行政機関の構成は、租税の徴収は、予算の案や執行は、芸術家集団の存在は、といった時代背景があってこその梅原説と思うのだが古代史の背景解明に梅原氏は古代史の著作の印税を使って影の貢献をされたのであろうな ・・・と、つい余計なお世話を思ってしまう。

 せめて「」を一基建てる費用の収支出納ぐらいは氏の下で解明してほしいものです。ただ働きで古代日本の文化を作るのが日本人なのか ? 帰化人もよく我慢したものだなー。

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 さて、描かれる「家系図」と「時系列人物行動表」とくるとこれらを駆使した横溝正史の名探偵金田一耕助を思い浮かべる当CEO であります。《迷》探偵のようでもありますが人間の始めた行為を押しとどめることもなく最後まで見届ける仏のまなざしのようでもあります。

 「犬神家の一族」では戦後の財閥解体、「悪魔が来りて笛を吹く」では華族制度の崩壊、「獄門島」や「八つ墓村」、「悪魔の手毬歌」では村社会の戦後史とも家族史とも、戦前が背景となる「本陣殺人事件」では格式のある家族の中の男尊女卑に潜む屈曲した潔癖倫理など、当CEO の世代にはフィクションでそれぞれの時代を映し出していると感じられる。しかし、残念なことに今では「オワった コンてんつ」と片づけられるのだろう。

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 繰り返すが梅原説はなまじ学際的なアカデミズムをまとっているだけに個々別々の分野の古代史を総合した中での再評価が必要と思われる。 梅原説の解説本が待たれます。

 まあ、当CEO も多感なころに梅原説に接しておれば古代史の迷路に紛れ込もうとしたかもしれない梅原氏の情熱は強く感じますが、今が当CEO にとっての読み時と思えます。

 『聖徳太子の祟り』と『藤原氏の呪詛』の相克が日本国の骨格形のない精神をつくり、時代時代の肉付けがされてきたという梅原説を否定するつもりは更々ない。

 が、先に挙げた二点の論考の視点であり始点となる美学的解釈部分を外すとエッセイ自体は『一般人読者が感じる権威感(パンピー・アカデミズム)』は消える。

 特に後者の具象の説明自体は資料読み解きの誤解であると、専門分野からは否定されているようだ。しかし、梅原氏はこのエッセイや関連著作での修正もしくは注記の付与をされるつもりはない(完全黙秘の)ようです。

 そして今なぜ、この本が当CEO の手元に現われたのか、と考えると、

『前振りの間違いぐらいで挫折するな!』
『間違った前振りで提起した論旨の先の真実が必ず出現して過去の前振りをかすませる!!』・・・
日本人論的精神論のなかでは「初志貫徹」 >>かなり大なり君子豹変」の価値感の間で振れる一つの解を日本人らしく行動で示してくれているのかも知れぬ・・・なー。

 と、思いながらも当CEO は若き日、日本国自体を含めた若き時代の心情的リベラリズムの限界をプチ豹変させる模索をしている最中です。

 紹介してくださった先達さんありがとうございます。これからもご指導よろしくお願いいたします。

2017年5月31日 (水)

キネマ航空 CEO 「水底の歌-柿本人麻論」からいにしえ(古)をおもふ・・・ついでに「やすらぎの郷」を考える

人生の一時期に多少の時間の余裕ができ新しい知人との交流が始まるのは二つとない幸運である。

当CEO が住む町中から峠を二つ三つ超えた、住むにはそれなりの苦労はあるのだろうが桃源の地にその一人の篤学の士が住まわれる。

ほぼ三か月前に士から特に説明もなく微笑みながら渡された本をやっと読み終えた。

Song_of_water_bottom_1 Song_of_water_bottom_2梅原猛の「水底の歌-柿本人麻論」上下で900ページ弱の文庫である。初出のハード・カバーは1973年であるから当CEO は社会人となっていた。

当時の書評欄では、正確な記憶ではないが内容の要約と、ジェット・コースターのような論文である、といったようなものであったが未読のままである。

新目(あらため ?)て読む機会を与えていただいた論文(梅原氏自身が文中にそう書いている)が文学系出版社の文庫本になるということは?と思いながら読み始める。

篤学の士が黙って渡してくれた理由とはまったく異なるのだろうが・・・これが意外と今現在の世の中を映し日本が返るべき姿を示唆しているように思えてくる。

論文の内容は万葉集の歌人柿本人麻(呂)の「人物」論というより「存在」のプロファイリングである。勿論インタビューはできないから書誌学もしくは文献学と呼ばれる手法が使われる。

対象は手書きであり検証するための比較対象も時の数寄者に再編纂、再編集された異本や国学者の解釈の手書きが残るのみであり通覧すべき一群の原本も散逸されている。また写本が原本と同じどうかの検証も困難な場合が多い

さて、梅原氏は、認知度では大勢を占める(エスタブリッシュメント側の人物)斎藤茂吉、賀茂真淵といった先人による解釈ばかりか、もはや反論できないご本人たちに容赦のない攻撃を加える文体で始まる。

そのあとは、彼らが引用したり無視したりの書誌文献に加えて伝説、伝承を駆使して解釈を改めて原本に戻り推論を立てる。「だろう」から始まり「と思える」、「考える」を経て「違いない」と畳みかける。元は雑誌の連載のようでこのパターンが主題を変え相手を変え文献を変えて延々と繰り返される。

そのうち漢文、古文、万葉仮名など難解な個所を読み飛ばすコツを体得すればまさに悪酔いと快感のジェット・コースターの気分になれることを請け合います。

科学、特に工学と重ねると書誌学による結論の真偽を判定することは極めて難しい。その工学にしても想定外も想定を間違った想定の内となることが証明できるはずであるがなぜかこの国では行われない。

さて、当CEO がこの本でおもひを致したのは論文として示された結論よりも論考の背景となる真の闇があった時代であります。

この本でも「怨霊」の「祟り」と「鎮魂」が幾度か繰り返されます。

思ふに「祟り」は祟られる側(一般に勝者もしくはエスタブリッシュメント側)の受け身の言葉でこれが息づいていた時代であります。

では、敗者または否エスタブリッシュメントの弱者側の言葉では、となると積極性のある「呪い」となるがこの本では出てこなかったと思う。

記紀に絡めとられた弱者には「呪い」さえ認められていなかったのかもしれない。

いや記紀を統べる強者の階層はあまたある「神」をも含めた同じ階層の「祟り」は認めても真の弱者の「呪い」など、はなからないものとしていたの「だろう」。

西洋思想に対抗する「現代の」日本思想の復権は「大和魂」、でもなく、ましてや「武士道」でもない。なかんづく、「呪い」の復権である「と思える」。

倉本聰氏の最新作「やすらぎの郷」を参照しよう。

TV局の社員以外でTV界に貢献した者だけが入れる無料老人ホームの中の有料のバーで・・・

恒例の誕生パーティの参加者が同じ入居者の二人だけとなり中止したら古くからの付き合いのあったホテルから高額のキャンセル料を請求される。

しかし、当てにしていたご祝儀がなくなり払えなくなった自分に落ち込む人気女優だったお嬢(こと浅丘ルリ子)と、慰めているのか呆れているのか、気は合うが口の悪い個性派女優だったマヤ(こと加賀まりこ)。

もう一人の参加予定者、伝説の女優で最長老の姫(こと八千草薫)が嘆くお嬢に「私だって人を呪いたくなることはあったの。これは実際に効果があったのよ」と「ナスの呪い揚げ」の儀式を伝授する。(・・・場所は変わって姫のコテージへ)

タスキ掛けにスッ、スッ、スッ・・・スッ、と皮に刃を入れた長ナスのへたをスパッと切り落しそこに割りばしの先を鋭くとがらせた串を呪いを掛ける相手の名前を叫びながらブチューッと刺し、チンチンと煮たぎる油の鍋に突っ込むのである。ジューッ、グツグツ・・・グツグツ・・・

     よい子の皆さーん ! 「人を呪わば(うなら、相手と自分の墓)(を)二つ(用意してから)」という、教えもあるよ。祟られる側から先手必勝で「呪い返し」もあるぞ、と人を使って仕掛けてくる予告ともいえそうだけど。
     一方、書誌学になぞらえれば語源は仏教かららしい。仏教にも似た加持祈祷の儀式があるがこれは「祈り」であり断じて「呪い」ではなーい!という新興(密教)仏教の古来(エスタブリッシュメント)神道に対する挑戦である、なーんて。
      これらに関連する書誌は自分で探してね。書誌学は些細な想像から始まります。
(閑話は休題)

さて、384人を揚げるつもりのお嬢は、「揚げたら全部食べるのよ」と姫に言われて30人に絞ったものの「とても食べられない」と弱音を吐く。しかし、姫は「一口でいいわよ」といたって柔軟である。(追記:指定のタレは生姜醤油。姫は山葵でも辛子でも柚子でも良いと言うと思う。山椒の振掛けも旨そうだ)

シャーマニズム的な儀式だから、日の巡り、月の満ち欠けの暦も関係するようだが姫は細かいことは気にしない。適当に選んだその当日の丑三つ時になってにぎやかに始まる・・・

ところが翌朝のニュースで30人の中の一人が路上で亡くなったと報道される。時間を再現すると叫んだ時間に重なる。さすがにうろたえるお嬢とマヤと参加した男たち。

しかし、姫は「偶然!そんなことが現実に起こるわけはない!」と毅然として言い放つ。

どうです、交渉では勝てない日本の外務省は秘密の「呪い処」を作るのです。言い負かされたり手ごわい相手の名前(ボクネンジーンとかトンナンチーペーとかDDTとかハナカーラ・チョーチンとかスパッと一発キンチョールンとかムーンウォーキンとか)を入れて叫ぶのです。スッスッ、スパッ、何某ーッ、ブチューッ ! チンチン、ジューッ、グツグツ・・・

相手には見せぬ手の内の儀式を伴った日本の文化的交渉術です。「呪い」が「祟り」になっても西洋文明では「そんなことが現実に起こるわけはない!」のであります。ん?? 東洋人にこの理屈は通らないか?もう、相手にやられているかもね・・・同じ東洋文明だもん。

昔の日本に戻れ!」と叫ぶ声は「明治維新に戻れ!」と等価のようです。冷静に歴史を見れば「西洋の衣を新調した明治維新」は大正時代を超えて昭和の太平洋戦争の敗北で終わるのですがこれを繰り返すのはいかがなものか。

東洋に限らず大体の政権の施政手段は梅原猛氏の描いた時代と重なる。さすがに今の日本では死を求めることはないだろうが人格攻撃で生きた屍とし文書も言葉も調査する前にすべてなかったことにする。

こうした人事や施政を繰り返していると敗戦を終戦と言いかえる「西洋のシステムの衣を纏わされた日本の心」を抱えた権力は、ないはずの「祟り」が怖くなるの「だろう」。もっとないはずの「呪い」の「共謀」のほうが、もっともっと怖い「と思える」、いや「考える」。そうに「違いない」!

繰り返す歴史の中で、たった十七音を「呪い=祟り」として共謀をでっちあげるような京大俳句事件も再現されるかもしれない。

そうならないように日本精神を謳う国家はまず(もちろん限界は必要だが)呪い」の自由化を立法すべきである。そして「呪い」は「祟り」ではない。「祟り」は「祟り」として「己から始まる」ものとして正しく受け止められる国家であれ!政治家であれ!官僚であれ!

あるべきだ!うーっ・うっ・うっ・・・「今は明るい闇の世だ」、「鶴田浩二だ」、「『傷だらけの人生(YouTube)』だ」!歌詞 はこちら

はぁぁ----------------------------------- (しばしの沈黙)

ん!なんのブログだったっけ!?

ああ、書評だったことを忘れていた。(推理小説あるいは二時間サスペンスのあら捜しに慣れておれば構成自体が何となく怪しげに感じられる)この書(論文)は少なくとも論理の書というより感覚を刺激する書であります。梅原猛氏が歌舞伎の台本をいくつも創作されたことはむべなるかな、であります。

論文としての証明展開に自家撞着があるという具体的な指摘内容(クエッション・アンド・コントリビューション)に対して梅原氏からは開き直りに近い「論点ずらし」で終わらせたままで版を重ねている・・・

梅原氏も弱点として認めることになるミッシング・リングを創出できれば歴史エンタテイメント小説の原案としては面白いのだが、氏がこの「論文」で後年の文化勲章への一里塚に立ったことでは、論争相手を国文学者で知名度のある益田勝実氏 一人に絞った手法など哲学者として弁証法を熟知した氏が「書誌学上の破たん」 を承知した上での意図的なライフワーク・シナリオの一部だったのかもしれない。

論争資料
(1)(2)(3)
上記の3文献はWEB から削除されたが図書館では読めるはず。(2018/3/9追記)
(1)岩波書店刊雑誌『文学』1975/4 「文学のひろば」(人麿=佐留説の自家撞着) 益田勝実
(2)同 1975/10 「水底の歌」のアポロギア--益田勝実氏に
(3)同 1975/12 アポロギアとアポリアと--梅原猛氏に

梅原氏が相手にしなかった例は こちら 。梅原説支持論は こちら 。
本体よりこれらのインテリの喧嘩のほうが面白い。梅原氏はなかなかの喧嘩、いや論争上手であります。

) 「書誌学上の破たん」: 歴史を含む書誌学、文献学では客観的な「真実」などはなく、どのみち「新説」から始まる「通説」ないしは「定説」しかないこと。
   「新説」の中には無視というより抹殺される「異説」になることもあるとは承知したうえでなお、当CEO は主観的な「真実」は(論文のような論理とは)別の問題であると考えています。当CEOのブログは「珍説」ですが何か?

   
もちろん「破たん」は、「科学」、特に「利便」とともに身近に「実害」を伴う「工学」でもいえることではあります。ある条件付きの「定説(理論)」を「真実」としながら「想定外」、「未曾有」の言葉の担保で「実害」を「確率」の範囲の内、外、として既定の「真実」をカバー(蔽おうと)する人類の知恵といえないことはないのですが・・・。

書誌学がベースの歴史エンタテイメント小説の草分けとしては英国のジョセフィン・ティによる「時の娘 The Daughter of Time (1957)」があります。小説としてはこちらの方がすっきりとした構成であります。英国の歴史に興味がなくても、こちらも読むべし!

こちらも併せて再読することで篤学の士からは歴史の見方を改めて思い出させていただいたようだ。感謝。

2017年4月 2日 (日)

キネマ航空CEO 心情リベラルの憂鬱。「賞味期限」と「消費期限」を考える の巻

陽気に誘われて久しぶりになだらかな起伏の里山を歩きながら考えた。

「ひと」にとって生きていくうえで大切なものは何だろう。幸い当CEO は「衣」は綴れ、「住」は苫屋ながら不満はない。「食」も粗食とはいえ特に不自由はない。ないが、多くは加工食品に頼ることになる。

「加工」と言えども半生(ハンナマ)らしく「賞味期限」と「消費期限」があるようだ。その違いの最も簡単な説明は農林水産省の「こどもの食育」のページにある。

賞味期限」はともかくとして「消費期限」を過ぎても食べられなくはないが、「食べない」ようにしてください、と自己責任になっている。

確かに食べるものが無くなれば「消費期限」に関係なく食べることもあるだろうし、食べたこともある。「モッタイナイ」を流通段階で繰り返しており、「勿体無い」から横道へ、は過ぎれば犯罪とみなされる。

これに似た期限のある人間関係がひらめいた。選良と選挙人との関係である。

ここで、堪えていたくしゃみを繰り返し、鼻水をすするとそれぞれに違うことも気が付いた。

食べ物は食べたいものを買ってくる。でも、選良はそうでもない。大体の選挙人が他人の嗜好(志向だろうな)で決まる人数の方が多すぎると感じるようだ。

その他人を含め、選ばれる選良の『賞味期限』は選挙の開票時点までで、いったん選挙管理委員会の当選証書が発効されれば、選んだ選挙人にはそこであっさり期限切れとなる。

そして(誰が呼ぶのか代議士)先生となった選良の『賞味期限』は官僚、財界、学会、組合、政党といった大金を動かす組織、団体が決めることになる。もちろん、先生の言動、行動をヒーロー、ヒロインとして憧れるネット・パトロンは金はなくても賞味を続けられる。

(注)ネット・パトロン 《語源》 patron behind the computer network 【略】ネパト:対象に敬意や称賛を表すというより、その対象の相手を攻撃することが多い。対象自身に声なき声を聞くよりよりずっと心強い支持者と感じさせる。近い日本語では「贔屓の引き倒し」のご贔屓筋。《類似音声語》ネット・パトロール net patrol 【略】ネトパ:正しくはサイバー・パトロール cyber patrol 【略】サイパ。・・・(採録日2017年4月1日)

さて、多くの選挙人は選良を『賞味』するにもテーブルは最早遠く、メニューさえ読めない。

とは言え、法律でその『消費期限』は 4 年とか 6 年とかと決められている。理由は人事の刷新、初心に帰るためである。

しかし、効果があるのかないのか議院内閣制は政党内閣制でもある。

ある政党の総裁任期は 3 年のようだ。理由は分からぬがどうも選挙前の党内固めの猶予のようである。で、同時にスタートして順調に進めば最小公倍数の 12 年で一周する。

干支でもあるまいし、と内閣の首班となった総裁には法律で「国会解散権」が授けらる。いっぽう、「内閣総辞職」のカードもあるが、解散恐怖症の野党にも、地固めのできない与党派閥にも、行使させる力がない場合もある。

その結果、どちらにも挑戦者がいないと「『任期』は『人気』、『賞味期限』のおこぼれもある。こちらは法律じゃないから勝手に倍の 6 年にすればいいじゃないか」ついでに「一代特例ではなく恒久特例(党紀改変)も」となる。

人事権の集中が長くなると権力が集中し忖度された情報にまみれて驕りにつながる。驕りという「情」は権力者には焦りという別の概念で取り巻く小物の言葉に早く出る。

結局のところ選良の『消費期限』は選挙民が自ら自己責任で決めるしかない。これが『民主主義』である。選ぶだけが『民主主義』ではない。

ここで、心情リベラルの憂鬱が始まる。

米に(限らずだが)民主主義体制の下で民主主義の形式を手段とした指導者の行なう断絶を伴う変化(ある種の革命)が始まっている。

革命的思考の民主主義指導者に対する『消費期限』の宣告は民主主義でできるのであろうか。

その動きは少なくとも米国では見え隠れしているが背後で行われる取引は更なる混乱も引き起こす可能性もある。

日本のあなたなら指導者の『消費期限』はどのように宣告しますか ? 日本の草の根民主主義に対しての『消費期限』宣告は幸か不幸か鮮やかに行えたのだが。

ここから先の日本の行く末は、日本が国際政治のパワーゲームに登場してからの、いやそれ以前からの歴史の問題なのだが、リベラル新聞に登場するリベラル論者の論調はできもしない鎖国待望論のようである。(例えばTTPに反対し、それが叶うと二国間協定に反対するなどなど)

すなわち、(「見えないものは存在しない」に落ち着く)中国や北朝鮮の中に居れば幸せ論に近い。「見えているのか、見えすぎて見えていないのか」韓国は民主主義の最も進んだ国、論には驚いた。

歴史にまつわる思考は長くなる。機会があればいずれまた。

フェックション !! (《さんま氏の引き笑いに似た》息を引いた声を加えてあと3回繰り返す)ジュルルー
万朶の櫻の花粉症はつらい

2016年12月12日 (月)

キネマ航空CEO 民主主義を映画から考える。『後出しトランプの巻』後編

前回『後出しトランプの巻』全二回の前編 を念頭に置いてお読みください。予告の副題、「かなりの事は映画から学べる」、です。

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さて、当キネマ航空 003便 にて上映中のある映画の終わりに次のような一節が挿入されます。

Don't rejoice in his defeat, you men.
For though the world stood up and stopped the bastard,
The bitch that bore him is in heat again.
                          Bertolt Brecht

ドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒトのドイツ語詞の英語訳からの引用であります。字幕では・・・

諸君、あの男の敗北を喜ぶな。
世界は立ち上がり奴を阻止した。
だが奴を生んだメス犬がまた発情している。
               ベルトルト・ブレヒト

では、his defeat him の「=あの男=奴」とは誰なのか?
映画は1943年の欧州東部戦線南端のクリミア半島を敗走するナチス・ドイツ軍の小隊を描きます。したがいアドルフ・ヒットラーを指すのは自明の理ではありますが、元となった出典は・・・

Das da hätt einmal fast die Welt regiert,
Die Völker wurden seiner Herr. Jedoch ich wollte,
dass ihr nicht schon triumphiert:
Der Schoß ist fruchtbar noch aus dem das Kroch.
          Bertolt Brecht: Der aufhaltsame Aufstieg des Arturo Ui, 1941

で示されるように戯曲『アルトゥロ・ウイの興隆 それは抑えることもできる』の一節です。

創出された1941年は、ナチス・ドイツが奇襲でソビエトに侵攻(6/22)、日本では(4/13)の日露中立条約締結、つづいてパール・ハーバーをこれまた奇襲攻撃(12/8)によってとりあえずの宣戦布告をおこない、日独伊三国同盟(1940/9/27)により連動して独伊vs米の双方からの宣戦布告が行われて第二次世界大戦となった年になります。

作品は、もちろん戦後に日本でも何度か上演されているようですが当CEO は未見。

ただし、現在から見ると主題は him ではなく、『生んだ雌犬』は何のメタファー(隠喩)なのかになります。少なくともヒットラーの母親を指してはいない。

したがい同時にブレヒトが描かなった『生ませた雄犬』は何か、も考えなければならない。

仮にMr. Thim と仮定すると「彼」も、また「」も「民主政治」の手続きに乗っ取って選ばれた。

日本のリベラリストは、有権者の数を「彼」に「投票できる層」にまでに成長(衆愚と呼ぶからには増長)させたのは「資本主義」と決めつけるのであろう。(正確には「彼の選挙人に」だが、選挙人は彼に投票しなければならない義務ないし責任はない)

しかし、厳密には「資本主義」や「自由主義」ではなく「富の再分配の不平等」であり、「共産主義」でも「独裁政治」でも同様に存在する。後者では「投票権を持たない層」に過酷なまでに薄くなるだけである。

自由主義」をうたう国においては『雌犬』は「富の再分配の不平等)」であり、『雄犬』が「民主主義のシステム」として見ればどうでだろう。

どっちがどっちでもいいのだが、「共産主義」の国では『雌犬』も『雄犬』も、いるのかいないのかは、だんまりを決め込むほかのリベラリストやコミュニストにお任せして・・・

ポリティカル・コレクトネスからもジェンダー論者からも、当CEOは下品、と批判もしくは無視されるだろうが、これからを担う若い有権者には、W・チャーチルを引き合いに出すまでもなく「この程度のいかがわしさが『民主主義』である(その中で最良の方法でもある)」と勉強あるいは教育をし直した(己も含む)逃れられない定義が必要と考えられる。

コミュニストはいざ知らず、リベラリストの望む安定した政治システムは「論理・倫理・道徳に基づいた(地球規模の、もしかすると宇宙規模の)寡頭政治もしくは独裁政治」となるのであろうが、彼らが理想の指導者の範とするのであろう Mr. C の棺は蓋われ、 Ms. M の選挙は2017年に行われる。

鎖国政治が行われた(を行わされた、か)C国は「富の再分配」が破たんし、D国は原発を廃止しても、自らが主導するE連合の中の隣国のF国から原子力発電の買電をおこない、弱者を無制限に受け入れ、E連合に押し付けもした結末はどうなるのだろう。
(言わずもがなのA国とB国は省略)

そして許容し納得できる民主政治が行え、民主主義が浸透できる社会の規模や範囲はJ国ではどれくらいなのだろう。

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ベルトルト・ブレヒト(1898-1956)
ドイツ(第二)帝国(バイエルン王国)に生まれ東ドイツで没した。

16歳(1914)の詩作が残り、21歳(1919)で劇評や舞台劇の執筆を始める。28歳(1926)ごろから資本論に傾倒しマルクス主義者となる。(以下年齢は西暦下二桁 + 2 )

1933年に著作は発禁・焚書となりナチス政権による第三帝国(1933/1 - 1945/5)のドイツ市民権をはく奪され、欧州を転々としたのちソビエト経由でアメリカに亡命(1941)。

戦後アメリカでは非米査問委員会の審問(いわゆる赤狩り)を受けた直後(1947)に出国。フランス経由での西ドイツ入国は拒否されて、スイスを経てオーストリアに移り国籍を取得(1948)。

同年にチェコ・スロバキア経由で東ベルリンに入り劇作家、詩人として西側からも評価を受ける。

映画に一節を引用された『アルトゥロ・ウイの・・・』はナチスの勃興をアメリカのギャングの抗争に置き変えた舞台演劇。
(映画は西ドイツの小説からの脚色であり、こちらに引用されていたのかもしれない)

彼、マルクス主義者のブレヒトが宗教を認めない共産主義の原理派だったかどうかは分からないが、『雌犬』を処女懐胎の聖母マリヤに掛けた「キリスト教の文化」と読めないこともなさそうだが・・・どんなもんだか。

ちなみに共和党は、キリスト教色の強い保守政党とされています。

なお、同映画のドイツ語版では以下のようになっていました。英語ではわずかに脚韻の名残があるようだが、こちらではしっかりと頭韻、脚韻を踏んでいる。

Die Völker wurden seiner Herr,jedoch
Dass keiner uns zu früh da triumphiert-
Der Schoss ist fruchtbar noch, aus dem das kroch.
                                          Bertolt Brecht

ただ、原文からはかなりの省略があるようだ。

日本語訳は英語訳からであるがドイツ語ではどうなのか(少し違うようだ)、が解ればいずれ校正するつもりです。

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ここで紹介した映画は、技法も含めて従来の「劇的演劇」を否定したブレヒトが主張する「叙事的演劇」に近いと思うのですが一部の戦争映画フリークの間で「劇的演劇」的にしか評価されていないのが残念。

リベラル層の再評価を期待して、『後出しトランプの巻』 全二回 完

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