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2020年11月の3件の記事

2020年11月25日 (水)

ミッドウェーの「運命の5分間」の後先き・・・スマート、ステディ & サイレント・ネイビィ はジャイロコンパスを使いこなせたか?(第二の疑問)「錯誤と逸脱」について考える。の巻

徒然なるままに書いている長丁場の掲載が終了してから
校正、校閲でぶった切るつもりです。
閑話休題を楽しむには今のうちにお読みください。
2020.11.25 キネマ航空CEO

--------------------前置き--------------------

大日本帝国海軍が航空機の羅針儀にジャイロ・コンパスを使用していたのは間違いない。当時の(今も)ジャイロ・コンパスは定期的にまたは随時自差修正済のマグネチック・コンパスの「N(磁北)」にジャイロ軸を合わせる更正が必要である・・・はずである。

ジャイロ・コンパスの利点は(一応は)不動の軸を持つジャイロの軸に対して機体の軸が左右に回転した角度を電気信号に変えて同じ角度を針路として表示する複数の定針儀を、例えば操縦士と航法士の計器盤に設置することができる。

ジャイロ・コンパス自体はジャイロを回転させる電力を喪失すればマグネチック・コンパスとして頼ることになる。したがいジャイロ・コンパスは操縦席にあり、航空士が真針路を偏差で修正した磁針路を使う方式で飛ぶ、とする前提で話を進めています。

ぶっちゃければ、人間が対面する羅針儀の方位と地図に記入する方位は偏差を通した一定の関係でつながった異なる数字であります。つまり地球と人間のややこしい関係を科学とか工学と呼ぶという哲学的なお話でもあります。(閑話休題)

いずれにせよ、ジャイロ・コンパスでは磁北を指す(つまり自差を取り除いた)磁針とジャイロの軸を重ねる作業は操縦士に課せられた新しい任務となります。

いっぽうでは、電気信号であるから、ジャイロ軸を「磁北(じほく)」から偏差を見込んだ「真北(しんほく)」に変えて合わせることで羅針儀の針路角を真針路角に変換することもできる。したがい索敵命令で指示される真針路の値をそのまま使うことも可能であるが・・・?

この疑問を、前々回 で取り上げた#8 「太平洋の嵐」のパールハーバーに向かうシークェンスから引用すると、

 発艦前の飛龍の飛行甲板
総飛行隊長機でもある嚮導機(九七式艦攻)の
飛行士(中尉)「母艦の位置は真珠湾の真北230マイル針路180度24節・・・」 
 発艦に続いて編隊を組み進撃針路に移る嚮導機
飛行士「偏流測定終わり、修正針路178度
操縦士/機長(大尉)「針路178度宜候(よーそろー)、編隊を組め
 組み終わると
機長「進撃針路に入る
飛行士「進撃高度4000
機長「針路178度宜候

と相互に針路を確認している。(史実では飛龍の飛行隊長が総飛行隊長を務めてはいない)

パールハーバー空襲は前年の1941年12月であり 1942年の磁偏差地図 で代用してハワイ北部の磁偏差は+11度程度となる。磁針路で進んでいるなら真方位180度に対し機体の針路角は169度となる。この時、攻撃隊を嚮導する九七式艦攻はジャイロ・コンパスの機能を使った真針路での航法を使用している、とも考えられる。 偏流の影響については 前々回 を参照ください。

この映画の制作年(1960)当時のシナリオが正しい時代考証を経ているなら零式水偵でも九七式艦攻の操縦員が行うジャイロ・コンパスの偏差更正と同様に「磁北」ではなく、「真北」を基準に合わせている可能性がある。

いずれにせよ、偏差修正の手順をこれから再読と検証する秦郁彦氏の論攷に重ねると、ジャイロの偏差を更正する操縦員と航法で磁方位を指示する偵察員は共に同じ偏差修正の間違いを重ねていたことになる。

偵察員は直前まで九五式水偵の偵察員であったことは間違いないが、操縦員はいきなり零式水偵を任されるとは思えない。経験はあり、ジャイロ・コンパスの整合手順や航法方式を間違える可能性は低いといえる。

まず操縦員がジャイロ・コンパスを真北に合わせたとする前提では偵察員が「索敵針路100度」と操縦員に伝えればそのままの真針路を進むが、九五式水偵がジャイロ・コンパスを装備していなければ、偵察員は正しく計算した磁針路90.5度を手順のままに「針路90.5度」と操縦員に告げた可能性は残る。

この当時、利根筑摩零式水偵九五式水偵を混載していた。新鋭機である零式水偵の配属機数はまだ少なかった。

いずれにせよ、当CEOは氏の説の否定を試みているが、肝心のジャイロ・コンパスは零式水偵では間違いなく装備されているが制式化が5年早い九五式水偵には装備されていないとは断言はできない。

当時はジャイロ・コンパスを偏差修正後の真北に合わせていた、という仮定も正しいと言い切ることはできない。

もし使われていても、利根四号機の偵察員は直前に機種転換の座学ないし訓練を受けているだろうからいきなり錯覚するとも思えない。受けていなければ別の問題がある。

むしろ、常識的にはジャイロ・コンパスのジャイロが異常の時には磁気コンパスとしての運用に変わるので、そのためにはジャイロ・コンパスにおいてもジャイロ軸を磁北に合わせて磁方位を用いた航法を採用していた、と考えるのが妥当であります。 

すなわち映画のダイアログから想像する定針儀の真方位表示説は間違っている。

以上の前提でお読みください。今回追加する参考にした資料は、

 #14 ミッドウェー戦記 豊田 穣 1973 文藝春秋
  初稿は1951年なのだがどこを改定したのかは不明

--------------------航法錯誤説の検証--------------------

第四索敵線を飛んだ利根四号機から発信された(暗号で送信されるというより短縮記号化されている)電文の謎は二つある。

かなり遅れて確認に飛んだ蒼龍二式艦偵筑摩零式水偵四号機の二機は報告された位置に敵を発見できなかったが、戦後米軍の公開資料から彼我の相対関係が明らかになってくると日本側に何らかのパーソナル・スキルとネイヴァル・システムに齟齬と隠蔽の可能性が浮かび上がる。

索敵の不手際は米軍にもあったのだから仕方がないとはならないだろう。

一度使った参考図はこちら  
(東京時間のため現地時間では -1日、 +3時間)

1.「航法上の錯誤」があった。
  日本時間04:28に最初に発見した敵艦隊の報告位置が基点としているミッドウェー島からの距離を約60浬程遠く報告し、追加される報告も全てこれに準じていた。

2.「索敵線からの逸脱」があった。
  指定された索敵線を通常の速度と高度の索敵手順で飛行すると報告時間に敵艦隊に遭遇する可能性はない。すなわち、発見できた事実からは通常の指示、命令を越えた人為があった。

以上の二点に加えて、索敵隊はミッドウェー攻撃隊の発艦と同時刻に出発する命令だったが、利根四号機のカタパルトからの射出が30分遅れて02:00となったこと、敵艦隊の発見から敵空母を発見を報告した時刻の05:20迄に1時間8分も掛かっていること、などが重なってより複雑になっている。

そして、「航法上の錯誤説」の最も単純な推定原因は、基点となるミッドウェー 島と偵察機の発進位置の相互関係を南北に長く設定していた、となる。もちろん、作図上はどちらを先に書き込んだのかは分からない。

なぜなら、航法上では偵察機は報告電文に必要な基点との関係ではなく発進する艦と機の相互関係のみで飛行するため、ミッドウェー島から発見位置までの距離は必然的に遠くなるからである。

同様に、「索敵線からの逸脱説」も敵艦隊の発見地点は出発点を西にずらせば指定された索敵線の帰路に重なるのだが、実際の出発点を西に移動しない限り発見時間通りには敵機動部隊と遭遇できない。

こちらの矛盾は飛行速度を所定の巡航速度よりかなり速くすることで計算上は成立するのだが会敵した時の滞空時間が減少する問題が残る。

これに対しては、索敵線の往路と復路の中間線を命令された300浬の進出点まで進み、折り返して同じ航路を辿り帰投する説。指定された索敵線の往路の途中から90度左の測程に入り指定された復路に戻る説。などなど諸説ある。

--------------------秦郁彦氏の論攷の概要と考察--------------------

ここから、「錯誤説」で定説とされる#9に採録されている秦郁彦氏の論攷「ミッドウェーの索敵機」の再読と検証に入る。

下図は「航法上の錯誤説」の結論を示している。
Photo_20201116200601

図中の時間は現地時間です。(東京時間への換算は、+1日、-3時間)。

秦氏の論攷は、時系列では東京時間6月3日の15:30に受けた機動部隊司令部第八戦隊司令部に向けた発光信号による索敵線の割り当ての命令から始まることになる。第八戦隊司令部は同様に麾下の航空巡洋艦利根筑摩の艦長に命令として伝達する。

当日かどうかは分からぬが、利根の飛行長は艦長を経由して受けた命令を第八戦隊指令部命令として、索敵を担当する操縦員と偵察員(通常いずれかが機長を兼務するペア)を人選し命令内容を説明し準備を指示する。

翌4日10:25に発令された機動部隊司令部の索敵隊出発命令で、索敵隊は攻撃隊と同時出発となり飛行長の計画のもと機体とカタパルトの運用計画を立て準備を始める。

実務はまず飛行長が、命令された(発光信号の書き取り)数字を選抜した利根一号機利根四号機の搭乗員ペアに伝えて飛行計画となる索敵航路図の準備をさせる。(この文および以下の関連する文は秦氏の論攷にはない)

偵察員が携行して索敵に使う地図は所属艦の航海士が海図台で使うミッドウェー島を印刷してある地図ではなく、いわゆる白(地)図が使われたようだが方眼状の線が入っていたかどうかは明白ではない。

基本手順は操縦員が記録した数字を偵察員が航空図板に乗せる地図に写すようだが、基準となるミッドウェーを地図に書き込むのは命令受領時以降には可能になる。 

では、出発位置の記入はとなると、事前の予定位置を使うことはまずないので、発進当日になって直前に飛行長から各搭乗員のペアに発進位置を知らされる。おそらく航海長が統括する天測位置を入れた海図からと思われる。

口頭でか、搭乗員のペアのどちらが書き込んだのか、海図台から移したのか、緯度と経度の直角座標でか、方位と距離の角座標でか、この時に基点となるミッドウェーの位置も書き込んだのか、・・・。

いずれにせよ一号機四号機の搭乗員(3人でも)ペアは、艦橋で偵察員が作図し携行する航空図板に載せた地図に記入された索敵路図を飛行長が確認したあと、艦長から訓示を受けて、起動後のジャイロの安定を含めた30分程の始動暖気運転を終えて左右のカタパルトに待機する零式水偵に向かう。 

秦氏は、出発前のルーティンワークの中に出発位置と基点の相対的な誤記の可能性があることを否定はできないとしても、聞き取り調査ではこれまでに地図に位置の誤記入の事例はなくその可能性はまずない、としている。

したがい、秦氏は羅針儀の取り扱いに注目している。 なお、利根四号機の搭乗員の階級は偵察員/一飛曹(一等飛行兵曹)/機長、操縦員/一飛兵(一等飛行兵)、電信員/一飛兵の序列であった。(飛曹は下士官)

機長で航法を担当する偵察員は出撃直前に利根飛行隊に着任し、その前は磁偏差の定義が異なる南洋や内地の海域で行動する水上機母艦瑞穂で二座の九五式水偵の偵察員機長であった。いっぽうの操縦員と電信員の経歴は不明であるが零式水偵の経験者のはずである。

なお、利根四号機は三座の零式水上偵察機であり航空羅針儀は操縦席にあり始動したジャイロ軸と磁北を合わせる更正が必要なディレクショナル・ジャイロ・コンパスであった。

また、利根飛行隊は同時期に事故機の補充で零式水偵を受領した。この機と3人のペアでどの程度の推測航法訓練をしたのかは定かではない。

秦氏が論攷する敵艦隊発見位置の誤謬が発生した理由は次の4項目にまとめられる。

1.(前提)索敵線の真方位100度、発進位置の偏差はE9.5(+9.5)度より索敵針路の磁方位は100-(+)9.5=90.5度である。(自差については後述)

2.偵察員は東偏の偏差E(+)9.5度で修正済みの90.5度を索敵針路の磁方位として命令を受けたが、この時の偏差修正値を西偏W9.5度と解釈していた

3.偏差Wが使われる南方や内地での経験が長かった偵察員は偏差E(+9.5)をW(+9.5)として真方位を90.5-(+)9.5=81度と計算して白図に写した

4.すなわち、飛行針路の方位は指定された真方位に対して正しい磁方位だったが利根四号機の「地図上の真針路」の方位では19度北に偏っていた。したがい、ミッドウェーからの距離が長く伸びた

ここまで、やや、どころか、かなり、ややこしいが、まずは以下の解説と 前回 の羅針儀の項を参照してください。

磁偏差値は、東偏を E または + で表し、西偏を示す W は - で表す。日本海軍では EW の表記を使っていたようだ。(#8 DVD の地図でも使われている)

計算に重要な意味がある偏差の方位記号の E W (東と西)は偏差の数値が持っている正と負( + - )に対応しており分離できない関係があり、偏差W9.5度は-9.5度であり、論攷の3.を記号を含めて正しく実行すると、磁方位90.5から真方位に直すには90.5-(-9.5)=90.5+9.5=100度となって元の真針路に戻ることになる。 

先に述べたように偵察員と操縦士は出発前に艦橋へ向かい飛行長から索敵線の進出方位(命令通りの真方位)と進出距離、測程方向と距離を記入した航空図板の点検を受け艦長の訓示のあと、始動暖気運転を済ませた待機中の機に向かう。

その前に偵察員はまず今回は白図に発進位置と基点となるミッドウェーの位置(この二つ位置はどちらが先でも、また基点は最後でも構わないのだが)を記入し、次に発進位置から真方位の索敵針路を記入する。 この状態から操縦員に伝える磁方位を計算するので E(+9.5) を W(-9.5) と間違えれば 100-(-9.5)=100+9.5=109.5度となるはずである。 

秦氏の論攷は、偵察員は E W の区別を計算式に使われた + / - で認識していた、とかなりトリッキーな指摘しているのだが、むしろ論攷の実質上の前提として磁方位から真方位を逆算する論法で「真方位で示す索敵線を出発後の機上で初めて地図に記入する」と解釈しているようだ。

実務上では、(飛行中の偏流測定による誤差修正の基準にする目的を含めて)偵察員が出発前に白(地)図上に真方位の索敵線を作図し、両側に索敵線があればそれも記入する、はずである。

しかし、出発前に真針路で示すべき索敵線が19度も北に偏った図になっていたら、艦橋で(どちらが後先か分らぬが先発した利根一号機との比較により)飛行長も異常に気が付くであろうし、飛行長の点検で異常がなかったのであれば利根四号機の偵察員自身も作図時には気が付いていたのではないかと思える。

偵察員が、磁気偏差の「(E)西(W)」と「正負」の意味、と計算上での扱いを、忘れていた、もしくは知らなかった、あるいは教育されていなかった、のではなく西偏(W)での方位の関係性の簡略式である 真方位 + 偏差 = 磁方位 より磁方位から偏差の値を引いた「勘違い」と秦氏は言っているのだが・・・。

ちなみに東偏(E)の簡略式は 真方位 - 偏差 = 磁方位 であります。 
一般式にすると 真方位 偏差(東偏は + 、西偏は - の数値を用いる) = 磁方位
ここで言う、磁方位羅針儀針路です。

秦氏の論攷には海軍のシステムや組織の職務規律のルーティーンへの視点が欠けているように感じられる。

偵察員が偏差を扱う計算で秦氏の論攷のような錯誤するには、修正済みの磁方位を「真方位としての90.5度」を誰かから受け取っていた可能性もある。同時に、飛行長は事前に行う地図の確認で誤ったまま出発させたことにもなる。

利根飛行長の証言にはハワイ攻撃時に偏差修正を誤りで帰艦が遅れて問題となった事例から航空図板には真方位と磁方位の値を併記させていたこともあった、とある。

この場合、ミッドウェーで使う東偏(E)の場合は、{[磁方位]/真方位} で示せば、{[90.5]/100} である。 これを西偏(W)として読めば、{[真方位]/磁方位} の関係になる。 真方位と磁方位の値の大小の関係ではどちらも正しいので、西偏(W)に慣れておれば真方位を90.5度と思いこむ可能性はある。

ただし、この併記は、利根四号機の偵察員以外の誰かが書いていないと成立しない。

秦氏の論攷と同じ90.5度を真方位として東偏(E)の値で磁方位を正しく計算をしていたとも読める。 もちろん、真方位と磁方位の大小の関係では正しいのだが、この場合は既に併記されていた磁方位に対する読み手の注意は欠如していたと言わざるを得ない。

もちろん利根四号機の偵察員は、だれかから真方位として記憶するべき数値として90.5度を聞いて偏差を東偏(E)として磁方位81度と正しく計算していたとも考えられる。

理由とすれば、「前置き」に記した多くの仮定を含んだ憶測にはなるが零式水偵九五式水偵の機種の違いからくる羅針儀の偏差修正システムの違いに起因すると言える。

この場合は秦氏の指摘するように磁針路は81度となる。

偵察員は正しく偏差で修正した磁針路として操縦員に「索敵針路81度」と伝えたら、操縦員は「針路81度宜候」と応えるのだが、事前に索敵の真方位は100度と聞いているはずであり、9.5度の差を不審に思ったかもしれないが階級が上の機長であれば発進が遅れたため針路変更の命令があったと納得したと考えてもおかしくない。

かくして、操縦員が「磁北」に合わせたジャイロ・コンパスで磁方位81度を飛べば真方位は90.5度、仮に「真北」に合わせておればそのまま81度となる。

真方位81度の索敵線は筑摩五号機の針路の4度南を30分遅れで飛んだことになり、もっと早い時間に敵艦隊を発見できるかもしれない。

いっぽうの90.5度の真方位はその13.5度南を通るので、分散していた敵空母とその護衛艦隊の針路のかなり前方であり当該時間の04:28に敵に遭遇する可能性は全くないとは言い切れない。

飛行長は出発前に確認したが、添えられているはずの方位の数字を確認していなければ図上の真針路が10度足らずの北側への偏移には気が付かなかったのかもしれない。 両側の索敵線も90.5度を挟んで23度に振り分けた索敵線を描けばそれらしく見える。(ただし命令文には23度間隔とは書いていない)

ここで気になるのは、航空図板に使われた紙は、全くの白紙だったのか、作図にも読み取りにも直感的な方位の基準となる方眼白図だったのか、島などの陸地を入れた白地図だったのか、白地図でないことは確かのようだが、日本の軍隊にルーティンワーク用の人間の感覚に沿ったな備品が用意されていないのかもしれない。

もう一つ余談だが、航空羅針儀一型改(大型)の目盛は一度刻みだが、#10 の操縦席計器盤図にある二型改は中型の2度刻みかもしれない。1941年の「航空機用計器ノ名称」には二型も二型改も載っていない。いずれにせよ0.5度刻みで運用するかどうか、は疑問が残る。

以上の考察で秦氏が論攷する「実際の飛行軌跡と機上の作図による地図上の軌跡の乖離の発生」を否定しているので、もっとも初歩的な発進位置に対する基点ミッドウェーの位置を方眼白地図の読み違いで誤ってプロットしていた、とする可能性は残る。もちろん、地図は全くの白紙で方眼はなかった、の説もある。

これにも多くの仮説が作れる。 利根の飛行長を補佐する飛行課員が作成して一号機四号機に同じ白地図を渡した可能性もある。

くどいようだが推測航法による飛行自体には敵艦隊に対する基点であるミッドウェーの位置は全く関係ない。 利根機からの敵艦隊以外の潜水艦や航空機との遭遇報告で使われた起点は出発点からの方位であった。

なぜ、ミッドウェーを基点にしたのか、合理的な理由、理屈も分からないでもないが、大元は司令部にいる参謀のためと思われる。将棋の棋盤のように適切に方眼に切り番号を振った地図を使えばよいのだが、「〇〇〇のxxxに敵空母」などと言うのは嫌だったのであろう。(閑話休題)

利根四号機が揚収されて艦橋に提出された航空図板の地図には異常は認められなかったとの証言がある。 一方では図には一本の線が引かれているのみだった、とも言われており方位や速度などのメモが記入されたはずの地図を含め、どのような仮説に対しても裏付けとなる証拠は何もない。

ただ、確認に飛んだ索敵機が利根四号機の報告位置に敵が不在で復路の途中で偶然敵艦隊を発見した時点で利根四号機の報告位置は間違いであることは明らかな事実であり、細部を積み上げれば利根艦橋第八戦隊司令部が加担したともいえる事態になっており第八戦隊が一体となった隠蔽が謀られたとも思える。

何しろミッドウェイ作戦の結末は、敵も味方も双方の無線傍受ができる連合艦隊司令部の旗艦大和でさえ後年のTVドラマの名台詞「事件は現場で起きている」を既に決め込んでいたのだから敗北の中の信賞必罰もできなかった。

資料を廃棄し口を封じればすべては「藪の中」である。

さて、機体について周る自差の問題が残っているが、「利根四号機は事故修理機であり自差の修正がされていなかった」「そんな員数合わせの機体を作戦に使うことはない」「いや、されていない機を領収するはずがない」と各論がある。

利根四号機の発進遅延についてはこれまた諸説あるが、#14では羅針儀が関係する原因として第八艦隊司令部土井参謀の言から「発艦まぎわになって偏差、自差の修正が行われていないことがわかり、どうにか修正して三十分遅れて発艦したが、コンパスの針は十度右にブレていた。そのため、予定コースよりかなり南にずれて飛行し、(引用終わり)」とある。

ここでは偏差に近い十度という数字が磁偏差が西偏の正しい式(100 + 10 = 110)で処理されているようにも見え(文中の数値は「十度右」以外に言及はない)、後出資料の一般的な説とは逆の南の方にずれていたので往路の途中で敵艦隊を発見できたとされている。

図でしか説明されていないので詳細は不明だが往路を2時間28分で200浬進み、平均80節(時速148粁)で飛んでいたり、ミッドウェーからの距離の矛盾についての言及はなく、二枚ある付図の関係にも不自然な点が多い。著者は九九式艦爆の士官操縦員兼機長だったのだが航法に関しては歯切れが悪い。

また、#3 では第八艦隊司令部土井首席参謀中佐の発言として、水上機のフロートを乗せるカタパルトの滑走台車に不具合があった、となっている。新旧のミッドウェイ関係の著作を突き合せるとこれに限らず、まだまだ「藪の中」は続くがこの辺で一旦中断する。

その一方では、定説の元本である戦史叢書#2 (1971)の彼我の航跡を突き合せた配置は正しいのか、の疑問にも通じる。いずれ機会を作って検証してみたい。(元本 #2、正確には敗北後に作成された作戦経緯と戦後の米軍の調査を経たあとの米軍公開資料を編纂し考察を加えたもの)

さて、羅針儀の精度については偵察機のほかに嚮導機となる艦攻、中攻など偵察任務も兼ねる機体には水平目盛盤が使われる大型、中型のジャイロコンパスが使われている。

大まかとは言え、艦載機の偏差修正の確認は発艦もしくは発進後大きく旋回して羅針盤を安定させて事前に知らされている母艦の進路と平行に飛びながら行うようだ。もちろん、この時にも実施されたかどうかは不明である。

自差は、個々に特有の磁性体や磁場を持つ機体と羅針儀に固有の特性と据付角も含めた組み合わせで固有の値を示し、方位によっても振(ぶ)れるようだが自差の特性を含めた数値が分れば偏差の中に組み入れることもできる。

また、前回の「航空機用計器ノ名称」の中にある機上自差測定器等は利根にも配備されていたのではないか。 測定と調整は別ものだが航空(偵察)巡洋艦と豪語する艦(ふね)にこうした設備機器機材の配備がなければ攻撃優先偵察軽視の海軍であったと言われても仕方がないだろう。

--------------------まとめて、次回の前置き--------------------

秦氏は彼我の艦隊航跡図から索敵線下にありながら雲上飛行を行い、これを見逃した筑摩一号機(機長は士官)の怠慢を指摘している。

また、同機は途中で敵艦載機と空戦まがいの遭遇をしておきながら報告をしていないことも列記している。

それを補い敵艦隊を補足した利根四番機の功績を認めて、空母発見までの行動に積極性の欠如が見えるとも指摘している。

論攷の「航法上の錯誤」も「索敵線からの逸脱」がなければ時間的に成立しないのだが後者には納得できる論攷を与えていないようだ。

また、積極性の欠如では、利根四号機が命令された長波輻射は後方の主力部隊を含めて日本側の受信記録はなく命令を実施していない、としているのだが、他の資料では米側の受信記録があるとしている。(日本側では消息を絶った筑摩五号機が実施している報告は残っている) 

利根四号機は06:00前後からの敵情報告の記録がないのは敵の防空戦闘機から待避行動に入っていると思われる。 なお、長波輻射は長いケーブル・アンテナを伸ばして吹き流しながら行う。

次回は利根四号機の発進時間の遅れを含めて偵察機の乗員となってどのような服務規程で偵察飛行をしているのか、から思考を進めてみたい。

ほとんど転記だけなので今月中に済ませたいのだが・・・

その結果から、今回の真針路90.5度の錯誤についての検証*注)を含めて、むしろ利根四号機に「索敵線からの逸脱」はなく、正しい進路を飛行中に敵艦隊を発見できる真説を探ってみたい。

*注)きちんと整備されている(はずの)索敵機発進の規則と手順のルーティンワークの中でそれぞれが遂行意欲を持って行われておればあり得ないのだが・・・できないのが人間なのかもしれないが。

2020年11月15日 (日)

ミッドウェーの「運命の5分間」の後先き・・・スマート、ステディ & サイレント・ネイビィ (第二の疑問の)地磁気について考える、ついでに天変地異についても考える の巻

例によりまたまた公開校正・校閲中です。
羅針儀を使いこなすために三つある極点の定義と名称を
くどくどと説明、記述しましたが、抜け落ちや誤記があるかもしれません。
ご意見・ご叱責をお待ちしています。
2020.11.15 キネマ航空CEO

第二の疑問で感じたモヤモヤを考えるためには、まず目標物のない洋上を飛ぶために羅針儀を使った推測航法の概要程度の物理的、数学的知識の復習をしておきたい。

方位を示す磁石は英語では(Magnetic) Compassコンパス)だが、日本語では羅針儀は航空機用が主だが、船舶だと羅針盤、ハイキングや登山だと(磁気)コンパスと呼ばれていて、大きさによる呼び分けかも知れないが、いずれも基本原理は同じで地球の地磁気の極方位、方向を知る機器もしくは道具であります。

しかし、この地磁気極が大変な曲者で・・・

------------------------------------------------------

Magnetic-field-declination-map-1942

 まずタイトルに1942年とあるように(隔)年毎に改版される磁偏差を等磁線の形式で著した地図かこれに準じた数値表が必要となる。

 等磁線は地図上の経線で示す北を真北とするため羅針儀のN極が指す北の地磁気の極との偏差を表している。

 現在位置で羅針盤の示す磁北が地図上の真北(経線)に対し右手(東)にある場合は正(+)、左手(西)にあれば負(-)を付けた角度(°)としてその位置の偏差を示している。

日本付近は偏差0°の等偏差線に囲まれ、北に破線で示す-10度の等偏差線の島がある特異な位置にある。

この地図が示しているのは、日本付近では羅針盤の示す北より左手(西)に北極があり、ハワイ列島の西に位置するミッドウェー付近では羅針盤の指示より右手(東)に北極がある。

したがい、航空機や船舶の運航にはこの磁偏差を示した地図(または数値表)と出発した地図上の位置情報は必須であります。 

いずれにせよ等磁線が集中しているところが地磁気極であり、羅針儀の指す北極と南極であり、この偏差地図を使って真の両極を計算して真方位がわかり目標の無い海洋上でも飛行も航行もできる。

補注)この偏差地図は球面幾何学を平面幾何学で表して(つまり球を無理やり円筒に展開して)おり、上下を省略されたこの地図上では真の両極点は少し上下に直線として存在する。 したがい、この形式の地図上では経線上と緯線上を移動する場合を除いて、その地図上で斜めに二点間を直線移動すると図示された地形の上を通過できない。
つまり、この地図では大圏コース(最短コース)をとれない
 緯度が大きくなるほど経線間の距離は短くなり北(南)緯90°で間隔は0、すなわち北(南)極点になるはずだが経線は常に平行の直線になる。
 すなわち、球面を平面で表す地図と羅針儀を使った移動では経緯線とは関係なく極めて狭い範囲でのみ(普通の)ヒトの感覚と一致する。
 ミッドウェー作戦と並行して行われたアリューシャン作戦では等磁線が等磁線図で見るよりずっと密になっている。 したがい、艦隊は天測航法で目標に極めて接近し、航空機には電波による航法が用いられたと思われる。 こちらの攻撃は奇襲でなければ成立しないため囮作戦とも言い難いようだ。(閑話休題)

さて、利根四号機に与えられた索敵線の100度は真北に対する角度であり操縦士は羅針儀の磁針から磁偏差を使って割り出した針路を維持しなければならない。

1942年のミッドウェイの磁偏差は南北にある10度の偏差間にあるが当時の大日本帝国海軍は 9.5°を使っていたようだ。 ちなみに日本列島周辺では -6°だった。(#9)

これだけの偏差情報をつぎ込んだ地図を日本が作れたのか? 中立国で入手して大使館から外交後嚢に入れて送っていたのか?

ところが、いくら詳しい磁偏差の情報を持っていても、羅針盤をいくら精巧に作っても周囲の磁気を持つ機体や装備品がつくる磁場の影響は避けられない。

鋼鉄は磁性を帯び(帯磁し)ており脱磁が随時必要だし、軟鉄はエンジンを回したり無線機をオンにすることでも電流による磁場の作用や電磁波の中では磁性を帯びるため磁針に影響して機体や装備品、搭載物などで個々の機体に生じる運用上の誤差修正を加えなければならない。 ・・・これは後程、「自差」として出てきます。

その前に・・・

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まず、磁極はどのくらい移動しているのか・・・閑話開題です。Moving-earth-poles

Geomagnetic pole は地磁気極。地球を棒磁石に見立てた極、地磁気座標の軸の極。
(Magnetic) Dip pole は磁極。南北を結ぶ磁力線が鉛直に地球に刺さっている極。

羅針儀に必要な地磁気軸極 (Geomagnetic pole) は動いてはいるが幸いなことにそれほど大きくはなく、南北どちらも各々の地軸の極点に近づいている。

いっぽう、北磁極(Dip pole) は2000年前後から急速に北極点に近づき、南磁極は北磁極ほどではないが南極点から遠ざかっている。

ちなみに、南も北もある緯度以上になると羅針儀を使用する地域の磁力線の傾斜角度に合わせて磁針も傾くため、例えば北半球では極側を重くした磁針で水平をとるようです。(閑話休題)

いずれにせよ磁力線の変化は地中の鉄を主成分とするマントル対流のベクトル変化に対応しており、マントルに浮いたプレートはお互いに軋み、マントルとプレートの間では摩擦と粘着の引っ張り合いで始まる。

言わずもがなだが、Geomagnetic pole は動かなくても Dip pole の移動は当然磁偏差の地図に影響する

近年の海洋動物の異常行動や異常気象、地震の多発は磁極の急速な移動の為と言えそうだがどんなもんだか。

なお、この両極の地図はどちらも空から見た図なのでぴったり合わせても無意味です。南極側を上下反転し、経度の数字を合わせるように回転すれば北極星から南極を透視した図になります。(閑話休題)

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さて、 今でこそ方位測定はGPSが主役を務めますが電源が落ちれば何の役にも立ちません。

したがい、多少の問題があっても磁気羅針儀や羅針盤は予備の計器として航空機にも船舶にももちろん艦艇にも装備されています。

そこで羅針盤の読み方を勉強して自らが進む針路を決めてみるのも邪魔にはならないだろう。

Magnetic-compass-rev2 写真の羅針儀はスーパーマリン・スピットフィアで採用していた Type P. 8. M のダイヤル部で、操縦桿の前、ペダルの間、の床面に置かれています。
 ただし、今回は図柄を偏差の説明に使うだけです 本物は下記のリンクを参照してください。

 本物(YouTube) は、方位に対して自己修正する機能のないジャイロ・コンパスで、内側にある線で描かれた十字線が本来の(自差を修正後の)磁北を指し、T字の脚に挟まれた( N )の回転ベゼルを手動で高速回転するジャイロの軸を磁北に合わせます。 
 パイロットやナビゲーターはジャイロ・コンパスの値を偏差で修正して連動する個別の計器盤上にある方位計で真針路19°
と読み取ることができる。
 ジャイロ・コンパスの利点は複数の同期した方位計が使えることですが、当時の技術ではジャイロ軸の方向が安定するまでには時間がかかったようです。
 ちなみに、
図の状態を磁気羅針儀とすると自差の修正がされていない羅針儀針路29°を示している。

羅針儀は、ヒトが己の視界範囲を超えた自然である球面に向かい、その球面を平面に直した地図を使って対峙するための道具であります。

まず、羅針儀には三つの」があります。

地球の自転軸(地軸)で決められた「真北」と磁石で決められた「磁北」の二つの」は、ヒトの力を超えた自然の現象ですが、その関係はヒトが英知を尽くして磁偏差地図が作成されている。

もう一つの」は、これもヒトの英知の結晶である羅針儀が示す「羅針儀の北」でありますが、ヒトの作るものがいつも正しく「磁北」を指し示すとは限りません。

残念ながら先に説明したように、羅針儀を配置する位置により機体の構造や装備品、搭載する荷物の鉄や鋼など磁性のある金属、さらには配線や無線機に流れる電流による磁場の影響などで「磁北」と「羅針儀の北」が一致することはまずない。

そして、ヒトにとっては地軸を伸ばした先にある不動の(実際はごく小さな日周運動がある)北極星を基準として地図をつくる利便性もしくは直感性からの方位や針路角は「真北」からの時計回りの角度を採用している。

じゃあ、南半球はどうしてくれるんだ!・・・って?!
 さぁ、そんなこと急に聞かれても・・・。

とりあえず、機首の向いた方向を 針路Heading Course/H'g.C)として、・・・
三つの」から得られる三つの針路」と「方位」には次の名前がついている。

 ・真北 (True North/T.N.) 真針路 (True Course/T.Co.) // 真方位 (True Bearing/T.B'g)
 ・磁北 (Magnetic North/M.N.) 磁針路 (Magnetic Course/M.Co.) // 磁方位 (Magnetic Bearing/M.B'g)
 ・( N ) 羅針儀ノ北 (Compass North/C.N.) 羅針儀針路 (Compass Course/C.Co.) // 羅針儀方位 (Compass Bearing/C.B'g)

どちらも地球を基準にして、「針路/Course」は自分が、あるいは他者が、進む方向、「方位/Bearing」は自分から見る対象物の方向。

集団を含めて自分(達)の周囲を12等分して正面を12時、背正面を6時とした(時計回りの)時間方位も使われる。
航空機だと上下を加えて“Twelve O'clock High”「頭上の敵機(1949)」という映画もあった。この場合は、「真上」と言うことではなく「正面上方」と言った意味。(閑話休題)

そして、羅針儀に生じる誤差の関係は、Dev. = Var. + C.Er.
または、Var. = Dev. - C.Er.  (くれぐれも各角度が持っている以下に示す基線と正負(+/-)の関係は忘れないでね)

 ・偏差 (Deviation/Dev.) 磁北 (M.N.) から真北 (T.N.) への角度。右回りを正(+
 ・自差 (Variation/Var.) 磁北 (M.N.) から ( N )羅針儀ノ北 (C.N.) への角度。右回りを正(+
 ・違差 (Compass Error/C.Er.) 偏差 (Dev.)から自差 (Var.) を差し引いた角度。右回りを正(+

羅針儀の調整とは、何らかの方法で磁北羅針儀ノ北( N )を重ねることが違差をなくす(磁偏差のみにする)ことに相当します。

イメージでは夜間飛行で機首を真北 (T.N.)の北極星 に向けて真針路(T.Co.) を0°にしたときの(正負を含めた)磁針( N ) の角度すなわち羅針儀ノ北(C.N.) が違差 (C.Er.) となります。

したがい、飛行中の空域の既知の偏差Dev.)から、測定した違差 (C.Er.) を差し引いた(正負を含めた)角度がその機体と羅針儀の組合せによる固有の自差 (Var.) となる。

そのまま真針路(T.Co.) を0°に保持して羅針儀に備えている微弱な磁力の調整用の磁石を動かし、磁針の( N )羅針儀ノ北 (C.N.)を既知の磁北(M.N.)の値、すなわち、真北 (T.N.)からの角度となる 負の偏差(-Dev.)に合わせることで真針路(T.Co.) 0° が真北 (T.N.) 0° を指して自差 (Var.) の修正が完了します。

しかし、いくら調整しても空母の格納庫の中や鋼鉄の塊の艦船の傍を飛べば自差は出ますから発艦したらすぐに離れて大きく一周旋回して羅針盤を慣らす必要があります。

以上、分かり易い図にして解説しましたが、地図の基準となる真北に対する磁針( N )が示す羅針儀ノ北 と地図による偏差の方向の組み合わせは、両方が同じ側にあるのが6通り、両側に分かれるのが2通り、一方が真北に重なるのが4、二つとも重なる1通りを除いても12通りあり、夫々を時計回りを正(+)とする数値を計算した結果で方向を含めた自差 (Var.) を求めます。

自差修正の終わった羅針儀(Var. = 0)で偏差値に整合させて指定された真針路 (T.Co.) に乗せるには、例えば1942年のミッドウェー付近の偏差(Dev.)は ()9.5 または (E/East)9.5 (磁極は北極より右回りまたは東に偏っている)と表示されており、次の式で表される。
例えば、地図上で命令された索敵針路T.Co. = 100 とすると、 羅針儀による飛行方向H'g.C.  は、

  H'g.C. = T.Co. - Dev. = 100 - 9.5 = 90.5()

また、日本付近の偏差(Dev.)は  -6 または (W/Wast)6 (磁極は北極より左回りまたは西に偏っている)と表示されており、次の式で表される。

  H'g.C. = T.Co. - Dev. = 100 - (-6) 
                                       = 100 + 6 = 106()

方位で表せば、次のようになる。もちろん、偏差に正負が必要なことを忘れずに!

  (H'g.C. =)  M.B'g = T.B'g - Dev. 

南半球の場合も含めて、あとは自分でやってね。 もちろん磁偏差地図か数値表は必携です。 真南( S )で計算するのかなァ? 

地図上の磁偏差値は東偏を E または + で表し、西偏を示す W は - で表す。 日本海軍はEWを使っていたらしい、忘れないでね !

 なお、機首の向いた方向を 針路H'g.C)とすると、飛行機も船も浮いて居れば風や海流で流されるので 針路H'g.C)を羅針儀の真針路(T.Co.) に合わせても機体は合成された速度と角度で流されており指定された羅針儀の真針路(T.Co.) とは違う角度を進んでいる。

 この角度を偏角と呼び偏流測定で補正します。 この角度を見込んで指定されたの真針路(T.Co.) 上を飛ぶと 針路H'g.C)は風上側に向いています。 

しかし、機体は風上側に向いており真針路(T.Co.)の羅針儀方位 (C.B'g)と実際の機体の向き 針路(H'g.C)を示す羅針儀方位 (C.B'g)は違っています。

飛行士は偏流角に機体の修正角を見込んでいる羅針儀方位 (C.B'g)を操縦士に伝えているのかな・・・前回で参考にした映画の中にも出てきます。もちろん、航法計算盤を用いて機速と(風速を含む)偏流角を三角関数を駆使してベクトル合成した対地速度と機首方位を算出します。

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長くなったついでに・・・

昭和十六年(1941)に改訂された「航空機用計器ノ名称」の中から航法に関連する項目を抜き出しておく。(#11)

整備長主管
 航空羅針儀 一型改 大型
 航空羅針儀 三型改 中型
 零式航空羅針儀二型 横読式 二度目盛 小型
 九二式航空羅針儀二型 横読式 二度目盛 中型
 零式航空羅針儀二型 横読式 二度目盛 中型
 九四式磁気誘導羅針儀一型 針路調定器及同指示器ヲ一体トセルモノ
 九四式磁気誘導羅針儀一型改一 吸引圧真空調整弁ニテ一〇〇粍ニ適合セルモノ

飛行長主管
 偏流方位測定器 一型 偏流枠両側附
 偏流方位測定器二型改 偏流枠片側附夜間用
 航法計算盤 一型 一二〇節迄使用可能
 航法計算盤 二型 一八〇節迄使用可能
 航空図板 一型 小型
 航空図板 二型 中型
 三角定規
 コンパス
 尾部偏流測定器 一型
 自差修正羅針儀 三脚共
 機上自差測定器 一型 全円周型
 機上自差測定器 二型 半円周型
 
このリストでは前回の#10 に記載されていた航空羅針儀二型改は見当たらない。

計器類の責任分担は、整備長はハードウェア(機材)を担当、飛行長はソフトウェア(運用)の担当であり偏差や自差に関連する責任者でもあるようだ。

また、風の影響を修正する偏流測定も飛行長の所管であるようだ。
ここで上げた尾部偏流測定器が関連するかどうかは分らぬが飛行士の乗る機の水平尾翼や主翼の一部には下図のような5度刻みの目測線を付けていた。(#10 図は零式水偵)

50

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2020年11月 2日 (月)

ミッドウェーの「運命の5分間」の後先き・・・スマート、ステディ & サイレント・ネイビィ (第ニの疑問 の手掛り)について考えるの巻

公開校正・校閲中です。2020/11/2 キネマ航空CEO
零式水偵の偵察席に航空羅針儀があるか、の疑問を修正しました。2020/11/16//27

珍しく今回は映画の話題も含んでいます。 さて、・・・「第二の疑問」とは

1942年6月5日東京時間 04:28 利根四号機より機動部隊司令長官に宛てた信文『敵ラシキモノ一〇隻見ユ「ミッドウェー」ヨリノ方位一〇度二四〇浬針路一五〇度速力二〇』で知らされた位置は・・・

利根四号機索敵推定図前回の参考文献 #2 にあった左図で示すように、一つ北の索敵線を飛ぶ筑摩一号機の第五索敵線上にあった。

図上の左クリックで別枠ウィンドウに拡大表示できますので、その注記にある報告位置の誤差の説明にご留意ください。

第二の謎すなわち利根四号機の謎は三つあります。

1.敵位置のミッドウェーからの距離が離れすぎている
2.命令通りの索敵線では報告の時間には敵艦隊に遭遇出来ない
3.しかし遭遇している。

なお、利根四号機は予定時刻より30分遅れて出発しており、現在の研究では磁方位偏差修正の手違いと出向前に行う羅針儀の自差修正未完の可能性に加えて命令された索敵コースから大きく逸脱して飛んでいたとされている。

出発遅延を含めて謎の原因もしくは理由にはいくつかの仮定から導かれる諸説があります。いずれにせよ利根4号機が最初に敵を目視発見できた唯一の偵察機でした。

この謎に迫る前に、当時の一般的な洋上飛行の航法には、現在のような Grobal Positioning System (GPS 全地球測位システム)はない。

いっぽう、陸地の固定発信局の二箇所から発信(輻射)される長波のパルス差を受信して、その時間差を計測し位置を割り出す Long-Range Navigation (LORAN ロラン航法)の設備が1942年に米国によって太平洋から展開を始められていた。

1942年はミッドウエイ海空戦のあった年ではあるが、この戦域でLORANが使われたのかどうかは定かではないが、恐らく航空機での運用はできなかったと思われる。

ただし、LORAN の基礎原理である長波の受信による方向探知は小型のループアンテナで可能であり、日本海軍機の中攻や大艇では機体上面に、単座の艦戦では座席の後部、艦攻、艦爆、水上機を含む艦禎などタンデム配置のコックピットでは航法士の座席の後ろまたは前のキャノピー内に設置されて活用されていた。

余談ながら、現在では LORANGPS に取って代わられて日本を含めて各国が運営していた基地局の運営自体が廃止されている。 LORAN に比べ国境のない GPS 衛星の脆弱性は明らかなのだが、米中ソ加えてEUは GPS を事の直前に破壊するあるいは混乱させる前提の戦争シナリオを構築し始めたのかもしれない。(閑話休題)

ループアンテナ(枠型アンテナ)の感度は(主には円環状、方形もある)ループの中心軸に直角の前後方向に8の字状に開いている指向性がある。

母艦から偵察機に「長波ヲ輻射セヨ」、「長波ヲ輻射シテ誘導セヨ」と命令したり、母艦や基地から輻射して帰投の援助に使われた。

映画「トラ・トラ・トラ (1970)」ではパールハーバーへ向かうシークエンスでホノルルの放送局の周波数に合わせて針路を修正している。

長波受信による方向探知は発信と受信のできる二か所の固定局と受信もしくは発信のできる一つの移動体(艦船または航空機)で構成できる三角形で二つの固定局間の基線(正確には移動体を頂点とする三角形の頂角)が十分にあればより正確になる三角測量の要領で以下の組み合わせで移動体の位置の特定ができる。

・ 航空機が双方の電波を受信できる場合、地図上で二つの固定局の位置からの角度で直線を引けばその交点が自機の位置となる。
・ 二つの固定局の共同作業で同時に対象としている移動体が発信する周波数の角度を得ることで同様に移動体の位置を得られる。

ミッドウェー作戦時は第六艦隊司令部の敵信班が後者の方法で敵空母の所在位置を早い時期に東京の大本営海軍部や連合艦隊司令長官、機動部隊司令長官等々に短波で送信し受信符号を得ていたが受信したとする側にはその記録は残っていない(#2#6)。

さて、この当時、長時間洋上を飛ぶ(機体上部に透明な半球状の天測窓がある)大型機では艦船と同様に航海士に相当する航法士(Navigator)が搭乗しており正確な時計(クロノグラフ)で得られる時間と夜間は特定の明るい恒星(北半球では主に北極星)、昼間は太陽の角度を測る六分儀で得た数値を読み解く分厚い数表三点セットを使って緯度経度を割り出す天測航法が使われていた。

比較的に低空を飛ぶ数人乗りの小型機では推測航法を行う飛行士(参考にしたDVDによる役職呼称)が搭乗し、航空羅針儀(精密調整ができる磁気コンパス)で操縦士が飛行士から指示されて維持している方位と、航空時計か精度を保証された腕時計機速計で求められる飛行距離に海面の波の方向と波頭の崩れ具合から得られる風向風速から偏角対地速度を算出して風に流された現在の位置を推測することで針路の修正を操縦士に伝え、航法図板上の地図に航跡を記録していた。

なお、推測航法には高度、温度など機速にかかわる空気密度の影響を修正するための計器や飛行する地域の磁気偏差などの予備知識が必要です。

タンデム配置の機体の飛行士の座席は、乗員 2 人の場合は後席で通信士を兼務、3 人の場合は中央にある。

艦戦など単座機では飛行士が乗る艦爆、艦攻が編隊を引率して敵に向かい、戦闘が終わると同様にして帰るか、母艦や基地からの長波に乗るか、または事前の情報と羅針儀のみを頼りに目視で発見できる所までたどり着くことになる。

さて、ここからの参考文献は既述の #0 - 7 に以下を追加する。
後日ナンバリングを発表年に合わせて再編集します。

 #8 太平洋の嵐 ハワイ・ミッドウエイ大海空戦 1960 東宝ビデオ
 #9 実録 太平洋戦争 六大決戦、なぜ日本は敗れたか 秦郁彦 1984 光風社出版
 #10 彩雲/零水偵 保存版軍用機メカシリーズ3 雑誌「丸」編集部 光人社
 #11 海軍航空教範 軍極秘・海軍士官搭乗員テキスト 押尾一彦 野原茂 2001
 #12 海軍航空の基礎知識 雨倉孝之 2003 光人社
 #13 海軍水上機隊 高木清次郎ほか 2017 光人社NF文庫 初掲誌「丸」

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ここで飛行士のお仕事を #8 のDVD で推測航法のおさらいをしておきます。
(画像上の左クリックで別窓で開きます)

なお、DVDの機体はハワイ作戦時の九七式艦攻ですが零式水偵も同様で、前から操縦席、飛行士席、電信席のタンデム三座の配置です。一般的に機長には操縦士か飛行士が付くようです。

Photo_20201030225301 オワフ島に向かう飛行士が爆撃照準器を覗いて海面の波頭を観測して偏流角を測定し航法計算盤で航空図板の地図上に方位角で表す針路を計算している。

 なお、飛行距離は飛行速度と進撃針路に乗った時点からの時計の経過時間で計算をしている。余談だが画像の腕時計は当時の精工舎謹製の支給品ではないようだ。

 計算盤は「加減、乗除」のうち「乗除」ができる計算尺と偏流角を三角関数に直したり気温、気圧から得る機速の修正係数などの早見盤の機能があり、加えて磁方位と真方位(地図上の方位)の変換機能もあるはず。

 では、「加減」はどうするの、と問われても、たぶん筆算か暗算で行うのだろうとしか・・・。

1 飛行士が航空図板に固定してある航空図にはオワフ島までの進路を書き込んである。
 板上にはデバイダーがあり飛行士の前にはそれなりの水平面(机)と空間があるようだ。

 地図上の緯線と経線の交点にある方位円は経線方向を真北を〇度にした時計回りに三六〇度方位を刻んでいる。

 また、日付変更線を東に越えたこの地図では北緯線が北に上るほど隣り合う西経線の間隔が狭くなり北極点では一点に集中してしまうのだが、地図上では方眼紙と同じように正方形または長方形を使っている。

 なお、航空図板としては透明のカバーの下に地図を折りたたんで挟んでいる。カバーには各方眼の右下に手書きの数字が書かれている。地図は日本語もあるが地名は英文のままだが当時の使用地図としては、米国の地図に日本流に手を加えた流用は「あり」だったと思える。

 後掲する航空図板の全景では二節のリンク式平行定規を使っているが、#10 では偵察員の七つ道具の一つとして 1 リンク、スライド式の平行定規の写真を掲載している。

 当時、透明のカバーとその上に書ける筆記用具があったのかを含めて、考証的には戦後の海上自衛隊の備品(米国規格)を使っている可能性がある。実機ではノースアメリカン SNJ-5/6T-6 テキサンの海軍型)が代理出演している。(閑話休題)

 さて、気になるのは6隻の空母から集まった編隊を組み進撃進路に入るシーンで飛行士が「偏流確認、進路一七八度」と伝え「進路一七八度、宜候(ヨーソロ) 」と操縦士が応えている。

 たしかにこの時、機動部隊はハワイへ、真北(0度)から真南(180度)に向かって接近していたがこのあたりの磁偏差は+11度程度あるはずで航空羅針儀の指針は、

  地図の真方位180度 - 磁偏差+11度=進路(磁方位)169度

 魚雷を搭載した九七式艦攻の巡航速度を諸元表通りの142kt、偏流修正値が+9度なら横風成分を真西として、風速10.4m/sec (時速37.4km)となるにはなるが、地図の真方位に合わせるために羅針儀の目盛盤自体を-11度回転させて磁偏差(+11度)を吸収して修正していたのかもしれない・・・?? ちなみに、このシーンの兵装は外装の八百瓩の魚雷でした。重量と抵抗で速度が低下すれば風はさらに速くなる。

 さらに厳密に言うと偏流(風)を受けている機体の軸線に固定した羅針盤の進路を示す線と風上に向けた機体の進行方向は異なっており、これも加味した修正針路かもしれず、どうにも分からなくなってくる。

 もっとも、この後のオワフ島に接近する時間には「左15度雲の切れ間」、「右30度海岸線」と地文航法のやり取りが始まる。

 推測航法のおさらいとしては、映画の脚本と小道具の考証は台詞と地図の関係を含めて正しいのかどうかの疑問がある。

・・・ここ重要ですが以降に詳しく・・・

Photo_20201030225401(参考)「トラ・トラ・トラ (1970)」のUS公開版のDVDより

 同じく九七式艦攻の飛行士(飛行隊長淵田中佐/田村高廣)が見ている航空図板と航空図だが、どちらも当時の米海軍が使用していた機材と思われる。

 図板の定規の形状は何となく #8 に似ているようにも思える。ただ、右手使いには扱い辛いようだ。

 航空図板の上下を逆に置いて地図図を張り付ければよいのだが、画面の構図上の理由かもしれない。 予定針路の書き込みはないようだ。

 地図で注目すべきは、やはり経緯線の交点を中心とする方位円があり、その内側に時計回りに回転した直交座標が内側の二つの円に対応して磁方位を示しており、外側の方位円は地図上の真方位を示している。この角度は磁方位の偏差と呼ばれる。

 磁方位の偏差とは、羅針盤の磁針が指す地球上の南北の磁極点はそれぞれ時間をかけて移動しているため、とりあえず不動点と呼べる地球の自転軸の中心点を地図上の両極点とする原則に合わせるために修正する偏りを示す角度です。 なお、この磁偏差は地図上の場所によっても年によっても異なっている。

 さて、この映画の地図自体は水深を示す数値も書き込まれているので海図かもしれないが、1942年当時のハワイ周辺の磁方位の偏差はほぼプラス11度であり、それなりの時代考証はしているようだ。

 航法に使われる角度差には、ほかにも自差なんてのもあるけれど、これらは後ほど・・・。上二枚の画像は重要です。次回で詳しく・・・

2 航空図板を偵察席計器盤の覆いに立て掛けている。 先の作図作業は偵察員の座席の前にある水平の机の上で行う。(以下偵察機での呼称の「偵察員」、「偵察席」に合わせます)

 零式水偵11型の偵察席の計器盤にある計器は、左から航路計精密高度計二型一号速度計三?型旋回指示発信機(中央)、秒時計大気温度計がある。そのほかには偏流測定を兼ねた爆撃照準器方位測定器がある。

 航路計は操縦席にもある扇型に動く指針の計器で、目盛りの中央を 0 左に(-)右に(+)の文字のみがありループアンテナを機軸に合わせて指針を 0 に合わせて飛べば母艦か基地に(あるいは正反対の方向に)たどり着ける。 先の映画「トラ・トラ・トラ 」ではこの計器をホノルルの放送局の周波数に合わせていた。

 羅針儀は操縦席の計器盤の中央下部に航空羅針儀二型改とその上に定針儀、その左に自操定針儀装置があるが、偵察席にも航空羅針儀があるとした資料もある。(以上 #1011参照)

 航空羅針儀二型改は偏差を修正できるジャイロ・コンパスなので連動する定針儀が偵察席にもあるのかもしれない。

 これで #8 で生じた上記の疑問は解決するのだが、ハワイやミッドウェーの作戦時に採用されていたのか、攻撃優先の日本海軍で偵察機にも装備させていたのかは今のところ分からない。 (2020/11/16 修正)

 いずれにせよ、羅針儀(磁気コンパス)は「利根四号機の謎」のキーとなっています。 したがい、少し深掘りした一般的な「羅針儀」の知識を次回独立して挿入する予定。・・・挿入しました。(2020/11/15)

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1_20201030225401

 時は進み、ミッドウエイ作戦で敵艦隊発見の情報が入った直後の空母飛龍の飛行甲板に集まった飛行隊員達。

 右端の飛行士が上下を逆に抱えている航法板上の作図に使う角度を変えられる定規が常に板上を平行に動く二節の平行リンクのメカニズムを使っているのが分かる。いわゆるドラフターと呼ばれる、当CEOも若き日に使った製図版と同じですが今も使っているのかなあー。

 この機構が暴れないようにバンドで止めているなど細かい考証をしているようだ。

 ただし、前記のように、日本海軍の装備品と同じかどうか不明であり、海上自衛隊の米軍支給品の可能性が高い。

2_20201030225501  右では赤城、加賀、蒼龍は既に敵艦載機の急降下爆撃による被弾で戦闘能力を喪失しています。

 飛龍艦攻隊の隊長(鶴田浩二)とペアを組んでいた飛行士(夏木陽介)は第二分隊の隊長へ移動の命令を受け、今生の別れとなります。日本海軍では三人でもペアと呼ぶようです。

 考証と言えば、ミッドウェー作戦では夏木が抱えている航法板でも白地図のようだが作図上からは方眼状の経緯線と方位環がある白(地)図と考えられる。

 したがい、利根四号機の場合でも、誰かが利根の航海用の海図台にある基本となる海図からこの白図の方眼の中にミッドウエイ環礁と発進時の利根の位置の相対関係を正確に転記する必要がある。この間に何人かの作業が入っているかどうかは分からない。 

全くの白紙が使われたとの証言もある。・・・ここが重要です。次回以降に詳しく・・・

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さて、参考にした映画「太平洋の嵐」は、上記のような細部の疑問は置いても、白昼堂々と?漁船群に見送られてミッドウェーに向かうシーン、格納庫やガンルーム(士官室)の映像など、それなりに時代の考証を尽くしているようです。

しかし、脚本ではストーリーの進行上で飛龍飛行隊の主役ふたりがハワイからミッドウェーまで旗艦赤城の飛行隊長を差し置き攻撃隊長機に乗っているなどの人物設定は実話ベースの作品とも言い難く、中でも赤城の艦橋にいる参謀たちは(東宝男優の勢揃いとは言え)右往左往で勝手に喋るだけでは誰が誰やらを推定するのもあほらしい。が、案外これが実態だったのかもしれないけど。

いっぽう、映像では発艦のために風上に向かって全力で走る(とは言え浜辺に組んだオープンセットの)空母の実写部分では軍艦旗も信号旗も吹流しも垂れ下がったままでは(特撮パートでも「はためき」感を出すのは難しかったようだが)無事に発艦できるのか心配になってくる。

さらには、ミッドウェー陸地攻撃の艦攻隊が爆弾でなく魚雷を抱えていたり(さっさと艦船攻撃に向かえよ ! )、鶴田浩二以下俳優3人のペアが演技するコックピット全体を外から写す場面では、背景にあるはずの雲が消え光学合成用のブルースクリーンのままだったりと突っ込みどころは満載です。

ただ、外形はよくできている張りぼての機体のプロペラが回り始めると機体全体が(もちろんあり得ない動きで)振動を始めるのですが、当CEO には「CGに比べれば妙にリアルだな」と感じられましたよ。

いずれにせよ、海軍士官で戦争を経験し僧侶でもある松林宗恵監督の戦争への無常観と同時に、戦争は終わって日本人もよく頑張ったなと国民の意識が変わりだす時代の映画でもあります。

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