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2012年9月の3件の記事

2012年9月14日 (金)

【番外編】キネマ航空CEOのパジェット癌闘病記(3)患者の正しい?病室の過ごしかた

さて、入院闘病は多くのスタッフに支えられて生活することになります

当CEOの場合は皮膚ガンからはじまっており形成外科病棟に入院することになります。形成外科は PLASTIC RECONSTRUCTION SURGERY(可塑性部再形成外科)であり、いくら人間の尊厳は内面であるとはいえフツーの人間にとっては外見は人間のプライドの始まりとなります
ちなみにこの医科は第一次大戦の戦傷者の社会復帰のために発展した外科であります。

その点では形成外科は人間にもっとも近いところにいる外科といえそうです。病棟の看護師さんの言では形成外科の先生の手術痕は他の外科に比べると繊細に処理されているそうです

かくして当CEOは主治医のM先生、F形成外科長、N先生、M先生、I先生、Y先生のチーム、それ以上にY看護師長以下の(人数は正確には分かりませんが)看護師、看護助手数十名の中で随時編成される、三勤+当直のチームが交替しながら24時間サポートしてくれます。

それにこの病棟フロアはあまり関連のなさそうな医科のベットが混在しており、看護スタッフを束ねるY師長に「この病棟は雑居房で大変ですね。救急患者の受け入れはさしずめ未決房だ」といささか失礼な問いかけをしたところY師長は「そーなの、雑居房なの。大変なのよ。それに今日は救急担当(病院)の日なの。もう一人運ばれてきてる」と応えてくれました。救急処置の終わった患者を受け入れる病棟ベットのやりくり差配は師長の重要な仕事のようです。

大病院の医師や看護師のみなさんの勤務は開業医院の優雅な診療とはかけ離れたハードな日常が垣間見えます。ドクターとして持たねばならぬ職業的非情さ、看護師としての知識・教養に加えての忍耐力。一患者としては言葉にならぬあらゆる形容詞をつけて、ただ「感謝」というのみです。

それにしても患者というものは退屈なものです。その時間をどう過ごすか?が患者の大命題となります。そこで思い出すのが英国の小説家サマーセット・モームの「アシェンデン」ものと呼ばれるあまり有名ではない連作短編スパイ小説です。

舞台は第一次大戦中のスイスのサナトリュウム。この結核隔離療養所がドイツ帝国側の諜報組織の情報中継所となっている疑惑を調べる目的で英国情報部は売れない作家のアシェンデン(作家のモーム自身)をスパイとして送り込む。

アシェンデンは患者(間者?)として潜入して当時としては不治の入院患者とその訪問者や見舞客、医師、看護婦等の病院のスタッフや経営者などの人物を観察することでスパイの仕事を進めます。しかしスパイは気は張り詰めていても現実には退屈な仕事です。これを実行できるのが英国人のようです。

アシェンデンは諜報の仕事にはなんの関係のないそれぞれの人物の人生を絡めたエピソードを重ねながら以外な人物をあぶりだします。事前に読むか病室に持ち込めば「退屈も我がもの」にできるかもしれません

まことに失礼ながら日々入れ替わる患者さんや見舞い客を観察しながらそれぞれの来し方行く末の人生を想像することでかなりの時間はつぶせます。とはいえ病院の患者ですから決してすべてが楽しくなるものではありませんがどこかの岐路の選択でそうなっていたかもしれない。あるいはこれからそうなるかもしれない人生を脇から見るわけですから自分を映す鏡といえます。

ただモームほどの文才、筆力のない当CEOがブログに書くと見当違いの人生をつくりだしてプライバシーの侵害になることは間違いなく厳に自粛いたします。

さて最後に入院中にこころに浮かび留まった言葉をいくつか紹介しておきます。

頑張る(れ)』・・・「トイワレテモ」

色んなところでかけられます。鎌田實先生は「がんばらなくていいんだよ」といってくれますが具体的にどうすればいいのかよくわかりません。特に全身麻酔の手術前に言われても当人はどうしようもありません。たぶんスポーツをはじめとするどんな場面でも「頑張れ」と声をかけられる人に対してよりも声をかける本人が自分のために発しているようですね。

当CEOの語源の解釈でもっとも気に入っているのは「我を張る」からの音の変移であります。「我侭」と「我慢」の間に揺れる自分の意識を弓の弦(つる)のように張って行動することと解釈しているのですが・・・我流ですかね。まあ弦も切れることがありますけれど・・・ただ一流と呼ばれる人たちは切れた弦の張替えが巧み・・・と言っていいように思えます。

なるようになる』・・・「ケ・セ・ラ・セラ」?

「なるようにしかならない」と考えはじめる年齢もあるようです。しかし生き物にとっては年齢に関係なくいつでも「なるようにしかならない」ことを迎える可能性があります。そうなるまでに「なるようになる」毎日毎時毎分毎秒の連続があります。その過程を楽しむのが大切です。

ひとそれぞれの運命は「自由意志説」か「予定説」か、と大上段に振りかぶって考える機会にもなります。突き詰めて宗教にまで行きつくか、占いに頼るか、それこそ「ひとそれぞれ」ではありますが。

人間は考える管(くだ)である』・・・「人生ハイガイトタンジュンダ」

もちろんパスカルの「人間は考える葦(あし)である」のもじりであるが、どこで記憶したのか定かではありません。人間は「食べて」「排泄」する「管」と「何かしら」を考える「脳」があると定義しています。たしかに人間は入院していると食事の心配はなく「動物」のようにえさを獲る必要はない。

看護師さんは毎朝の検温のとき「食事はどれくらい食べられましたか?」「お小水とお通じは何回ありましたか?」「痛いところはありませんか、気になるところありませんか?」とたずねてくれます。この人間の定義を確認してくれているのですね。

何事も片手伸ばして四畳半

一週間もすると小さなベット・ブースのテーブルの上に日常必要な小物を並べて(整理ではありません)生活できるようになります。いざとなれば片手で届くナース・コールのボタンを押して看護師さんの助けをかりることができます。

松葉杖四本(よんほん)足をもてあまし

右ソケイ部をかばうのであるが前進、後退、方向転換と、どの足から出すのか意外と難しい。

病院食腹八分目の日暮れかな

季節も移り夕食が終わるころには日が落ち、窓のそとの民家には灯りがともり始めています。

天使にも鬼にも看られる患者かな」・・・字余り

自分を変えない患者。世間を持ち込む患者。患者もさまざまです。その患者のために最善の処置に看護、院内生活指導をしていても患者にとっては鬼に見えるときもあるようです。かれらも退院するときには天使の皆さんに感謝して去っていくのでしょうけれど...

ストレスの溜まる職業であることは疑いようもありません。家庭に持ち込むことのないように感情をコントロールする教育課程があるのでしょうか?ぜひ履修させたい人が一人いるのだが...

水枕三鬼の脳を支えけり

西東三鬼の句、「水枕ガバリと寒い海がある」より。

病院の枕はビーズ入りで頭になじみ過ぎて苦痛である。術後の発熱時の氷枕を思い出し看護師さんに水枕をお願いしてビーズ枕に重ねている。

水と空気の配分でまさに「ガバリ」となって以降、看護師さんの「替えましょうか?」のご好意に首を横に振って「ガバリ」と音を立てながらお断りしているが気づいていただけたかどうか・・・

Y師長さんに「ウォーター・ベットはないのですかねー?」と尋ねたところ「部分アクアならうちにもあるわよ。本格的なのはICUに一台。ここには回ってこないわよー」とのこと。どうやら三鬼の句を越える名句はできそうにない。予定句はつぎのようなものだったのだが。

水の床(とこ)海月(くらげ)は毒を抱え居り

くらげは潮に流されたのか自分の意思で漂っているのか。ただ生きてきた時間に比例した毒を心をもっている。観察句なのだが自分にはないとも言い切れない。

天国(びょうしつ)の硝子越しなる芝生かな

読む句になってしまった。天国は暑くもなく寒くもなく快適なところだそうだ。病院も同様に過ごし易くなっている。しかし天国と同様に簡単には外に出ることは叶わない。天国からも下界の芝生が緑に見えるのだろうか?

現実には病室にも差があり、とくに大部屋では窓側、廊下側では飛行機のシート以上に差がある。季節にもよるがなるべく高い階の北側にある見晴しのよい病室の窓側がよさそうだ。

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参考になる闘病記にはなりませんでしたね。しかし、闘病とは他人から見ると下らぬこと、つまらぬことにいかに熱中できるかということのようです。

またこの闘病記では意識して家族のことは書きませんでした。節目の決断においては家族のことを考えていることはあたりまえですが、こと闘病に関する限りは自分が明るく闘病していることを示すことが何よりと考えます。

一旦 了

起筆 2012年8月24日

擱筆 2012年9月 5日 入院2ヶ月目のメモリアルとして

【番外編】キネマ航空CEOのパジェット癌闘病記(2)軍事的に見たばあい

さて当CEOは入院中も「キネマ・エアラインズ」の営業活動に励み持参の十数枚の名刺をドクター、看護師の皆さんに配りまくりさらに補充しております。そのなかで主治医となっていただいたM先生が話をあわせてくださり、「最近は忙しくて見る機会もないが記憶にあるのは『プライベート・ライアン』だ」とのこと。

キネマ航空のご愛用者にはご承知のとおり当航空のフライト900で同作品をこき下ろし、便乗公開の「プライベート・ソルジャー」のほうを持ち上げており、こちらを強く勧めましたが一連の手術を通したあとの当CEOの感懐ではいささか後悔をしております。

というのはガンという敵は外部からの侵略か内部に起こった反乱かはともかくとして患者という国土(身体)の中でドクターがおこなう戦争にほかなりません。

前回のCEOの闘病記を戦史ふうに並べると、

・身体の統治者たる当CEO、異常らしき状況の偵察を独立守備隊(開業医)に命ず

・独立守備隊より偵察結果は変化は認めるも大事にあらずステロイドによる対抗措置でおこなうと報告される

・数ヶ月間、状況の改善はさして認められず中断。守備隊は撤退

それから約五年後に該中心部の異常を確認する

・独立守備隊は前回と同様の調査および対抗活動をするが状況に変化なし

・独立守備隊は新規編成の偵察行動として敵中央部陣地を制圧(摘出手術)。二週間後に敵の正体をパジェット軍と確認。当CEOが状況を後方の統合参謀本部(HMUH)に報告書の伝達を指示される。ここで当CEOは伝令兼情報源となります。

・情報源の当CEOは統合参謀本部指揮下の形成外科連隊でX線、CT、PET(これは保険外)のリモート・センシングで内部状況の画像撮影を受ける

 注)形成外科はこじんまりとしていますが速やかな展開ができる連隊(レジメント)といえそうです(個人的な感想です)

・同連隊は続いて敵展開地域周辺の散開状況を確認する将校斥候を送り情報分析部門による解析をおこなう

・斥候報告の分析と偵察写真に基づいて包囲区域を設定し掃討を実施する

・あわせて内部への侵略経路となる道路(リンパ管)、道路にそって点在する近在の村落(センチネル・リンパ節)で追撃戦を兼ねた偵察の実施

・作戦結果の評価として掃討範囲に若干不足の可能性と村落の一つには侵略された痕跡を認む

・作戦評価にそってさらなる敵の潜むと思われるジャングル(リンパ網を含む脂肪層)の空爆による殲滅(郭清)作戦の立案。

・これに伴うコラテラル・ダメージ(予想される損害、神経や血管の切断、血栓、皮膚の再生時間エトセトラ)の範囲をふくむ作戦(ジョイント・オペレーション)計画の立案とCEOによる修正提案

・ジョイント作戦実施後の戦果確認では、追加掃討地域や殲滅地域に敵の存在は確認できない。したがい当面の二回にわたる作戦は成功が確認された

・コラテラル・ダメージは当CEOの承諾した予測通りに進行中

以上を短絡すると第二段階作戦は実施しないほうがよかったともいわれることもあります。まあよく言われる「ガンは切らずに治せる」という俗説は50%は正しいとなります。

良いドクターは手術の腕もさることながら説明責任のあり方にもかかっているともいえそうです。ともあれ作戦の修正や開始の承認は身体組織の首相なり大統領である患者が行う事項であり、各ドクターの説明を聞いて(当CEOはやりませんでしたがセカンド・オピニオンを含めて)患者がそのフィフティ・フィフティの決断をすることになります。

以前当ブログでも書きましたようにフランスの箴言である「後悔しないことが知恵の始まりである」を実感する機会となりました。

さて、今後の当CEOの身体におけるパジェット軍の行動はリンパ村を押さえながら前進するのか、あるいは米軍が太平洋戦線で見せた蛙飛び作戦のようにリンパ島を跳び跳びに侵攻するのかは定かではないままに、まだゲリラとしてリンパのジャングルに潜伏している可能性や当CEOの体質として再侵略か再蜂起がおこる防衛上、治安上の危険地帯が存在する可能性が残されています。

したがい、今後の作戦は次のようになると思われます。

・潜伏ゲリラを特殊部隊であぶり出す(抗ガン剤やラジオ・アイソトープ等の投与など)

・ゲリラ組織が顕在化すると高分解画像(MRI)による攻撃点の特定。無人攻撃機によるTV爆弾(放射線照射)などの高度技術兵器の駆使した大規模兵力の投入まで進む可能性があります

注)あくまで個人的な感触ですが放射線医療は高度な技術に最も予算が投入される羽振りのよい軍団に見えます。

なお、保険治療には入らぬ一桁二桁高額の治療費で行われる陽子線照射で短期間でできる治療法もあるようですがまあ当CEOが受けることはありませんね。

どうです!?

ガン治療行為は米軍がおこなう現代戦の基本とまったく同じではありませんか?ただこの作戦行動の詰めでは第二次大戦以降のゲリラ戦においては常に成功しているとはいいがたいのが気にはなります。

で、平和主義者(どうも反米意識が根底にあるような気がします)がガンに罹患した場合、こうした作戦を自分の体内に受け入れて正常な組織の一部や神経系の切断など、つまりは無辜の市民を巻き込んだコラテラル・ダメージにさらすことができるのかどうか聞いてみたいものであります。

まあ、平和主義者はこのような人体と社会といったアナロジー(類似性)自体をハナから認めないではありましょうが・・・理由は「人間の命は地球より重い。しかし人間を構成する細胞の方は軽い」がその根拠になるのですかね。

ただ、最後の二段階になるとこれまでの(白兵戦でおこなう)医療のイメージとは異なり最先端医療ではありますが療治と呼ぶほうが正しいようです。特に放射線科のドクターは常にリハビリテーション・チームと行動するダメージ・コントローラー(損害調整官)のようで、回診の後尾に連なる若いドクター連(装置の操作担当のテクニシャン?)のようすが「宇宙戦艦ヤマト」の波動砲のオペレーターのように見えてくるのは事実であります。

このステージでは発生したガンの部位にもよりますが平和主義者が唱えている戦争否定とのアナロジーでつながるターミナル・ケア(終末医療:平和主義者としては早期発見ガンの段階からか行うつもりかも知れない)との兼ね合いの決断も必要にはなりそうです。

結論としてガン戦争におけるドクターの職責はまさしく「プライベート・ライアン」の世界であります。このような戦場のなかに身をおくM先生に「プライベート・ソルジャー」を薦めたのはいささか申し訳なかったかな、と反省しております。

【番外編】キネマ航空CEOのパジェット癌闘病記(1)人間ドックは当てにするな

オスプレイの記事にする予定でしたが10週間プラス1日の入院で資料が整理できなかったので個人的な記録として番外編を3回掲載します。とばして次々々回にご期待下さい

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または「平和主義者はガン戦争に勝てるか」・・・カンケイ?大いにアリですがそれはのちほど。

当CEOは二十数年人間ドックの検診を受け続けていました高脂血症と高めの尿酸値を指摘されたのみでガン・マーカー異常の診断がなされたことはありませんでした。

後でわかったことですが人間ドックの検査は臓器ガンのような大きさを伴ったガンの検査であって「腺ガン」などの細胞単位のガンの検査はなされていないというより簡易診断法がないと言うことのようです。

したがい、そこのあなた、そう人間ドックで異常のないあなた!、もガンになる十分条件はそなえておりますよ。ちなみに肺ガンも腺ガンの一種だそうです。

さて当CEOのガンはパジェット病と呼ばれる腺ガンであります。念のためベーチェット病とは違います。当CEOの場合は乳房外パジェット癌と称されアポクリン腺と関係し毛根から発症する皮膚病から始まります。清潔、不潔とは関係なく毛根のある正中線上に発症することが多いようです。

WEBで検索したところ皮膚に止まっているあいだは問題ないが皮膚層を越えると面倒な腺ガンとなるけれど初期の分別には細胞検診しかないようであります。・・・すなわち人体は七層にわたる皮膚層と皮下の脂肪層、筋肉、内臓などの組織となります。パジェット癌細胞が皮膚層を越えるとリンパ液にのり、フィルターに相当する患部の近くのセンチネル・リンパ節に滞留することなります。ここからリンパ腺、リンパ管、静脈をとおり体内に拡がるため腺ガンと呼ばれます。

このガン細胞が見つかるセンチネル・リンパ節の数がガン治療効果指標となる「五年後生存確率」として95%から5%に亘るそうです。ただしこのリンパ節が必ずパジェット癌細胞をブロックするかどうかについては定かではないようで、今のところこれを追跡していくしかないということです。

以上が手術前に説明された病状の要約です。ただ当CEOは真剣に説明するM先生には申し訳ないと思いながらも足して2で割れば50%で、統計上ではともかく交通事故など危険がいっぱいの先のことなど分からぬ個人としての生死については妥当な確率だな、と頭を掠めておりました。

この「五年後生存確率」はガンの治療効果の指標として零歳児でも百歳の高齢者でも同じだそうで幼い子供のガンについては胸が痛みますがある程度の年齢に達すると五年を区切りに、できればそれを繰り返して生きる可能性があれば、それはそれでそれほど悪いことではないように思えました。

ここから当CEOの発症から治療の中間サマリーとして記録してご参考まで。

今をさること五年まえ、下腹部へそ下の正中線上の陰毛上部に2X1cm大の赤い斑を見つけて皮膚科の開業医院を訪れ診断をうけました。そのときはセロファン・テープをカットして該部を押さえて、田虫などの寄生虫や菌類を探しているようでした。

結局よくわからぬとのことで強力なステロイド系の薬品を多用と他用の厳重注意とともに渡されて治療しました。このときには痒み痛みの自覚症状はまったくありませんでした。具体的な病名も告げられることなく特に悪化を自覚することもなく数ヵ月後に治療の中断を申し出て了承され、いったんはクローズとしました。

そして昨年の第四クォーターに中央部が突起し赤斑部も拡大していました。今年に入り同じ開業医で再診(初診料はとられます)を受けました。またセロテープが登場し同様の処方を受け翌週の診察では効果が認められず二週後に検査切除となります。一般的に開業医は週単位で患者をハンドリングしているようです。

さらに二週後検査結果で皮膚層を越えた腫瘍であったとの説明と検査媒体のプレパラートを同梱した宛HMUH形成外科某先生机下の紹介状をいただきました。そのときの珍問答「えっ?ベーチェット?」「BじゃなくてP。ぺージェット」「はあ・・・」。

結局紹介先で主治医となっていただいたM先生より「両方とも人の名前なので日本語読みでは紛らわしいけど、わかりやすくパジェット。外国では「病」としているが日本ではガンと呼んでいる」という説明で整理がつきました。

現役時代は「バジェット(予算)」で悩まされていたのにリタイヤして「パジェット」で悩まされるとは、とあらぬことを考える当CEOではありました。(閑話休題)

さてその紹介状は、それを持っていく当CEO自身の症状ではありますが宛先明記で封印されており親書扱いとして内容確認をしませんでしたがあとでM先生を悩ますことになります。それは追々と。

ではM先生の処置手順に移ります。

まず、血液採取からはじまりX線写真、CT、PETで画像情報の収集が始まります。つぎに赤斑部の周囲から10mmと20mm離れた二つの長円の円周上から直径4mm程度の皮膚サンプルを20数箇所切り出して病理検査を受けます。加えて泌尿器課で直腸、前立腺の診断を受けます。結果は幸いネガティヴでした。

手術室のスケジュールの空く2週間後に20mmラインに沿った皮膚の切除と当病院の基本術式(実施している病院は少ないらしい)である近接する(センチネル)リンパ節を左右計5箇所を摘出する処置を受けました。結果としてはこれがよかった。なお術式は患者である当CEOが承諾していることは言うまでもありません。

さて術後一週間、この手術の検査の結果を聞きました。切除した皮膚のほうは6時から11時の範囲に切片の近傍に転移細胞がいくつか認められる。その部分以外は10mmのラインで収まっている。それから数日遅れて右側のセンチネル・リンパ節の3個中の1個にも認められたと説明をうけました。ここで先ほどの五年後生存確率につながります。

さて、M先生の所見はまず患部は取りきれていると思われるが切片近傍に認められることから追加削除手術を薦める。ということで日程を含め当CEOも承諾しました。ところがそのあと先ほどのように右側リンパ節の一つに転移細胞が認められたことより術式、日程の変更が提案されました。

このあたり開業医で行った手術では皮膚層を越えた患部が切除されておりましたが紹介状には明確に書かれていなかったようです。その手術から約一ヵ月後にM先生の行った切除皮膚の状態と同時に念のためにおこなった近傍リンパ節のなかでの転移細胞の発見はM先生も戸惑われたようです。

ともあれ追加されるのは転移細胞が発見されたリンパ節につながる2系統のリンパ節の郭清をおこなう術式です。まず皮膚に近い側は形成外科、骨盤深く大腸近傍については上部消化器外科のS先生とのジョイント・オペレーションになるということで説明を受けました。なおリンパ節郭清とはリンパ管をたどって追跡するのではなくリンパ液の流れる脂肪層を一掃する手術となります。

このため手術の前に前者で一本、後者で二本の神経を切断したり腸管の回りを対象とするので内臓器、生殖器にかかわるリスクの説明を受けます。基本的に左右二本の系統の一方が生きておれば手術によるリスクは少ない。とはいえどちらか一方が既に機能していないかもしれないし、キネマ航空CEOの人生も片肺の洋上飛行になります。このあたりは患者の決断になります。

さらに前者では心臓血管系のバイパス手術で切り取って移植に使う静脈を切断するが再縫合はしない。後者では腸管周囲の神経叢も一掃する。手術承諾においては当CEOは悩みましたが前者はやむを得ない。後者については郭清ではなく神経叢だけで機能しているかどうかも分からないがその部分には触れず調査目的としての脂肪層の切除をお願いしました。

ところでこの段階で手術日の確定まで一旦退院も可とのアドバイスがありましたが図々しい当CEOは両ドクターのタイミングの合うキャンセルもあるだろうと居座ることにしました。ただで居座らせるのもどうかと思われたのか、S先生の大腸ファイバー診断を受けることになりました。

歳相応の疲労部分があるようですが手術には問題ないとのこと。胃カメラ検診では「フガ、フガ」としかいえませんがこの検診ではドクターや看護師さんとの会話が成り立ちます。

かくしてジョイント・オペということになります。オペ全体の責任は入院医科の主治医が持つようですが当CEOは性懲りもなく先生にコマンディング・ドクターをお願いしますと念押ししておりました。対等の責任ほどもっともらしくかつ役にたたない日本の美風はありません。

とはいえ手術中は全身麻酔で行っておりだれがどうしたなどは何の記憶もありません。半身麻酔で受けた人の話では(もちろんM先生がではありませんが)とんでもないことをしゃべっているぞ、とのこと。このあたり当キネマ航空のフライト003で上映中の映画「M*A*S*H:移動米軍外科病院(Mobil Army Surgical Hospital>)のこと」を思い出します。

ちなみに麻酔科の先生(手術室の先生ではなく術前、術後のルーティン事項担当)によれば麻酔中は睡眠と気絶の境目を行ったり来たりしているようで夢を見ること(幽体離脱?)もありえるとのこと。

さて結果は皮膚、リンパ節ともに陰性であり五年後生存確率はグンと上がりました。ただし、関節付近の郭清手術では皮膚の再生と両下肢静脈の血栓とその肺への移動が残り当CEOはワルファリンを飲んで歳相応に苦闘中であります。オタクのあつかうフィギュァー・ドールには関節はあっても皮膚も血管もないからなー。オタクも歳をとると思い知るぞー。

で、「平和主義者はガン戦争に勝てるか」はどうなったかって?・・・それは次回に引っ張ります。

当CEOの入院中に平和について考えさせる二つのニュースがありました。そのひとつはNHKの全国ニュースで何の説明もなく(個人もしくは代表者名はないまま)某県某市の平和団体がオスプレイの配備反対の声明文を某県の副知事に手渡している映像を報道しておりました。

おそらく「NHKのお墨付きで全国区になった」と仲間内では自慢のタネとなるのでしょうが戦後リベラルの思想が外圧に晒されている時代に入った自覚はないのかなの疑問とともに少しオチョクッテ見たくなりました。

(続く)

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